天龍寺の峨山(がざん)和尚が、ある時食後の腹ごなしに境内の池の畔(ほとり)をぶらぶらしてゐた事があった。池には肥えふとつた緋鯉だの、真鯉だのが、面白さうに、戯(ふざ)けあつて、時々水の上へ躍り上がるやうな事さへあつた。
峨山和尚は立ちどまつて池のなかを覗き込んだ。世捨人の和尚の身にとつても、納所(なつしよ)坊主の他愛もないお談義を聴いてゐるよりか、鯉の戯けるのを見てゐる方がずつと面白かつた。和尚は夢中になつて凝(じつ)と見とれてゐた。すると、だしぬけに後から、
「和尚さん。」
と呼ぶ声が聞こえた。
和尚は後方(うしろ)を振向いてみた。そこには近所の悪戯(いたずら)つ児が一人衝立(つつた)つてゐた。
「和尚さん、あの鯉一尾(ぴき)わてにお呉(く)なはんか。」
子供は今和尚の目の前へ筋斗(とんぼ)がへりをした大きな鯉を指ざしながら言つた。
「ならんならん。」和尚は木の株のやうな頭をふつた。「この鯉はみんな飼つたるさかいな。」
「そない言はんと、一尾(びき)だけお呉なはんか、和尚さん。」
子供は嬌(あま)えたやうに和尚の袖を引張つた。和尚は笑い笑い袖を引き離した。
「いや、ならんならん。鯉を捕(と)るのは殺生やよつてな。」
子供はわざと戯けたやうに、指先で和尚を突(つつ)つく真似をした。
「そない言うたかて、和尚さん、自分でこつそり捕つとる癖に。」
和尚は眼を円くして子供の顔を見入つたが、流石に何(ど)うと言ひ解くわけにも往(ゆ)かなかつた。
(完本『茶話』中 富山房百科全書38 625頁以下)