栄えある第一回の出場者に選ばれなのは淳くんです。では彼と私が出会った時の話からします。そう・・・・あれはまだ梅雨明け前の7月の初旬だった。私は雨に打たれながらバイトの事務所へと駆け込んだ。6月はこれだから嫌だ・・、などと思いながらゆっくりと事務所のドアをノックした。中へ入ると髭づらの見なれない顔と目があった。あれ・・・新しい人だ。それは挙動不審なその態度からも一目瞭然だった。軽くあたまを下げてすぐに制服に着替えた。
愛想悪いな・・・・・・・・・
それが私の彼に対する第一印象だった。バイトの初日とは誰しもが緊張するもので、ある程度のこわばりは気にならないのだが、あれほどまで硬直しているのも珍しかった。しかし、そんな不安がっている彼に私は積極的に話しかけた。早く打ちとければその分こっちも楽しくなるからだ。新人さんにCDシングルの返却方法を教えてあげて、と社員におおせつかった私は、早速彼をつれシングルの什器まで向かった。そこで過ごした時間僅かに10分程度であったが、彼は私に「ハイ」としか言わない。どんなに本気で笑わそうとしても「ハイ」としか言わない。「分かりました?」「ハイ」のキャッチボールの連続だった。徐々につまらなくなってきた。それからしばらくの間私は彼と喋る機会がなかった。シフトが一緒にならないのがひとつの原因だった。それから約2ヶ月後くらいだろうか・・・・、彼がレジに立つようになった。レジに立ち始めると、会話する機会はかなり増える。そして、彼の放った一言が私の注意を引き付けた。
「君ってさ・・・・・・・・ステージ高いですよね・・・」
私のとなりで半ばぼやきの様にささやかれたその言葉の真意を、当初全く理解できなかった。ステージ? なにそれ?追い討ちをかけるように、
「あ〜まじグル−ブするんですけど・・・・・」
なんらかの形で、間違った語彙の選択をしているとしか考えられないくらい、意味不明な言葉のオンパレードだった。ステージとは、面白い度合いの事を指すらしい。私にはヒップホッパーとかが使ってそうな言葉という理解があったが、彼はその種の人間には全く見えなかったのだ。その後も彼は独自の世界を熱く語ってきた。
「あのバンドの音楽は、なんかこうホッペタの前で演奏しているって言うか・・・、つまりそのグルーブしてるんだよ、俺の印象ではあいつらはただの楽器少年系っぽい?っていうのかな」(楽器少年とは、楽器における器用貧乏の事を指すらしい・・・・)
彼は私とタメにして未だKO大学の1年の在籍している。音楽が好きなあまり、部活にばかり顔を出していて、授業に出席するのを忘れていたらしい。趣味の音楽鑑賞では、赴きのあるジャズを中心に多岐に渡るジャンルを聞くという。ジャズを真に愛する彼は週に幾度か無給でパブでピアノを演奏する。そんな彼だからこそ、音楽に対する思い入れは人一倍なのだろう。素直にうなづけないその語りには、独特のオーラを感じ、突っ込めない私を見て彼は語りつづける。さしで酒を飲んでいる時それは更に促進される。
ある日私はバイト中のレジカウンターの端で一人悲鳴を上げる彼を発見した。
「うそー!うそでしょ。ありえないって、まじかよ!」
どうしたんだろう?心配になり彼の視線の先にある売上表に目をやった。そこには私の名前、榎本と乱雑に書かれていた。しかし良く見ると榎本の本の部分の線が一本抜けていて”榎木”になっていたのだ。たまたま誰かが間違って書いたのだろう。しかし、それを見て彼は今まで半年間知っている私の名前は実は榎本ではなく、榎木だったと発見したと思ったのだ。そして一言「知らなかった、榎本だと思ってた・・・ごめん。」とまじ落胆していた。私は一言「いや、俺の名前は榎本でいいんだけど。線一本つけ忘れじゃない」と言った。半年も一緒に働いて、その間ずっと私を「榎本!」と呼んできたのにも関わらず、自分の認識を疑うなんて順番がおかしい。まず書かれた字を疑おうぜ!
もちろんそんな彼は、人生に対してもわりとシビアな見解を持っている。「どうせ、俺らの人生なんて人に評価されるものだよ。その為の努力ってなんかこう、殻を破れないって言うか・・」言いたい事はわかるが、途中どうしても考え過ぎな語りに、私は思わずツッコミを入れてみたりする。しかし、私も彼も意見を受け入れるほど柔らかい思考回路を持っていない。私達のくだらない語りは明け方まで続くのだ・・・。
同じ年とは思えないその落ち着きの裏側には、天然素材の奥深い考えが埋まっている。彼の部屋を訪れると、薄暗い部屋の片隅から必ずジャズが聞こえてくる。ほんのり漂うお香を「印度で大人気なんだ・・・」と形容する。いきなり妹の話をし始めて何を言い出すかと思えば、「アイツ、後藤マキと同じ年なんだよね・・・」と何の自慢にならない自慢をし始める。供にラーメンを食べに行くと「ここのラーメンは力技だ!」とぼやく。力技?ラーメンをそんな表現する人は初めてだ。中学時代にはテスト中「こんな簡単な問題・・ほーらできちゃった」と無意識に呟いていたのを友人に後で知らされたらしい。
突っ込み様のないその語りに、私の中にもいつのまにか免疫がついてきたようだ。
棚から取り出したジャックダニアルをコップに注ぎ、彼は笑いをこらえながら「いいビデオを見せてあげるよ、友達が来ると必ず見せるんだよ。」と言った。しばらくして始まったのは小林タケルが大食い大会で負けたときのビデオ。振り返るとひとり、ビデオを見ながら笑いをこらえている彼を発見した。この画像のどこに笑いを見つけたのだろう?私はふと思った、
こいつ・・・・・ステージ高いよ・・。
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