第二章 「物事の価値」と「パラダイムの転換」

 

 

。 世の中の小さな転換を分析しよう!

(マーケティング戦略の核心)

----- 商品/商売/店舗にみる「価値形成の構造転換」 -----

 

「店種」から「店態」へ



 みなさんは「店種」という言葉を、耳にしたことがあるでしょう。
 しかし、「店態」という言葉は、聞いたことがないと思います。
 これは、「品態」「業態」「事業態」と4つ合わせ1セットになる私の考案した造語です。

 ここでは、
 <送り手側のモノ提供の論理>で価値形成された店舗が「店種」
 <受け手側のコト実現の論理>で価値形成された店舗が「店態」

 と定義します。

 注意していただきたいのは、商売のあり方である「業種」「業態」と混同しやすいことです。
 「店種」「店態」は、店舗のあり方です。単にモノを揃えて売るだけの店は「店種」だが、「店態」は生活者や顧客という受け手にとって情報受発信の広場となっている。そこに着目してほしい。


 バブル崩壊後の厳しい時期に成長した店舗のほとんどは、従来の「店種」ではなく新しい「店態」になってきています。また、ネット上のサイトも情報の店舗と捉えれば、人気サイトのほとんどは「店種」ではなく「店態」であることに気づかされます。売り手と買い手を繋ぐ市場であったり、男女の出会いの場であったりしますね。

 この「店態」が、従来の「店種」しかなかった状況で台頭しはじめたのは、80年代でした。
 具体的な事例を上げて確認していきましょう。

 

 まず、大型CD店「ヴァージンレコード」を例に洋楽鑑賞生活の話をするのが分かりやすいです。

 今のような大型CD店が繁華街にできる前は、自宅近所の街にレコード屋があってそれを利用していたのが全国の一般的な姿でした。洋楽の鑑賞生活は、ジャズやソウルといった好きな洋楽ジャンルのFMラジオ番組を録音しながら聴く。これを「エアチェック」と言いました。洋楽レコードは高かったので、好きな音楽に出会っても録音テープを聴いて満足した。マニアは、クロムテープとかメタルテープといった高いアナログテープを使ったものです。しかし、どうしてもこれはレコードで持っていたいという場合がある。そんなレーベルはメモをして近所のレコード屋に行く。たいてい個人のとんがった好みのレーベルは在庫がないので取り寄せてもらうことになる。
 こんな形で利用していたレコード屋は「店種」でした。
 なぜなら、注文のあったものを取り寄せて売ればいい、在庫を最小限にしてリスクなくできる<送り手側のモノ提供の論理>に都合のいい商売だったからです。

 1990年、新宿の丸井本館の地下にオープンした「ヴァージンレコード」を皮切りに大型CD店が各地にできました。それから洋楽の鑑賞生活は一変します。自分の好みの洋楽ジャンルでどのような新譜がでていて話題になって流行っているのかを、いちいちFMラジオ番組でチェックする必要がなくなりました。大型CD店になにかのついでに立ち寄って好みの音楽ジャンルのコーナーに行けば、話題の新譜がディスプレイされていて試聴できる。気に入った新譜を試聴して買うに値すると思えば買って帰る、という洋楽鑑賞生活になったわけです。(CDレンタルショップが登場してからは、新譜を買わなくてもいずれ借りればいいという選択枝も生じている。映画で言えば、ロードショーでみずにレンタルビデオがでるのを待つ、そんな選択枝と同じですね。)
 こんな形で利用する大型CD店は「店態」です。
 なぜなら、お客はCDを買いに行くのではなく、まずどんなCDが最近でたかを知りに行く。気に入ったものに出会った時だけ買えばいい(コトの画期的な意味)。気ままに店に立ち寄れば買わなくても音楽感性の集積感があって飽きない(コトの個性的な感覚)。そんな<受け手側のコト実現の論理>で生活者に歓迎される店舗だからです。ここでコトとは音楽鑑賞生活のことです。

 大型CD店のような「店態」が可能になるには、レコードからCDへ商品が変わることが必要でした。小型でデジタルのCDになったから、集積した品揃えができるようになったし、試聴もボタン操作だけのセルフサービスでできるようになったのです。(かってレコード屋では、試聴はお一人様2枚までと制限され、いちいち店員がレコードに針を落として客には触らせないところが多かった。)
 しかし、レコードからCDへのテクノロジーの進化は、「店種」「店態」に変える必要条件ではあったが、十分条件ではありませんでした。そこには、やはり「ヴァージン・メガストア」という欧米の「店態」コンセプトの導入が必要でした。(その証拠に、最近はラッパー向けのレコード店があって、ラッパー生活を創造支援する「店態」になっている。つまり「店態」かどうかは、基本的にはテクノロジーの問題ではないということです。)
 まず店舗の売場構成が、音楽CDだけでなく映画やアニメのビデオやDVD、テレビゲームソフト、音楽書籍、音楽生活雑貨と顧客の音楽鑑賞生活の実態に幅広く対応する。生活者はどこから音楽レーベルに興味をもつか分からないからです。
 商品展示は、{ディスプレイ}から{VMD(ヴィジュアル・マーチャンダイジング)}に変わった。ディスプレイとは衣料で言えばマネキンに洋服を着せて展示する手法で、レコードを掛けて店内で聴かせる手法にあたります。ディスプレイで使った商品はコストになり、しかもその分フェースを喰うので機会損失になる。一方VMDとは、群としての陳列商品自体にヴィジュアルに情報を語らせることです。衣料で言えば形状・色柄・サイズ別に整然と陳列して、客に商品の全貌を知らしめつつ自分の好みを効率的に探させる手法です。ユニクロの倉庫的な商品陳列はVMDを徹底した典型です。大形CD店のCDのジャケット面をよく見えるように陳列する手法がこれに相当します。(かってレコード屋では、このジャケット面をみせる置き方ができる枚数が限られていました。一方、大型CD店では、VMDに加えて店員による推薦メモが多数添付されるようになりました。)
 店員構成は、「東急ハンズ方式」とでも言えば良いでしょうか、ジャンルコーナーごとのスペシャリストに仕立てていく。そうでもしなければ集積した品揃えについて客からの細かい質問に応えようがありません。
 こうした全体システムがあって、多様な顧客の音楽鑑賞生活を多様に支援する店舗にはじめてなっています(モノの特徴的な機能)。


 以上の内容は概念図14のように整理できます。

(丸井は、こうした{生活者が買いたいモノを知りに行く}{いま流行っているコトをVMDを通じて知りに行く}「店態」を、情報発信性の高い都心部で積極的に模索してきました。

○スポーツとアウトドアのファッション&ギアを扱う「フィールド」

 サーフィン、スノーボード、ストリートバスケなどサブカルチャー的なスポーツが流
 行りはじめた80年代から、それらがメジャーになってアイテムをスポーツ用品ディ
 スカウンターでも売りはじめた90年代まで、流行に敏感な若者をとらえた。

○都市生活者のためのお洒落なインテリアと生活雑貨を扱う
「イン・ザ・ルーム」


 いろいろなテイストの個室を書き割り的に見せた渋谷店でコンセプトを実験したが、
 商品の買い替え頻度の少なさと商品陳列に面積体積を喰うことから、事業効率を達成
 できなかった。しかし、当初より、若者に普及しはじめた携帯電話を販売、携帯電話
 が自室の主要アイテムになることを予見していた。

などです。)

 

 

 

 

 

 大型CD店の台頭は90年代ですが、「店態」の本質が分かりやすいので例解させて戴きました。
 これで、以下のことを明快に理解して戴けるでしょう。

○ホームセンターと東急ハンズの違い

○かつての車用品店とオートバックスの違い

○かつての百貨店やGMSの玩具売場とトイザらスの違い

○ヒグチ薬局とマツモトキヨシの違い

 
 それらはすべて、前者「店種」と後者「店態」の違いです。

 「店種」は、買いたいものが生じた時にそれを買いに行く店です。
 生活者は買いたいものがはっきりしているから、近くて短時間に買える方がいい。
 一方「店態」は、買いたいものを知りたい時にそれを知りにいく店です。
 生活者は買いたいものに出会えば、はじめてそこで買う気持ちになる。だから楽しく時間を過ごせていろいろな情報を比較検討できる店がいい。
 そして、「店態」の方が「店種」よりも集客力と販売力をもちますから、結局は多店鋪化してバイイングパワーを上げて価格も安くしていけます。

 「店態」は、生活者や顧客という受け手にとって{情報受発信の広場}となっています。繁華街やショッピングセンターにあれば、店内までが習慣的な生活動線になっていく。しかし、買いたいものが生じた時にしか行かない「店種」は、たとえ店の前を多くの人が通るスポットにあっても、店内までは習慣的な生活動線にはなりません。
 「店態」には集客の戦略があり、「店種にはそれがないのです(戦術はありますが)。

 デフレで不振にあえぐ店舗が多い中、繁盛しているものは単に品質の高い商品を安い価格で売っている店舗ではありません。

○家族レジャーにもなる
郊外の100円ショップのダイソウやアウトレットモール

○客を競りに参加させるイベント鮮魚市場や
客をタイムセールに奔走させる鮮魚商店街

○深夜レジャーにもなるドンギホーテ

○デザインギャラリーを楽しむように見て回れる無印良品


すべて「店態」です。

 重要な「店態」の成立条件として、「1ジャンル1社ですべてが済む」という意味のブランド・ロイヤルティ(ブランドへの忠誠)の獲得ということがあります。
 たとえば、ギャップもユニクロもともに安価高品質のカジュアル衣料ジャンルの「店態」ですが、客はどちらかのファンに収斂しながらヘビーユーザー化していきます。
 店舗分析の観点からすると、日本のギャップが渋谷出店以降、ヤングに特化し続けたのに対して、ユニクロが原宿出店でヤングから火をつけながらもヤングアダルト、ミドルへとターゲットを拡大しつつ百貨店やスーパーに隣接出店していったことが、「店態」のもつ{情報受発信の広場}性を向上させ、より広い年齢層をヘビーユーザー化することに貢献したことが着目されます。
 心理的に年配者ほど{ユニクロの倉庫的な店舗}に立ち寄りやすく、{ギャップの舞台的な店舗}に入りにくい。年配客にとって、人から見られていることを意識しないで買物できることは重要な要素だからです。見られていることを意識して買物できることで気持ちをくすぐられる若者客向けの店づくりでは、心理的に抵抗があるのです。

 世界的には、安価高品質のカジュアル衣料は、ターゲットの年齢層を幅広くスケールアップできるジャンルであり、それによってスケールメリットを発揮して成長させるべきジャンルであります。ユニクロはそこを正確に把握していて、日本のギャップはそこを敢えて無視したようです。
 ギャップが{欧米で出来上がったブランド力をどのように日本で活かすか}を考えたのに対して、ユニクロは{ゼロからブランドを構築}してきました。
 ギャップのブランド価値が「アメリカンカジュアルでかっこいいけど結構安い」だとすると、ユニクロのブランド価値は「グローバルカジュアル、つまり安くてかっこいい」ではないでしょうか。前者は、{かっこいいけど結構安い商品を買いたい時にいく店種}です。一方、後者は、{安くてかっこいい商品って何があるのかを知りにいく店態}です。ユニクロのブランド価値を、アパレルの業界人はその商品そのモノに求めるのですが、むしろ小生はその店態に求めます。大量かつ多様な商品構成を明快に商品陳列している訳ですが、それを可能にする商品のあり方が店態というパラダイムで考え抜かれていると見るべきだと考えます。


 ユニクロの海外戦略と野菜ビジネスの今後については、以上のような店態のブランド価値を高める方向にいくかどうかを見守りたいところです。
 もし、商品そのモノのブランド価値を追求してきた従来の競合パラダイムを脱して、店態のブランド価値を追求する異次元パラダイムを戦略的に達成するならば、同一店鋪がリーズナブルな価格で{ニュース性のある新しい高品質の商品って何があるのかを知りにいく店態}という括りで、アパレル、野菜および健康食品、化粧品などを品揃えることも不自然ではなくなりましょう。

 野菜ビジネスについて言えば、「品質はいいが結構安い」野菜はデパ地下のタイムセールです。一方、「新しい品質の良さをもった」新グローバル野菜とは何でしょうか?その答えはさておき、生活者にとって{どのような新しい高品質グローバル野菜が流行っているのかを知りにいく店}になることがユニクロの成功の鍵と言えましょう。
 衣料においてサイズやカラーやデザインの多様なコーディネーションが歓迎されたように、いろいろな栄養の新グローバル野菜の多様なコーディネーションが歓迎されます。
 モノに精通した業界人ほど、モノ自体のテイストや質にこだわります。ブランド価値もその延長で判断しがちです。しかし、「ニュース性やコーディネーション」というモノのあり方つまりコトの方が、生活者側のコトニーズつまり生活ニーズに対応したブランド価値を直接的に示すのです。ユニクロが衣料において理解し実践してきたこの戦略的なブランド志向を、野菜においても大切にするかどうかが、企業ブランドとしてシナジーを高める成功的な多角化事業にしていけるかどうかの分かれ道になるでしょう。