GREAT WORDS

 感銘を受けた素晴らしい言葉をまとめてみました。
言葉
著者地球誕生期に存在したウランとトリウムは超新星という巨大な星の爆発で作られた。p97
ファインマン電子というものはすべてがトップに並ぶということはできないものだ。そのおかげで、テーブルはもとより、あらゆるものが堅固なものになっている。(1966)p99
著者トランジスターの発明
人類の生活に最も直接的に影響を与えた開発は、アメリカ合衆国のベル電話研究所のジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッタンとウィリアム・ショックレーの発明したトランジスターである。トランジスターは偶然に発見されたわけではなく、広範な研究計画の極地であった。ノーベル賞の講演でバーディーンが語ったように、「この計画の一般的な目標は、半導体現象を経験的な言葉でなく、原子理論に基礎をおいて可能な限り完全な理解を得ようとするものであった。」
p115
著者トランジスターの歴史
 トランジスターは、コンピューターの”オンーオフ”二値論理に理想的に適合していることがわかった。さらに、信じられないくらいの技術上の利点を多数持っていると同時に、信頼性があり電力消費が少ないため、トランジスターは現代の”マイクロエレクトロニクス”の基本的な要素となった。その鍵となったアイディアは、ウスターシャー、マールバーンのロイヤル・レーダー・リサーチ・エスタブリッシメント社で仕事をしていたG.W.A.ダンマーという名前の英国の技術者によって書かれたのが最初であろう。彼は電気部品の信頼性に関する専門家であり、極限条件化でのレーダー装置の性能向上に携わっていた。ダンマーは、結局、電気回路の要素、つまりトランジスター、抵抗(電流が流れるのを妨げる)やキャパシター(電荷を蓄える)、これらのすべてを別々につくる必要はないということに気がついた。すべての部品を同じ一つの半導体に埋め込めるなら。もっと小さく丈夫な回路が作れるはずである。1952年5月、ダンマーは次のように述べた。
 「トランジスターが出現して半導体の動作が一般的になった今、固体の塊の中に装置を接続線を使わずに組み立てることが可能であろう。その塊は、絶縁体、導体、整流する物質、増幅する物質などの多重層から構成され、それぞれの電気的作用は各層の領域を切断して、直接的に接続されている。」
 これが現在の”集積回路”(integrated circuit)の驚くほど正確な見通しである。
p116
著者エレクトロニクスの将来展望
 最初のマイクロプロセッサーは1971年に市場に出され、2000個程度のトランジスターを含んでいた。今では数百万個以上ものトランジスターを含むマイクロプロセッサーチップがある。そのような降雨レベルに小型化したチップは、VLSIといわれるが、それは超大規模集積回路(very-large-scale-integration)を表している。ICのこの信じられないような小型化には限度があるのであろうか?第9章で、現在の半導体技術におき換わる何か新しい量子技術が発見されない限り、小型化には限界があり、この指数関数的な発展には終わりのあることがわかる。
p121
ファインマン大きなスケールでは量子力学の奇妙さが、特定の様子で現れることがある。p122
著者レーザー光
 今日、ほとんどの人は”レーザー”について聞き知っており、レーザー光ディスプレイは最近のロックコンサートでよく使われている装置である。レーザー光の応用は、天文学から水素核融合に至るまでの領域に及ぶ。レーザー光をこれほど有用にしているのには何かと区別の性質があるのであろうか?この質問に対する答えは”コヒーレンス”と呼ばれるはどう運動の性質、それとともに光子が量子力学的協力現象という特別な形の協力的作用を行うことと関係している。この量子協力現象は、量子”超流動”の奇妙な挙動を理解するさいにきわめて重要であることがわかる。
p122
著者この章ではファインマンの将来像の実現に向けての別の歩みを見てみよう。根底では自然の営みは基本的に量子力学的であると認識することが、この発展の核心となる点なのである。量子情報や量子計算での素晴らしい発展に油を注いだのが、この認識である。p174
ファインマンお話したいのは、小さなスケールでものごとを操作し制御する問題です。・・・下層にあるのは仰天するほど小さな世界です。2000年にこの年を振り返って、1960年になるまでどうして誰もこの方向へ真剣に動こうとしなかったのか不思議に思うでしょう。p191
著者ムーアの法則
 1965年、ムーアは「集積回路にもっと大量の構成要素を詰め込むこと」と題する論文を雑誌”エレクトロニクス”の35周年記念号に載せた。この論文中で彼は1962年以来集積回路の複雑さは毎年2倍になっていることに注意し、大胆に外装して、この傾向は向こう10年間は継続するとした。ムーアはまた、そのようなチップは、最終的に、産業界だけでなくここの消費者にも大きな衝撃を与えるであろうと予測して次のように述べた。
 集積回路によって、家庭用コンピューターーまたは少なくとも中央コンピューターに接続した端末装置ー、自動車の自動操縦、あるいは携帯通信装置といった脅威がもたらされるであろう。
 これはスティーブン・ジョブスとステファン・ボツニアクが最初の大衆用パソコンを製造した10年以上も前、IBM PSCが出現する16年前のことであった。ゴードン・ムーアの予想は”ムーアの法則”として知られるようになり、この複雑さの年毎の急速な増大は35年以上も継続している。1975年、ムーアはICの複雑さは2年ごとに2倍となるとしたほうが現実的だとして、この法則を修正した。今日では、普通、ムーアの法則は18から24ヶ月ごとにチップ上のトランジスター数が2倍となるとしている。
p176
著者スケーリング則の誕生
 1965年当時、わからなかったことは、トランジスターを小さく作ることにたいして主な制限となっているのが量子トンネルであるかどうかであった。この問題について、ムーアはカルテクのカーバー・ミードに助言を求めた。ミードの研究結果は気絶させるようなものであった。次にミードがどのように述べて彼の分析を初めて公開したかを示す。
 1968年、私はオザークス湖の半導体デバイスワークショップで講演するよう招待を受けた。当時、一室で最先端の研究をしているような人はいくらでもおり、そのため、ワークショップでは何でもできるようなところであった。私はゴードン・ムーアの質問を考えており、それを私の講演の主題とすることに決めた。この催しの準備をしてゆくにつれ、私が正しいのか、間違っているのかを深刻に悩み始めた。私の計算によれば、この分野でよくいわれていることとはまったく異なり、全てうまくいくように技術のスケールを小さくしていけるのであった。回路はさらに複雑化し、より高速に作用し、もっと少ないエネルギーしか要しない。わぁー!間違いないはずのマフィーの法則が破れている!しかし問題を調べれば調べるほど、もっと強くこの結果が正しいことを確信するようになった。それでマフィーなんてくたばれと前向きに講演をした。その講演はかなりの論争を引き起こし、当時多くの人たちはこの結果をを信用していなかった。しかし次のワークショップが開かれると、他の多くのグループが彼ら自信のためにこの問題を研究しており、私たちはかなり多くが一致した。この結果が現代情報技術に与えた結論はもちろん呆然とさせるものであった。
 より適切に言えば、チップが小さくなってゆくにつれ、より複雑なチップが設計できるだけでなく、同じ経費でより多くのチップが製造できるのであった。驚くべきことに、計算能力と記憶容量が指数関数的に増加するにつれ、計算と記憶の経費もまた指数関数的に減少した。あなたのPCが数年ごとに時代遅れとなってしまう理由はムーアの法則なのである。性能と記憶が2倍のコンピューターが18ヶ月ごとに同じ価格でもたらされるのである。コンピューターの記憶、計算能力とも、より大きな挑戦に対処できるために、コンピューター・ソフトウェアーはより複雑かつ強力になった。
p177
著者これまでのムーアの法則
 ムーアの法則は30年以上も成り立っており、計算と情報処理のデバイスの巨大な成長を押し上げた。これには終わりがあるのであろうか?シリコン産業界は国際的に共同して将来のシリコンチップ生産に関するロードマップをつくった。1970年、インテルは初めて1024ビット(1キロビット)のDRAM(dynamic random access memory)チップを作った。1年後、初めてのマイクロプロセッサー、Intel 4004がつくられたが、それは10マイクロメートル幅の回路としてエッチングされた2000個あまりのトランジスターを含んでいた。25年後の1995年、産業界は6400万ビット(64メガビット)のDRAMと、特徴的な大きさの最小値が0.35マイクロメートルのトランジスターを1平方センチメートルあたり400万個持つマイクロプロセッサーを製造した。世紀が変わると産業界は10億ビット(1ギガビット)のDRAMへと動き、プロセッサーは1平方センチメートルあたり1300万個のトランジスターを持ち、その特徴的な大きさの最小値は0.18ミクロンであった。ロードマップによると、2010年ぐらいまでには、私たちの銀河系にある星の数(脚注:2000億個〜4000億個 by Wikipedia)よりも大きい1000億ビットのメモリーチップができているだろうと予言されている。そのときの特徴的な大きさの最小値は0.07マイクロメートル、つまり70ナノメートルと予言されている。
p177
著者ムーアの法則の未来
 2010年の半導体産業で予想される集積のレベルでは、1ビット中にためられて、あるいはトランジスターの作用において関係している電子数はまだ数千個もあろう。上で話した技術では非常に少数の電子で機能するデバイスが予想できる。そのため余分な電力を必要とせずに、チップ上のトランジスター数を増やし続けられる。このようなデバイスでは関係する電子数の揺らぎが問題となるが、それを避けるには1個1個の電子を制御できるクーロン・ブロッケイドの原理を使う必要がある。まだ克服すべき多くの技術的課題があるが、新しい半導体デバイスの量子工学は、おそらく向こう35年間ムーアの法則を成立させ続けるであろう。
p182
ファインマン量子情報
 1959年の講演でファインマンは、一つの文字は6から7ビットの情報の格納を必要とすると計算した。ここで1ビットはコンピューターで使われているような”1”と”0”である。起こりうるエラーに備えていくぶん余裕を持って、彼は1ビットの情報量を小さな5×5×5の125個の原子に収められるとした。このようなかなり保守的な仮定から、ファインマンは
 ・・・人類が全世界のあらゆる本の中に苦心してため込んできたあらゆる情報は、一辺が200分の1インチの直方体物質中に書き込めるのです。そしてこの大きさは人の目の涙、わずか一滴なのです。
と評価した。これがファインマンが彼の講演を「根底にはたくさんの空きがある」といった理由なのである。
p182
著者(ファインマン)キュービットの誕生
 1981年の講演で、ファインマンはさらに進んで、単原子、電子や光子の量子状態を使って、1ビットの情報を収めることを想像している。原子では2個の最低エネルギーレベルを使って”1”と”0”を表す。電子では”スピン上向き”と”スピン下向き”が使える。光子では前章で話したように、2個の偏光状態、”V”と”H”が使える。ここまでは通常のコンピューターメモリーをここでも道具立て下にすぎない。”量子情報”の新しい特徴は量子系では同時に”1”と”0”双方の量子的重ね合わせ状態になりうむことから発生する。前章の光子についての話で、このような重ね合わせの可能性を見てきた。半世紀以上にわたって計算の基礎を研究してきた結果、コンピューター科学者たちは情報について今までにない何か新しいことが見つけられることがわかって、ちょっと驚いたのである。1つの量子系に格納された1ビットの情報には新しい名称が必要であり、量子ビット、あるいは”キュービット”と呼ばれた。
著者言葉
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シリコンテクノロジーの歴史

言葉
ゴードン・ムーア「集積回路に搭載されるトランジスタの数は2年おきに倍になる」とするこの法則が公表されてから40年、ムーア氏は4月13日朝に「この法則が永遠には続くことはあり得ない。指数関数の性質は、突き詰めていけば最後には災難が起きるというものだ」と述べた。 ITmedia
ゴードンムーア「(トランジスタの)サイズについて言うと、根本的な限界である原子のサイズに近づいているが、そこにまで達するのは2〜3世代後のことだろう――しかし、これまでわれわれに分かっていたのはそこまでだ。根本的な限界に達するまでにはあと10〜20年かかる。そのときまでには、もっと大きな半導体を作り、数十億のトランジスタを集積することができるだろう」 ITmedia
ゴードン・ムーアムーアの法則がなければコンピューティングはもっと違っていたのか、という質問に対し、同氏は次のように語った。「それは分からない。この法則は非常に便利な指針になったと思っている。初めはそれほど影響はなかったが、私がこの法則の影響力を初めて目にしたのは、日本がメモリ事業に参入してきた時だ。当時、半導体業界はおおむねランダムな方向に動いていたように思う。しかし日本勢はメモリに参入してくるや、計画を立てて主導的な地位を獲得することに成功した」ITmedia
ゴードン・、ムーア「集積回路は1000億ドルを超える累積投資の結果だ。(ナノテクが)小さな基盤から完全な姿で生まれてきて、それに取って代わることはあり得ない。エレクトロニクスは成熟産業だ。われわれは既に、100ナノメートルよりもはるかに小さな回路に取り組んでいる。100ナノメートルはナノテクのスタート地点と見られているが、われわれは既にそこに達しているのだ」(ムーア氏)ITmedia
ゴードン・ムーア「エレクトロニクスは基本的な技術であり、直接取って代わられることはないだろう。小さなマシンを作るのと、そのマシンを数十億単位で接続するのとでは訳が違う。ナノテクには影響力があるだろうが、近い将来エレクトロニクスに取って代わるものではない」ITmedia
Craig BarrettBarrettは、従来のチップ製造技術は最小5ナノメートルまで可能になる、との予測を示した。5ナノメートルといえば、水素原子約50個分の幅しかない。「5ナノメートル前後まではめどが立っている。それより小さくなると、漏れ電流が大量に発生するなどの障害が発生してくる。しかし、障害にぶつかるたびに、わが社の優秀なエンジニアは問題を克服しているようだ」ITmedia
Craig BarrettBarrettは、65、45、32、22ナノメートルの各製造プロセスを使って試作したトランジスタの写真を披露した。Glaskowskyによると、現在は15、10、7、5ナノメートルの各製造プロセスの実現が期待されているという。しかし、新しい製造プロセスの登場周期は、現在の2年よりも長くなるとみられていると同氏は述べた。 ITmedia
Craig Barrett従来のチップ製造プロセスにはCMOS技術が使われている。これに取って代わる技術がどんなものになるかについてはまだはっきりしていない。だが、Barrettは、さらに微細なトランジスタを製造するための代替技術として、3つの選択肢に言及した。その3つとは量子ドット、ポリマーレイヤ、そしてナノチューブ技術だ。 ITmedia
Craig Barrett「Gordonには、2015年にムーアの法則50周年を祝い、できれば2025年にも60周年を祝うつもりだ、と伝えてある」ITmedia
著者韓国メーカーは日本メーカーのリストラに乗じ、従来の年収の2〜3倍という高待遇で日本の技術者を招き入れた。韓国大手メーカーに“転職”した日本人技術者は言う。「待遇面も大きいが、韓国人技術者たちがみな必死でやっていることに感動した。あの貪欲(どんよく)さはもう日本の現場にはない」。巨額投資を武器にした韓国・台湾勢が日本を追い抜くのに時間はかからなかった。ITmedia
川西剛「『WHAT TO MAKE(何を作るか)』で米国に負け、『HOW TO MAKE(どのように作るか)』でアジア勢に負けた」50年にわたる日本の半導体産業の栄華と没落を目の当たりにしてきた東芝元副社長の川西剛(78)=現半導体シニア協会長=はこう分析する。 ITmedia
著者一方、日本の研究開発力そのものが低下している、と危惧(きぐ)する声もある。主要な国際学会での日本企業発の採択論文数は長期的に減少傾向にある。「ものづくり」をないがしろにする傾向も否定できない。 「会社に絶望した」。大手電機メーカーの半導体設計者は最近、半導体とはまったく無縁の機器販売を行う営業職に転じることになった。会社のリストラに伴い、所属していた設計部門が解散したためだ。入社してわずか2〜3年。他社への移籍も考えたが、技術者を募集している同業他社はほとんどなかった。 ITmedia
著者電子情報技術産業協会(JEITA)によると、日本の半導体産業が生み出す付加価値は3兆円弱。だが、半導体を使う電子機器などの製造業がもたらす付加価値は32兆円、さらに半導体を組み込んだ電子機器を通じて普及した情報サービスの付加価値は44兆円にのぼる。つまり、半導体産業は約80兆円にのぼる経済効果を支えている。 日本の半導体産業が揺らげば、日本の産業そのものが揺らぎかねない。 「まだ悲観することはない」と言う川西だが、「半導体だけでなく、製造業は日本の産業界が誇れる唯一無二の存在。これを失えば日本は滅びる」と警告する。 ITmedia
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石井 裕先生の言葉

言葉
石井裕もともとオリジナリティのある仕事をして、世の中に貢献したいという非常に強いこだわりをもっていました。既存技術の改良ではなく、世の中に新しい流れを作りたい。そうすることで、自分のレーゾンデートルを見いだしたいと思っていたんですねHP
石井裕MITに入ってからは、寝る時間と食べる時間を極限まで縮め、とにかく考え、周りの学生たちと議論し、コンセプトをまとめていきました。コンセプトづくりにあたっては、ストラテジーを決めました。ディファイ・グラビティ、重力に抗することです。重力があることは常識ですが、そういうものにあえてあらがう。今あるメインの考えや流れを当たり前と思わずに、それを根本的に疑って、そのまったく逆を行くんです。HP">HP
石井裕。「小さくしたり薄くしたり、早く、安く作ったりする研究も非常に重要で意味のあるものだと思います。しかし、まったく新しい概念をコンセプトから生み出すことも非常に重要なこと。たとえ、そのコンセプトが実用にまで至らなくても、そのコンセプトを生んだ価値そのものは、世界では高く評価されます。だからこそ、なぜこの研究なのか、という哲学的な思考が大きな意味をもつんです」HP
MIT元学長「MITは最高の教授しかもたない。だから最高の学生を集められるのだ」HP
石井裕何かのプレッシャーがなければ、必死さは生まれないと思っています。自由に研究していい、と言われて、本当にいい研究ができるかどうか。忙しいからこそ必死になる。忙しさの中で必死にヒントを見つける。飽食の時代で恵まれすぎていることは、意外に不幸なことなのかもしれない。飢えがないからです。適度なプレッシャーがあるほうが、実はいいんです。MITには、世界中から学生が集まりますが、厳しい競争環境の中でみんな必死です。目の色が違う。HP
石井裕私は、多くの日本人が弱いのは、「深み」ではないかと思っています。哲学、と言ってもいいかもしれない。例えば、なぜ、という質問に答えられるか。なぜ、その研究なのか。なぜ、自分は生きているのか。なぜ、自分という存在はあるか……。世界にどう貢献するのか、という大義をもっているかどうかです。MITの学生たちが目を輝かせるのは、自分が作った技術やアイデアが社会に貢献し、社会に残るかもしれないのだ、という事実を知ったときです。見つめている視点が高い。だから小さな成功に満足することはない。小さな成功を守ろうとすることもない。一度の成功で満足もしない。HP
石井裕力を存分に出したい、突出した成果を出したいと考えるエンジニアには、エンジニアであることを辞めよ、と言いたいですね。エンジニアというラベルを張った段階で、もう壁ができている。ビジネスマンであり、クリエーターであり、デザイナーであり、ストラテジストであり、アーティストでないと。大事なことは、エンジニアであることではない。社会にどう貢献するか、なんです。 HP
石井裕「自宅の書斎が一番落ち着く場所なんですけど、意外にも飛行機や列車などの乗り物に乗っている時にもひらめきますね。コンピューターにつながっている時はまったくといっていいほどダメです。できるだけ他の情報を遮断して同じことをじっくり考えられる環境の中で集中力を高めていく時に良いアイデアが浮かびます」 HP
石井裕HP
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