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概念図10に示した、自動車と家電におけるパラダイム転換の象徴的な事例について解説していきましょう。
日本車におけるパラダイム転換
80年代までは、{トヨタか日産か一目で分からない同じような大衆車}がほとんどでした。カーマニアなら見分けられても、ふつうの女子大生でも見分けられるような大衆車は少なく、似たり寄ったりの車ばかりでした。現在でもある車種ジャンルが売れ筋となると競合が参入してきて同じような状況が発生しています。そんな状態が現在よりももっと顕著だったということです。新しい{車種ジャンル}の登場が乏しく、既存の{車種ジャンル}でのマイナーチェンジを{高級化と高性能化}によって繰り返していました。それはバブル期にピークに達する。劣位メーカーまでが面子を競うかのように、大して売れない最高級車を市場投入したことに象徴されます。
当時は、「オピニオンリーダーが受け入れたものが一般の人々に売れていく」と言われていました。ここで{オピニオンリーダー}とは車マニア、車というメカに詳しい人ということです。市場全体が<送り手側のモノ提供の論理>にあったために、メーカーに車を作る人がいて、世間に車に詳しいオピニオンリーダーがいて、それに盲従する一般消費者たちが実際にいたのでした。パラダイムとは恐ろしいもので、誰もそんな状態をおかしいと疑うことはなかった。みんながオピニオンリーダーになることや、人より早くより高級高性能の新車を手に入れる初期購入者になることに夢中だった。特に注目すべきは、女性が口を挟む余地がほとんどなかったことです。女性の影響力は強くなりつつありましたが、一般的には「車は男のモノだから男性に任せておけばいい」と思っていたのでしょう。すべて<無意識のパラダイム>の呪縛です。
そうした状態が、1989年マツダの「ユーノスロードスター」が登場し、女性を含めた人気を博したあたりから変わりました。ちなみに私が「新しい車種ジャンル開発」に携わったのもその当時でした(「主な業歴」)。
「ロードスター」の開発に携わった人に聞いたところ、じつは、カーマニア向けに{軽量小型の本格的な大衆価格のスポーツカー}を作ったそうです。ところが発売してみると、マツダの予想に反して、特に車が好きだったり車に詳しかったりしない、お洒落な中年男(当時「ナイスミドル」と呼ばれた)や女子大生にも好評だったのです。彼らの方がカーマニアよりも圧倒的多数なのは言うまでもありません。
つまり、マツダは「大衆スポーツカー」という車種ジャンルにおいて<送り手側のモノ提供の論理>で{高級化と高性能化}を行ったつもりが、生活者側は<受け手側のコト実現の論理>で新しい車生活を実現するツールとして受け止めたのでした。
敢えて「生活者」と表現して「消費者」と書きませんでした。それは、従来の似たり寄ったりの車なら買うつもりのなかった人までが、「ああ、こういう車なら欲しい」と購入したケースが実際に多かったからです。ドラッカー流に言えば、まさに{顧客創造}をしてしまったのです。お客様という「受け手」は、必ずしも今買っているユーザーとは限らないし、さらにコンドマニアのように実際のユーザーであるとも限りません。
80年代後半のバブル期、人々のレジャー意識が高揚した。会社や学校の行き帰りも自分のレジャータイムにしたい(コトの画期的な意味)。それも休日と同じ自由で解放感に満ちた感覚で(コトの個性的な感覚)。そういう潜在的欲求が高まっていたのです。今でこそ、勤め先の会社にスポーツカーやRVで乗り付けても眉をひそめられないが、80年代前半はまだまだ顰蹙をかう時代だっだ。世の中に大衆スポーツカーがなくて高級スポーツカーしかなかったことも、一億総中流化の社会通念からの抵抗を強めていたと思います。
それが大衆スポーツカー「ロードスター」が登場して、前述のような潜在的欲求を掘り起こし満たしてしまった。単なるレジャーカーであれば90年代後半にかけてブームとなる4人乗りのRVでもいいのだが、なぜ2人乗りなのか。そこに着目すべきでしょう。通勤や通学は基本的に一人ですることで、寄り道してのデートも二人ですることだからです。なぜオープンカーなのか。日常的なストレスを日々蓄積させないで、発生直後の帰宅時に発散してしまうのに最も効果的だからです。以上のような理由で、生活者からは{2シーターのオープン}だけが注目されました(モノの特徴的な機能)。従来のオピニオンリーダーが蘊蓄を垂れていた、最高速度、駆動方式、馬力回転数といったマニアックなスペック(モノの画一的な機能)は、新しい顧客たちにはまったく問題にされなかったのです。
新しい顧客たちにとって、ロードスターは「大衆スポーツカー」という「品種」ではなく、「日常的リフレッシュメントツール」という「品態」でした。つまり、新しい顧客を創造する新しい{車種ジャンル}の登場だったのです。
後に軽自動車枠の同様の「品態」としてホンダの「ビート」が登場します。これも世界的なヒットになりました。
しかし、マツダにとっては大きな問題が残りました。それは、マツダ自身が「品態」の戦略性を理解しなかったことです。私の主張は単なる発想法として受けとめられてしまいました。マツダの新車開発子会社M2は、「ロードスター」のヴィンテージ・バージョンの限定車を作ることに専念し、マツダ全体としてもバブル崩壊の後まで高級高性能化路線の新モデルを世に送り出すことで巻き返しがはかれると考えたのです。小生が若手プランナーとともに進めていた<受け手側のコト実現の論理>を先取りした新しい{車種ジャンル}づくりは結局日の目を見ませんでした。
ここで{コト}とは{新しい車生活}のことです。それまでのモノの{高級化と高性能化}という手段ではもはや達成できない目的でした。
そして皮肉なことに、ロードスター以降、競合他社の方が「品態」の戦略性を打ち出す新商品をヒットさせていきました。
日産のエスカルゴ
1989年1月から2ヵ年に約2万台製造された。街のお店屋さんにお洒落な業務用車として人気を博した。特徴はカタツムリのようなスタイリング。内装もセンターメーターにベンチシート、インパネシフトに超ハイトパッケージにキャンパストップと、10年後の人気車「トヨタのファンカーゴ」の特徴を先駆けていました。
(ただし、日産社内ではエスカルゴの評判は芳しくなかった。技術の粋を結集した日産を代表する車ではないと見做されたのです。小生は、日産の社内指名コンペに参加したことがあります(「主な業歴」)。その際、「恋愛生活車」というコンセプトで、エスカルゴをベースとした、カップルがお台場の海浜道路や、たとえば四ッ谷の上智大学生ならば大学近隣の土手沿いに駐車してままごと遊びのように食事したり昼寝できる「品態」を提案しました。しかし、重役を前にした社内発表会では、エスカルゴをベースにした提案は許されず、関係者の要請に従いスポーツタイプの模式図で発表したという経緯がありました。<受け手側のコト実現の論理>では、花屋さんのエスカルゴを街で見かけてカワイイと思う女子大生の目を引く顧客志向の方が技術の結集よりも重要です。しかし、そうした正にマーケットインの思考が、残念ならが平成6年当時の日産には受け入れられなかったのです。
ちなみに社内指名コンペの際の小生の副案は、「知識ワーカーとしてのビジネスマンが車を止めて助手席側にある固定テーブルに向け運転席を回転させてパソコン作業などをするパーソナル・オフィスカー」でした。2002年の業務用車のモーターショーで日産が出展したコンセプトカーに、後部座席がベンチシートであるところまで繋がるアイデアでした。しかし、これも当時の関係者からはまったく評価されませんでした。小生は、サンルーフが運転席側上部だけの縦形でリクライニングした時に全身で日を浴びることができることにまでこだわったのですが、コンセプトカーがそのようになっていたかは未確認です。)
トヨタのRAV4
1994年に登場したスポーツシューズのような小型SUVの先駆。初代は、革新的なパッケージングとキュートなルックスもあって、若い女性を中心に絶大な支持を集めた。乗用車的なドライブ感覚とオフロード4WDの走破性を併せ持つクルマとして、「ライトクロカン」という新しい{車種ジャンル}を確立しました。
マツダのボンゴフレンディ
1995年に登場した4代目は「家族や仲間のためのレジャー基地」をコンセプトに開発された。特徴はロフト(屋根裏)空間をつくりだす電動のオートフリートップ 。車がとまっている時の活用性を訴求したことはまさに画期的でした。
(解散したM2出身者の話では、この車のロフト空間は、当時まだ4輪駆動ではなかったフォードMVPをどうにかしてマツダが日本で売る苦肉の策として、M2の若手プランナー残党が発案したとのことでした。小生が関わった「車をとめている時に活用する」という抜本的なマーケットイン戦略が日の目をみた数すくない例外でした。)
トヨタのwill
2000年1月から2ヵ年に製造されたviは、住居でインテリアやアートを楽しむ時のデリケートな感性で評価される自由で高度なデザインを特徴とする、従来のトヨタにはない打ち出しでした。車を感性表現の一環でとらえる人々、特に女性の好評を得ました。
「ロードスター」が人気を博して以後、以上のような新しい「品態」が登場して、新たな{車種ジャンル}という市場と、「そういう車なら買ってもいい」と思う新しい顧客が創造されるようになりました。
つまり、車メーカーが、<受け手側のコト実現の論理>で潜在ニーズを顕在化させる形の商品開発を行うようになったということです。
「品態」車種は、メジャーな「品種」車種に比較して市場規模は小さい。しかし、指名買いゆえ価格を維持できること、特定の生活シーンへのフィットゆえファンの愛着が強いこと、よって中古でも値崩れしないことなどの市場特徴をもちます。
一方メジャーな「品種」車種は、似たり寄ったりなので価格競争にさらされ利益率が圧迫される。そして、頻繁なマイナーチェンジで陳腐化がはげしいので中古が値崩れしやすい。
このように大きな違いのある「品種」市場と「品態」市場の優劣を、単純に新車の売上台数の多寡で評価することはできません。
たとえば、かつては顧客が中古価格が値崩れする前に新モデルに乗り換えるという購買行動が旺盛でした。メーカーもそれに呼応することで売り上げを維持拡大してきました。しかし、新車への買い替えが鈍化し中古市場が拡大してくると、中古でも値崩れせず、自分のライフスタイルの個性的表現となるこだわりの「品態」車種の顧客にとっての価値は、新車中古の両方で高くなります。そして優位メーカーほど中古車販売やレンタルリースを含むトータルな事業再編を、顧客価値に呼応した形で押し進めています。今後は、トヨタを中心に通信や保険などのサービスを一体化した「品態」車種が登場してくることでしょう。
オーディオにおけるパラダイム転換
80年代までは、{ビクターかサンスイか一目で分からない同じような日本製オーディオ}がほとんどでした。オーディオマニアでなくても、ふつうの女子大生でも見分けられるようなオーディオ機器は少なく、似たり寄ったりの商品が多かった。現在も、一つの新しい機種ジャンルが売れ筋となると競合が参入してきて同じような状況が発生している。そんな状況が現在よりももっと顕著だったということです。新しい機種ジャンルの登場が乏しく、既存の機種ジャンルでのマイナーチェンジを{高級化と高性能化}によって繰り返していた。それはバブル期にピークに達する。ステレオだけでなく、大型CDラジカセまでもが{高級化と高性能化}を追求して似たり寄ったり状態になったことに象徴されます。ラジカセが高級になってどうするのだろう?とは誰も思わなかったのです。
当時、「オピニオンリーダーが受け入れたものが一般の人々に売れていく」と言われていました。ここで{オピニオンリーダー}とはオーディオマニア、オーディオ機器というメカに詳しい人のことです。市場全体が<送り手側のモノ提供の論理>にあったために、メーカーにオーディオ機器を作る人がいて、世間にオーディオ機器に詳しいオピニオンリーダーがいて、実際にそれに盲従する一般消費者たちがいたのです。パラダイムとは恐ろしいもので、誰もそんな状態をおかしいと疑うことはなかった。みんながオピニオンリーダーになることや、人より早くより高級高性能の新商品を手に入れることに夢中だった。特に注目すべきは、女性が口を挟む余地はほとんどなかったことです。女性の影響力は強くなっていましたが、たとえ自分用のオーディオでも「オーディオ機器は男のモノだから男性に相談しよう」と思う人が多かった。なぜでしょう。それはパラダイムが、音楽を愛する生活へのこだわりではなく、オーディオ機器へのこだわりでしかなかった、ということです。すべて<無意識のパラダイム>の呪縛です。
そうした状態が、1979年ソニーの「ウォークマン」が登場し人気を博したあたりから変わりました。
ウォークマン1号機「TPS−L2」は、「いつでもどこでも手軽に音楽を楽しむ」をコンセプトに1979年に発売された。以来「外に音楽を持ち出す」というライフスタイルの変革を起こし、そのコンセプトはCDやMDなどの新メディアに受け継がれ、今もなお市場を拡大し続けている。
ウォークマンが登場するまでは、オーディオ音楽はどこかに座って聴くものだと誰もが思っていました。携帯ラジカセはあったものの、一般的に持ち歩きながら聴くことはなかった。それがウォークマンの登場で、会社や学校の行き帰りも自分のリスニングタイムにすることができるようになった(コトの画期的な意味)。さらに、ヘッドホンで聴く音楽は、まるで頭の中で鳴っているような従来にない感覚でした。歩きながらあるいは通勤電車の中で頭の中で音楽が鳴っていると、まるで映画の世界に舞い込んだような妙な気持ちになったものです。自分だけの世界に入れるという意味で自由で解放感に満ちた感覚でした(コトの個性的な感覚)。
初代のウォークマンは、子供のお弁当箱くらいの大きさと重さがあって、肩からさげました。今のMDウォークマンに比べて比較にならないほど嵩張るものでした。それでも当時、ウォークマン以外では得られない快適な使用感が不都合を意識させなかった。生活者には、機器というモノのスペックの善し悪しではなく、新しいライフシーンというコトが何よりも魅力だったのです。そんなコトを実現する{携帯ヘッドホンステレオ}という点だけを人々は評価しました(モノの特徴的な機能)。従来のオーディオのオピニオンリーダーが蘊蓄を垂れていた、○○デシベル、○○ウーハーといったマニアックなスペックは、女性を含む新しい顧客たちにはまったく問題にされなかったのです。
女性を含む新しいオーディオの顧客にとって、ウォークマンは、「携帯ヘッドホンステレオ」という「品種」ではなく、「日常的リラグゼーションツール」という「品態」なのでした。そのことは、それまでの高級高性能化路線が「非日常的なリスニング空間」を標榜していたことと対照的です。つまり、新しい顧客を創造する、新しい{機種ジャンル}の登場だったのです。
じつはマツダの「ロードスター」と同様、ソニーも<送り手側のモノ提供の論理>で「ウォークマン」を{携帯可能な軽量小型の本格的なヘッドホンステレオ}として作ったそうです。しかし、世界の若者たちは<受け手側のコト実現の論理>でウォークマンに飛び付いた。マツダと決定的に違ったのは、ソニーが<受け手側のコト実現の論理>を客観的に理解して{商品開発のパラダイム転換}を世に先駆けて明快に遂行したことでした。
ウォークマンを軽量小型化する過程で、特に女性に好感されるファッションアイテム化、若年層に好感されるガジェットアイテム化するデザイン戦略をとる。これは機能をパッケージングするだけの従来の男性に好感された工業デザインとは一線を画すものでした。この流れは、今日のサイバーショットやバイオといった象徴的ソニー「品態」の開発戦略とデザイン戦略に繋がっています。
ソニーとマツダにみる{商品開発のパラダイム転換}戦略の採用不採用の違いは、バブル崩壊後の長引く平成不況の下、片や世界を代表する優良企業に成長し、片やフォードに吸収されるという企業の命運の違いに繋がっています。
考え方の基本的な枠組み「パラダイム」、それも無意識のパラダイムをいかに意識化してそれを踏まえた戦略性を体質化できるかどうかは、企業にとってことほど左様に重大な分岐点になります。
21世紀初頭の現在、情報家電業界に限ってみても、総合家電と呼ばれるメジャーな「品種」をラインアップしてきた大手メーカーが落ち込み、特定のライフシーンにフォーカスして新しい「品態」を次々に打ち出してはメジャー「品態」に育ててきたソニー、シャープ、カシオ、最近ではサンヨーといった個性派の大手メーカーが健闘しているのは、偶然ではないでしょう。
潜在ニーズという受け手の<無意識のパラダイム>、そして本来それに対応すべき自分たち送り手の<無意識のパラダイム>の両方を明快に意識化してその問題性に対処できるかどうかが、企業の経営戦略に決定的な影響を与えることは、明白です。
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