ちょと長文ですが……
当時の情勢は、学生運動が華やかなりし頃で、若者がパッションを持て余して何かの
ムーヴメントを起こしたいとうずうずしていたことは想像に難くありません。そんな中、
自己表現の欲望にかられていた彼らは、『落語』というメディアに目を向けたのです。
往時、名人桂文樂・古今亭志ん生の名人は既に老いていましたが、後に続く三遊亭圓生・
林家正蔵・柳家小さんら看板どころをはじめ四天王と言われた古今亭志ん朝、三遊亭圓樂・
立川談志・月の家圓鏡(のち改メ橘家圓蔵)や桂小南・桂伸治(のち改メ文治)、新作派の
古今亭今輔や柳家つばめ(先代)ほか、落語家が芸能界を席巻していたと言っても過言では
ない、まさに落語の黄金時代でした。
二松落研もまたその情勢に乗り、落語を通じて自己の存在をアッピールすべく日夜腕を磨き、
そして江戸文化および落語そのものも研究し続けて来たのです。
二松落研では、創部以来の方針として『円満な人格の陶冶』をしていくこと、それともう一つ、
『演じるプロでなく観るプロを育てる』つまり将来落語家をお座敷に招いて祝儀をあげる
ことができるような、芸に対する鑑賞眼をもった観客になるための活動をしていくこと、
があります。落語を演じるのはその手段の一つなわけです。従って、二松落研では、
『落研』に対して巷間言われているような『大学付属噺家養成所』のような側面は一切ありません。
そしてその方針は決して誤ってはいませんでした。昭和60年に行われた
白鶴杯大学落研落語コンクールで二松亭牛若丸が見事優勝したのです。『これこそ学生落語だ』と
評された牛若丸の落語は、在京某国立有名優秀国家公務員官僚多数輩出入学超難関大学出身の
審査員に猛反対されたそうです。もっともこの大学の卒業生は、落研所属の方に限らず、
将来落語家をお座敷に招いて祝儀をあげる人が相当いらっしゃるでしょうけれど、実際に
芸に対する鑑賞眼、になると、どうなんでしょうか、ねえ。
アタシ(管理者)がそういう眼があるかどうかは別として。
サテ、そんな二松落研も創部30周年を越え新たな時代へと突入してきております。
落語はけっして古いモンではない芸能です。積極的に現代に切り込むことのできるメディアなのです。
言いたいことが今、言いたいように言えますか?自由なようでかえって自由じゃないこの現在、
落語をもっと、見直しましょう。
これをごらんになった二松学舎大学在学中の皆さん、ぜひ落語研究会に遊びに来て下さい。
それから、一般の方々、発表会にはぜひともいらして下さい。
世界に落語の灯をともしていきましょう!
というわけで、二松落研の歴史、こんな感じです。