雑記

すみません
日本人は「すみません。」という言葉をよく使いますがアメリカではあまり使わないと聞いています。でも私が住んでいる土地は不思議と多くの人たちが"Sorry."という言葉を使います。たぶんこの街はアメリカでもトップクラスで安全な都市だからかも知れません。

一方、仕事関連ではなかなか自分の非を認めて"Sorry."とは言ってくれません。私たちの研究室では遺伝子の配列を解析するとき外注します。でもここはアメリカ。何をするにも技術が低いのです。そのため初めのうちは多くの試料を無駄にしました。文句を言えば「良好な結果が出ないのはあなたの試料の問題です。」とe-mailで言い返すだけ。

でもお金がかかっているのでそう毎回泣き寝入りは出来ません。私もその対策として同じ試料を名前を変えて業者に提出します。今度はこちらには完全な証拠があります。私の文句に対して言い返してきた場合は「実はこはあなたが以前、解析に成功した同じ試料です。」と相手の首根っこをつかんで言い返えすことが出来ます。こうしたトラップを時々仕掛けること数ヶ月。今では彼らも素直に"Sorry."と言ってミスを認めます。

日本でしたら絶対にこんなことはありませんが、こちらは逃げ場を埋めて追いつめなければ、全て私自身のせいにされてしまいます(言葉が出来ないからなのか?)。そのためいつも余計な労力を必要とします。最近はようやくこの習慣に慣れつつありますが・・・。でもこのようなことは無ければ無いに越したことはありません。
2003年03月19日 15時39分22秒

季節の変わり目
今日は研究室ではなく私が住んでいる土地の気候について。こちらは地中海性気候なので冬に雨が降ります。でも一年のうちに雨が降るのはこの時期だけ。あとの3月から11月くらいまでは全て晴れです。アメリカのカレンダーの写真っていつも真っ青な青空ですがそれが毎日に続きます。今は春です。こぶしの花が終わり、葉桜が見られ始めました。そして松も受精が終わって松ぼっくりが日増しに大きくなっています。日本では三寒四温が春の訪れですがこちらは春だな〜っと思っているうちにあっというまに長い夏になってしまいます。普通の人には変化のない気候変化。でも小さい頃に大きな怪我をした私にとってはこの時期の毎時の気圧変化にいつも悩まされています。暑い夏は大嫌いですが安定した気圧が恋しい今日この頃です。
2003年03月14日 06時46分12秒

成長
私の研究分野は生物学です。受精卵から分化し、胚を形成、成体になる経過を観察します。簡単な言葉では「生き物の成長の観察」です。日本にいた頃、この「成長」という言葉を「生長」と書いて先生からひどく叱られたことがあります。私たちの実験動物は完成系を目指して成育するので「生」ではなく「成」を書かなくてはいけないと教えられました。今日も学生と一緒に仕事をしました。彼女を見ていると、この「成長」を連想させます。彼女は一日ごとに研究内容を吸収し飛躍的に変化を遂げています。人も完成系に向かって成長するもの。非力ながらも私の支えが彼女の成長の水や肥料になればと思う数時間でした。
2003年03月10日 15時34分38秒

週末
日本でも週休二日が定着しましたがそれでも社会には土日に働く人々は沢山います。私が在籍していた日本の大学でも先生方々は週末もいらして研究をしていました。ここアメリカ西海岸では大学棟内は無人になってしまいます。ボス曰く東海岸はそうではないそうですが。変人(週末も仕事をする人)はアジア系の留学生とポストドクだけみたいです。みんなが遊んでいる間に仕事をするのは変なような気がしますが「誰もいない=器具が使いたい放題」なので実は仕事が最もやりやすい日となります。私の場合も、ボスが休みとなるために急な言いつけ仕事もなくなり、全てが計画通りに進む爽やかな日々となります。実験系の研究は時として結果が出ない日が続きます。土日は私にとっても大切な結果の稼ぎ時です。どこでもそうですが結果の持続がボスの信頼の獲得に繋がります。暗いかも知れませんが地道な一歩が明日に繋がると信じて頑張る週末です。
2003年03月09日 13時26分44秒

破裂
私の職種はポストドクですが学生を教えることも多々あります。今日は自分の仕事をしながら学生の面倒も見るという二刀流でした。初めは自分の4つのテーマを同時進行させながら合間合間に学生の質問に答えていたのですが、そのうち彼女は実験中にも質問をしつこくするようになってしまいました。操作しているときは間違えないように集中しなければいけないのですが、質問の度に緊張が途切れるので自分の精神状態をコントロールしながらの連続でつい注意力散漫になりました。そんなとき私の実験台の反対側でパンパンッっと鋭い破裂音がしました。彼女は悲鳴を上げてその音源から逃げていました。見ると液体窒素の中から取りだしたプラスチックチューブが次から次へと破裂していました。本来ならばチューブの蓋に穴を空けるかあるいは口を緩くして空気の逃げ道を作らなければいけません。しかし彼女は密閉したまま放置していました。冷静に考えれば当たり前。でも実験台に立つとその当たり前のことが忘れがちになります。そのような危険性は、あらかじめ実験の経験を積んだ私のような人が仕事を始めさせる前に注意しなければいけないところでした。本当に運良く彼女は逃げたために大事に至りませんでしたが、ラッキーだけではすまされない問題でした。学生には「仕事にはいつも危険性が隣り合わせにあるんだよ。」と言っておきながらこの事故でした。余裕と冷静さを欠いた私のスケジュールに問題があったのかも知れません。明日からはもうすこし学生のことも考えながら実験計画を立てようと思います。
2003年03月07日 13時20分59秒

初心忘れるべからず
今日は新しく研究室に来たリサーチアソシエイト(実験補助者?)へ仕事の説明をしました。Yuko(ニックネームなので本当は別の名前。)は英語が出来ないということは周知の事実になっているようで彼女も全く驚かずに話を聞いてくれました。

彼女はもともと隣の研究室に所属していたリサーチアソシエイトでした。研究室の財政事情が悪くなったために私たちの研究室で預かってはもらえないかと隣のボスからの打診があり、私たちのボスが了承したという形で転任が決まりました(アメリカの雇用はとても流動的です。)。彼女のことはすでに私も知っており、切れ味の鋭さと中身の濃い仕事ぶりからポストドク(博士号を取得した期限付き研究者)とばかり思っていました。しかし学歴は学部まで。彼女曰く、「大学院に進学する前に実験技術を学びたかった。」とのこと。このケースはアメリカでは良くあることだそうで、研究者になると決めた方々は、一定期間、研究機関に所属して武者修行をするそうです。

彼女はすでに研究者として何をすべきかを理解していますので実験手順の説明はとんとんと進みました。仕事を始める前に十分な予習をしたと同時にメモ用紙は手から話さない彼女からは真剣さを感じました。当研究室に来てから12人の方々を見てきましたがこれが出来た方は3人だけ。日本では当たり前のことですが、この国の学生達はプライドが高いのか、あまりメモを取りません。そして同じことを何度も尋ねます。ボスも私もこの学生達の態度に毎回参っています。話を彼女にもどします。彼女にとって、今日の仕事は初めてのことでしたが、それにも関わらず要所要所で良い質問をしまてきました。そして私もこれまでの経験がありますのでリズム良く答えていきました。

そして今日の終わり。「Yuko。全ての操作には意味があることは解ったけれども最後の操作だけは意味が理解できない。」と小声で質問をしました。私はハッとしました。慣れというものは恐ろしいもの。私は無意識で操作したこと(実験で致命的なことではありませんが。)に対して彼女は鋭く反応しました。私はすぐにミスを認め、「こうしてはいけないよ。」と彼女に説明しました(先輩のずるいところ。)。確かにこの研究室に来てからというもの仕事の成功の連続でしたので、考え方や操作に見えない手抜きが芽生え始めていたのかも知れません。ベテランになると「この操作をすればこうなるはずだ。」と先入観が増し実験事実が見えなくなるのは私も何度も経験したはず。今日は彼女から「初心忘れるべからず。」を教えて貰いちょっと感謝な日でした。
2003年03月05日 13時39分10秒

言葉
 私は語学は堪能ではありません。仕事場ではめちゃくちゃな英語、身振り手振りそして最後には絵を描いたりして自分の考えを伝えます。いつも研究室のみんなの頭の中にはクエスチョンマークが見えます。でもみんな親身になって私の話を聴いてくれます。本当に恵まれた環境だと思います。
 言葉の出来ない外国人ということで甘えるのは本当はいけません。でも、ものの一年二年で言葉が堪能になるわけでもありません。あとで判ったことですが周囲の人達は私の言葉よりも行動を見ていました。言葉よりも態度。言葉よりも意志を見ていました。私も熱意を持って目で語り、背中で語るしか私の気持ちを考えを伝える方法しかありませんでした。周囲の人たちは私の言葉を自分の言葉(経験)に翻訳し私を理解しようと努めてくれました。この年になって外国に来て一緒に仕事をするということは人と人の歩み寄りしかないという当たり前のことに気づきました。
 あと・・・。言葉が出来ないということは陰口がたたけなくてとても便利です。おかげで私をいい人という印象をみんな持っているみたいです(本当はそんなことはないのですが・・・。)。
2003年03月04日 12時44分30秒

HP第一日目
パソコンの知識は皆無なのにも関わらず無謀にもHPを開いてしまいました。
目標は一歳を迎えること。
一つずつ気長に勉強をしていこうと思います。
2003年03月03日 15時00分48秒


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