第二章 「物事の価値」と「パラダイムの転換」

 

 

。 世の中の小さな転換を分析しよう!

(マーケティング戦略の核心)

----- 商品/商売/店舗にみる「価値形成の構造転換」 -----

 

「品種」「業種」「店種」から「品態」「業態」「店態」へ



 「品種」から「品態」へ、「業種」から「業態」へ、「店種」から「店態」へという商品/商売/店舗のパラダイム(考え方の基本的枠組み)の変化をみてきました。
 いずれも、「送り手側=提供者のモノ提供の論理」から「受け手側=生活者の生活実現の論理」への「価値形成の構造転換」でした。

 この動向は、日本国内では、80 年代を境に競争原理が顧客獲得をめぐって強まったために生じました。国際社会では、90年代に中国を筆頭に旧東側諸国が世界の生産基地化して競争原理が価格圧縮をめぐって強まったために世界的な動向となりました。いずれにせよ、市場の主導権が送り手から受け手の側に完全にシフトしたのです。

 いわゆる「顧客」志向も、言葉の正確な意味で、送り手側論理の「消費者志向」から、受け手側論理の「生活者志向」に進化しました。
 従来、企業は、モノを買ってくれるから「お客様」であるとして、既存顕在の「消費者」だけを相手にしていれば良かった。しかし、生活において様々なコトを実現しようとしている「生活者」に働き掛け、新しいニーズを創造することが厳しい競争環境を勝ち抜く企業課題になっています。
 つまり、新規潜在の「新しい顧客を創造する」ことが、本質的な競争テーマとなっているのです。従来の消費者向け「品種」「業種」「店種」で満足していた顧客に対して、新しい生活者向け「品態」「業態」「店態」を打ち出すことで不満足を感じさせるということです。

 (ですから、ドラッカーが「マーケティングとは顧客創造である」と言う時その「顧客創造」とは、既存顧客A、Bさんに加えて新規顧客Cさんを獲得するということではありません。既存顧客A、Bさんにも、これまでの「品種」「業種」「店種」ならば買ったり利用するつもりのなかった潜在顧客Cさんにすら、「品態」「業態」「店態」により新しい生活を実現する顧客A’、B’、C’にそろってなってもらうということです。)


 既存顕在の「顧客」の満足を高める競争も大切ですが、それ以上に、新規潜在の「顧客」の期待を新たな次元に高める競争に先行することが最優先されるようになってきています。新しい顧客期待に対する最高の顧客満足こそが課題なのです。
 これは「新しい市場を創造する」「新しい顧客を創造する」、正確には創造し続けることに他なりません。

 (当たり前過ぎることですが、「満足」とはすでに起きた過去に対する評価です。「期待」とはこれから起こる未来に対する評価です。競合と比べて「満足」が同程度満たされる時、生活者は「満足」と「期待」どちらの評価を重視するでしょうか。あるいは、既存の商品やサービスが同程度に成熟した時、投資家が投資先企業を選ぶにあたり「満足」と「期待」どちらの評価を重視するでしょうか。
 顧客満足が重視されますが、じつは顧客期待という対概念を軸にそれぞれの高中低を組み合わせたマトリクスとして評価されるべき事柄です。実際問題として、あまり期待されていないことでいくら満足が高くても、顧客を安定確保することは困難です。一方、初代のウォークマンのように粗削りでも新しい顧客期待を創出することで、潜在的な市場や顧客の創造は達成されます。
 {顧客期待を無視した顧客満足論}は、企業の革新を疎外していると言えましょう。)

 さてこのような「品種」「業種」「店種」から「品態」「業態」「店態」へのパラダイム(考え方の基本的枠組み)の転換は、事業主体の経営戦略ないし経営戦術としていかなる意味をもっているのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 「品種」「業種」「店種」の市場は、最終的に全体としての量的成長を鈍化させます。
 なぜなら、同質化する商品/商売/店舗をめぐる過当競争の果てに、最も効率の良くスケールメリットを発揮する優位企業だけが生き残って、劣位企業の売上を喰っていくからです。
 理論的には、仮に車がトヨタだけになったら、車を所有することは個人の差別化にならないから、レンタルや中古にシフトする人々が増える。仮にハンバーガーがマクドナルドだけになったら、ハンバーガーショップ自体を利用する頻度は落ち、他の外食利用が増える。現実には他の車メーカーやハンバーガーチェーンが無くなることは有りえないが、同質化する優位2〜3社のシェアが圧倒的に高くなれば、同様の現象が拡大するのも確かだ。また、こうした最終段階に至るシェア争いの過程でも熾烈な価格競争が生じる。これは買い控えを助長する。買うのを先送りした方が、より高品質のものをもっと安く手に入れられるからだ。よって、同質化競争は、当初から市場の量的成長を鈍化させる方向に作用しはじめると言えます。

 一方、「品態」「業態」「店態」の市場は、新しいものが登場した途端に全体の質的成熟を活性させる。
 なぜなら、商品/商売/店舗の受け手にとっての意味に独自性が問われそれに明快に答えるものは、それなりに安定した存在理由と生存領域とを獲得するからです。
 かつて{オーディオ市場}が{AV市場}に、最近はパソコンと連動する{AVパソコン市場}に、さらにインターネットと連動する{AVネットワーク市場}へと展開している。そうした新市場の誕生期には、必ず新しい「品態」が登場し、やがて旧「品種」市場を包み込む形で質的成熟を活性させてきました。

 「品態」は単なる新しいニッチ市場の誕生ではありません。次なるメジャー市場を発展させる契機となることがあります。
 また逆に、当初は一部先行者が打ち出した「品態」だったものも、市場が成熟するに従い多くの市場参加者が同質化競争する「品種」になっていくことも忘れてはなりません。それが商品のライフサイクルというものです。


 「品種」「業種」「店種」が存在理由を安定させるためには、つねにより安価でより広範囲な対象への商品提供を図らなければなりません。価格競争に打ち勝つためには、拡大政策による効率追求を図るしかありません。
 一方、「品態」「業態」「店態」は、競合ポイントが価格や商品提供の規模ではない要素にあります。

 価格が大切な競合ポイントである場合も、単にモノが安くて品質がよいだけでは満たされない要素が、じつはより重要です。
 百円ショップのダイソウも、高品質安価カジュアル衣料のユニクロも、世間でまことしやかに言われているように、SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)に象徴される{供給側体系}の「量の効率」だけで成功した訳ではありません。新しいニーズを創造しそれを満たす独自のウォンツを開発して、新たな次元の顧客期待を高めていく「質の効率」こそが成功の基盤です。これは生活者側からみれば{生活創造の効率}です。ダイソウは、日常的レジャーでもある100円ショッピングを創造しました。ユニクロは、家族全員の高品質安価カジュアル衣料がユニクロ1ブランドで揃うトータル・カジュアル・ショッピングを創造しました。こうしたコトは、いわばCCM(コンサンプション・チェーン・マネジメント)の{消費側体系}と言えます。「品態」「業態」「店態」は、生活者にとって{消費側体系}の契機、導入、インターフェースとして位置づけられてこそ成功します。


 送り手側の事業効率「量の効率」の否定されようもなく重要です。
 しかし、受け手側の生活効率「質の効率」の方がもっと重要なのです。
 この重要性を理解して競争に臨む企業が、生活者に最も歓迎される独自性を確立しています。そして結果的に事業規模を拡大しつつ事業効率「量の効率」をも最大化できているです。ダイソウもユニクロもいきなり多店鋪展開した訳では当然ありません。

 

 

 

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 マクドナルドは、バブル崩壊後の価格破壊の象徴となった半額バーガーを打ち出し一人勝ちの様相を呈していた。それが、藤田会長のデフレの集結予測に基づいて減額サービスを止めると、一気に客数が激減し経営不信に陥った。こうした動向をいかに理解すればいいのだろうか。

 一人勝ちしていたマクドナルドについて、マスコミやビジネスの専門家はその「事業効率」の良さだけを注目した。
 しかし、じつはマック一人勝ちの「事業効率」は、マクドナルドが戦略的に想定した顧客の「生活効率」を実現したために、達成できているた。つまり、マクドナルドは、じつは新たな顧客を創造したのであって、従来の顧客を質的に変化させないままの単なる薄利多売で事業効率化を達成したのではなかったのだ。

 バブルまで、マクドナルドは「品種」ハンバーガーを売る「業種」ハンバーガーショップであった。
 バブルまでは、対抗するモスバーガーの方が「品態」ハンバーガーを売る「業態」ハンバーガーショップであった。
 マックの作り置いた食べ物を売る安かろう不味かろう路線に対して、モスは注文を受けてから作る多少高いジューシーなグルメバーガー路線で、店舗もキッチンを露出させて、家庭のテイクアウトニーズを掘り起こした。食べ物ではなく料理した食事(ミールソリューション)を提供したのである。このモスの商品そのモノをブランド価値とする方向性はずうっと変わっていない。

 一方、マックは、長引く平成不況の大幅な家賃下落のもと、客席数を増やし店舗数を特定エリアに密集して拡大する。そして半額バーガーという世に言う価格破壊を打ち出す。そして薄利多売で利益とシェアを拡大した。
 この間、マックはあらたな「品態」を売る「業態」に進化したのであった。
 極端な言い方をすれば、マックはお客さまに店内で過ごすという{空間×時間}を売る商売に転向していたのである。

 客が店で食べるのは他のハンバーガーショップや外食でも同じである。しかし、マック並の客単価と客数で長く居られても商売になるハンバーガーショップや外食が他にあるだろうか。つまり、マックはそれでも商売になる事業構造に自らを再編してしまったのだ。しかも、スケールメリットを背景にマックのハンバーガーは着実に美味しくなり、最終的には注文を受けてから作る厨房方式に変更して、さらに美味しくしてしかも廃棄ロスを無くしてしまった。
 正確にはマックが売っているのは、2つの商品である。
 最も安価で美味しい「品種」ハンバーガー。
 そして、たとえば女子高生が友達が溜っているところに顔を出して少ないお金で飲み食いしながらだべって時間をつぶせるという「業態」、
 この2つなのである。
 たとえば客席数の多い店舗は、朝やランチタイムはビジネスマンやOLの前者の「品種」ハンバーガー需要に応え、4時以降は学生やヤングの後者の「業態」需要に応えている。利用者にとっては、節約も時間潰しも必要なコトなので飽きようがない。よって顧客はヘビーユーザー化する。
 ちなみにモスは、少しだが高いので節約しない時に利用が限られる。グルメが売りということは、逆にお客さまはメニューに飽きれば他のグルメな外食に流れる。よってモスでは、マックのようないつもみんなが溜っている状況が発生しにくい。客席数や客単価からも、お客さまはマック的な気軽さでは時間潰しがしにくい。モスのヘビーユーザーはマックよりも高い年令層で、彼らが居心地を求める場合、スターバックスやフレッシュネスバーガー(両者ともに{空間×時間}を売る「業態」)の方が寛げる感じがちだろう。

 マック独り勝ちの「事業効率」は、大幅な家賃下落を活かした出店攻勢と半額バーガーによる薄利多売、この両方を断行することで達成できた。
 しかし、それは、生活者が都心繁華街などに外出する際の居留ニーズとそれに対する価格意識を同時に捉える「生活効率」を、しっかりと前提にしての断行だったのだ。ヤングにとっては一人で入るマンガ喫茶に対して、友達と入るマックという位置づけだったのだ。

 では、そのマックが減額サービスを止めたとたんに客数が減り経営不振に陥ったのはどうしてなのだろう。
 単純にマックが安いから利用していた客が離れたからか。マックの経営陣もそう思いすぐさま減額サービスを復活したが客数は回復しなかったことから、原因はそんなに単純なものではないと考えざるを得ない。また藤田会長のデフレ集結予測の正しさを証明するかのように、コンビニの高級おにぎりやモスの高級ハンバーガーといった限定商品の人気も出てきたことから、減額サービスを止めたことは、それまでの常連客のマック離れの切っ掛けにはなったが原因ではないと見るべきではないか。つまり、ピストルが火を吹いた切っ掛けは引き金であるが、火薬の入った銃弾がこめられていたことにあたる原因が他になければならないのだ。

 精緻な分析検証をしなければ確かなことは言えないが、小生は、2つの動向が重なったのではないかと考えている。
 一つは、{空間×時間}を売るマックより魅力的で安上がりなものが、特にヤングの外出行動における{時間×出費}の全体に占めるシェアを喰ってきていたのではないかと推察している。
 具体的には、まず携帯電話である。たとえば、女子高生が学校帰りにいつものマックで集う習慣をもっていた。そこに減額サービスが止められて行かなくなったが、携帯電話で連絡を取り合いながらいろんな場所で落ち合ってみると、なあ〜んだこっちの方がいいじゃん、ということになったということである。習慣というものは惰性で続くが、いったん何かの切っ掛けで習慣の無用さが分かるとそこで習慣は断ち切られて元には戻らない。そのようなことが、敏感に反応する女子高生からはじまって男子や大学生さらには中学生へと広がっていった。
 いま一つは、朝とランチタイムのOLやビジネスマンと土日の家族連れを主要ターゲットとする「品種」ハンバーガーが減額サービスを止めたために客が離れた。客は競合のハンバーガー店や外食業態に流れたが、そこでけっこう安くておいしいものに出会い、しかも日替わりでいろいろに楽しむことの気持ちのリフレッシュメントを思い起こした。それですぐに減額サービスが再開されても、元のマックを耐乏生活的に利用する習慣には戻れなかったのではないか。大人ほど健康志向が増し、また少なくてもおいしいものを変化をもって食べることによる精神的なリフレッシュメントを重視するものだ。
 その点、競合のハンバーガー店は、フレッシュネスはオムレツバーガーやフレッシュネスサラダや絞り立てジュース、モスはチリホットドッグやきんぴらライスバーガーや和風デザートなどで、毎日利用しても飽きずに楽しめる品揃えをしていた。女子高生の目的は友達とおいしいものとおしゃべりに共感しながら集うことであって、けっして量を食べることではない。ダイエット志向ということからもそうだろう。おいしいものを少なく食べる。店で長居しにくかったら外で食べればいい。若年層の先行指標である女子高生もそうした傾向をもったのかも知れない。

 さて、こうして大量集客と薄利多売によって採算があう{空間×時間}を売るマック「業態」と「店種」ハンバーガーの魅力が相対的に薄れてしまうと、マックを一人勝ちさせていた受け手側の「生活効率」と送り手側の「事業効率」との連鎖が粉砕されてしまった。
 マクドナルドの一気の経営不振化の原因はここにあった。
 マックには、新しいマックユーザーの現状に合わせて縮小均衡することから立て直しを図るしか打開策はなかったのだが、当初、拡大したスケールをフィックスしたまま、減額サービスの復活やまたの中止の迷走など、小手先の対症療法で打開しようとしたことが傷口を広げたと解釈できる。
 マクドナルドと並ぶアメリカを象徴するものにコカ・コーラがある。コカ・コーラは、当初はペプシと商品そのモノの競争をしていたが、やがて日本独特な自販機事情での品揃えと自販機シェアいうコトに競争の次元を移した。
 マックの場合、コトの競争とは品揃えと多店鋪化の戦略の競い合いにあたる。ある時期に成功した戦略がそのまま成功しつづけることはない。マックが過去の成功パラダイムの中で打開策を模索するとすれば、不振立て直しはぼつかない。
 小生は、衰退を食い止めるためには、マックで出来たておにぎりと入れ立てのお茶も飲み食いできるようにするのが良いと思っている。
 ちなみに、イタリアのマックではスパゲッティが食べられ、スペインのマックでは日本のお味噌汁にあたるガスパチョが飲めるのだ。まるで、コカ・コーラの自販機で日本茶が買えるようにである。

 

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 「品種」「業種」「店種」は、送り手側の事業効率「量の効率」の中でしか質を検討できない。
 「品態」「業態」「店態」は、受け手側の生活効率「質の効率」の中で量を検討できる。
 そして、両者が経営戦略としては致命的にまったく逆となる3つのことを指摘したいと思います。


 まず第一に、生活者の利用する心理が異なります。
 前者の「○○種」は、一番安いから、あるいは一番近いから利用します。
 後者の「○○態」は、安くなくても、遠くにあっても、是非利用したいから利用します。


 第二に、事業経営の安定性が異なります。
 前者の「○○種」は、競争に勝つ主要手段がスケールメリットによる効率追求です。将来を見越した事業安定のためには拡大政策を必要とします。(自社単独でするか、他社との提携や合併でするかという戦術の選択があります。)
 同質化競争は激化の一途をたどるから、1位以外の企業にとってはじつは長期的な事業リスクは著しく大きいと言えます。
 後者の「○○態」は、あくまでそれが実現する生活(あるいはビジネス)の独自性を、総合的な生活体系(あるいはビジネス体系)の新しい次元によって提示して、最初に顧客期待の高度化を図ります。
 事業安定のためには、高い期待を抱いた新しい顧客との関係性を創り深めっていくことが何より大切です。ソニーのバイオやサイバーショットの初号機の目的は、短絡的に大量に売ることではありませんでした。新しい顧客の次号機への期待を高めてその早期購入者へと変貌させるべく、商品ブランドの中核となるヴィジョンを明快に提示することにありました。それは、ウォークマン以来のソニーのブランド戦略なのだと思う。安易な商品供給の拡大政策は、長い目でみて顧客の生活効率つまり「質の効率」を低下させ、顧客との関係性を散漫にするリスクが著しく大きいのです。


 第三に、見落とされがちな重要な要素です。働く人々の働く喜びや、働くことで育成される職能が異なります。
 「品種」「業種」「店種」に関わる働きは、企画にしろ運営にしろ、事業効率つまり「量の効率」の中でしか質を検討できなません。
 一方、「品態」「業態」「店態」に関わる働きは、企画にしろ運営にしろ、生活効率つまり「質の効率」の中で量を検討します。
 そして、働く喜びや育成される職能は、後者の方が、前者にくらべてより個性的で創造的であることが一般的です。
 平成不況が長引くとともに、有能な人材の流動化が進みました。その際、ソニーやリクルートといった「○○態」開発志向の強い企業の人材の活躍が目立ったことは偶然ではありません。
 若い人々ほど、「○○種」「○○態」の違いを生活者として肌身で感じています。ちなみに、ドトールコーヒーに就職したいという若者に出会ったことはないが、スターバックスに是非就職したいという若者には事欠きません。
 これまでは業界によって企業の人気が左右しましたが、徐々に業界に関わらず「○○態」志向の企業の人気が高まり、自分の個性や独創性を活かしたいという人材が集まるようになっています。
 つまり、企業の「○○態」志向の有無ないし強弱は、すでに人事戦略に著しく大きな影響を及ぼしているのです。





 

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 IR(投資家向け広報)や株式評価において、「○○態」開発に力をいれる企業が有利なことは、すでに蛇足であろう。

 トヨタの株式時価総額とホンダのそれとを比べると、両社の売上比以上の何倍かの開きがある。
 それは、トヨタの成長見込みがホンダのそれより高くマーケットに評価されているということだ。では、その根拠は何なのか。

 特に影響しているのは、 
 環境世紀に向けての「品態」カテゴリーである「ハイブリッド車」をはじめ        とするエコカー開発。
 IT世紀に向けての「業態」カテゴリーである「自動車向け情報提供サービス(ITS)」や「eコマース(ガズー)」。従来から自動車保険や販売金融の利益が大きいトヨタゆえの「業態」カテゴリーである「クレジットカード」などであろう。
 {同じ顧客からの利益源泉を多層化する経営戦略}が、ホンダを遥かに凌駕するものとマーケットが評価している。つまり、{顧客数比を反映する販売台数比}以上の何倍かの評価をしているのだ。

 企業のステークホルダーは、株主、顧客、従業員、債権者、そして地球であると言われる。
 企業の「○○態」開発志向は、まず顧客や地球を優先した「生活効率」のためになり、従業員の「働きがいや独創性」のためになり、株主の利益「株価向上」のためになる。借金のある企業の場合、債権者は、旧来からの鳴かず飛ばずの「○○種」路線による良くて金利だけの支払いよりも、新たな「○○態」を打ち出してのヒットによる元本返済を求めるということもあろう。 
 つまり「○○態」志向は、ステークホルダーという経営戦略のすべての受け手からも必要不可欠と見なされているのだ。

 もちろん、古くは鉄鋼、新しくは半導体など、基盤的な技術シーズと量産体制というハード体制がすべてを決める「○○種」の産業というものもある。そこでの「○○態」開発にはそもそも限界があったり、開発可能な特殊な「○○態」はすでに他社が特許を独占してやっていて参入できない、といった状況もあろう。
 しかし、そこで通用しているルールは、わずかな優位企業がスケールメリットによって安定できるということだ。
 わずかな優位企業にのみ有利なルールを、すべての企業が正しい筈だと右へ倣えしていて済むわけはない。
 確かに、事業提携やソウトソーシングという「事業効率」を維持向上させる戦術はある。
 しかし、優位企業同士が提携すれば、劣位企業同士が提携しても対抗できない。また、アウトソーシングは仕事を外に出すことであり、事業提携は、部分的な合併みたいなもので2つの会社が1つになる方向、つまり合併に近づくことを意味する。その分雇用者にとっては、仕事が減る。優位企業同士の合併となればリストラの大鉈も振るわれる。それこそが「事業効率」の追求だからだ。



 私は、企業が「事業効率」の向上を目指すのは当然であると思う。しかし、従業員がただ単純に「事業効率」の向上を目指すしかない「○○種」路線に没入していることは、被雇用者としての自分の首を絞めていることとしか思えない。長期的に将来をのぞむ賢明な者ならば、リストラの可能性の高い「○○種」路線に、心安らかに全力を尽くすことがどうしてできようか。
 それで出世して厚遇されるのは、一部の成績トップの高級管理職と不可欠な独自技術をもったスペシャリストだけではないか。あとの交換可能なすべての従業員は、常にコスト圧力にさらされる宿命にある。終身雇用制が崩れたということは、きつい言い方をすれば「替えがきく人材は買いたたかれる」ということだ。

 私が「○○態」開発志向にこだわる理由は、それを成功させた部門が世の中で「替えがきかない組織」となり、そこで蓄積された経験やノウハウが世の中で「替えがきかない人材」を育成することになるからだ。
 世の中で「替えがきかない組織」の「替えがきかない人材」は、買いたたかれるどころか、ヘッドハントされたり、ことによってはみんなで協力してWBOをしたり、自分でベンチャーを立ち上げたりできるようになる。

 大方の企業でみうける閉塞状況は、過去の「○○種」開発の成功体験をもった経営幹部が、現場や若手の「○○態」開発志向の芽を潰しているケースである。
 そして、はなから「○○種」志向以外の発想ができない官僚的な中堅幹部が、保身のために「○○態」へのパラダイム転換を拒絶しているケースである。

 平成不況がデフレ経済として定着したとさえ思える21世紀初頭の日本、経済的には「マイナス・サム社会」である。そんな状況下、企業の経営の先行きを判断することは、バルブまでの「右肩上りの時代」や平成不況初期の「ゼロ・サム社会」の時期に比べて、とても容易である。

 その企業が「○○種」路線であれば、事業効率の最高の優位企業であるかどうか。
 その企業が「○○態」路線であれば、高度成長期のような技術開発主導の「やってみなはれ」やバブル期のような販売促進主導の「イケイケドンドン」ではなくて、確かな<受け手側のコト実現の論理>にのっとった需要創造戦略主導のロジックとインテリジェンスを組織として戦略的にもっているかどうか。
 それを見れば誰の目にも一目瞭然だ。

 <送り手側のモノ提供の論理>にある<無意識のパラダイム>を意識化して
 <受け手側のコト実現の論理>への転換をはかることを怠る
 そんな企業や部門に先行きの安定はない。
 それがビジネス史が教えている原理原則である。

 

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