1月前半の普段記
2002/1/1
あけましておめでとうございます。
現在午前1時半。。。
とりあえず新年一発目の食事が終わりました。
コンビニの弁当でした。
いいのかよ。
ちなみに昨日の夜初めてのオフ会にいってきました。
が、
一銭も使うことなく、オフ会終了。
何しに新宿に行ったんだ、俺。
新宿に向かう電車の中、
シートの向かいに座った男の子が
鞄をごそごそとやっていた。
その鞄の中からとりだしたものはごっそりのプリント。
そう、受験生が塾に向かう途中だったようだ。
がんばれな、受験生。
僕も通ってきた道だ。
しかし人生を最初に道にたとえた人は
スゴイね。
真っ直ぐ道を行こうとするならば
ハンドルを切らなければならないこともあるし、
止まらなければならないこともあるし
坂も
角も
分かれ道もある。
これほど
言い換えが素晴らしいモノも少ないよね。
僕は
これからもこの道を歩いていく。
この一年
よろしくお願いします。

この写真は
2001年最後の夕日を背に受ける富士山です。
1/2
あたまいてー。
あんなテキストを書いておきながら
このザマです。
ええ、
風邪引きました。
馬鹿です。
うー、
頭痛い。。。
喉も痛い。。。
なぜか左頬が痛い。
あー
昔の彼女が残してった体温計、
とっておけば良かったか?
<よせ。
ああ・・・
思考能力と反射時間が鈍くなってる。
あああ、
とりあえずこれ以上は起きてられないので
無理。
年賀状下さったミナサマ、
ありがとうございました。
1/3
じいちゃん。
今日チャットで
年上に見られた。
ここの文章でもそう感じてもらえたらしい。
そしてこの間
リアル世界のおねーさんに精神年齢30歳だと言われた。
この状況を
他の人がどう思うのかはわからないけど、
僕にとってはすごく嬉しい。
小さな頃から爺ちゃんになることが夢だった。
悟りきっているかのような佇まいと
あの落ちつきっぷり。
僕は早く爺ちゃんになりたかった。
これからも内面的に
爺ちゃんになっていこうと思う。
外見は若々しくね。
てかここの文章そんなにオヤジくさいかな?
1/4
Du curage, plus!!
すいません、昨日の日記アップし忘れてました。。。
しかもそのまま外に遊びに行ってしまって、
今までアップすることができませんでした。。。
(現在正午過ぎ。。。)
風邪がひどくなっているまではないかと
心配のメールをくれたM君ありがとう。
電話をかけてくれた
T君ありがとう。。。
何より、
そんなぼけたことをやってしまった
サイトオーナーのページを見に来てくださいましたミナサマありがとうございます。
電話やメールがあると
僕が一人では無いというのがヒシヒシと伝わってきます。
かなりありがたいです。
それとともに
このサイトもホントにいろいろな方に見てもらっているのだな・・・と言うことを実感するわけです。
切にありがたい。
今後こういうことの無いように
善処いたしますので
今度ことよろしくお願いいたします。(..)
1/5
ハローワーク
今日初めてハローワーク(職業安定所)に行ってきました。
いや、
別に僕が職を探すためではなく、
ハローワークに原付を止めて
ちょっと時間を持て余していたため、
興味本位で探してみたのです。
中には
ホワイトボードに様々な会社の
求人票が掲げてある・・・かと思いきや、
一番手前側の
ホワイトボードには求人票がたった3つ。
確かに新年最初のことと言うのもあるのだろうが、
いくらなんでも少ない。
昼正午過ぎに行ったのに、
ハローワーク内には
結構多くの人がいた。
オジサンが集団ででてきたのや、
40歳男性とその母親らしき親子とおぼしき二人組がいたことは
なんだか
今のいわゆる「不景気」と言われる状況を
ことごとく体現している気がした。
「バイトが辛い」なんて言えるうちが華なのかもしれませんね。
と言うことで今日から新年のバイト開始。
1/6
突然の来客。
半年前に当時の彼女と別れてから、
僕の部屋に訪れる人と言えば
新聞の集金や勧誘。
宅配便のドライバー。
宗教の勧誘くらいなものでした。
こんな3Fにまでいらっしゃってご苦労様です。
そんな僕の部屋に、
最近新しいお客様が来るようになりました。
そのお客は
他の方と違って、
呼び出しのベルを押さないのです。
そのお客とは
以前からお互い仲良くしていて、
キスしたり、
抱き合ったりしていたような間柄だったのです。
そのお客が自分の意志で僕の部屋にまで来るようになったのは
一昨日のことでした。
その日僕がパソコンに向かっていると、
僕の部屋のドアの向こうでなにやら音がするのです。
いや、
耳を澄ませて
聞こえてきたのは
可愛らしい声でした。
「にゃ〜ぁ。」

耳を疑った。
彼が今まで僕の部屋に
自分から来たことはなかったからだ。
嬉しかった。
猫とは言え
僕を好きでいてくれて、
僕を訪ねてくれるのだから。
いや、
猫だからこそ嬉しかったのだと思う。
損得無しの
本当の情としての関係。
友情であり・・・、
愛情であり・・・。
ありがとうね。
でも僕の部屋の中で爪を研ぐのはやめてくれ。(T−T)。
1/7
トランプ
元日から一週間ですね。
一日の集まりが
週となり。
その集まりが年となる。
話は変わって。
トランプって知ってらっしゃいますよね。
トランプって
その昔タロットカードみたいなものだったって知ってらっしゃいますか?
一例ですけど13という数と
ハート、クラブ(三つ葉)、スペード、ダイヤ。
その4つをかける。
13×4=52
うむ、その計算には間違いないですね。
52ってどんな数だか知っていますか?
そうなんです。
一年は52週間なのです。
52×7=364
ほら、ほぼ一年です。
え、あと一日足りないですって?
ケースの中にジョーカーがあるじゃないですか。
一年365日
ちっょと不思議な話でした。
1/8
自分にとって。
きのう、
僕の追い出しコンパがあった。
追い出されたのは僕一人だった。(4年生一人ってことです。)
ゼミ内で
初めてみんなで酒を飲んで、
みんなでカラオケに行った。
今まで、授業中に、
少ししゃべるだけの関係だったのが、
少し腹を割って話せるようになったと思う。
去年就職が決まらず、4年生2回目だったが、
自分にとって、
この一年はとても自分のためになった。
いろんな仲間がこの一年でできて、
いろんな後輩もできた。
去年の春に失った(卒業した)以上の友達ができたと言っていいと思う。
いろいろな考え方ができるようになったし、
いろいろと成長することができたと思う。<自分で行ってるところがさぶいね。
もう今年で24歳だ。
去年卒業した友達の中には
もう自立して結婚している人もいる。
仕事で忙しく頑張っている人もいる。
でも
出遅れたなんて思っていない。
自分は自分の道を行くだけだ。
まだまだ後ろは振り返らない。
自分にとって、自分らしいと思う道を行くだけ。
それをこの一年間で学んだ。
この一年
お世話になった方、ありがとうございました。
ちなみに今日から
春休み。。。
1/9
疑心暗鬼
今まで信じていることすら
自分自身で気づいていないことだったのかもしれない。
ほんの少しのことでそれの一切のものが信じられなくなることってありますよね。
それが今日ありました。
原付のアクセルをゆるめても、
ほんのちょっとだけ、
時間にして0.1秒あるかないかだけれど、
そのままの勢いで進み続けてしまう
そんな状態になってしまった。
ブレーキをかければ制動できるし、
アクセルを開ければすすむ。
それを僕らは信じているし、信じているからこそ乗ることができる。
そんな当たり前のことは
当たり前のことだと思いすぎていて
今まで疑うこともなかった。
けど、
そんな「当たり前」の状態だって、
ちょっとしたことで当たり前の状態ではなくなってしまう。
本当にちょっとしたことで。
そんな状態で乗っている原付は少し怖い。
ぎこちなさ過ぎる。
いままでのスピードが出せないし、
今までよりもいろいろな事象に敏感になる。
疑心暗鬼とはまさにこの事。
何も信じられない。
もしこれが人間同士のことだったら・・・。
ほんのちょっとしたことで
信用を失ってしまうことは多い。
僕も今までの彼女や、大切な人に対して
いろいろと信用を失うようなことをしたし、
僕も信用できなくなるようなことをされた。
疑心暗鬼よりも義信安気でいきたいものですね。
1/10
今晩。
今晩実家に帰ろうと思います。
来年からの就職で、
もうしばらくこんなに長い間実家に帰ることのできる
時間はないと思う。
春休みに入って、
就職までの約3ヶ月間、
できるだけ長く実家にいようと思う。
が、
バイトのこと、
友達とのこと、
いろいろな生活のこと、
くるであろう大切な手紙のこと。
いつの間にか僕の生活の拠点は
この町になってしまったようです。
こうやって実家を離れていくのか・・・。
1/12
昨日更新を休んでしまいました。。。
すいません、
日々更新を謳っておきながら、
昨日「ダイヤルアップ接続ができない」という理由で更新を休んでしまいました。
ま、
そんなものは
理由はどうあれ、
言い訳にしかならないものです。
自分に言い訳をすることは、簡単だ。
はい。すいません。
まぁ、こんなことを書きましたが、
無事実家にたどり着くことができました。
心配してくれた皆さん、どうも。
で、
やっぱり実家ってイイもんですね。
黙ってても食事がでてくるのはもちろんのこと、
ちょっとだけ
雪が残っていたのも新鮮だったし、
家族と会えたこと、
友達と会えたこと。
この街に帰ってきたこと。
この街も、僕らも
ちょっとずつだけど、
確実に変わっているのを感じる。
僕らも学生ではなくなりつつあるし、
昼間や、次の日に仕事があったりすると会うことができづらくなりつつある。
山も削られているし、
新しい道路や店ができ、
変わっていく、
変わっているのを肌でヒシヒシと感じる。
僕は変わっていけるだろうか。
あたらしい街で。
1/13
イメージ 〜理由〜
例えば僕のイメージ。
他人が思っているものと、自分が思っているものとでは違う。
それがイメージ。
実像とは違う。
よく僕は「たばこ吸ってるよね?」と仲のいい友達に言われる。
だが実際の所、
僕は今までたばこを吸ったことはなく、
たばこが嫌いだ。
これもよく言われることだが、
「お酒好きそうですよね。」
というのがある。
これも実際の所間違っている。
「酒は好きじゃないが、
みんなでガヤガヤという雰囲気は好き。」これが実際の所だ。
イメージとはいったいなんだろうか。
もちろん当たっているものもあるし、はずれているものもある。
僕にとって
イメージとは
その人(イメージする人)の
過去の記憶の再構築化されたものだと思う。
例えば私たちが新しい物体を見たときに、
そのものが柔らかいか、
食べれそうか、
安全か、
高そうか、
重そうか・・・といろいろなことを想像すると思う。
つまり、
過去に自分が触ったり、感じたりしたものの
再構築(再確認・再認識)が行われたと言えるのではないでしょうか。
それは人に対してでも同じことが行われると思うのです。
つまり、
今まで会って(テレビなどを含む)きた人たちの中で
僕に似ている(体系的、肉体的、精神面的を問わず)人が
たばこをよく吸っていたり、
お酒が好きだったりしたのでしょう。
例えば僕には(上記のような)そんなイメージが
あるみたいです。
多くの人が
イメージする
僕に似た人と
僕自身は、全然違っているところもあり、
その通りと認めざるをえないような所もあるわけです。
もっと言い切ってしまえば、
”多くの人がイメージする僕に似た人”
というのは
イメージする人にとっての
”普通の人”として
捕えられることが多く、
そのイメージから逸脱している部分の多い僕は
よく”普通じゃない”と言われるわけです。
そういうことか・・・。(苦笑
イメージについては明日も続きます。(苦笑
1/14
イメージ 〜個性〜
昨日から続いています。
昨日のを読んでいただけると話がわかりやすいかと思います。
で、ですね、
昨日は
他人の抱くイメージと、抱かれる人の間にあるギャップというものに
焦点を当てて書きました。
で、
僕はこう思うのです。
その「ギャップ」が強ければ強いほど、
そのギャップ自体が
その人の「個性」になりえるのではないかと。
本当の意味の個性と言うのは
自分で無理して作っていくようなものや、
自分の外見を
飾り立てて作っていくようなものではなく、
自分の内面から
自分の日常の中の
「本当の自分」があふれ出て作られる物だと思うのです。
今年も成人式で暴動が起こった。
警備員や警官がいたことがそれを物語ってる。
暴れる奴らなどいなければ
そこには警備員や警官などいないはずなのだ。
暴れそうな奴らが
暴れただけ。
それは個性などではなく、
“みんながやっているから”や
“盛り上がるから”と言う雰囲気に飲み込まれた
「没個性」だ。
個性というものは
輝きを失わないもの。
彼等のやっていることが、
40,50歳になっても果たして輝き続けるだろうか。
みんなに飲み込まれていくのがイヤだと叫んでいるだけの人間が
一番群衆に飲み込まれている。