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世の中の大きな転換を分析しよう! (広報戦略の核心)
80年代から活発化してきた「価値形成構造」の転換
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局面によっては、先鋭的な企業によって70年代に先駆けた転換もあれば、いわゆる抵抗勢力によって21世紀の今日でもいまだ転換の端緒にもつけないものもある。
<支配の論理>から<共生の論理>へ という3つの切り口の組み合わせが骨子となっていることに着目しましょう。
<国鉄>から<JR>に変わった といった公的事業や軍事や行政の体制にかかわる「パラダイムの転換」が確かに生じました。(現実の状態が転換し終えたということではありません。) |
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国鉄時代、日本の国鉄は「世界一安全で正確である」ことを誇っていた。東京オリンピック(1964年)に間に合わせて東海道新幹線を開通させて以来、新幹線は「世界最速の先端技術」であった。 しかし、民間セクターの力がついてくると、相対的に事業が非効率となり経営が悪化してくる。そして、「親方日の丸」の赤字体質が常態化するなかで、国鉄の累積赤字は膨大になっていく。そこで使用者側の国鉄当局は合理化をしようとするが、労働者側の組合はこれに断固反対する。 国鉄時代は、国鉄当局と労働組合という<送り手側の論理>が、受け手である鉄道利用者や納税者たる国民不在の下、実践された。これは<支配の論理>に他ならない。国民は支配されていたからこそ、役人的な横柄な態度にも、スト権ストによる不自由にも、そして孫子の代までツケを回されても我慢するしかなかった。これを支配と言わずして何というのでしょうか。まさか「公益性ある社会貢献」という偽善をそのまま受け入れるわけにはいかないでしょう。
この新たなパラダイムは、<受け手側のコト実現の論理>と言えます。「コト」とは、受け手が生活者や国民ならば{生活}や{公益}であり、ビジネスマンならば{仕事}や{ビジネス}のことです。言うまでもなく、顧客志向やサービス志向とは、受け手側の求めるコトを実現してその満足や期待をより高めていく<受け手側のコト実現の論理>でなくてはなりません。 以上のような国鉄からJRへのパラダイム転換を整理すると、概念図5のようになります。
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電電公社からNTTへのパラダイム転換
民営化の前年1984年に、第二電電、後のDDIが、そして日本テレコム、日本高速通信が設立される。通信事業の自由化を契機に自動車電話事業への参入を狙っての民間の参入だった。科学技術的にはデータ通信の発達が予測されていたものの、日本で「インターネット」なる言葉を知る専門家さえごく僅かで、今のようにすべての情報をデジタルデータ化して通信する時代がやってくるなど、夢のまた夢の時代なのでした。
電電公社からNTTへのパラダイム転換は、露骨にお役所的な支配の論理である<送り手側のモノ提供の論理>から、<受け手側のコト実現の論理>への転換でした。 CI発信にあたって、テレビでキャンペーン広告「かえるコール」を展開しました。これはサラリーマンの亭主が帰宅する前に奥さんに電話するという「温もりのシーン」を繰り返し放映することで、新生NTTの好感度獲得を狙ったものでした。 以上の内容を整理すると、電電公社からNTTへのパラダイム転換は概念図6のように整理することができます。
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政治的議論のテーマとしての<自衛隊>から<PKO>への転換
こうした80年代末から90年代初頭の動きを境に、それまでの政治的な議論のテーマは「自衛隊」から、明らかに「PKO」 に変化しました。
以上の内容を整理すると、概念図7のようになります。
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