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まだこのページがあることに感動し、とりあえず書いてみる。
おそろしいことにこの町に来てはや2年。 時代は変わった。 「モスバーガー」で述べたとおり、ユニクロはOPENした。 「いちごチャンネル」で述べたとおり、座ってできるエアロビ:すわろビクスを老人たちの前でふるまう私の姿は滝野町の茶の間に流れまくった。 ホテルタキノというラブホはリニューアルOPENした。 しかし滝野はたきの。しゃれた店はたつはずもなく、近所のおばちゃんはコムサのことをコモサンといっていた。 なんじゃそれ。 |
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2003年03月10日 22時48分25秒
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今日は勝手な言い分コラム。
私はよく人に「わかりにくい」と言われる。 たしかに、相手に自分をわかってもらう努力にかけているといえるかもしれない。 しかし、わかりにくいなりにもそれを読む努力も必要ではないかとも思う。 それは私の傲慢か。 そもそも「わかりやすい人」とは何なのか。 私には、うれしいことも嫌なことも態度に出す単純な奴か、 大げさに表現できるぶりっこ的な奴というマイナスイメージの人種でしかない。 私自身、そのような「わかりやすい人」にはあまり魅力を感じない。 だからこそ自分から「わかりにくい人」になってしまっているのかもしれない 「あんたは分かりにくい」と言われても、そりゃそのはずだと思うのだ。 しかし、相手にわかりやすく伝えることが良しとする人種にとっては、 「分かりにくい」のは相手に伝える努力を怠っているだけとしか思えないらしい。 自分たちが読む努力を怠っていることは棚にあげて。 昔ある深夜ラジオで3流コメディアンが言っていた。 自分に魅力を感じるには、自分の3分の1ぐらい自分にも未知な部分を残すのだ、 自分でもわからない部分があるからこそ魅力的な人になれるのだと・・。 つまりは、全部わかってしまうと面白くない、というようなことだ。 私は今でもこんなわけのわからない言葉に一理あると思っている。 「あんたは分かりにくいから もっと態度にだせ」、こんなことを言う奴は、 自分から「私には人のことを読む力がありません」と宣言しているようなもんだ・・。 仕事の上では通用しないかもしれないが、プライベートな部分ではあくまでも 「わかりにくい人」をつらぬくつもりでいる。 |
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2002年04月15日 00時26分45秒
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あまりにも田舎ネタばかりなのも、太ったことしかネタにできないデブタレントのようで嫌なんだけど、
やはり田舎ねたはつきず・・・・。 滝野町のとなりの市に西脇市というのがある。一番近いビデオ店も銀行も100円均一も、そしてプロバイダのアクセスポイントも、ここからは西脇市となり、なくてはならない大都市である。 そんな大都市西脇市にはモスバーガーがあった。唯一のファーストフード店にモスを選んだことはけっこうセンスがあるといえる。 しかし、このまえ見たらつぶれているではないか。 あほめ、と思ったのは間違いで、モスはドライブスルーへとリニューアルされた。 新装開店の店先の“のぼり”に「北播初!!」とかいてあったことが私にはひっかかった。 北播とは、北播磨の略であり、播磨とは兵庫県の神戸より西側の中途半端な部分を広くさしており、北播磨は播磨の半分くらい上のことをさしている(おそらく)北播は面積だけでいえば神戸市よりもはるかに広いのではないだろうか。 まあそんなややこしいことはいいとして、おそらくモスのドライブスルーが、ここらではないぞ、ということをアピールしたかったのだと思うが、私からみればそんなこと自慢するなよと情けない思いだ。 言わなくてもわかるよ、誰しもしってるよ。モスすら周辺にはないだろうが・・・。 まあ広島に何か真新しいものができたときも、「中国地方初」とかよくきいたもんだが。 しかし、なんとか郡の寄せ集めの北播なんて何やっても初だろうに・・。 大都市西脇には、ついにユニクロもオープンする。きっとそこにも北播初のノボリは欠かせまい。 2002年03月18日 01時59分10秒 |
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この時期にごろうちゃんといえば、決して野口五郎ではなく、稲垣吾郎に他ならない。
昨日、吾郎ちゃんは芸能界に復活した。 スマスマにみいること40分、なかなか吾郎ちゃんはでてこない。さんざんひっぱった後、吾郎ちゃんついに登場。 吾郎ちゃんはかなり練ったとおもわれるくさい台詞をしゃべり、そして涙ぐむ。あんなに、うるうる目の似合うタレントが他にいるだろうか。 他のメンバーはどうやって登場するのかと緊張がはしる。メンバーは絶妙のタイミングで、「ベストフレンド、ベストフレンド、大好きな人♪」と歌いながら歩みよる。 この日のためにつくったようなぴったりの歌詞とほほえましい5人の風景に、赤面するとともに涙ぐまずにはいられない。 なんとできすぎた登場だろうか。なんと完成度の高いドキュメントだろうか。さすがジャニー。さすがフジテレビ。 しかしあの感動の歌は姫ちゃんのリボンというアニメの主題歌だったことを知っている人は何人いるだろうか。 とにもかくにも、人生一度ぐらいはやり直しがきくということを実感せずにはいられない光景だった。やや感動・・・。 |
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2002年01月16日 00時04分47秒
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わが滝野町にはケーブルテレビジョンが発達している。先日テレビを買い換えた私は、このケーブルテレビの受信に成功した。
文字放送ばかりの5CHにくわえ、地域の情報ばかりうつる15CHというのがある。15チャンネル、通称イチゴチャンネルらしい。 今日はじめてイチゴをみたところ、素人バンドのライブが延々ながれていた。もちろんみな滝野町民とおもわれる。 カメラはぶれまくり、音声はわるく、そして歌も下手でビジュアルも良いはずのない人々が次々とうつる。まるでどこかの高校の文化祭のビデオをみているような雰囲気である。 公共の電波でこのような映像をながしてよいのか、と腹立たしさをおぼえた。 その後、今度は滝野町秋祭りの映像がながれる。地域のバザーはよいとして、レポーターの素人くささにまたもやいらだつ。話し方ビジュアル含めすべてが素人である。 撮ったものはなんでも流してしまえのイチゴチャンネル。地域密着とはこういうものなのか。 この町にすんでいるかぎり、いつか私もうつってしまうのだろうか。 |
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2001年11月13日 00時52分10秒
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世間が狂牛病で沸きまくっている今日この頃、我が滝野町に吉野家がオープンした。
付近の町に牛丼屋がないせいか、24時間営業がないせいか、狂った牛もなんのその、吉野家は大フィーバーでオープンした。 駐車場には警備員がおり、お持ち帰り専用のテントまで出された。 その日は挨拶がわりに「よしぎゅうオープンしたね」といい、吉野家のチラシをかこみ談笑がはずむ。 町にはじめて診療所ができたときのような、町のみんながずっとまちこがれていたような、そんな空気が町をつつむ。 カラオケも、ボーリングもつぶれてしまった滝野町に新たな風をまきおこした吉野家。 つぎはユニクロができるにちがいない。 |
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2001年10月14日 23時23分17秒
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いまさらながら、しゃべり場にはまる。
深夜の再放送をみていると興奮して眠れない。 とある若者は、成績評価いちばんわかりやすい人間評価だという。とある若者は、人生は罰ゲームのようなものだという。だから産んでくれた親に感謝する必要なしと。 とある若者は大学いってふつうに就職するのが失敗のない人生だと断言する。 自分の視野のせまさを恥ずかしげもなく露呈する彼らのしゃべりっぷりは尊敬にあたいする。 しかし、私とてまだ20代前半。彼らをふふんと鼻でわらうほど大人でもない。 彼らの一員となって討論している自分がたまにいる。 まだ15やそこらの早口で理屈をこね、目はあっちをむいちゃっている若者をみるとさすがに恐怖をおぼえる。 とにかく十代のように熱くなれ、大人のようにクールにもなれる、しゃべり場はそんな魅力がもりだくさんだ。 しかし、見た後はいつも不愉快であることまちがいなし。 |
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2001年09月03日 23時29分24秒
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めざましテレビの占いには、時にまいらされる。
まあ家をでたとたんに忘れてしまっていることが多いのだが。 しかし、朝っぱらから自分の星座が12位といわれるとやはり気分がわるい。 このまえはじめて「病棟OT」というものに一人でいかなければならなかった日、私の魚座は12位であり、“やることなすことすべてからまわり。みんなの冷たい視線をあびます”とされていた。なんだかそのシーンが目に浮かんでならなかった。 かなり信じた私はラッキーアイテムを着用しようとした。しかしラッキーアイテムは「懐中時計」だった。そんなんもってる人おるんかい?と絶望させられた。 そして「長い階段に運がある」とかいっていた。それも町中さがしてもねえよ、とがっくりした。その日はこの占いにかなりブルーにさせられた。 「足のつめを切っていきましょう」や、「おにぎり食べたらラッキー」てな手軽いものをいってくれればひそかに試す気にもなれる。しかし「ラッキーパーソンはイニシャルK」てのはよくわからない。なんなんだ、ラッキーパーソンって?と思う。 とりあえず、当たらないことを実感しつつも毎日みないと気がすまず、ラッキーアイテムを持参してしまう私もどうかと思うが。 プリンセス卑弥呼おそるべし。 |
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2001年08月22日 23時21分42秒
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なぜこう布団のクリーニングばかりくるのかは分からないが、ここ数ヶ月だけで4,5回はきている。
しかも最初の文句は「ライフ宅配便です」などなど、嘘をついてあけさせる。あけると「宅配クリーニングの・・」と切り出すため、嘘ともいいがたいが。 ピンポンにでなければいい話だが、ちょっとした興味でまた出てしまう。 「ふとんってけっこう汚れてるんですよねー。そんなのって気になりませんか?」と訪問の兄さんが言う。 「いや、あまり」と返す。向こうは「あれえ、女の人なのにめずらしいですねえ」などといってくる。しかし、昼寝あけで髪もぐしゃぐしゃで服もしわしわだった私をみて、こりゃあだめだという感じで納得している。 今回はあっけなく追い払えてしまう。 だいたい隣の家の人を誘惑している声などから、決り文句がわかってきた。 やつらがキャンペーンをおこなってないときなどない。やつらに言わせれば、上の階の人はいつも契約している。 そんなに人は住んでないぜと思うんだが。 あそこまで頻繁にくるということは、やはりひっかかる人もいるのだろうか。 |
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2001年06月25日 22時40分39秒
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またしても訪問販売がやってくる。
今度は布団のクリーニングの若い兄ちゃんである。「あいさつまわりにきた」という軽い口調にはじまり、つづいて「コンパせえへん?」「自分もてるやろ?」などの調子のいい雑談に、すっかりのせられる。 そのうち布団をチェックしたいといい、アトピーの写真などみせてびびらせる。 お金の話になると、「自分の営業点数つかうから安くなる」といい「できる範囲でいい」月々数千円からOKという。 後で考えれば 私はなんともありがちな手段にすっぽりはまっているばかなカモである。 結果的においはらったわけだが、無防備にドアをあけた時点で相手にしてみれば、「こいつあほだ」と思っているにちがいない。 そして、あの調子のよい雑談もすべて売りこみの一部だったのかと思うと、腹立たしさよりも悲しいきもちでいっぱいである。 世の中だれも信用したらだめなんか、となんとも空しい思いであふれかえる。 世の訪問バイヤーたちよ、そのすばらしい話術をもっと別のことに活かせないのか・・・。 |
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2001年05月21日 22時17分58秒
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引っ越してはじめて訪問販売なるものがくる。
どうやら水道水の浄水機らしく、歳のたいしてちがわないお姉さんがやってきた。 お姉さんは、私の食生活を瞬時に把握しようと必死である。自炊してるか、お茶は何飲んでいるかなどなど。 部屋へ入るなりどうみても散らかりまくった部屋をみて、「かわい〜」「きっちりしている」とほめまくる。「エプロンが似合う」、「頭よさそう」とまでもちあげられる。仕事の話からなぜかPTとOTのちがいなど説明するはめになる。 お姉さんは黒ごまきなこを目ざとくみつけ、私が健康志向であることを指摘する。 お姉さんの話によれば今の水道水は発ガン性物質がふくまれているが、その浄水機をつければミネラルウォーターが水道からでるようになるらしい。体にもいいし、買うより安いし、おいしいし・・らしい。 しかも今なら最初の4万円がいらない、1日130円のところを100円でよい、というおきまりの文句をいう。 広島で同じように浄水機をうりにきたことがあり、後に不正業者として逮捕されていたのを思い出す。 そんな話をお姉さんにしようかとも思ったが、なにもいわず笑顔で断った。 お姉さんは、私がぜったいおちるカモであると確信していたにちがいない。 営業マンもたいへんだなと心底おもった。 |
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2001年05月11日 22時51分21秒
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私は先月末に区民から町民になった。
役場の人は町民になった私に、滝野町カレンダーと滝野町マップをくれ、ごみの出し方からペットボトルの収集場所まで詳しく説明してくれた。 もしかして私は歓迎されている?そう思わずにはいられなかった。 そして3日後に再び役場にいった私の顔と、一人暮しということをもちろん覚えていた。 滝野町の一人あたりの公園面積は350平方mらしい。 だから日本有数の公園都市滝野町らしい。 単に町民の数が極端に少ないだけなのに、都市ってあんた・・・。 さらに役場のことも滝野町庁舎としゃれこんでよんでいる。 カラオケボックスも、ステーキハウスもことごとくつぶれるような滝野町だが、しゃれこむ意欲だけは認めようではないか。 |
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2001年04月02日 23時55分51秒
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今日をもって大学を卒業してしまった。
まだジャンパーをきて自転車をのりまわし、ショージでスタンプを集めていた西条生活がほんの少し前だったのに、知らぬ間に4年たっていた。 OT専攻の中は、まさに温泉という言葉がふさわしかった。この数年間、友達に癒されることはあっても傷つけられることは1度もなかったように思う。「ちょっとあの子超ウザくない?」という言葉をきいたことがあるだろうか。 何をやっても何をいっても個性が尊重される場だった。 私自身、関西人というのをウリにして4年ほどいきてきたけど、関西にかえって私のアイデンティティーってなんだろう・・・。 そんなことを考えながら、今日の夜はふけていきます。 今まで仲良くしてくださったみなさんありがとう。 同職種だけに、いつかどこかで会えるでしょう。しつこいようですが、郡民になる私に「それはやばいよ」と声かけることをわすれずに。 |
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2001年03月24日 00時52分12秒
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何人かには言ったけれど、あまりにも薄れてしまいそうな記憶であり、しかし残しておきたい記憶であるため書いておくことにした。
もう何日前かも忘れたが 某大型書店をうろついていると「本日午後4時より志茂田カゲキ(漢字わからん)さんのサイン会があります」との放送が流れた。 有名人を生でみれるとあらばせっせと足をはこぶ私だが、カゲキのために4時まで待つか?とかなり自分と戦った。 結局、どんな衣装で現れるのかが気になって、みてみることにした。 夕方 サインをしているカゲキは、絵本のキャラクターがちりばめられたブレザー姿だった。 その絵本の出版記念のサイン会だったため、それでいいのだろうが、期待はずれだった。 生でみるカゲキは、顔のつやもはりもなく、ちょっと髪色のおかしなただのおっさんだった。 そしてなぜか横では相撲とりの旭鷲山もサインをしていた。 なんてミスマッチな二人だ。 そして、なんて華のない二人なんだとおもえてならなかった。 さらにいうなら、なんのネタにもならず、なんのおちもつかずにカゲキコラムはおわっていくのだ。 |
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2001年02月24日 02時17分16秒
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昨日は人間の最低をみた。
私ら4人は、いつものように24時間私たちを守ってくれる珈琲館で飲みの3次会を行おうとした。しかし匿名希望A氏は酔いつぶれており、瀕死だった。まあ、たしかに珈琲館にとっては静かだが迷惑な酔っ払いであったかもしれない。 私が少し席をたったとき、店員が私の友3人にむかってなにか話している。当然、「大丈夫ですか」と水をもってきたにちがいないと考えた。 しかし、店員は無表情に「おひきとりください」と言ったらしく、非情にに私らを追っ払った。 予想外の言葉を受容しきれないまま、われらは店の外へでた。 しかし、匿名A氏は動けるはずもない。 店の前にすわりこむこと約1時間。店員は、見えているのに見てみぬふりを貫いた。 その間、「大丈夫?」と声をかけてくれたヤン車は数知れず。店員の冷たさに心を引き裂かれていた私たちに、たった一言でも声をかけていくヤンキーたちに涙がでそうであった。 百歩ゆずって、店員は他の客への迷惑を考えた上で、酔っ払い客を追い出す勇気をもったのだと考えよう。 しかしあろうことか、飲んだぶんよりもかなり割増されて料金が請求されていたことに後で気づいた。 これは客商売として許されることなのか?どこまでも最低なあの店員2人に本当に腹がたった。そして虐待されて外にほうりだされた子供のように傷ついた。 店員2人の夢にでて「あんた人間か」とささやきまくりたい気分でいっぱいだ。 もう2度と珈琲館へはいくまい。もしまちがって入るようなことがあれば、みんな料金のぼったくりには十分気をつけよ。 打倒珈琲館。 |
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2001年02月11日 01時54分21秒
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司法試験短答試験まであと96日なのだそうだ。
なぜそんなことを知っているのかというと、話せば長い経緯がある。 最近広大夜間の図書室へたまに行く。 この間もいって勉強していると、私の隣に席をとっていたお兄さんがどうやら司法試験の勉強をはじめた。 はじめるまでが非常に長かった。 まず、窓のところのブラインドの裏からマイグッズを一式とりだし図書室のコンセントを使い足元ヒーターと電気スタンドをセットした。本棚のブックエンドをもってきて前方におき、数冊のファイルを並べた。 そして、左サイドのマグネット式の壁にドラえもんの日めくりカレンダーをはり、模試の予定表をはり、「司法試験まであとーー日」というホワイトボードをはり、そして『夢』と筆でかかれた額を掲げた。 右サイドにはかばんを立てて置き、そのかばんにカープの必勝うちわを2本さしこんだ。 かまぼこ板のようなものが机上に数枚あったため、打ち鳴らしながら気合でもいれるのかと思ったら、「すいません、ちょっと」といいながら机の下にはさみ、机の高さがあげられた。 こうして彼のマイルームは完成した。 そこは、誰も立ち入れない彼だけの空間だった。 後日いってみても、同じ場所に、同じようにヒズルームは存在した。 おまえも立派なホームレスだよ、といいたくなる。 彼より先にあの席を誰かがとったらどうなるのだろう。ドラえもん日めくりをやるから譲ってくれなどというかもしれない。 ぜひ誰かやってほしい。 |
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2001年02月08日 21時47分40秒
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最近さむい。体も心も。
ベランダに洗濯機がある我が家の排水溝はカチカチだ。 朝おきて、朝食をつくり、たまった洗濯をしていたら水の出がわるくなった。 そしてついにとまった。 とまったころには、ご飯は食べ終えていたが、洗濯は途中であり、洗剤くさいまま固まっていた。 まだ顔を洗っていないことに気づき、止まる寸前にためた少量の水で洗い、残った水で歯を磨く。 そう、今日は1月17日。あの地震生活をおもいださせるための試練だったにちがいない。 そう思ってトイレをがまんして学校にいった。 この寒波のせいで、田舎の就職地面接にも電車でいかざるを得ない。車なら1時間半のところを、電車なら3時間前には家をでないといけない。さむさのばかやろう。 冬はすきだが、こんな寒さはきらいだ。 |
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2001年01月17日 21時26分32秒
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オールザッツ漫才とは関西と一部の地域ローカルの年末恒例番組である。
夜の11時ぐらいにはじまり、朝の5時ごろまで延々と若手たちが漫才やコントをくりひろげる生放送である。 この番組の特徴は深夜にさしかかるとお客さんのテンションがおかしくなることだ。 客の目はうつろで、しかしぎらぎらしはじめ、知的なギャグなどだれも笑わなくなる。 ハイテンションで寒いコンビがうけまくったりする。 毎年ビデオにとってみる私は、もちろん客のようにトランスしているはずもなく、あの空気についていけずにいる。 今年こそは深夜に、と思ってもなんせ広島ではうつらない。 だからビデオで深夜にみるとしよう。 そんなかんじで20世紀のコラムは終わり。 |
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2000年12月29日 23時00分27秒
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うっちゃんとは吉本新喜劇の内場克則のことである。
フジの果物屋の店員は、非常にうっちゃんに似ている。いや、似ているなんてもんではない。 いつみても、どんな角度からみても、声も、話し方も、髪型もうっちゃんそのものである。 ニセうっちゃんがいれば、そこはもう新喜劇の舞台さながらである。 今にも「え、そんなんできるんですか」といいだしそうな、今にも「いーーーーーーーーー?」と言い出しそうな、そんなニセうっちゃんをじっと見つめると目があってどきどきする。 実は本物だったりして、といつも思っては胸ときめく今日この頃。 やはりフジはすばらしい。 |
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2000年12月21日 16時19分55秒
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現実から逃避したかった。
メールをうった。Eメールもおくった。電話もした。インターネットをみつづけた。 洗濯もした。掃除機をかけた。シンクも磨いた。まな板を漂白した。棚をかたづけた。 寒いのにアイスを食べた。キンダーサプライズのおもちゃも組み立てた。 夕飯は揚げ物をした。魚も焼いた。コーヒーも紅茶もビールものんだ。 スーツを買った。意味なくメイクをした。 ベランダで流星群をさがした。 あかすりもした。ひさびさにタエボーを観た。 この家でおこなえるありとあらゆる行動をした。 結果、なにもかわらなかった。 明日は日常にもどろう。 |
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2000年12月15日 00時43分33秒
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私はかなりの福袋通である。福袋を買わないと年が始まらないとおもっている。といっても、2000円程度の薬局のとかが主である。いつも思いがけないものに喜び、損した経験はないと思っている。
だから、昨日フジのメディコのワゴンセールにて「3000円以上お買い上げの方に福袋差し上げます」といわれてとびついた。しかも、クジに当選された方は値段に関係なく差し上げるという。 おもむろに紙切れをわたされ、みれば当選している。しょせん当たりしかないことぐらいはわかっているが。 しかし、福袋のためにだまされてやった。 たいして安くもなく、必要でもなかったが、うれしげに1品のみ買い、約束どおり福袋をいただいた。 わくわくしながら、フジをでてすぐに袋をあける。 でてきたものは、ティッシュ1箱と台所用スポンジとクレンザーだった。 福袋人生、初めての損害と失望だった。 メディコよ、そんな福ならならもう数百円商品を安くした方がましだろうが。 今日もまたかわいそうなカモが当選クジ片手にワゴンの商品をえらんでいた。 商売とは人をだますことなり。 |
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2000年12月05日 18時14分01秒
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続編をかいてしまうほど読んでいる自分もくやしいが、かかずにはいられない。
なぜあの文は私をこんなにいらつかせるんだろう。 まあ、私だけではないとは思うが。 もはや、うまくいく方法というよりは 単なるのろけ話ではないかと思うのは私だけか。 私はそんな彼女に嫉妬しているんだろうか。 だからむかつくんだろうか。 あの日記をよんで、彼とうまくいくようになりました、という報告が一つでもきければ私も考え直そう。 ああ、こんな感情的になるなんて大人気ない。 とりあえず、いってみんさい、みてみんさい。 そしていらいらむかむかするがいい。 http://www2.diary.ne.jp/user/62523/ |
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2000年12月02日 02時29分52秒
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先日、高校時代の友人からとあるURLがおくられてきた。どうも、彼女の私的な日記かコラムみたいなものらしい。タイトルは「彼氏と仲良くする方法」だった。
よんでみれば、たった3日間で第十話にまでわたって、つらつらとその「仲良くする方法」がかかれていた。手紙をかこう!、彼を尊敬しよう!などなど。 おもえば彼女は、むかしから女友達そっちのけで男にはしったものだった。私らは彼女の数少ない女友達の一人だ。 しかし、そこまで徹底すると、三日であれだけの講釈がたれられるほど男に卓越できるのだ。 まあただの男好きも、人のために文をかくほどになれば一人前だな。なんて冷めたことを考える私には一生あんな日記はかけない。 彼氏と仲良くしたいと思うなら、ぜひ読んでみてほしい。ほんまになれるんかどうかは知らんが・・・・・。 http://www2.diary.ne.jp/user/62523/ |
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2000年11月10日 00時49分17秒
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うちの父は地図をみるのが好きらしい。みているのか、読んでいるのか。
父はいつも「昭和町はもう把握した!」と豪語している。把握してどうする、といつも思う。 家族の者はそんな父を影でチズオとよんでいる。 私はそんな話を友にしていたらしい。 先日その友が実家へくる機会があった。そしてなべを囲んで話をしている時に、某病院の場所が話題になった。 すると、父は手馴れた手つきで地図をだしてきて調べ始めた。 友は苦笑していた。何も言いはしなかったが「ああ噂どうりだ」と顔にかいてあった。 車も乗らない父が、なぜ地図を読みたがるのか私にも分からない。 まあただのオタク気質なのだろうが。 |
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2000年10月29日 21時59分26秒
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けっこう前のゼミだったが、またもや一ははじめだった。
ゼミが開かれた部屋の机に、矢印の形に削られた全長3Cmほどの木片がおかれていた。その矢印の柄の部分には、5円玉が通されている。しかし、どう見ても柄の両端は5円の穴より太い。木はどうみても継ぎはいだ跡はない。 どうやって通したのか・・・・? 皆が何で?何で?どうやって?と聞くたびに一は笑顔になる。 「秋葉原の路上で手品師が売ってたのをみて作ったんだ。」と彼はいう。「解明するのに半年かかった。」とも。 そして「大きいのもある」といい部屋をでた彼は、今度は全長30Cmほどの木片をもって汗をかきかき帰ってきた。それにはイレクターの筒が通っていた。これもまた、どうやって通したのかとても謎だった。 結局、それらは解明されず、半年かかった彼が教えてくれるはずもなく今日に至っている。 その場ではずせるものではないらしい。家で20分ほどあればできるらしい。 悩めば悩むほど、一の喜ぶ顔が目に浮かぶ。 だからもう考えまい。いいんだ、いつかナイトスクープに頼むから。 |
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2000年10月24日 22時28分04秒
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今日、お受験というものにはじめて関わった。小学校模試のテスターというバイトだ。
子供たちは三角を並べたり、積み木をつんだり、レゴであそんだり、座布団とりゲームを行ったりといそがしくテストを行う。 地震の時に大切な物を選びなさい、といわれて洗濯バサミを選んだ子がいた。私にも分からないようなさいころ問題をぴたりと言い当てる子もいた。レゴで時間内に何もつくれず、近くの塊をつかんで適当に「ビル」と言った子もいた。全く落ち着きなく暴れ狂うわんぱく坊主は塾長に「最低ね」と言われていた。 何を基準に彼らは評価されるのだろうか。まさか問題の出来やお行儀の良し悪しだけではあるまい。まさか私らのかいた適当な答案で、後できびしいフィードバックがあるなんてことはあるまい。 まさか我が子の全てをこんな試験ではかる親はおるまいが、そんなことを教える塾に通わせ、そんな模試にいくらかのお金を払っていることは事実だ。 本当に子供のことをかんがえたら、あんな教育をすることが必要なのか? まだ遠い育児のことで頭をなやませる一日だった。 |
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2000年10月15日 03時26分04秒
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今日「色ぬり」というバイトをした。学相でみつけた単発だ。
そこは地質調査か何かの会社であり、地形図のうようなものを色鉛筆でぬりわけるという、ただそれだけの作業なのだ。まあ、午後はひたすらコピーをとるだけだったのだが。 その会社のものたちはバイトの私らに無関心であり、何をどんなにはやく仕上げようが何の賞賛も感謝もえられない。逆に適当にさぼりつつやろうが、同じところを一時間塗りつづけようがだれも気づくまい。 そんな彼らの唯一のこだわりは、色むらだ。 色塗りにはむらがあってはならないのだ。 私は初期の段階で駄目だしをくらい、ティッシュでこする、紙を何枚も重ねる、鉛筆はぴんぴんに削り20度にねかせて使う、といったアドバイスをうけた。 後にも先にも、干渉されたのはこのときだけだった。 なぜ奴らは色むらにこだわるのか。素人てきには色分けがわかればいいんじゃないかとおもうんだが。もっというならば、そんなにむらが嫌ならパソコンでぬれよといいたい。 たかが色ぬり。実は奥が深かった。 |
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2000年10月13日 22時18分11秒
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世の中に低反発枕というのはどれくらい普及しているのだろうか。
私は今日はじめてフジにて低反発枕というものに出会った。その感触といったら口でいってわかるものではない。 低反発枕は、その名のとおり低反発であり、押さえるとへこむんだが決しておしかえそうという傲慢さがないのだ。受け入れてくれていると感じさせるような温かさがある。それでいて沈み込んでいくところをゆっくりと押し返してくる。 かといってふかふかのあまちゃんでもないのだ。 低反発枕を使い始めるときっと臥床がちになるにちがいないだろう。 |
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2000年09月03日 18時54分07秒
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青春18切符を使って鈍行にのっていると時々へんな奴がのっている。いや、必ずのっている。
この間は、頭にはちまき調にバンダナをまいた少年がとなりに坐った。切符拝見のときに、奴は18切符を出す。もちろん私も出す。みれば乗車駅が一緒だ。私は車掌に「こいつとは別やで、連れとちゃうで」と付け加えたかった。 またつい先日は、4人ほどの少年とも青年ともみわけのつかないグループが一緒だった。そのうち一人は、鉄道員の帽子をかぶっている。走行中もずっとかぶりつづけている。「それなんや?」とつっこみたかった。なぜに鉄道帽?気になる私は何度も何度も彼の方をみてしまい、おかげで何度も何度も彼と目が合ってしまった。 そんな私も鉄道会社につとめるちょっとした時刻表おたくの娘なのだ。 |
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2000年08月24日 00時19分36秒
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世の中には、道々でティッシュを配るという職種がある。この人らををティッシャ―と呼ぶ。
私はティッシャ―たちのおかげで、この下宿生活、一度もティッシュを買わずに生きてこれている。それもこれも、彼らの差し出したティッシュを無視することなく頂いているからだ。 最近、関西のティッシャ―はテクニシャンだということがわかった。テンポが非常によい。歩行者のリズムに溶け込み、有無を言わさず受け取らせるテクがある。 しかし、広島ときたらどうだろう。なんだかおずおずと差し出している。しかもペースがおそい。前歩いている人がもらったらその後ろの私はもらえない。 ティッシャ―とは、くるくるまわってテンポをとりながらも、さりげなさを装うべきなのだ。左手ではダンボールからティッシュを取り出しながらも、右手ではティッシュを配っているべきなのだ。 そして100%受け取られるようになったとき、彼らをカリスマティッシャ―とよぼう。 |
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2000年08月15日 00時28分23秒
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一とかいて「はじめ」とよむ。
彼は研究室ではいつも直径20cmほどのスモールな椅子にすわる。 彼は紙を使って箱をおる。高さ2.5cmの箱は簡単だが高さ5cmの箱は一工夫必要だ、と自慢げに語る。 彼は箱の中からもうひとまわり小さい箱をとりだしてくる。 彼は暑くもない部屋を暑いといい冷房をいれてくれる。 彼の部屋は押し花でいっぱいだ。 そんな彼は、決して悪人ではないだろう。 |
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2000年08月04日 00時48分56秒
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長いこと姿をくらましていた我が実習先に唯一あった店を「Y田商店」という。W田と書くべきか。
そこは、商品は高いし少ないし古いしという、なんとも高慢ちきなお店なのだ。賞味期限今日切れるで、って物も平然とあるのだ。Y田で買ったアリの巣コロリは封があいていたのだ。しかし小泉町民にとってなくてはならない存在であり、うちら実習生にとってもなんとも助かる存在なのだ。 そんなしょぼいY田に、我が愛する「黒ごまきなこ」という健康食品があった。そんなん置く前に、もっとおくべき物があろうに・・と思いつつも、この黒ごまきなこの存在でY田の株は急上昇したことは言うまでもない。 黒ごまきなこは便秘は肌荒れなどなどに効果がある。 きっと小泉町民は便秘肌荒れを非常に気にする町民にちがいない。 |
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2000年08月03日 02時53分01秒
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ICQなるものは、どこまで普及しているのかしらないが、どうやらインターナショナルなもののようだ。
それも、ときどき外国人からおよびがあるからだ。 今日はUSAのJulia22才からのおよびだった。わかっていることはそれだけだ。こっちは夜中だがJuliaは朝もはよからジャパニーズと何をはなしたいんだろうか。メールだろうか?なら、もっと英語できそうな人を検索しろってんだ。 外国からのよびかけの多いICQ。 いまだになぞだらけ。 |
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2000年06月01日 02時42分52秒
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一時期、栄養ドリンクを毎日のようにのんでいた。これさえのめば寝不足でもなんでもハイテンション!とおもいながら。たしかに飲むのと飲まないのとではちがう。だるだるの状態から、通常レベルくらいまではもっていける。
しかし、しょせん胃の中でたまっているだけのドリンクたち。体内の疲労物質を取り除いても、脳を覚醒させるほどのパワーはもっていない。タウリン1000mgも、脳のごきげんをとることはできないのだ。 とりあえず、リポたちを飲むことによって少なからず体力の回復はのぞめるだろう。まだ効きはじめるわけのない飲んだ直後に「ファイト、一発!!!!!」なんて、叫べるテンションがあれば、もともと元気だろ、といってやりたい。 |
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2000年05月13日 04時08分21秒
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神戸にうまれ、神戸に育ち、人生はじめて、神戸の港でたたずんだ。もう、そのまま船にのって逃げ出したいきぶんだった。広場では、ダンスをおどっている若者がおり、「阪神タイガース優勝祈願」のたこをあげているおっちゃんもおり、あっちにもこっちにもカップルがおり。
世の中こうでなくては。 毎晩パソコンと向かいあっているだけが人生じゃないのだ。 OT室で輪投げしてるのが人生じゃないんだ。 |
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2000年04月30日 22時05分11秒
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| 三宮は人がおおい。今の私に言えるのはそれだけ。 |
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2000年04月18日 00時34分29秒
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| なんで実習生は寝不足でなければならないのか。なぜ、睡眠時間をさいてまでがんばることが美化されるのか。実習生は、そんなに全力ではりきらなければならないのか。 |
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2000年04月12日 23時48分29秒
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周知のとうり、こういう状況なので週末はリフレッシュしなければならない。
今日は純粋に感動したいとおもい、レンタルで「フランダースの犬〜劇場版〜」をかりた。期待どうり、彼らは泣かせてくれた。感動というよりは、同情なのかもしれないが。 劇場版では、テレビとちがったところがいくつかある。 まず、冒頭と最後に20年後のアロアが登場する。彼女はネロとパトラッシュが死んだあの教会でシスターとなっている。そのアロアの回想で物語がはじまる。 ネロとアロアは10才前後であり、テレビではどうみても「お友達」だったのに、劇場版ではなにやら「いい感じ」なのだ。親に隠れて密会しては見つめあうのだ。あれならアロアの両親に反対されても無理あるまい。 エンディングの歌詞(訳詞)がまた泣かせる。 それはアロアの思いのようであり、それまでの感情、死の受容の過程、今の気持ちなどを歌ったものである。 動物で泣かせるフランダースは、悲しいラブトーリーだったのだ。 |
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2000年04月08日 03時14分49秒
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| 我が実習地の病院は「しあわせの村」と大きな施設のなかにある。そこへ行くためのバスにのると、「このバスはしあわせの村行きです」というアナウンスがながれる。これを聞くといっそあの世にでも行ってしまうんではないかという不安におそわれる。あの世とまではいかなくても、なんだか宗教まがいの村みたいだ。決してたのしい気分にはなれず、メルヘンな気分にもなれない。毎朝これを聞きながら、どこか架空の村へつれていかれるのでは、と心配していたんでは命がいくつあってもたりない。もっとヒップでポップでハートフルなネーミングをしてほしかったものだ。 |
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2000年04月03日 23時48分28秒
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| 我が実習地の病院は「しあわせの村」と大きな施設のなかにある。そこへ行くためのバスにのると、「このバスはしあわせの村行きです」というアナウンスがながれる。これを聞くといっそあの世にでも行ってしまうんではないかという不安におそわれる。あの世とまではいかなくても、なんだか宗教まがいの村みたいだ。決してたのしい気分にはなれず、メルヘンな気分にもなれない。毎朝これを聞きながら、どこか架空の村へつれていかれるのでは、と心配していたんでは命がいくつあってもたりない。もっとヒップでポップでハートフルなネーミングをしてほしかったものだ。 |
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2000年04月03日 23時47分58秒
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ばかを言うのもきょうまでだろうので、妄想をかいときたい。
私は2ヵ月後の広島の自分の部屋を想像してみた。まず悪い場合、何か虫でもとんでることだろう。異臭がただよっているかもしれない。最悪、風の谷のナウシカのように胞子がまっていることが考えられる。マスクなしでは生きられまい。現実的に考えて、泥棒でも入ったとして、あまりにとるものがないため泥棒さんはきれるだろう。その苛立ちのあまり部屋じゅうをさらにめちゃめちゃにし、さいごに北斗のケンをとっていくことだろう。 もし奇跡が起こるなら、パンクしたままおいてきた自転車が修理されているかもしれない。小公女セーラのように、ごちそうが用意されているのもなかなかだ。こたつをしまっておいてくれればよいのだが。 とにかく、トイレットペーパーがあと1こもないことだけは事実だ。次帰るとき、忘れないようにしなければ・・。 |
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2000年04月02日 22時41分49秒
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実習までの期間、私は神経質にカウントダウンをしていた。何も勉強してないからこそ。最後の1週間は勉強からの過酷な逃避行だった。
この数日の充実ぷりといったら、私の人生の記録ものだろう。まず、映画をみ、同じ日に名作ビデオを5,6本見、次の朝友人を家に招き、音楽活動にいそしみ、夜中にのみ、また音楽活動をし、チキンランチを食べ、ダンボールをもらいにいった。この間、自転車はパンクした。犠牲になったのは睡眠時間だった。 人は何時間寝ずに生きられるだろうか。うわさでは人格が先にかわるらしい。私は人格まで変わるにはいたらずにすんだ。でも軽いうつが出た気もする。自分の限界をしるのも実習前のよい経験だとこの逃避行を美化した。 睡眠不足だけは何もよい考えをおこさないことを強調したい。実際、おかしな頭でかいたこのコラムはなんの笑いもないのだから。こんなぼけた頭で実習にいったらきっとひんしゅくだ。そしてこんなぼけた頭で準備した荷物にはきっと不備がある。 今まだ眠くないのは、きっと数日前見た名作ビデオたちの感動が濃すぎたからに違いない。 |
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2000年03月31日 03時42分11秒
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タエ・ボー創始者のビリー・ブランクスのありがたいお言葉をみなに授ける。
「はじめは誰でもがんばれる、誰でもだ。しかし苦しくなってきたときが肝心。僕たちはただの人間なんだよ、特殊な力なんてないんだ。ひたすら努力で力を手に入れるんだ。必ず手に入れられる、約束するよ。僕は君にとって最高のインストラクターになるつもりだ。なぜって、君にやり遂げてほしいからだ。君にゴールにたどり着いてほしいんだよ。信じて。自分に自信をもてば、つらさものりこえられるよ。忍耐だ。ファイトだ。自分を信じればなんでも突破できるんだ。ほしい言葉はただ一つ、それは勝利。勝利を手にするんだ!」 ここらへんはまあいい。さらに、 「君も知っていると思うけど、タイトな水着はヒップアップして引き締まったボディにしか似合わないんだ。苦しくても僕の言うとおりにすれば、絶対に、絶対にナイスバディが手に入るんだ!!」 これはちょっと失言だろう。最後の方は、 「パワーを求めるんだ、自分より強い存在のパワーを。僕らの上にいる神に祈るんだ、ハートで求めるんだ。目に見えるものじゃなく、ハートで求めよう。さあ!」とわめきたてる。 神に祈るんすか?努力するんとちがうんすか? ビリーも興奮しすぎて、自分の言ってることに興奮している。その姿はいかがわしい宗教すら思いださせるのだ。 おそるべしタエ・ボーよ。 |
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2000年03月28日 02時15分40秒
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OTといってもOhTogether!でも岡本太郎でもおっさん止まれでもない。OccupationlTherapistのことだ。
実習先の課題で、「なぜOTになろうとおもったか」を書かなければならない。そんなことは高校生の私にきいてほしい。今書くとなにもかも付け足したような文になってしまいそうだ。 私自身、受験前の意気込みでも書いておけばよかったとおもう。あの無知なころ、OTをなんだとおもっていたのか。 だから就職前にいろいろ残しておこうとおもう。きっと、「あのころはうぶだったな」「若くてやる気にあふれていたな」なんておもうはず。まあ実際、今の私に若いパワーなんてないんだが。 そろそろ若いパワーを嫌でも出さなければならない。OTSとは明るく、気が利き、積極的な生き物だから。 |
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2000年03月27日 02時08分38秒
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今日、新天地の「タコス&カフェAnyWay」に行った。すると雨がふってきた。小ぶりになったすきをねらって帰ろうとすると、店員が傘をかしてくれた。ありがたい。でも返しにいくのもめんどうだ。いやいやヒマがないだけ。だからここで勝手に宣伝するから、かさは返さないかもしれないけど、許してもらう。勝手に。
24時間営業ってのはうそくさい、っていうかうそだけど、みんな深夜はAnyWayへ。ブリトーもあるし、カクテルでかいし、アイスもパフェもあるし、丼もあるし、新天地公園のおっさんたちも見えるし、安くはないけど、朝まであいてるし、なんせ良いところだ。 さあさあ、みんなそろってAnyWayへ。 これで傘の件はちゃらだ。勝手に。 |
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2000年03月26日 04時04分25秒
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| 久しぶりなのでネタはたくさんある。せっかく遠い異国へ行ったのだから一つぐらいはここに書いておかなければ、とおもった。 それは、あの有名なルーブル美術館へ行ったときのことだった。まだ入口より手前の歩道に一つの像がたっていた。エジプトのスフィンクスのような顔をして全身金色の布でおおわれているちょっと変な像だった。前にはめぐんでくれ、といわんばかりのカップが置いてあった。行きは知らん顔をして通りすぎた。 何時間かたった帰り道、当然その像はあった。 とある外国人が、そのカップにお金をいれてやった。そうしたら、その像がおじぎをした。 めちゃびびった。どんな仕組みだ?とおもった瞬間、それが人間だということがわかった。 ちかくの外国人たちもそれはもう驚いた。 お金をいれまくっていた。 この驚きは形容しがたい。カーネルサンダースだとおもっていたら、清水一が変装していただけだった、とでもいえば伝わるだろうか。 いったい奴は何物だ。なぜあんなところであんなことを。儲かるのか?それが生きがいか?その耐久力で他の仕事はできないのか? 様々な疑問がめぐる。探偵ナイトスクープにたのんで調べてもらいたい。 |
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2000年03月25日 01時14分43秒
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湯布院というところは最高だ。何がって全てが最高だった。温泉は露天だし、観光案内は親切だし、レンタサイクルはあるし。そして何よりも食べ物がおいしい。ああ結局それか、と言われそうだが、結局それだ。なんて自然を愛してるんだろうってぐらい、自然派を売りにしている。手作り、手作り、という文字を何回みたことか。でもおいしいのだ。そしておしげもなく試食が提供されているのだ。一番気に入ったのは「由布かりんとう」というもので、甘くなく
材料の味がフルに生かされているのだ。その他土産物批評をしだすととまらないので止めておく。 とにかく町全体のチームプレイができていると思った。僕たちは観光地だ、という自覚がある。何を売りにしたらいいかもこころえている。さすが入浴税を払っているだけのことはある。 いつか俗世間に疲れたとき、また訪れようと思う。そして「ああ、人間なんて、私の悩みなんてちっぽけさ」とつぶやこう。 |
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2000年03月15日 00時02分35秒
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| 入門編もそこそこに、ベーシックバージョンを行う。パンチはよいがキックがおもった異常に難しい。彼らのテンポについていけない。とくに左側の筋力が弱いことが判明。足は腰の位置まであがらす、何とも間抜けなキックになる。こんなものでどこの筋力がついているのやら、と不安を感じる。そして3日坊主になりそうな予感が心をよぎりまくる。「すぐに効果があらわれる!」これはきっと嘘だろう。まあよくて、関節可動域拡大ぐらいか。 |
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2000年03月12日 20時04分18秒
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| 全米で話題NO1エクササイズビデオクリップ。「エネルギーが爆発する!パワフル!そして気分が高揚する!!」さあ、あなたも体験してください! ってなワークアウトビデオ“タエ・ボー”。ここの読者なら知っている人も多いはず。そんなビデオがついに上陸。あなたもビリー・ブランクスとともに強くなろう!密かにTBクラブなるものを結成。さあ、いつでもきなされ。ま、ケンシロウには勝てんけどな。 |
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2000年03月11日 02時16分19秒
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今日、とうとう北斗の拳関連のページを発見した。しかも思ったよりたくさんあったのだ。早速はいってみる。とたんに「おまえに女はいるか?」などというセリフが流れてくる。何をいうか、女や、と思う。キャラクター紹介はもちろん身長、体重、必殺技など網羅。「お前はもう死んでいる」「あたたたたたたたた・・」と音声で流れる。あらゆるセリフたちがファイルにされ、知らん知らんっていうキャラたちが紹介されている。自分たちで新しいストーリーを作ったりもしている。ああ、これがマニアの世界か・・・と実感。BBSに書き込むことさえできず、自分の無知さを痛感する。なぜか英語でかかれたページも発見。北斗神拳は訳すとNorth Dipper God Fist らしい。ちなみに南斗聖拳はSouth Dipper Holy Fistだ。まあ、どうでもよいことだが。
ああ、おそるべしマニアたち。そしておそるべしケンシロウ。今日の主役は君だ。 |
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2000年03月10日 02時19分37秒
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| 今日○日ぶりに掃除をした。日で数えていいのか?いや、いいことにしよう。もうそれは快感だ。なにがってあの掃除機のすいっぷりときたら。男前だった。こんな文明の利器をおしいれに閉じ込めていた私が悪かった。しかしこの気持ち良さにはまって、まだまだ、まだまだ、とほこりたちをためそうだ。いや、いけない。もっと掃除機くんを使ってやらなければ。もうあの男前っぷりをみることはないだろう。だぶん・・。 |
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2000年03月05日 00時52分59秒
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| この2,3日の記憶がない。別に健忘症になったわけではないのだが、あまりにも何もしていないからだ。ナメクジのような生活だ。このままではカビが生えるかもしれない。とりあえず家を出て人とコミュニケートしなければならない。そう、今日はひな祭りだ。明かりをつけましょ、お花をあげましょ、寿司たべましょ。 |
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2000年03月03日 13時03分08秒
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最近食べ過ぎているようにおもう。当然体重は増加傾向だ。やせなければやせなければ、そうかんがえて生きていた。しかしなぜたべすぎたのか。それは誕生日のケーキやごちそうやはしごして飲んだ分たちだ。そう、幸せのあかしなのだ。この体重増加は幸せの結晶だ。ストレスによる過食は悲しいけれど、外食やケーキでおいしいと感じてたべたものならいいではないか。そう言い聞かせることにした。
きっと世のふとっちょさんたちも幸せだ。ひとよりちょっと幸せすぎるのだ。もしくはよっぽどの不幸をかかえているんだろう。今日よんだ本によると、体重を減らすことを考える前に過食ストレスの原因を解決した方がよいとかかれていた。私にはそんなストレスありゃあしない。ってことは幸せなのだ。うまいものをうまいと感じられることは幸せだ。 これからも私の食への追求はやむことはない。 |
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2000年03月03日 04時40分34秒
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今日私のバイト生活が終わった。もしかすると人生最後のバイトになるかもしれないバイト生活が。おもい返せば一年前、このミョンドンにはよく裏切られたもんだ。ソウルにかぶれて韓国料理店につとめようとおもったら実は焼肉屋だったり、将来のために接客商売をして人生勉強を・・とおもっていたら厨房にいれられ、初日にやさしく教えてくれたお兄さんが改造バイクにのっていたりと・・。しかし学校での閉鎖された生活の中で、バイトでの人間関係は新鮮だった。学生からフリーターから高校中退の予備校生からバンドマンから中国人まで、いろんな人がいたもんだ。広大とかOTとかぬきにして自分の性格や使えなさや逆に使える部分なんかを知るいい場所だった。そして何よりただ飯をいただき、時には菓子パンやケーキを食べ、おびただしくつまみ食いをするなど私の食への欲求をおおいに満たしてくれた。“働くならまかないつき”という私の信念は一生まがらないだろう。
ミョンドン中に出会った多くの牛たちに感謝します。 |
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2000年03月01日 01時31分05秒
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| 私はいまいち踊れない。しかしダンスの楽しさを今日かいまみてしまった。あんな笑顔で汗がかけるものがあったとは知らなかった。ゲーセンでめがねにジーパンにチェックのシャツにリュックしょった青年たちが、自慢げに飛び跳ねているわけがわかった。彼らもあの楽しさにぞっこんだ。みて、みてというかれらの叫びがきこえる。それはとても純粋でさわやかな叫びだったのだ。これからは歓声とともに拍手をしてやろうではないか。 |
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2000年02月29日 02時31分09秒
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| フジ・グランは私の庭である。そして心のオアシスである。休日に意味もなくおめかししていったり、逆に子だくさんのお母さんよりみすぼらしい格好でいったりする。フジでのささいな買い物がかなりストレス解消になっている。ポイント5倍の日などはいらないものを買いまくる。それでもたいした値段にならないところがフジだ。きっと将来大学生活をふりかえったとき、行き付けの店は?とたずねられたら、迷わずフジと答えるだろう。そして私が記憶喪失になったとき、フジにつれていってくれれば何か思い出すにちがいない。私にとってフジ・グランとはそれほど思い入れの深いところなのだ。 |
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2000年02月27日 01時50分55秒
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| もうすでによく知られていることだが、さりょーの3月生まれの多さはなんだろう。うお座人口は10人ちかいのではないか。これは統計学的にはおかしい。はや生まれには何かなぞがあるのだろうか。小さいころの何かのコンプレックスが関係しているんじゃないのか、という説もある。そんなに53年生まれたちにおくれをとったおぼえがあるだろうか?少なくとも小学校に入ってからはないはずだ。ふつーだ。もっとさかのぼって幼稚園か?そのころに福祉関係に進もうと決めた人がいるか?いや、関係なさそうだ。ならどうしてだ。大学がうお座の人を優先的に合格させたとしかおもえないぞ。 |
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2000年02月24日 01時35分01秒
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| 最近予定がうまく組めない。なにかと重なったりなくなったりする。せっかくの春休みだが薄い気がする。そんなことを話していると、あの@氏が「予定は変わるからおもしろいんじゃないか」という発言をした。へ?あなたは変わることをみこしていつも予定を組むんか?それがおもろいんか?わたしはM々と「楽しむために予定をくむんじゃないのか」と反論したが、「そのとおりにいくとおもしろくないじゃないか」と反論される。へ?それは波乱万丈や、アドベンチックとはちがうのではないか。そんなにおもろいんならドタキャンでもなんでもしてさしあげる。しかし、人生は旅だからな。いろいろあるわな。 |
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2000年02月22日 01時53分33秒
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| 夜中にNHKのど自慢の予選をみかけた。広島県広島市のものだったようだ。朝方みた、という証言もあったためかなり長時間やっていたものとおもわれる。みんな名前も名乗らず、一コーラスもろくに歌わせてもらえない。予選というだけあって下手くそが多い。カラオケではうまいといわれているんだろうな思われる人から、放送禁止やろってぐらい音痴まで。奴にもでれるんなら・・・。みんながそう思ったはずだ。そしてみんながでてるからあんなおびただしい人数になるんだろう。そしてなぜかみんな普段着すぎる。のどじまん本番もそうだが、なぜあんなに普段着なのだろう。NHKのおきてなのだろうか。注意事項に「おしゃれ禁止」とかかれているのだろうか。みんなテレビにでてるってわかってるんだろうか。おそるべしNHK。だれか出場しておくれ。 |
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2000年02月21日 00時35分26秒
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| 私は某焼肉屋ではたらいている。おなじ職場になにやら育ちのよさそうな23才のおねえさんがいる。そのお姉さんは冷麺をゆでるときまだ湯が沸いてないところに投入したり、ちっともほぐさなかったり、めちゃ小さな鍋でつくったり、ゆでた麺を放置したりする(ほんとはすぐに水を切る)。もっと麺類というものを理解しろよ、といいたいところだがあまりにも基本すぎて言えない。きっと家でインスタントラーメンなんて作らないのだろう、とささやかれている。もっと麺に愛情をそそいでくれ。麺はのびる。のびたらまずい。忙しかったらゆでるな。―――以上、ささやかな職場のストレスでした。 |
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2000年02月20日 01時07分17秒
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| 今日、私は平和を愛する広島市民の一員になった。なぜなら更新された免許証に、「広島市」としっかり書かれてしまったからだ。こんなはずじゃなかった。私は神戸市民だ。住民票も神戸だ。しかし、めんどくささから更新をここ広島でしてしまったために、そうなってしまった。「住所は神戸のままじゃだめですか?」などときいてしまった。愚問だった。せめて写真だけでも満足のいくものを、と思いせいっぱいの笑みをうかべた。しかし、できあがったものに笑みのかけらもなく、むしろ人造人間っぽかった。こんなものを3年間も・・。おぞましい。平成15年よ、はやくこい。 |
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2000年02月17日 02時11分15秒
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| 風邪をひいて改めて思ったこと。もう若くないこと、一日では治らないこと、すったりんごはおいしいこと、食欲は衰えないこと、なぜか太ること、テレビはすばらしいこと、金城武はあつくるしいこと、友達はやっぱりいいこと、期限切れのルルはきかないこと。以上。 |
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2000年02月15日 11時27分03秒
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| みんなはタエ・ボーというエクササイズビデオを知っているだろうか。ボクシングや空手やなんやらが含まれたえらく楽しげなエクササイズなのだ。はじめてみたときから私はそのビデオに魅かれていた。ここ最近、その情熱が異常に高まっている。もうイザニッポンに電話しそうないきおいだ。ビデオなら後々邪魔にもならないし、さして高価なものでもないし、一応現実はみているつもりだ。ニューヨーク直行便のHPをみたりもした。あとは決断だけだ。さあ、止めるなら今だ。のせるのも今だ。だれか助言を。 |
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2000年02月12日 02時58分43秒
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| 今日いや昨日、テレビの生放送(多分再放送だとおもうが)でルミコが泣いていた。離婚後の胸中を告白していた。けんやとの馴れ初めから結婚,離婚にいたるまでドキュメントチックにやっていた。ちなみにプロポーズの言葉は「君と愛のセレブレーションを踊りたい」だそうだ。ぷっっ。こんな番組を緊急生放送する日本は平和だし、ここにルミコのことを書く私も平和だと思う。しかし、カメラのまえでおいおいと号泣するルミコをみるととても不憫だった。いいおばさんも、恋する乙女なのだ。がんばれルミコ。まけるなルミコ。私はルミコを応援するぞ。しかし年下の男にひっかかったりは決してしないぞ。ルミコのように。 |
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2000年02月11日 05時38分59秒
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| 夕方外にでたときはただの不愉快な木枯らしだったのに、夜に出かけたときはもう、そこは北国だった。いまにも田中邦衛が顔を出しそうなくらい北国だった。西条以来だろうか、こんな雪は。まだほとんど誰も踏んでいない雪を1歩1歩ふみしめながらあの独特の音をたのしんでいると、自分の家へ帰る道をまちがえていた。明日はぶじ学校にいけるだろうか。 |
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2000年02月09日 01時40分55秒
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| 今日は記念すべき中区民記念日だ。第1回中区民会が開かれた日である。は?なに?と思う人はおもえばいい。引っ越してもう3年近くたとうとしている今、はじめて中区民集結を果たした日なのだ。2000年2月8日で「ニッセンには中区民」と覚えよう。ああん?という南区民たちの声がきこえる。しかし中区民はめげない。「少数民族、濃い人格」をスローガンに中区民たちは頑張ります。では、次回の民会で会おう。まだ酔い覚めぬとある区民の独り言でした。 |
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2000年02月08日 06時00分07秒
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| 私の父は大の電話ぎらいのシャイボーイである。それと関係あるのかは分からないが、家で電話をするとき話しながら電話器の周辺の小物を整頓し始めるというくせがある。かなり無意識に。それを私ら母娘3人はかげで笑っている。そんな父が最近携帯を持つことになったらしい。父は反ケイタイ主義者だった。なのになぜもったかというと出張中に新幹線のなかで「お電話です」と呼び出しをくらったのがよっぽど嫌だったのだろうということだ。しかしケイタイをもつといつでもどこでも会話をすることになる。父は街のなかで会話するときもそのへんの物を整頓し始めるのだろうか。半径何mまで整頓するのだろうか。そのうち環境庁から礼状がくるかもしれないな。 |
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2000年02月07日 00時42分57秒
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| 私にとって朝の連続テレビ小説(NHK)は、生活から切り離せないものになっている。朝はあの15分間が私の生活をコントロールしている。ドラマがおわるとそろそろ出発の準備を、と思う。よって遅刻はあまりしないですむ。ちょっと遅出のときはドラマとともに起きる。とにかく、ドラマみたいがために行動がはやくなる。大学入学して以来続いている唯一の習慣かもしれない。ときには、夜のドラマばりにはまってしまいどきどきしてしまうことさえある。NHKが何かのまちがいで止めないかぎり、私の老後の「規則正しい生活」は確保できそうだ。 |
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2000年02月05日 13時13分24秒
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| 今日は節分だ。豆をまかなければならない。しかしこの家に豆なんかまきちらしたらその時点で福が来るどころか、ブルーになるだろう。だからまかないことにする。食べるのはたべた。しかも、なん粒たべたかわからないほど食べた。朝は納豆ときなこ、おやつに豆、夜も納豆と、私の胃は今ごろ大豆まみれだろう。でもきっとマメな性格にはならないんだろうな・・。 |
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2000年02月03日 21時03分28秒
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| 世の中にはひまな人がいるものだ。意味もなく見知らぬ人の家へ電話するのだ。まだ夜ならゆるそう。留守電もゆるそう。しかし、朝だけは どうにかならないものか。どこの早起きさんかは知らないが、朝からそんな暗い遊びをするなんざ、かなり病んでいるとみえる。それとも時差8時間のロンドンからの国際電話だろうか。とにかく腹立たしい。しかも今日のように午後出勤の日に。無視るにも切れるまで待つのがうるさいし、電話線をぬこうにもベッドからでるのもめんどく、子機の受話器を上げっぱなしにしようにも、ツーーーーっと言う音がきになる。何か言ってやるにも頭がまわらない。ああ謎の暇人よ、かけるんならもっと必要としている人を起こしてやれ。もしも私に「逃げろ逃げろ」と危険をしらせてくれている国際電話ならもうけっこうだ。留守電にでもいれておけ。 |
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2000年02月03日 00時39分49秒
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| 松江は我が友の実習地のひとつである。そしてうちのお父さんの実家があり、私の本籍地でもある。おばあちゃんに、その実習先である松江市東生駒町というところについてきくと「生駒は田舎だが」という答えがかえってきた。お前がいうな、とつっこみたかった。半径3キロ以内にスーパー以外の店はなく、ガソリンスタンドのことをあぶらスタンドとよび、若い嫁が夕飯にお好み焼きをだしたら近所中でとひそひそささやかれる、そんなところに住んでるおばあちゃんが田舎というのだ。これは筋金入りにちがいない。それともうちのばあちゃんが、自分の町の田舎っぷりにきづいていないのか?むしろ栄えているとおもっているのか。すぐ隣りにスーパーしろかねやがあるから、きづいてないのかもしれない。ああ、いったい生駒町とはどんなところなのだろうか。はやく知る必要がありそうだ。 |
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2000年02月01日 23時23分58秒
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| 今日、ピンポンがなった。忍び足でドアのあの、小さな穴をのぞいた瞬間に「おはようございます」とはなしかけられた。どういうことだ。あれは向こうからは見えないんじゃないのか?とおもいながら息をひそめていたところ、明らかにむこうはこっちの存在にきづいていた。しかし1回むしったらもうでれまい。壁にはりつき息をこらすこと約一分。おばさんはずっと私の名前をよびつづけていた。借金もしてないし、ストーカーもいないわたしがなぜそんなに、こそこそどきどきせないかんのか?とおもいつつ壁にはりつきつづけた。何がいいたいのかというと、壁の穴が外から見えるとはなにごとだ、ということだ。あとで外からのぞいて手でふさいだりしてみたところ、やっぱなんとなくうつるのだ。うちのアパートがぼろいだけか? |
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2000年01月30日 17時10分50秒
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| きのうの夜は朝までHPを改造しよう、という意気込みがあったものの、きづいたら眠っていた。HPの作り方という本は私にとって人間作業モデルより難しい。要は理解力のなさなのか。そして我がページのメインキャラクターであるあの笑顔の「ゲラッピィ」が夢に出た。夢の中で彼女はテレビアニメになっていた。彼女と会話をした覚えもある。そのうち彼女は私をこえるだろう。そして207の教室にすわっているにちがいない。そのときは「パーマにあってるね」といってやってくれ。 |
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2000年01月29日 15時58分26秒
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| 世間ではもう就職活動がはじまっている。ある大学では就活といい、またある大学ではJというらしい(Job Huntingの略)。私らもはやく企業をまわったほうがいいらしい。いやちがうんだっておっさん・・・ってみんな心でつぶやいたはず。100%就職?さすがみなさん、優秀ですねだって。だからちがうって。資格取るし。企業じゃないし。しかし私もJをやってみたい。パンフ集めまくってはがき書きまくってスーツきて説明会にいきたい。もしくはジーンズで行って門前払いをされてみたい。それでこそ大学生ってもんだ。今の時期、JといえばJOBだ。順でもジョンソンでもないのだ。 |
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2000年01月27日 23時31分57秒
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| 世のなかではエステが流行している。身近な人もひそかにいっている(推測)。エステティシャンたちは言葉たくみらしい。頭の先から脚の先までほめちぎってくれるらしい。クライエントに「効果がありそうだ」とおもわせ、うん十万を払わせるまでに至らせるわけだから、すごいのだ。これはOT的にはおいしい技術なのだ。いったん不安にさせておき、これをやれば大丈夫というあの技術だ。これを使えばぺグでもセラプラスとでもスタンピングでも導入できるにちがいない(推測)。誰かペドレッティの付録としてマニュアルをつくろう。 |
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2000年01月26日 01時17分53秒
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| 卒業研究のテーマが決まらない。決まるはずもない。そして探す気もない。なんで実習地で気をもむこの時期に、卒業テーマなんてものがきめられようか。先生らを精力的に訪ね歩いている@くんはすばらしい。いま調べたいことといったら、一は何を食べてあんなになってしまったのかとか、たつおのなで肩の傾斜角度とか、順のいうスラックスとは何なのかとかぐらいだろうか。 |
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2000年01月24日 20時38分51秒
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| お好み焼きといえば、このへんでは広島焼きだろうか。私は関西人なので絶対に関西焼きを推奨する。広島焼きにはハーモニーがない。関西焼きは奏でている。奏でまくている。たとえるなら吹奏楽か、オーケストラれべるで奏でている。しかし広島焼きは、それぞれが前に出すぎてお互いを尊重するということをしらないらしい。ちぇきっ娘レベルだ。ま、お好みだからなんでもいいけど。 |
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2000年01月23日 02時24分10秒
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| テーマのない時は地方について書こうとおもう。これも実習のため、友のため。今日は愛媛。つい最近道後温泉にいったばかりなので新しい思いでの土地である。きっと愛媛では、おいしいみかんとじゃこ天とぽんジュースにまみれることでしょう。世の人は温泉で疲れを癒すというが、温泉はじつはすごい疲れるものなのだよ。軟弱な私らは、だれだれで観光どころではなかった。しかし、心は癒されたはず。いや癒された。しかし何より愛媛での最大の思い出は、松山城の門のかげで、排泄動作を自立させていらっしゃった中年女性のシルエットだ。愛媛=松山城=彼女なのだ。あーあ。 |
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2000年01月22日 01時16分02秒
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| 実習地がほぼ、やや、いやけっこう決定した。島流しだか、参勤交代かはわからんが、みんなちりじり。各地で1っこずつペナントでも買ってきて卒業記念にでもしようではないか。単身赴任のお父さんのたちの気持ちも分かったところでまた一つ成長したさりょうずでしたとさ。 |
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2000年01月20日 21時00分02秒
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ああ、じょん、Jそんよ。どうして君は日本語をおぼえないんだ。君が日本語を覚えるという努力をするだけで、わてら数十人の余暇時間がどれだけ延びるかおわかりか。そんなにわれらヤマト民族のランゲージがおきらいか。うちらのかたことの、HAPPY,HAPPYを連発した英語をよんでもまだガムをかみながら笑っていられるのだろうか。つみつくりなおんな、Jよ。もしも、翻訳こんにゃくがあったなら、はじめ語とじょん語とどっちに使うかもめそうだ。
2000年01月20日 02時45分50秒 |
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| せっかく書いた記念すべき初回の本文が消えてちまった。なんにもわからないままにすすんでいるこのページ。いつか理解すると自分を信じてがんばります。さっきとかぶるので何も言いたくありません。 |
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2000年01月18日 16時41分27秒
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