03.04.25. さっき書いた訂正。自分の娘なのに年を間違えるとは・・!直子は1969年3月生 まれで1979年の「直子ちゃんへ」の頃は、もうすぐ10歳で、小学校4年生でし た。京都市立向島二の丸小学校でした。彼女が小学校に入ったのは、京都市立松ヶ崎 小学校でした。
2003年04月25日 15時05分29秒

03.04.25. 昨日書いた「直子ちゃん、お帰り!」は記憶違いで「直子ちゃんへ」となっている。 B5版原稿用紙36枚のもので1979年の1月中旬に書かれている。直子は197 1年3月生まれなので彼女が小学校2年生の冬である。当時、母親も昼間働いていた ので平日午後鍵っ子だった。帰ってきたら、時間もてあますのと思い、自分の小学校 の体験と父親の時代の小学校の様子と比較して考えてくれたら良い、と思い、私が朝 の出掛けに思い出して書いたものである。生活全般にはわたっていないので、書き足 して推敲すれば、それこそ『直子ちゃん、お帰り!』で本になるかもしれない。/実 のある建築評論をするには、建築家と同じ時間的努力でやらないと、と言ったが、そ れだと例えば安藤忠雄氏を対象にした場合、同じ時間、彼の作品にかかわらないとい けない、と理屈上なって、人生設計上少し困る。まあ、やはり最初は、ル・コルビュ ジェ(の作品)等歴史的人物・作品を対象にする方が良いだろう。
2003年04月25日 12時13分15秒

03.04.24. 今日の地域居住学講義で話したことのうち、再度、言っておきたいこと:(1) ○□△は人間が創造した形で、自然は、山でも川でも人間でも、ぐにゃぐにゃな曲面 である。だから、特に□っぽい所に長くいるとストレスを感じ、自然のぐにゃぐにゃ 風景(椎名 誠言)にひかれるのだ。(2)ピラミッドはどうしてああいう形なのか ?丸い地球の上に四角錐のピラミッドが立ち上がり丸い太陽・星に対している。ぐ にゃぐにゃなスフインクスが横に立っているのも象徴的。(3)遺伝子記憶について :人間が緑に安らぎを感じるのは「猿時代」の森の体験が遺伝子に組み込まれている ため(河合雅雄仮説)、猛獣でもなんでも赤ちゃんを可愛いと思うのは、動物同士、 生き延びさせたいという願望をもつため?、蛇、とかげ等の爬虫類を気持ち良く思わ ないのは昔の恐竜時代に我々哺乳類の祖先が怖かったため、花が奇麗と思うのは虫時 代の蜜を貰った体験記憶による、それは無私できない!(4)西洋の珈琲カップに 取っ手が付いているが日本の茶碗には付いていない。これは、西洋では熱いお茶は遠 ざけるものだが、日本ではふうふう言って取り込むものだ。私は日本の茶碗が好き! 「取っ手を取っても、とっても良い!」 ゼミでのあれこれ:日記を書く意味・・我々の生活実態を後輩に確実に詳細に伝える こと、100年経ったら地下鉄ってどういうもの、が分からなくなる。直子ちゃんおか えり!・・鍵っ子の娘・直子が小学生の時に帰った時に比較して読む楽しみとして私 の小学校時代の生活を思い出して書いたもの。誰かが本になるかも、と言う。建築評 論について・・建築家と同じ位、それ以上の時間、労力を費やして評論しないと建築 家にあしらわれる。「暇」になったら重厚な建築評論をしてみたい。安藤忠雄さんあ たりから始めようかな。
2003年04月25日 09時05分08秒

03.04.22. 色んな「技」を出しておこうと思う。今日は、575春夏秋冬:「超高層」・・「超 高層 春の香りも 知らざりき」「エアコンで 超高層に 夏はなし」「超高層 ニュー ヨークの 秋悲し」「超高層 降り立ち吹雪に 驚きぬ」/「アスファルト」・・「ア スファルト 隙間に芽吹く 命哉」「真夏日に ミミズ哀れや アスファルト」「アス ファルト 落ち葉の行き場 どうなるの」「初雪や 足跡玄(くろ)き アスファル ト」一朗
2003年04月24日 16時11分18秒

03.04.23.(続き、別件) 都市空間パターンの三類型・・もっとあるかもしれませんが、今思い付いている「三 類型」を説明します。 (1)循環開発都市(サイクル・シティー、絹谷先生)・・これは、私が京大建築大 学院生の時に読んだ恩師の故・絹谷祐規先生(当時、京大助教授、上の教授が西山卯 三教授だった)のアイデアである。(絹谷先生は1964年にオランダで客死され た)普通の日本の大都市は、例えば東京のように同心円状に外に拡大発展し、中心部 に交通圧力がかかる他、それぞれの地域で問題をかかえると、一気に解決できなくな る。そこで、同心円をバウムクーヘンを切るように同心円向きに、又外向きに幾つか に分割し、それらの一つ一つを順番に循環的にエネルギー、財政を集中して開発して 行けば良いと考える。それが次の次期に開発される地域のモデルとなって次々に上手 く開発が進んでいく、というものである。つまり、万遍なく開発、改善するのではな く、ある地域に年次的、循環的にリソースを集中するやりかたである。 (2)線形発展都市(リニア・シティー、丹下健三)・・「東京計画1960」で提 案されたもので、都市に集中する「エネルギー」を線形的に外部に誘導し展開するや り方である。「東京計画1960」では、東京湾に人工ピアを建て、土地を伸ばして いくやり方だった。これは歴史的にはソ連の工業都市などの計画で既に考えられてい た。(トニー・ガルニエ等) (3)入れ替え開発都市(リダンダント・シティー、阪神・淡路大震災)・・199 5年1月17日に起った阪神・淡路大震災を契機に私が考えたことである。建物が潰 れた時に直ぐ横に新たに建てれる敷地(空地)があれば良い、という考え方である。 分かりやすく例を言うと、伊勢神宮の式年遷宮の土地配置もそうである。昔の平城宮 跡の大極殿も空地があったればこそ二つ造れたのである。小学校の改築にあたり、運 動場に新校舎を建てて、旧校舎を潰して運動場にするのも同じ考えである。例えば都 市全体をメッシュに切って一つおきに建てる地区、空地の地区と計画しておくのもそ れである。これだと、平城京、平安京のようなメッシュ型都市が上手く行くだろう。 以上、歴史的に私が考えてきた都市空間類型である。(感想をお寄せ下さい。)
2003年04月24日 09時06分40秒

03年4月23日 10年前の日記少し読む。家政学部から生活環境学部に10月に替っている。学長が出口 さんから田村淑さん、学部長が武内さんから石川さんに替った。 安藤忠雄『建築に夢をみた』を少し読む。第一章住まい、だ。建築の原点であるこ と、これは殆どの建築家が言っており(建築は住まいに始まり住まいに終る!)、私 もそのように思う。ここでは土着のバナキュラーな住まいと近代的な住まいを対比 し、前者に学ばないと・・といった論調だ。「人間の魂の拠り所となるべき住まい が、商品であって良いわけはなく、」と書かれると、プレハブメーカーに勤める技術 者は辛いのではないか。(続く)
2003年04月23日 12時44分00秒

2003年4月22日 大学院の特論で安藤忠雄著『建築に夢をみた』(NHKライブラリー)を読むことにする。私自身が、この本を選んだ理由として、話題の建築家が住まいや都市について何を言っているのか知ること、私自身は2年後に「建築帰り」もしたいと思っているた め「評論活動」の第一歩としたいこと等を院生達に言っておく。それと、私と安藤さ んは全く同い年ということもある。同じ社会的、歴史的背景で生きてきたということ だ。毎週1章づつ読んで批評することにするが、やりかたのモデルとして最初に私が批評を試みることになる。皆で読み終わったら読後感等を出してもらい、安藤さんに 送ることも提案しておく。第一章に住吉の長屋が出てくるので一度見に行くことにす る。
2003年04月22日 15時09分21秒

03.04.15.(水)晴れ/教師会議、教授会いづれも今年度初だ。終ったら一寸した懇親会の予定だが・・。 2003年04月16日 10時30分43秒

生活環境学部長日誌 03年4月15日(火)小雨 大阪市大の谷直樹学部長から電話、本学大学院後期課程の院生の指導を大阪市大の教授がすることについて、だ。アジア・ジェンダー文化学研究センター設立準備委員会委員長としてニュースレターの挨拶原稿書いて担当の岩崎教授に送信。昼食は生協、11時40分頃、井上文学部長、的場図書館長、山本邦彦さん、武藤康弘さん等がいる、新学期が始まったので12時を過ぎると満員で13時前でないとすかない。武藤さんが学生を大和ハウスの総合研究所に連れて行くようだ。平城相楽ニュータウンの奈良側にあり、創業者は奈良県出身のため、だから「大和(やまと)」という言葉が社名に入っている訳だ。的場さんが教員は案外図書館利用していない、と言う。そうかも、と思う。食後、図書館に久しぶりで行く。NHK衛星放送で大リーグNY未だやっている、松井が3ランホームラン打ったようだ。時々図書館内を散歩するのも良い。いづれ的場図書館長室も訪ねよう。廊下で清水新二教授に会う、自己評価の個人データー総括表作ってもらうことにする。研究室に行き前田さんに私のホームページ書き込み欄のイメージ伝える。工夫してくれるようだ。14時前から吉井係長と明日の教授会等の会議打ち合せする。
2003年04月15日 15時00分19秒

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