木我公輔(きが こうすけ)
1975年生まれ。横浜市在住。

《略歴》

1997年3月 創価大学文学部社会学科卒業
1997年4月-2000年3月 創価大学大学院博士前期課程文学研究科社会学専攻に在籍
1998年9月-6月 エジプト国立カイロ大学文学部社会学科聴講生として研究
2000年4月- 創価大学大学院博士後期課程文学研究科社会学専攻に在籍(現在、休学中)
2002年4月-7月 青年海外協力隊候補生(平成14年度一次隊)
2002年7月- 青年海外協力隊隊員(シリア、ダマスカス歴史文書館)

《業績》

1999年度修士(社会学)論文「エジプト国家政策(1961-1962)、エジプト国民主義、アラブ民族主義―アラブ連合共和国崩壊からイエメン革命まで―」

「シリア分離危機とエジプトの対応−エジプト第二の革命の試み−」『創価大学大学院紀要』第21集、2001年。

「エジプトのアラブ化過程と民族論−7月23日革命以前−」『日本中東学会年報』17号、2002年。


解説

 1993年(大学1年時)、私の恩師の一人である石原忠佳先生が担当されていた教養科目「外国事情(中東・北アフリカ)」を履修したことが中東・イスラーム世界に興味を持つきっかけでした。履修の関係でアラビア語を学び始めるのは1995年度まで待たねばなりませんでした。この年に「アラビア語T」を履修しましたが、翌1996年度は「アラビア語U」がゼミの必修と重なってしまい、履修できませんでした。

 このとき、石原先生は在外研究に1年間出てしまい、ドルーズ研究の第一人者である宇野先生がアラビア語を教えていました。「アラビア語U」に出れなかった私は「アラビア語T」に顔を出していたのですが、卒論その他を理由に講義に行かなくなってしまったのでした。あの時のことは大変申し訳ないことをしたと思っています。

 その後、大学院に進学した私は取り損ねた「アラビア語U」を修士1年次に履修し、2年次にカイロ大学に派遣留学という形で留学しました。

 カイロでの約1年間を資料収集に費やし、帰国した私は上述の修士論文を執筆します。その後、同じ大学の博士後期課程に進学し、今日に至るわけです。


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