卒論ゼミ感想録

【概要】「1360年代におけるシャルル5世の諸改革の意義と限界」
 百年戦争期間中において、その手痛い敗北、社会の混乱などによって、 シャルル5世の治世にはフランスはその王権の危機を迎えていたといっても 過言ではないだろう。しかし、シャルル5世は有能な部下たちを重用し、その諸改革によって 失墜していたフランスの地位を一時回復させた人物とされている。
1360年代のシャルル5世の改革には、どういった意義を見出せるのであろうか、また、その改革の限界は どこにあったのだろうか。百年戦争の第二回目となる発表では、そのことを焦点とした考察が行われた。
 発表の内容は、
  1. 1360年代までのフランス国家財政の概要
  2. 1360年代以前の貨幣観
  3. シャルル5世の諸改革
  4. シャルル5世の改革における貨幣変更と国王課税における貨幣理論
  5. シャルル5世の改革の意義と限界
といった項目である。
 1360年代までのフランスでは、ある一定の条件の下での課税は認められるものの、その主な国家収入は 前回で述べたような、貨幣変更に頼っていた。後述のシャルル5世の改革は、封建的な手段からの 脱却を目指したということで評価されるだろう。
 1360年代までの貨幣観としては、それまでの封建的な貨幣理論が、14世紀に入ると意識の変化が 出てきたということが重要に思われる。貨幣量の増加がある程度必要であったといえ、貨幣変更の 乱用にいくらかの非難が行われているのがその事例を示すものとして挙げられている。
 シャルル5世の改革は、財政改革を取り上げた今回の発表によれば、
  • 貨幣変更はその財源としての意義を否定される。
  • 国王課税の恒久化によって、課税を新たな財源とする。

  • ことが大きな目的としてあった。その目的にしたがって、シャルル5世の助言者ニコラウス・オレーム の理論が重用された。その事例として、良貨が発行され、大幅な課税が採用されている。 全国統一的な課税が行われず、地方によってその種類が異なったこともこの時代の課税の特徴 である。
     シャルル5世の改革の意義とその限界については、実際にその徴収が思うように行かなかったこと。 良貨の発行が、バイイやプレヴォーといった、王の役人であるような人たちでさえその実施を妨害 したことなどから、その限界について述べることができる。しかし、こうしたシャルル5世の諸改革が 後のシャルル7世の時代での貴重な実例となったこと、課税を実施したことで 課税に対する国民の慣れを作り出したことなど、その意義は決して軽いものではなかったであろう。

    【参考文献】

  • 山瀬善一「十四世紀フランスにおける貨幣変更と国王課税」『広島大学政経論集』1972年
  • 同氏「中世末期におけるフランスの貨幣変更(mutatio monetae)の意義」『国民経済雑誌』1972年
  • 同氏「国王課税と国王軍隊-1360年代のフランスについて-」『国民経済雑誌』1979年
  • 同氏『百年戦争』1981年、教育社
  •  
    【感想】
    以上が二回目の発表だが、自分自身の発表の感想と言うものは意外に難しい。 当然のことだが、自分のわかっていない部分といったものがわからないため、 発表以上に新たなことを、というのは基本的に無理なような気がするからだ。
     そんな弱気はひとまず置いておくとして、今回は「危機と再編」に焦点を当てて、 発表を見直してみようと思う。

     中世的なものから近世的なものへ、いわゆる中世後期は「過渡期」としてとらえられる。 中世から近世への移行というものを考えた際、今回の発表の中で自分自身が明らかに見落としていた 考え方がある。それは、
    「過渡期というものがどういった心性の中で行われたものであったのだろうか」
    ということである。
     中世末期のフランスは、黒死病の流行、百年戦争という、人口的にも経済的にも、そして 政治的にもさまざまな「危機」を体験することになる。また、上に述べたような「危機」以外にも、 たとえば都市の発展による領主直営地の相対的な土地収益の低下、百年戦争に付随して生じた 野武士の増加などである。
    (余談ではあるが、野武士の増加による社会の変化は、次回以降の発表で取り上げる予定である。)
    そうしたさまざまな「危機」の中で、フランス王権はその構造の改革を必要としていた。 今回の発表では、フランス王権が国王課税を求めていたことだけを重視してしまった。 そのため、ゼミで先生が指摘していたように、貨幣変更という国王大権の抑制がいかなるものであったのか ということには気づくことすらできなかった。これから研究を進めていく上で、旧制度の廃止の必要性 (=危機)と新たな制度の構築(=再編)というものを、より有機的に結び付けていくことが重要である ということがわかった。このことから、シャルル5世の時代になぜ改革が行われたのか、それはシャルル5世 の政治的手腕によるものか、或いは社会的な必要性に迫られてのものであったのか、ということについて も、もう一度資料を見直しながら考えてみたいと思う。

     また「再編」に関して言えば、
    「中世的なものから近世的なそれへの改革を求めた。」
    と簡単に評価してしまったが、地域ごとのケース・スタディなどから、もっとその時代の特徴を 浮き彫りにしていくと、必ずしもそうした評価が得られるとは限らないだろう。国王の権力の強い 地域、国王の権力のほとんど及ばない地域と、フランス全土の特徴もさまざまである。それらの地域 差を考えると、シャルル5世の時代の課税の政策は、 絶対王政期のように(といっても正直その時期に達成していたとは思えないが) 全国的な課税の実施などを求めたものではないのかもしれない。むしろ、近世への移行期独自の特徴 というものがあるはずである。これも、これからの卒論執筆に当たっての研究課題であろう。

    作成年月日:2004.10.09
    文責:百
     
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