学会の沿革

 「日本組織神学会」は、「キリスト教を学問的に研究する者が、相互の連絡を計ると共にキリスト教学の発展を期する」ことを目的とする「日本基督教学会」(一九五二年設立)に所属し、組織神学を専門分野とする神学者達の手によって、一九六八年(昭和四三年)一〇月二九日に創設された。設立の場所や人数についての詳細は不明である。会の創設の歴史をひもとけるような具体的な資料は、現事務局が引き継いだものの中には見あたらないからである。しかし、唯一残されている会計簿の中に、その年度の会費納入者の数と名前を読みとることができる。その年度中に会費を納入した者(帳簿上、会発足後最初に開かれた大会は一九六九年三月二六日である。会発足時よりこの日までを集計した)は全部で五二名を数える。名前の確認できる創設時の会員は、JS.アリエタ、I.カニヤダ、E.ゴンザレス、P.ネメシュギ、麻生信吾、飯峯明、市川喜一、今井普、大井清美、沖野政弘、笠井恵二、岸千年、喜田川信、北森嘉蔵、熊沢義宣、斉藤正彦、小池辰雄、坂本堯、佐藤敏夫、茂義樹、千田朝麿、高尾利数、高森昭、武邦保、武内寛、竹中正夫、土山牧羔、中村幸平、野呂芳男、土方昭、星野栄一、松本正夫、武藤一雄、村上和男、室根郁夫、森野善右衛門、八木誠一、山路基、山本和、山本襄治、横山政孝(敬称略)である。しかしこの会の活動自体は、当初、「日本基督教学会」に属する有志の研究者等により、「組織神学の会」という名称で、学会と言うよりはむしろ研究会的性格をもった比較的緩やかなかたちで始められた(大崎談)と思われる。『福音と世界』臨時増刊(一九六八年、三九頁)にはS.Tのイニシャルで<組織神学の学会について>という一文が「今日と明日の間の神学」(三八頁)の中に主題に付しておさめられており、この事情を知る上のひとつの手がかりとなろう。その中でS.T氏は、組織神学会を設立するに当たっての隘路として次の三点を挙げている。@先に設立している「日本基督教学会」との関連で、「キリスト教学会がシンポジウムなどではかなり組織神学に重点をおいて来ただけに、キリスト教学会を弱めることになってはいけない…(中間省略)しかも最近の組織神学はますます聖書学や教会史学との対話なしには一歩も前進できないような状況になって来ていることを考えると、われわれは慎重である必要がある」と、当学会設立による「基督教学会」への影響を懸念する問題指摘をしている。A「独創的生産的な活動はむしろ私的な自発的なグループ活動から生まれやすい」とし、組織論的観点から@との関連もあり、各論的学会の成立には時期尚早との見方を示した。しかし「なんらかの全国的な交わりの機関はあってよい」との提言をし、さらに総論的学会と各論的学会のバランスをとる必要性を主張している。B各論的学会の成立に伴い、「この種の学術団体が次第に神学校の教師やキリスト教大学の教師だけの会になって教会から遊離する傾向がないか」を問うている。総じてS.T氏は、「日本のようなまだまだ小規模なキリスト教界にとってはけっして幸福なことではない」と結論づけている。この様な状況下故、「日本組織神学会」は当初「日本組織神学の会」と称し、北森嘉蔵(東京神学大学)を初代委員長に、坂本堯(上智大学)と野呂芳男(青山学院大学)を運営委員として、アットホームであるがしっかりとした研究会的性格を持って歩みだしたわけである(野呂談)。しばらく会はこの形態では続けられたようである。『キリスト教年鑑』で調べてみると、同書の一九八四年版に初めて「日本組織神学会」の名称が現れてくる。当時の委員長は熊沢義宣、事務局は立教大学キリスト教学科内に設置されており、会員数も現在とほぼ同じ一〇〇名に膨れ上がっている。記録がないので学会としての正確な成立時期は分からないが、先の帳簿に添付されている領収書の宛名が「日本組織神学の会」から「日本組織神学会」に代わるのは、一九八二年一〇月にもたれた全国大会以降である。故にこの大会で正式に「日本組織神学会」という名称が承認され学会組織になったと考えて良いと思う。