3.犬飼さんはキャプテンです(サッカー)


2011年9月11日更新

2014年W杯の3次予選が始まり、日本は1戦目の北朝鮮戦では、お約束どおりのロスタイムでの得点で辛勝(1−0)した。 また、2戦目のウズベキスタン戦ではアウェーの洗礼を受けたものの、なんとか1−1の引き分けに持ち込んだ。 この2戦から見えてくるのは、本田と長友の存在の大きさである。2戦とも2人のポジションでは、 数選手が入れ代わり立ち代わりプレーしたが、どうしても振るわなかった。現在、それぞれロシアとイタリアでプレーする2人で あるが、W杯以降、その存在感は増す一方である。今回は2人ともけがで出場できなかったが、長友の方は回復が早く、 10月以降の試合には招集されるだろう。今のところ、3次予選であるため、まだ余裕があるが、 来年から始まる最終予選ではそうは行かない。 ベストメンバーでの日本代表のプレーを早く見たいところである。


2011年7月18日更新

サッカー女子のワールドカップで日本が見事に優勝を果たした。今回の優勝は、国際大会初のメダルであり、 優勝候補筆頭のアメリカ、ドイツを下した点で歴史的な快挙と言えるだろう。ただ、今回の快挙は決勝トーナメントの 組み合わせの妙に助けられたとも言える。世界ランク的にいくと、日本がドイツと準々決勝で当たること、日本と アメリカが決勝まで当たらないことは想定外であり、ドイツ優勝のために敷かれたトーナメント表に日本が乗った形となった。 実際、アメリカが準決勝から決勝会場のフランクフルトへすぐに移動を強いられたのに対して、日本はそのまま残っている。 決勝戦の後半部分でアメリカの足が止まりかけていたのは疲れのせいであったかもしれない。 さて、来年はロンドン五輪が行われる。日本が、W制覇ができるかどうかに注目である。


2011年6月25日更新

オリンピック2次予選でU−22代表がクウェートをぎりぎりの接線で破った。 これで最終予選に進出したことになるが、今回も最終予選は過酷である。4チームで、ホームアンドアウェーでの激突となり、 1位しか上がれない。もちろん、プレーオフが設定されているが、ここに残ることだけは避けたいところである。 今回の最終予選では12チーム中7チームが中東勢で、最悪の場合、同じ組に3チーム中東勢が入る可能性も考えられる。 日程的には、最終戦前後が2月から3月になっており、夏場に比べてましな状態ではあるが、ホームの試合で気温10度前後、 アウェー(中東)で急に気温30度前後という試合が続くことになると選手のコンディションが相当落ちる事が予想される。 今回の2次予選の苦戦を糧にしてなんとしても勝ちあがってもらいたい。


2011年1月4日更新

日本代表の2011年最初の大勝負として、アジアカップが開催される。ザッケローニ体制になってから、アルゼンチンを 破るなど実績を残しているが、アジアカップでは毎回苦戦している印象がある。2000年レバノン、2004年中国大会で連破を 達成した日本代表ではあるが、特に04年大会では堅守の中東勢に苦しめられている。今回グループリーグ初戦で対戦する ヨルダンとは、04年の準々決勝でPK戦までもつれ込み、あと一本入れられたら試合終了というところで、川口の好セーブで 切り抜けたという経験がある。今回も、初戦から堅守に苦しめられることは間違いない。2戦目のシリアも堅守のチームであるため。 勝つことは容易ではないだろう。両チームともFIFAランキングは100位前後であるが侮れない。そして、最終戦は 常にアジアカップの上位に来ているサウジアラビア戦である。2勝、1勝1分けで望む場合には、問題 ないが、仮に1勝1敗、2分け等で当たる場合には、相当な注意が必要となるだろう。前回は、3位決定戦で敗れている。 アジアカップと言えども、結果次第ではザッケローニ監督の進退に関わる場合もあると考えられる。好結果を期待したい。


2010年6月10日更新

間もなく、2010年のW杯が始まる。今回の日本の組み合わせはオランダ、カメルーン、デンマークと同組となった。 今回も日本が勝てる確率はほぼゼロに近い。初戦のカメルーン戦 0−1、オランダ戦 0−2、デンマーク戦 1−1で 1分け2敗が妥当と言えるところではないだろうか。まず初戦のカメルーン戦であるが、前半はおそらく耐え抜くであろうが、 後半20分過ぎの足が止まったところでエトーあたりに決勝点を奪われるものと考えられる。2戦目のオランダ戦は 昨年の親善試合の結果からして、オランダは前半の45分間は様子見で、後半になってから牙をむいてくるものと思われる。 後半開始早々と中盤過ぎに1点ずつ決めてくるかもしれない。そして最後のデンマーク戦であるが、おそらく2敗同士の 消化ゲームになるであろう。吹っ切れた日本が前半に積極的に攻めて1点を先制するが、全敗では帰れないデンマークが 後半意地を見せて同点にするのではないだろうか。いずれにしても、日本は初戦から吹っ切れて試合に臨むしか道はない。


2009年7月13日更新

日本が2010年W杯への出場を決めてから1ヶ月が経過した。果たして、来年のW杯で日本は勝てるのだろうか。 冷静に分析をしてみようと思う。まず結論からいくと、1勝するのはかなり難しいものと考えられる。 その一端を6月17日に見ることが出来た。オーストラリアに乗り込んでの一戦、オーストラリアの選手は 06年とさほど変わっていなかったが、レベルがかなり上がっており、ケーヒル、ケネディなどの 中心選手は円熟期に入っているように思われた。対する日本はメンバーがガラッと変わっており、遠藤、中村の いない布陣であったが、現在のベストメンバーであった。1−2で敗れたこの試合に来年への不安が掻き立てられてしまった。 来年のW杯の組み合わせは間違いなく、各組にヨーロッパ勢、南米勢、アフリカ勢が振り分けられるだろう。 前回の日本は幸運なことに、ヨーロッパ中位グループのクロアチア、当時オセアニア勢のオーストラリアが 同じ組に入ったものの2敗1分けに終わってしまったことは記憶に新しいところである。 今回はそれより厳しい組み合わせになることが十分に予想される。おそらく、シード国としてヨーロッパ勢、 2番目グループで南米またはアフリカ勢、3番目グループでアフリカ勢または北中米カリブ勢が入ってくるであろう。 この組み合わせで現在の日本は勝てるはずが無い。理想の組み合わせは開催国の南アフリカがシード国として 入ってくる組み合わせだろう。しかし、南アフリカはコンフェデレーションズカップで下馬評以上の活躍を見せ、 ホームの強みを十分に発揮した。よって、いくら理想としてもかなり厳しいに違いない。 それでも今考えられるベスト4への近道は、南アフリカの組に入り、開催国を下して2位通過を狙うしか方法が無い。 最後に理想の組み合わせを挙げる。@南アフリカ、A南米3〜4位グループ、B北中米カリブ勢、C日本、これしかない。


2008年7月13日更新

今日で日本サッカー協会のキャプテンが犬飼さんに代わったため、タイトルを変更します。


2008年6月24日更新

2010年W杯の3次予選が終了した。苦しみ抜いた日本はどうにかこうにか1位で通過したが課題が残る 闘いぶりであった。 苦戦の始まりは、オシム監督の後を受け継いだ岡田監督 が3月にバーレーン戦で敗れた後、方針転換を発表した 瞬間ではなかっただろうか。 この瞬間に日本が1年半をかけて築いてきた世界と戦うための戦術がリセットされ、またアジアを 勝ち抜くためだけの戦術に逆戻りしてしまった。その後、6月の4連戦は3勝1分けで確かに負けなかったが、 点が取れないのが 非常に気になってしまう。9月からの最終予選ではどの ような形になるのか注目したい。


2007年11月20日更新

遂に日本勢がアジアチャンピオンリーグの頂点に立った。浦和、川崎が参加していた今年のリーグであったが、川崎が ベスト8で沈んでしまい、浦和のその二の舞になってしまうかと思われた。しかし、その予想に反して、浦和が ギリギリの戦いを制した。特に準決勝の城南一和はアウェーで2点を獲り、絶対優位の状態でホームの試合に臨んだが 逆に2点を獲られてPK戦となってしまった。ここでサポーターの応援とお決まりのPK妨害行為(?)が功を奏し、 決勝進出を果たすという展開となったが、この試合が浦和の優勝を決定付ける試合となったのではないかと思われる。 浦和はクラブW杯への出場が決まっている。ACミランとの真剣勝負を見てみたい。


2007年10月22日更新

日本代表の2007年最終試合としてエジプト戦が行われた。W杯3次予選に向けて好成績を期待していたのだが、 期待に違わぬ素晴らしい試合であった。4−1というスコアの中に、オシム監督の考えが凝縮されているような試合だったと思う。 2008年に相当な期待をしたい。


2007年9月22日更新

日本代表のオーストリア遠征は素晴らしい結果であった。1勝1敗という成績であったが、スイスに4−3で勝ったのは 非常に大きい。ここ数年間で格上のチームに勝ったことがほとんどないという状況の中で、欧州組と国内組の連携がうまく決まった。 来年から2010年を目指しての戦いが始まるが、オシム戦略の浸透が垣間見えた遠征であった。


2006年9月30日更新

2006Jリーグの優勝戦線は、ほぼガンバとレッズに絞られてきた。それにしても、今年は フロンターレの快進撃が、首位を争う2チームよりも新鮮である。これまで、フロンターレは 下位に甘んじてきた。J2降格という憂き目を見たこともある。今年も下位低迷、J2降格争いが 予想されていたが、この変身振りである。選手が入れ替わったわけでもなく、首脳陣が さほど変わったわけでもない。攻撃が最大の防御という言葉を地でいくように、 我那覇などを中心とした攻撃サッカーである。 失点が多いことは確かではあるが、1試合平均3点以上を挙げた時期が合ったように、 とてもすがすがしい試合運びであった。惜しむらくはW杯などでのリーグの中断である。 これが勢いを奪い去ってしまったのかもしれない。リーグは残り少ないが もう1度、優勝争いに加わってもらいたいものである。


2006年8月27日更新

8月に入ってオシム・ジャパンが船出を果たした。しかし、メンバーの変わりようには目を見張るものがある。 考えて走れる選手を優先して集めているようであるが、果たして今、集まっている選手が2010年に生き残っているかどうかは 疑問符である。これまでの4年間のジーコ体制では、メンバーが固定化しており、新しいメンバーがほとんど入ってこなかった。 そのつけが今、噴出しているのかもしれない。来年には連覇がかかるアジアカップが控えている。 アジアカップを若手の登用機会と捉えるか、それとも勝利を貪欲に狙っていくのか、 それはオシムの考え次第である。


2005年8月15日更新

東アジア選手権の結果には正直言って落胆した。初戦の北朝鮮戦は、国内中心のメンバーとはいえ、 ほとんど完敗に近いような試合運びで、2戦目の中国戦はビハインドをよく追いついたとしか言いようがない試合で あったが力不足は否めなかった。この選手権を国内組のテストと取っていいのか、それとも本気で勝ちに行っていたのか 非常に疑問が残る展開であった。光明が見えたのは最終戦の韓国戦である。アウェーといえ、韓国に競り勝った。 勝っても優勝がないというモチベーションの低い試合であったが、 終始押し気味に試合を進めていた。これが、8月17日のイラン戦につながるかどうかに注目である。


2005年6月10日更新

6月8日の北朝鮮戦に勝って、日本のW杯出場が決まった。1年後のドイツで前回以上の成績を 修めることができるかどうかはここからに懸かっている。一番心配になってくるのは得点力不足だろう。 鈴木、柳沢、大黒、高原、玉田とストライカーは揃っているが、ここ一番で決められないのが現状である。 毎年、日本代表試合ではラッキーボーイ的な選手が出てきているが、ピークは短い。 W杯にピークをもっていく上で、いろんなFWを試してみることも一案だろう。 いずれにしても、前哨戦のコンフェデ杯が重要になってくる。


2005年6月5日更新

6月3日のバーレーンー日本の試合は、日本の危なげない勝ちに終わった。これで、日本はW杯出場に 王手をかけたことになる。日本は次の試合でなんとしてもW杯出場を決めておきたいだろう。 6月8日の次の試合は、コンフェデ杯ということになるからである。 コンフェデ杯ではブラジルと同組であるため、苦戦は必死である。なんとか、出場を早めに決めておいて アジアのトップとしての意地をドイツで見せてもらいたいものだ。


2005年2月10日更新

2月9日の日本ー北朝鮮の試合はロスタイムの決勝ゴールで決まるという劇的な試合だった。しかし、 日本の詰めの甘さが際立った面もある。前半の早い時間帯に小笠原がゴールを決めて、楽勝ムードであったが その後、シュート数が極端に減り、防戦一方となってしまった。後半は、同点ゴールを決められて以降、 欧州組を投入したが、決勝ゴールを奪えず、代表に滑り込んだ大黒が決めるという展開となった。この展開は、 昨年の1次予選の久保の決勝ゴールと非常に似た場面であった。日本の決定力のなさは昔からのことであるが、 やはり、最終予選には欧州組の積極的な投入が必要ではないだろうか。次戦のイラン戦は相当な苦戦が強いられることは 間違いない。中田、小野、稲本などの欧州組を召集するのが予選突破の鍵となるかもしれない。


2004年9月19日更新

Jリーグの第2ステージが開幕した。前半戦を終えて意外なのは磐田が勝っていない点である。 これまで数々のビッグタイトルを獲得してきた磐田であるが、有力選手の引き抜きやけが等があって不調に陥っている。 しかし、これは世代交代の間の苦しい準備期間と見たい。現在、隆盛を誇っているFマリノスであっても、 2、3年前は不調のどん底にあり、J1降格の危機もあった。 この点から考えてみると、磐田の第2次黄金時代がやってくる日はそう遠くないのかもしれない。


2004年7月27日更新

オリンピック代表のU−23は、果たして本番で勝てるのか。親善試合で見ていると、勝ちは相当遠いのではないかと思われる。 決定力不足、守備の連携のまずさと不安な点を挙げればきりがない。しかし、オーバーエージで小野が加わるのは大きい。 前回オリンピックでもそうであったが、オーバーエージほど心強いものはない。前回は中田がその役を務めた (アメリカ戦でのPK外しは忘れたい)。小野が加わることで平山、 大久保の良さが引き出せるという展開になれば、日本は予選リーグを突破できるのではないだろうか。


2004年6月14日更新

6月9日の日本―インド戦は、ジーコ監督就任以来、一番の好ゲームではなかっただろうか。 7点を獲った上での完封勝利という素晴らしい結果は、1次予選突破を確実視させる内容だった。 なんといっても中田抜きで勝ったのは大きい。これまでの日本は中田頼みの傾向が強かったが、 小野がオランダ仕込みの協調的リーダーシップを発揮し、そして、試合前には中村が中田に下克上宣言をするという欧州組内での 激しい主導権争いが勃発した。チーム内の活気は最高潮に達している。アジアカップで 予選が中断されるのは残念だが9月以降の3戦が非常に楽しみである。


2004年4月1日更新

3月30日に行われたW杯1次予選のシンガポールー日本戦は、日本がジーコ監督で大丈夫なのかと物議を醸すような試合だった。 まず、海外組の動きが悪かったのが一因である。海外組にこだわるジーコ監督は、先発を海外組に任せた。しかし、 藤田の決勝ゴールを見ても分かるように、国内組の調整が良く、結局は国内組で勝ったというのが正直なところだろう。 それにしても、試合後の中田のインタビューは皮肉がたっぷりこめられていた。暗にではなく、大っぴらにジーコ監督を 批判した。この批判を監督がどう受け止めるかがこれからの鍵だろう。次回のインド戦はまたも注目である。


2004年3月10日更新

Uー23は薄氷の思いでオリンピック一次予選UAEラウンドを切り抜けた。2勝1分けは敵地では決して悪くない数字である。 特に3戦目のUAE戦は残り5分で2点を獲るという荒業をやってのけた。18歳の平山に頼りきりだった攻撃陣も、 結局、平山以外の選手が得点を挙げたという点ではある程度評価できるだろう。まだ、日本ラウンドがあるが、おそらく今の調子で 行けばオリンピック出場は当確ではないかと考えられる。


2004年2月15日更新

2月の親善試合集中期間が終わり、ついに2006W杯の予選が始まる。日本代表はマレーシア、イラクに完勝しオマーンとの 第1戦に臨もうとしている。この2試合は得点(4−0、2−0)では完勝だが、試合運びは海外組がいないせいか スピーディーさに欠けていたようである。むしろ、Uー23の方が動きが良かった。ジーコ監督の考えとしては 海外組を全員先発メンバーに入れることになりそうだが、そういう考えでいくと日本国内での親善試合は無意味ではないだろうか。 海外組を考えるとヨーロッパに近い中近東でアウェーで試合をすることが得策だと思う。いずれにしても 9ヶ月に及ぶ1次予選が始まろうとしている。前回ベスト16の意地で全勝してもらいたい。


2004年1月27日更新

磐田の天皇杯で幕を開けた2004年のJリーグであるが、2005年からのJ1のチーム増が発表された。これまでの 16チームから18チームになるということである。また、2ステージ制が廃止され、2回戦総当り計34試合になる。 試合数増でチームの収入が増えることは間違いないが、これまでのシーズンに比べて疲労によるけが人も増えることは間違いない。 そういう意味で、1月の移籍騒動は凄まじかった。特に清水から出た2人の動向がこれから気になるところである。 安貞恒は横浜に、そして三都須は浦和に移籍した。安の場合は、ストライカーの多い横浜に移籍し、競争に巻き込まれることは 疑いようがない。それに対して、三都須はエメルソンの抜けた浦和に入るため、MFというよりはむしろFWに近い 役割が求められることになるだろう。どちらの場合も、清水にいた頃に比べて相当責任が重くなると考えられる。 高額の移籍金を動かした2人に注目である。


2003年12月4日更新

2003年のJ1最終戦は11月29日午後3時45分前後の3分間に優勝可能性のあるチームが3チーム入れ替わるという Jリーグ史上まれに見る大混戦だった。磐田優勝が見えた横浜ー磐田戦の後半45分過ぎロスタイムに、横浜久保の ゴールが決まり、この時点で鹿島の優勝のように思われた。しかし、その1分後、鹿島ー浦和戦のロスタイムに浦和エメルソンの ゴールで鹿島の優勝は消えた。そして、ここで優勝を手にしたのが第1ステージ優勝の横浜マリノスだった。 あきらめかけていた優勝が転がり込み、年間王者の座も手にしたのである。最終順位は上位3位(横浜、市原、磐田)までが 同じ勝ち点で並び、得失点差で決まった。それにしても、最近始まったことであるが、最終節を同時刻に行うという 試みは成功だろう。毎年、このように分刻みで優勝争いが変わるというスリルのある展開が楽しめるならば、 Jリーグの人気もまた盛り上がるだろう。


2003年10月10日更新

今年のJ1の残留争いがこの時期に来てクローズアップされ始めている。毎年の事ながらこの時期になると名前の出るヴィッセル神戸、 昇格2年目のベガルタ仙台、昇格1年目の大分トリニータ、そしてセレッソ大阪、京都パープルサンガなどが降格候補に挙がっている。 この5チームに共通しているのは、首脳陣の交代がここ数年、続いていることだろう。成績不振となると、すぐに指導者が代わるという 悪循環は降格制度のあるJリーグならではのことだろうが、長期的なビジョンで見るということも重要だろう。J2へ降格しても 2位以内になれば必ず復帰できるのだから、今の短絡的なビジョンよりも、将来を見据えた選手の育成を兼ねて、1年はじっくり チーム全体を見守るということもフロントには必要なのではないだろうか。


2003年6月30日更新

コンフェデレーションズカップはフランスの優勝で幕を下ろしたが、日本の精神的な弱さが際立った大会だった。 初戦ニュージーランド戦完勝、2戦目フランス戦惜敗で迎えた3戦目のコロンビア戦、予選が3試合で 1勝1敗で迎えたならば勝たなければならないのが必定だが、日本には引き分けでもいいという甘えが少し感じられた。 その甘えが後半のパスミスにつながったという考え方はあながち間違いではないだろう。引き分けでいいという日本と 勝たねば意味がないコロンビア。モチベーション的にもコロンビアが攻撃的なサッカーを展開するのは見えていた。 それを防ぎきれなかった日本イレブンは2006年に向けて何か精神的に得たものがあったのだろうか。それは 今後の親善試合などで明らかになるだろう。


2003年3月24日更新

2003年の日本サッカー界は早速つまずきから始まった。日本で行われたA3では鹿島がかろうじて優勝したものの、 磐田が惨敗。アジアウィナーズカップでは、鹿島と清水が大惨敗となった。また、代表チームのアメリカ遠征が世界情勢に よって中止となり、コンフェデレーションカップに向けての足場固めができなくなってしまった。前回大会のような大躍進は 期待できないかもしれない。しかし、光明もあり、2006年ワールドカップのアジア枠が4〜4.5枠で決まりそうである。 また、出場チームを32から36ないし48まで増やすという案もあるようで、日本サッカー界だけでなく、世界のサッカー界が 活性化される方向へと向かっている。日本サッカー界も取り残されてはいけないだろう。


2002年12月18日更新

天皇杯が始まり、J1リーグのチームが出場してくる頃になると、急につまらなくなる。 いつも見ているチームが、J1独自のカップ戦のような戦いをしているからだ。 だいたい、ベスト32くらいで一般参加のチームや、JFLのチームが姿を消し、 J2のチームはベスト16くらいで消えてしまう。この天皇杯で最近面白かったのは 10年程前のベルマーレ平塚の大躍進、8年程前のセレッソ大阪の躍進くらいだろう。 どちらも当時JFLで、昇格を狙うチームだった。それゆえに当時のJチームを 倒すのがなかなか痛快だった。 そろそろ天皇杯を見直す時期になっているのではないか。J1,J2のチームは ナビスコカップのようなカップ戦を独自でやり、JFLや一般参加のチームが 中心となった天皇杯をやるべきではないだろうか。 そうすれば、今年の大会でジュビロ磐田に善戦しながらも敗れた国見高校でも 上位進出できるかもしれない。


2002年12月2日更新

ついにJ2への降格チームが決まってしまった。早くから決まっていたフロンターレに続き、なんとサンフレッチェの 降格まで・・・。サンフレッチェの降格で中国地方からのJ1のチームがなくなってしまった。それにしても、この 自動昇格、自動降格という制度にはあまり賛成できない。やはり、入れ替え決定戦があったほうが盛り上がるのではないだろうか。 例えば、1998年のJ1参入決定戦は、Jリーグ史上に残る激戦だった。特に、最後の一つのいすをかけた アビスパ対フロンターレの試合は、僕の中ではJリーグでのベストゲームだ。収入、観客動員など全ての面で異なる J1とJ2、どちらに入るかでその後のクラブ運営まで影響するという、過酷な試合だった。 入れ替え戦があれば、サポーターも年末にもう一度盛り上がれるし、好ゲームが期待できるのではないだろうか。 とにもかくにも、明暗は分かれた。セレッソは経験済みだが、トリニータは初体験のJ1である。 意外と初昇格チームは、最初の年に調子がいい。トリニータに2003年は期待しよう。

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