第二章 アルファベット世界への参入

 

文字を符号であらわすのはコンピュータが最初ではない。狼煙がそうだし、暗号もそうだ。狼煙にせよ、暗号にせよ、通信のために文字を符号に直す点は同じである。

 これに対して、機械にある作業をさせるために、文字を符号化することがある。音符を広義の文字にふくめるなら、オルゴールや自動ピアノがそれにあたる。

 文字コードには狼煙的な側面とオルゴール的な側面がある。狼煙的な側面の文字コードとはコンピュータ間の情報交換に使う文字コードのことで、データをマシン外部に出力することから、「外部コード」、「外部表現」と呼ぶ。

 これに対して、オルゴール的側面の文字コードとはデータ処理のための文字コードであり、マシン内部で完結することから、「内部コード」、「内部表現」と呼ぶ。

 

        外部コードのルーツについて

 

 一八三三年にガウスとウェーバーがゲッチンゲン大学と天文台の間に信号線を引き、通信したのを嚆矢とする。この二人は電信機の生みの親であるだけでなく、外部表現としての文字コードの祖でもある。

 やや遅れて、アメリカのモールスは電流の導通時間と休止時間の長短の組みあわせで文字をあらわすことを思いついた。一八三七年に公開実験をおこない、七年後にワシントン=ボルチモア間に信号線を引き、商用電信を開業した。

 通信に決定的な進歩をもたらしたのは、フランスのボドだった。ボドは格段に高速で信頼性の高い印刷電信機を発明したが、その核心は電気が通じているか、通じていないかの状態五つ一組で文字をあらわす符号体系にあった。

 その後、マレーが電信文の統計をとり、使用頻度の高い文字ほどすくない孔ですむように、符号(ビット列)を変えたり、ボドがロッキングシフトで、あらわせる文字を増やしたりした。

 コンピュータが誕生すると、印刷電信のパンチャー(孔をあける機械)やテープリーダ(孔の位置を読みとる機械)、印字装置を入出力装置として流用した。量産されていて、入手しやすかったこともあるが、五孔の符号体系は五ビットのデジタルデータそのものであり、コンピュータと相性がよかったことが大きい。鑽孔紙テープも記憶媒体や通信媒体として、二〇年以上にわたって使われた。

 

        内部コードのルーツについて

 

 内部表現としての文字コードだが、こちらはパンチカードシステムのコードがルーツである。パンチカードシステムとは、アメリカのハーマン・ホレリスが一八八九年に発明した統計処理装置である。ホレリスのパンチガードシステムは一八九〇年の国勢調査に採用されたが、集計はわずか三年で完了した。

 ホレリスは成功に気をよくして、タビュレーティング・マシーン社を創立し、パンチガードシステムの製造販売をはじめたが、天は二物をあたえなかったのか、経営は行き詰まり、トラスト王として著名なチャールズ・フリントに会社を売却した。フリントは同社を食肉加工機械の会社や量産時計の会社と統合して、コンピューティング・タビュレーティング・レコーディング社(CTR)に改組し、トマス・ワトソンを総支配人にすえた。

 CTRの経営をまかされたワトソンはパンチガードシステム中心に会社を再編し、NCR時代に学んだ強引な手法で市場の独占をはかった。会社が軌道に乗ると、ワトソンは社名をインターナショナル・ビジネス・マシーンズ(国際事務機)と改め、フリントから経営権を買いとった。今日のIBMである。

 

        ASCII登場

 

 初期のコンピュータはコンピュータどうしの直接の情報交換などは念頭になく、独自の内部コードをつくって、動かしていた。前節で見たように、同一メーカーでも、微妙に異なる文字コードが並立していた。

 だが、コンピュータの普及が進み、電子データを直接やりとりするようになると、通信用文字コード(外部コード)を標準化しようという機運が生まれた。いちいち相手のコンピュータの文字コードにあわせていたのでは、変換が大変である。標準の文字コードで入出力するようにすれば、手間がかからない。

 一九六二年、日本のJISにあたるアメリカのANSIはASCIIという情報交換文字コードを制定した。ASCIIは「情報交換用アメリカ標準コード」(American Standard Code for Information Interchange)の略で、「アスキー」と発音する。

 ASCIIは外部コードとして誕生したが、新しく開発されるコンピュータでは内部コードに使うことが多かった。当時のコンピュータは処理能力が低く、外部コードと内部コードをいちいち変換するのが負担だったからだが、文字コードとしてASCIIの設計がすぐれていたことも大きい。

 

       仮名文字をどうする?

 

 ASCII制定後、アメリカはISOに文字コードの国際的な標準化を提案した。ISOとはInternational Organization for Standardization(国際標準化機構)の略で、国際的な工業規格を制定する非政府組織(NGO)である。

 ISOローマ字コードの制定で各国の国家標準文字コードが固まり、国内の情報交換には支障がなくなったが、多国間の情報交換では問題が残っていた。ISOでは各国版ISOローマ字コードの共存を模索し、識別番号で切りかえる案が固まっていた。

 日本は仮名文字という別の問題をかかえていた。文字コードの国際的標準化の重要性にいちはやく気づき、日本の文字コード制定活動をリードしていた通産省電気試験所の和田弘が施行したJISローマ字カナはローマ字コードとカナコードの二本立てである。JISローマ字カナはシフト機構と八ビットコードへの拡張という二つの方法でローマ字とカナを共存させている。