国際文化論とは何か

        『国際文化論』目次/文化触変の模式図/国際文化論と国際関係論/国際文化論と歴史観/国際文化論と文化  
 国際文化論は、基本的には国際関係を文化の観点から見るというものであり、国際政治学・国際経済学などと共に国際関係論の一部を成すものとすることもできます。1960年代以降グローバル化がすすみ、民族・宗教問題や移民など従来の国際関係論では扱いきれない文化的な現象が目に付くようになってきました。以下に、国際文化論の主要な論点を取り上げてみました。国際文化論の最もすばらしい所は、従来のような近代化を無条件によいものとしてしまう欧米中心主義を排し、かつそれへの反動としての独自性の強調による排外性にも陥らず、文化をシステムとして見ることによって、文化の基本的な構造は変化せず外来のものを自文化に適するように変化させて受け入れるのだとし、非常に冷静な視点から文化の接触と変容・抵抗について観察することが可能な点だと思います。つまり、文化の独自性は否定せずに文化の変化を見ることが出来るのです。 
・以下は、平野先生の新刊、『国際文化論』(東京大学出版会)の目次です。参考にして下さい。
 第1章  はじめに
 第2章  国際関係における文化
 第3章  文化の変化
 第4章  文化の接触と変容−文化触変 
 第5章  文化触変への「抵抗」
 第6章  文化触変の結果
 第7章  抵抗としての文化触変
 第8章  文化触変論から見た近代アジア・日本の文化
 第9章  文化変容と文化交流
 第10章 おわりに 
・下の図は、平野先生の作成した文化触変の過程を示す模式図です。

  (出典:平野健一郎『国際文化論』東京大学出版会、2000年、58ページ)
  
 
旧平衡
 
 
 
 
部分的な解体の開始
 
 
 
伝播
呈示
フィルター
選択
外来文化要素の受容
 
↓  ↑
  ↓    ←
←  ←
抵抗
拒絶・黙殺
外来文化要素の再解釈
部分的解体
の継続
↓      ↓
 
 
再構成
   
解体
 
 
 
 
新平衡

・国際関係論について
 現実主義的な国際政治学は国家を主体とする国家間の関係を論じてきた。そして、政治・経済・軍事のみで物事を考えてきた。国家は依然として主要な行為主体であるが、近年はグローバル化によって国家以外のものが国際関係の主要な行為主体として活動している。理想主義や相互依存論などの国際関係論も、文化的な問題には対応できていない。ヒトを扱うとしても、それはせいぜいエリート間の関係でしかなく、一般の人々の関係を捉えられるようなものではない。現代は、政治・経済・軍事のみならず、文化的な問題が浮上してきている。いや、むしろ政治も経済も、文化的な性質を帯びないものなどはないのだ。国際文化論では国際関係を国境を越える全ての行為が作りだす関係と捉え、個人もその行為の主体となりうると考える立場に連動して、文化を広く捉え、理想主義とも現実主義とも異なっている。ヒトが国境を越えるとき、彼らは必ず自分たちの文化を持ったまま移動をするのである。そのため、必ず異文化接触が発生する。情報の国際移動によっても同じようなことが起きる。グローバル化が進みつつある現代、人々にとって国家や国境の持つ意味ということを、改めて考えてみる必要があるだろう。
・歴史観について

 近代は、単線的発展論の歴史観に支配された時代であった。「進歩」ということが礼賛された時代だった。単線的発展論とは、人類のどの社会集団も同じ経過を経て進化するという考え方である。西欧列強の国々は、「白人の使命」と称して植民地に西欧的な文化・制度を導入させることで「未開」の諸民族を「文明」の段階へと「進歩」させようとしてきた。しかし、それは成功しなかった。「未開」の諸民族の間に、「進歩的」な最新式の法制度や文化を導入したことにより、かえって様々な問題が発生してきたのである。問題の原因を探るために派遣された文化人類学者達は、古くからある制度の方が問題の解決のために役立つのだという結論を出すことになる。このようなことのため、白人文化優越主義(エスノセントリズム)には、20世紀には批判されるようになった。文化というものは個別であり、進歩・進化するものではなく単に変化するのみである。次の項目で述べるように文化は「人々が生きるための工夫」であり、自然環境・歴史環境・国際環境の変化に対応するために発生し、変化するものなのである。そのため、どの文化が進んでいるかなどという比較はできないものなのである。文化人類学者のマリノフスキーとレヴィ=ストロースは、文化相対主義を唱えた。これはそれまでの文化に優劣を付ける考え方に反対した考え方であった。特にレヴィ=ストロースの考え方は構造主義と呼ばれ、ソシュールの言語学や現代数学に影響を受けた考え方だが、哲学・現代思想をはじめ科学史・科学哲学やアナール派の歴史学、アインシュタインの相対性理論などにも共通の考えかたが見られるものである。しかし彼らの考え方にも欠点がある。すなわち、それぞれの文化は独立して存在するものではなく、否応もなく接触するものであるということが抜け落ちてしまっているのである。文化や政治は外国から影響を受けず内部のみで発展すべきものであり、欧米による押しつけは避けるべきだという内発的発展論には問題が多いのだ。国際文化論は、その点をカバーしている。すなわち、文化は変化するのだという考え方に基づき、その変化を起こすきっかけになるものとして、内部における発明・発見と外部からの影響ということを対等な現象として並列し、それが受け入れられるかどうかは各自の社会が決定するべきことであると考えるのである。 
・文化について

 国際文化論では、文化をシステムとして捉える。文化には、環境の中でヒトが生きるために必要な工夫だという意味において普遍的なものである。しかしその環境は「時と場所」に応じて異なってくるものであるため、文化も「時と場所」によって異なり、個別的なものである。システム論の基本では、(1)部分が全体を構成し、全体は部分の総和以上の特性を持ち、(2)境界を持ち、(3)部分がそれぞれの機能を持ち全体に構造があり、(4)平衡回復的で安定性がある。国際文化論では、この部分である一つ一つの工夫のことを「文化要素」と呼ぶ。各文化要素の間には機能的な連関性があり、異文化の要素が流入してそれまであった文化要素に取って代わろうとすれば、周辺の文化要素もその影響を受けてしまうため抵抗を受け、新しい連関性が作らるように再解釈されない限り異文化の要素は適応できず拒絶されてしまう。その際、外国でとは異なったあり方でその文化要素が受け入れられるということも多いのである。最後に、国際文化論の最大の関心テーマは何かといえば、それは「近代化」である。近代化とは、文化的には西欧文化の流入と見ることができる。それに対してアジア・アフリカの国々はどのような反応を示したのか。それらの国々では人権や民主主義はどうすればよいのか。これからの文化交流はいかにあるべきなのか。これらが、国際文化論の主要な課題である。
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