『二十一世紀日本の国家戦略』中曽根康弘著、PHP研究所、本体一五〇〇円

 将来に希望的な展望が開けにくい現状にあって、中曽根元首相が現実の政局を踏まえながら、かなり大胆な政策提言を行っている。中でも注目されるのは、「首相公選制」であろう。先進国の中でもひときわ投票率が下がっている日本は、国民の政治離れが深刻である。著者によると、その原因の一つは、国会議員が首相を選ぶという制度。それを大統領選挙のように、首相本人または選挙人を、国民の直接選挙で選ぼうという提案だ。
 その場合、当然、憲法改正が必要となる。著者は、現憲法が占領軍によって押し付けられたのは歴史的事実で、自国の国柄を明確にするためにも、改正すべきだと主張。国会に憲法調査会が設けられているが、その作業は三年をめどに行うべきだとする。
 憲法改正の要点は、集団的自衛権の明記である。現在、「日本には権利としての集団的自衛権はあるが、憲法によってその行使は禁止されている」という判断になっている。筆者は、こうした曖昧さは、戦前の天皇の統帥権問題のような危険をはらむと主張する。
 いずれにせよ、連立政権時代になってからの短期政権の連続は、国際的に日本の顔をますます分かりにくくしている。サミットを見ても、首脳間の個人的な信頼関係は重要になっている。一年や二年で首相が代わったのでは、信頼関係に基づく外交交渉はできようがない。
 著者は、日本が国家戦略を持つことを可能にする条件として、内閣に調査局を設け、長官を置くことを提案している。現在の調査室では、戦略を支えることはできない。官僚に対して官邸の力を強める措置は現になされているが、問題はそれを使いこなす能力だ。
 戦後、日本は国家として戦略を持たないでやってきたが、冷戦構造が終わった今、それではやっていけなくなってきている。明確な目標を持つことが、国民に希望を与えることにもつながる。望まれるのは、それだけの器量を持った政治家の出現だ。来年の参議員選挙後の政界再編成を提言するなど、かなり生臭い内容もある。(T)【PHP研究所、本体一五〇〇円】

 



『少年法』澤登俊雄著、中公新書、本体六六〇円

 大分県で起こった、十五歳の少年による一家六人殺傷事件など、凶悪化する少年犯罪に対応するため、少年法の改正論議が高まっている。昨年の国会でも、より厳しくした内容が国会に出されたが、廃案になってしまった。今秋の国会では与党の足並みがそろったので、成立の見込みである。
 犯罪少年をどう処遇するかは国民的な課題でもあるので、法律の内容や運用の仕組みなど、基本的な知識を踏まえた議論が望まれる。本書は、少年法の基本理念から成立過程、改正問題まで、事例を挙げながら解説している。
 現行法では、犯罪少年を家庭裁判所から検察に送ることができるのは十六歳以上であるため、前記の少年は刑事裁判にはかけられない。この事件では、本人が犯行を認めているので裁判上の争点は少ないが、本人が犯行を否認した場合、検察が関わらないと事件の確定に困ることになる。そこで改正案では、刑事処分の対象を十六歳から十四歳に引き下げ、十六歳以上で故意に被害者を死亡させた場合は、原則的に検察に送るようにしている。
 こうした厳罰化は、保護・育成を第一とする少年法の理念とは対立することになる。その点が国会でも最大の論点になるであろう。しかし、厳罰化は世界的な潮流であり、それによって犯罪が抑制できているという事実にも目を向けるべきである。
 著者は改正に反対の立場で、日本の少年犯罪は欧米に比べると桁違いに少なく、それは少年法がうまく機能してきたからでもあると主張する。しかし、戦後第四のピークといわれる最近の少年犯罪の急増や凶悪化については、説得力に欠ける。「保護・育成」の原則は守り続けながらも、やはり社会の側が毅然とした姿勢を示す必要がある。
 保護主義か厳罰主義かは、おそらく永遠に解けない問題であろう。犯罪少年の性格や事情、扱う側の考え方によっても異なる。今は、政治が大局に立った判断を下すときのようにも思える。(T)【中公新書、本体六六〇円】


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