|
日本人にとっての「コンセプト」という外来語の使用
日本人が外来語の「コンセプト」をあえて使う場合と、アメリカ人が「CONCEPT」という言い習わした英語を使う場合では、言葉のコミュニケーション作用が異なります。
そして、日本民族の歴史をかえりみると、特徴的な言葉のコミュニケーション作用に容易に思い当たります。
そもそも日本民族には、「やまと言葉」なる話し言葉しかなかった。そこに書き言葉が加わる。それは漢字の一部を採用したひらがなとカタカナでした(表音文字、訓読みの世界)。
やがて為政者が中国にならった律令国家を目指すにあたり、漢語、つまり中国語を織り交ぜてコミュニケーションするようになる(表意文字、音読みの世界)。この融合と現在の日本語にカタカナ英語を織り交ぜてコミュニケーションするのとは、基本的に同じ構造にあります。
時代は下って明治維新を終えた時の政府は、脱亜入欧を目指して欧米の文物を積極的に導入する。この欧州化政策において、英語や独語の概念が漢語化されて採用されました。たとえば、「広場」という言葉は、open placeという英語の漢語訳として西洋建築とともに登場しました。欧米の文物を導入すると同時に、その概念を漢語化した新しい言葉も導入したのです。「自由」「文明」など、新しい概念はつねに新しい言葉として登場しました。
さらに時代は下って第二次世界大戦の後、再出発した日本は、為政者ばかりでなく主権をさずかった国民もこぞってアメリカの文物を積極的に導入する。このアメリカ礼賛志向において、アメリカ英語がカタカナ言葉としてその概念とともに多用されるようになったのでした。現在の「デザイン」「ヴィジョン」そして「コンセプト」など、コミュニケーションの鍵を握る主要な概念のカタカナ英語の多用もここに起源をもちます。
こうした日本民族の外来語の導入と活用の歴史をふりかえると、一つの法則が見えてきます。
つまり、日本人は、「パラダイムの転換」を求める時、その意志や希望を言葉に託して、先に「パラダイムの転換」を終えた世界からの外来語を意図的に織り交ぜてきた、という法則です。
(「パラダイム」については、追って詳しく検討しますが、「考え方の基本的な枠組」のことです。)
この法則によれば、アメリカ人がすでに自らのものとしているパラダイムを、日本人が意識的に導入したいと望む時、そのパラダイムの鍵となる概念を表わす英語をカタカナ言葉として織り交ぜて多用してきた、と考えられます。
国会中継をみていて、どの政党の政治家も「ヴィジョン」とか「グランドデザイン」、「リスクマネジメント」とか「セーフティネット」とかカタカナ英語を多用します。それは、日本にそうした鍵概念の土台にあるべきパラダイムが現状欠落していることを、はからずも露呈しているのです。
単なるカタカナ言葉によるカッコつけならば、特定の鍵概念に限る必要はなく、知っている限りの英語をカタカナで織り交ぜればいい。しかし、そんなことをする人は長嶋監督くらいで、若者の中にさえ見い出せません。
ポップソングの歌詞にも英語のフレーズが織り交ぜられている。しかしそれも、ちゃんとポップソングのパラダイムを規定するキーワード、キーフレーズに限って折り込まれている。若者も、無意識に「君がほしい」ではなく「I want you」でなければならないパラダイムを希求している、ということなのでしょう。
以上のような日本民族独特の外来語の活用法則を踏まえると、日本人が「コンセプト」というカタカナ言葉を多用する心理には、アメリカ人が「CONCEPT」という英語をネイティブスピーカーとして使う心理にはないものを認めざるを得ません。「概念」とか「戦略的な独自性」といった日本語を日本人が何の力味なく使う場合の心理にはないものを含んでいます。
さて、それは何なのでしょうか?
神道的な表現をすれば、日本人は、「パラダイム転換」を狙いそれへの思いを込めて「コンセプト」という言霊を発していると言うのかもしれません。
ただここでは客観合理的にこのように述べておきましょう。
{概念}には、そのコミュニケーション作用によって、
「パラダイムの転換」効果のある{戦略的な概念}
「パラダイムの転換」効果のない{単なる概念}
の2つに大別される。
日本人が有意義な言葉使いとして「コンセプト」というカタカナ言葉を意図的に使う場合、それは前者の{戦略的な概念}を意味している。そして意味するだけならば「戦略的な概念」と日本語で言えば足りるのだが、言葉に「パラダイム転換」へのコミュニケーション作用を効果的に発揮させるために外来語を使用する、と。
前出の教授の説明は、外来語も言霊も関係ないアメリカ人のパラダイムにおける「CONCEPT」の意味をそのまま伝えたものでした。だから、マーケティング学者としてはけっして間違っていません。
しかし、日本の厳しいビジネスシーンを勝ち抜くため、あるいは社会の閉塞状況を脱するために抜本的な「パラダイム転換」が多方面で求められている今日、私は「コンセプト」という言葉を、「パラダイム転換」を効果的かつ効率的にはかるコミュニケーションの鍵概念として厳密に定義づけることこそ重要だと考えます。
そこでまず、以下のように「コンセプト」の定義をした上で、本論に入っていきたいと思います。
「コンセプト」の定義
「コンセプト」とは、
何らかのテーマにおける「パラダイムの転換」をはかるための
戦略的な独自性を示す概念である。
|