巡 検
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1997年巡検
春巡検 2日目(98年2月28日)
参加者 前日の参加者に加えて三村先輩、夜からおしょう先輩、日浦君
行程 萩浦荘→秋芳洞→秋吉台展望台→秋吉台科学博物館→秋吉台自然研究路→萩浦荘
萩浦荘から車2台(じょーぢ先輩と武田先輩の車)とバス組に別れて秋芳洞に向かう。途中、車組はバスよりは速いからとガソリンスタンド、銀行、コンビニに寄ったが、あまりにも寄り道しすぎたためか、結局バス組より10分ほど遅れて到着した。
なお、今回はどの車にいつ乗るかをくじ引きで決め、しかも、2回ともバスに乗らなければならない人のバス代・じょーぢ先輩と武田先輩の車のガソリン代も考慮して、後で清算して各人の負担をできるだけ同じにするという2回生の人たちの発想(とくにややこしい計算をしてくれた佐野さん)には、頭が下がる思いがした。
秋芳洞
秋芳洞へはバス停から土産物屋さんがたくさん並んだ通りを抜けた場所にあるゲートで入洞料を払って入る。入洞料は1240円でやや高いような気もするが、日本一大きな洞窟だからこれくらいの値段なら許せる。洞窟へはそのゲートからしばらくどこに洞窟があるのだろうと思うようなうっそうとした森林の中を進む。すると、突然目の前に大きな洞口が見えてくる。入り口は高さ24メートル・幅8メートルもある。中に入ると高さが30メートル・幅が50メートルぐらいあるところもある。洞窟の中は川の流れの上に架けられた橋の上をゆっくり歩く。途中、皿をたくさん積み重ねたような「百枚皿」、天井からにょきにょきと垂れ下がった鍾乳石の「傘づくし」、高さ15メートル・直径4メートルにもなる巨大な石柱「黄金柱」などさまざまな石灰岩のオブジェがある。しかし、秋芳洞はこれらのオブジェの美しさというよりは、そのスケールの大きさが一番の見どころだと思う。幅50メートル・高さ30メートルもある巨大な空間が数百メートルにもわたって続いているのは、もはや言葉では表せないほどの感動だった。
「黄金柱」のすぐ横から数メートルのコンクリートのトンネルを抜けると黒谷支洞に出る。スケールはそんなに大きくはない。普通よりやや広いと言ったぐらいだろうか。しかし、入ってすぐのところに「厳窟王」、なかほどに天井から無数の鍾乳石の垂れ下がった「五月雨神殿」、出口にはきれいな石筍である「マリア観音」などがあり、とても美しい。あまりごちゃごちゃしておらず、シンプルでかつ美しさを感じさせる優れた鍾乳洞だ。黒谷支洞は、秋芳洞の本洞とは違ってとても静かだ。秋芳洞が多くの団体の観光客と自動放送によるガイドで騒々しいのに比べて、天井から滴る水滴が地面に当たって跳ね返る音が響いてくるほど静かである。洞窟は一般に見事な石筍や鍾乳石といった視覚的なものばかりの魅力が強調されるが、その静寂さも見逃すわけにはいかないだろう。騒々しい洞窟は洞窟ではなくトンネルに過ぎない、といっても過言ではないと私は思う。鍾乳洞の中を流れる川の音、天井から滴る水滴の音、こういったものなくして鍾乳洞は存在しない。また、黒谷支洞は照明もそれほど派手でなく、鍾乳石の本来の美しさが生かされているように思われる。最近は、さまざまな照明効果を狙ってかカラーのライトを設置し、しかもひどい洞窟になるとライトが一定間隔おきに色を変えるような洞窟まであるが、これではその洞窟が本来持っている美しさが台なしにされてしまう。洞窟のライトはたった1色それも普通の蛍光灯かナトリウムランプだけで十分。このような点で、黒谷支洞は、洞窟というものは本来こうでなければならないと思わせるような洞窟であった。
なお、秋芳洞は、一般の人が入って観光できるのは現在確認されている長さ(10km)のうちわずか1kmである。したがって、その奥には、水中洞窟が続いていたり、さらにその奥にはまた広い空間が広がっていたりする。秋芳洞は現在もまだ十分に発見し尽くされていない未知の部分のある、非常に興味深い洞窟である。
秋吉台展望台
秋芳洞を秋芳洞入り口から黒谷口まで歩いた後、秋吉台展望台への道を歩いた。昨夜は雨が降っていたので天気が心配されたが、運良くこのときはとても晴れていて、とても歩きやすかった。
展望台からの眺めはとても素晴らしく広大な秋吉台の台地が眼下に広がっていた。ただ、少し残念なことは我々が見たのは、よく写真などで見る青々とした草が生い茂った草原ではなく、枯れ草に覆われて(これは冬だから当たり前であるが)、しかもついこの前行われた山焼きによって真っ黒になった草原であった。
秋吉台科学博物館
秋吉台科学博物館は入館料が無料のためか建物・展示とも地味ではあるが、いろいろと興味深い展示があった。
目の退化したさかな
これは、実際に水槽に入れて飼っていた。そして本当に目はなかった。本来なら目があるはずの場所は体のほかの部分と同じ色の白い表皮に覆われていた。これは、数万年にもわたり暗やみの中で生活していくうちに目が退化しかわりにそれ以外の感覚組織が発達したと書いてあったが、とすると、この水槽(展示室の中にあるので当然明るい)で数万年飼っていると目が進化して出てくるのだろうか?
川底に突然開いた穴に吸い込まれて行く川の流れの写真
この写真ほど驚いたものはなかった。この川はほんとに普通の川である。幅は3〜5メートルぐらいであろうか。両端を数メートルの土手(片側はコンクリート製)に囲まれていて、近くに民家も写っているところを見ると、ほんとにその辺にある排水溝か小川といった感じである。そしてその川の流れの底に、ある日大雨の後突然大きな穴が開き、その穴に川の流れが滝のようにして吸い込まれていく写真である。この写真は秋吉台の地下には鍾乳洞が網の目のように発達していることを想像させるものであった。それはまた自分の立っている下に誰も知らない地底の王国があるかのような、その川の水の吸い込まれ口は突然開いた地底王国への通路のような感じでもあった。
秋吉台の鍾乳洞分布図
これは、秋吉台で現在観測されている鍾乳洞の分布を地形図の上にプロットしたものである。この地図で面白いのは、洞窟の名前である。「秋芳洞」とは本当によくできた名前だと思う。聞くところによるとこの名前は昭和天皇が名付けられたそうである。それ以外の洞窟は「大正洞」などは普通の名前だけれど、どう考えてもこれは発見者の名前をそのまま用いたものだなとか、おそらくその洞窟を発見したグループの名前だと思うものもあった。さらにひどいのになると○○洞C1、○○洞C2、○○洞C3と言うふうにたくさん名前を付けるのが面倒らしく番号で呼んでいるものもあった。
秋吉台自然研究路
昼御飯を食べて、科学博物館から出てくるといつの間にか外は冷たい雨が降っていた。雨が小降りになるのを土産物屋でしばらく待った後、小雨の降る中を近くの丘まで歩いた。あちこちにきれいな形のドリーネがあったのが印象的だった。この途中で私は石灰岩質特有の赤土と石灰岩のかけら数個を袋に入れて持ち帰った。
土岐 正明