豊かさよ
 6月25日、衆議院総選挙が行なわれた。自分自身、ワクワクしてこの日を待っていた。だって、日本の政治が大きく変わるかもしれないからだ。世紀末を目前にして、私たち国民が見る政治の形はどういう物なのか、その答えを私とどうよう、国民みんなが知りたがってると思っていた。
 蓋を開けるとどうだったか。戦後2番目に低い投票率。60%台だった。自公保政権の多数は維持され、民主党が躍進するも、政治の変革にはほど遠い物となった。構造不況が叫ばれ、645兆円の借金を抱え、数の力の餌食となった「神の国」はどこへ行こうとしているのか。そして、国民はどうしたいと思っているのか。そのすべてが見えなくなった。
 投票率が70%までいけば政治は変わると言われていた。増える無党派層がその原動力となるはずだった。著名人らが作った「選挙に行こう勢」キャンペーンはまさにそこをかんがえていただろう。しかし、投票率は伸びず、国民が将来に重いツケを残した形となった。なぜなのか。
 私たちは「不況だ」と声を荒げ叫んでいるが、実はそんな事無いのかもしれない。切羽詰って、どうしようもないほど家計が苦しくなった所はそれほど多くないだろう。やっぱりこの国は今でも十分豊かである。食べていけるし、隣の朝鮮半島のように、戦時状態でもない。なにも、不満は無い。投票率の低さはここにあると思う。何も不満なんて無いんだ。
 よく言われる事ではあるが、政治は国の鏡であり、国民の水準だという。いつまでも寝ていては腐ってしまうだろう。

こころ
 故郷が懐かしい。いったいどの位帰ってないだろう。5年前、こんな田舎から出ていってやると実家を出た。空港まで両親が見送りに来てくれたこと、そしてその時の寂しい思い。その全てが懐かしいのだ。
   実家は福岡の片田舎にある。石炭以外何も取り柄の無い街で、廃鉱になってからは廃れて行く一方だ。商店街のほとんどの店はシャッターを下ろし、バイパスにある巨大なパワーセンターだけが街の消費意欲を支えていた。何も刺激を与えてくれる物は無かった。僕はこの街を捨てたくてしょうがなかった。
    5人家族。両親と僕、そして妹2人。5年前、この5人は一体となって家族というコミュニティーを形成していた。家に帰れば見飽きた顔があり、それぞれの家族の役割をみんなが担っていたと思う。そんな生活が、僕が出ていくまでの19年間続いていた。
   今、実家には両親しかいない。妹2人も自分の仕事を持ち、家を出ていってしまった。先日、母親から写真が送られてきた。父と母が家の中で肩を寄り添っていた。ずいぶんふけたな。そう思った。子供がいなくなると親はふけていくと言うが、それは本当なのかもしれない。九州男児で、いつも口をへの字に結んでいた怖かった父も、白髪が目立ち皺も増えた。なにか、悲しい思いが僕の胸に残った。
   そう、現在の実家には5年前のコミュニティーは存在しない。たとえ僕が久しぶりに実家に帰っても、見飽きた顔と自分の役割は帰ってこない。家族5人で囲んだ食卓も、もしかするともう2度と帰ってこないのかもしれない。そんなことはみんなある程度の大人になると感じるだろう。でも、その事に対して大して悲壮感がこみ上げてこないのは、作り上げられた「こころ」のつながりがあるからではないだろうか。そう考えるようになった。
    どんなに距離が離れていても、今の生活にどんなになれていても、僕たちは家族のことを考える。あんな家を捨ててやる、もう2度と帰ってくるものかと考えても、それに逆らうように家族への思いは増大して行く。家を出てからきずく家族の重み。もっと早くこのことを知っておけば、そんなことを思ってみても大抵の場合、後の祭だ。だが、僕たちには目に見えない家族とのつながりがある。そしてそれはずっと続くだろう。家族の形は物理的に壊れても、透明の有機的なつながりは今もしっかりある。
 心通う、懐かしい人よ、いつの日かまた全員で酒でも飲めたらどんなに幸せだろう。その日まで、みんな元気でいてくれ。僕らにはつながりがあるんだ。  
2000年07月01日 05時28分56秒

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