*この評論は『創価大学平和学会ニューズレター』NO.2に掲載された拙稿です。

中東和平の危機とアラブ諸国

 本年9月末から始まったパレスティナ自治区や東エルサレムでの「第二次インティファーダ」とそれに対するイスラエルの過剰報復は1990年代に積み重ねられてきたパレスティナとイスラエルの信頼関係を破壊し、中東和平はかつてない危機に瀕している。  10月17日に開催された中東首脳会談では、衝突の両当事者は紛争の停止に同意したが、20日から衝突が再燃し、双方が責任をお互いに押しつけ合っている状況であり、紛争は今なお続いている。

 なぜこの紛争が終わらないのか。その理由はいろいろと言われている。最終地位交渉で一層の譲歩をイスラエル側から引き出すためであるとか、アラファトには自治区住民を統制する能力がないあるいは少数与党のバラク政権を維持するためなどである。だが、パレスティナ側に関していえば、周辺アラブ諸国とパレスティナの特殊関係があげられるのではないか。

 7月のキャンプデービッド会談でアラファートがエルサレム問題で譲歩できなかったのは、周囲の目を気にしたからでもあった。独立国家を目指すあまりに安易に妥協すれば、彼は周辺アラブ諸国から非難されたかもしれない。

 確かにアラブ諸国はパレスティナ側を支持している。アラブ諸国では「アラブの連帯」が叫ばれ、10月3日にはイラク、レバノンなどのアラブ諸国でデモや抗議行動が行われた。10月4日にはエジプトの諸大学で学生デモが起きた。各地で数万の市民がデモに参加し、パレスティナ民衆との連帯と支持を明らかにしている。10月のアラブ首脳会議、11月のイスラーム諸国会議の決議も同様にパレスティナを支持している。

 しかし、こうした支持の表明は紛争の解決にどれほど役立つのであろうか。アラブ諸国とその国民の支持が現地住民を勇気づけるとしても、彼らに冷静な思考を取り戻させ、話し合いで平和と繁栄を取り戻す交渉のテーブルにつかせることができるのであろうか。いたずらに「パレスティナ民衆への支持」や「ジハード」を叫ぶことはパレスティナ人への心理的圧力にもなりうる。大言壮語を繰り返すいまのアラファートの姿はシリア危機をきっかけにイスラエルとの戦争へ追い込まれた1967年のアブドゥンナーシルと重なって見える。1967年の轍を踏まないことが彼に求められているのである。

 また、アラブの指導者たちが政権の正統性を強化するのにパレスティナ問題を利用してきた歴史的経緯を忘れるべきでない。パレスティナ問題はイラクのサッダーム=フセイン体制の復権に利用されている感もある。パレスティナ人とアラブ諸国の市民を結びつけるのはウルーバ(アラブ性)と呼ばれるものである。けれども、いま必要なのは紛争を煽りかねない歪んだウルーバではなく、同朋として死地に赴こうとするパレスティナ人たちを押しとどめるそれではないのか。

 1973年の10月戦争以後、対イスラエル闘争の主体はアラブ諸国からパレスティナ民衆へと代わった。奪われた土地と権利の回復を求めて戦う彼らの姿は確かに共感できるものがある。だが、どんな崇高な目的も手段を正当化するものではない。暴力を止め、共存の道に向かうことこそいま必要ではないのか。

2000年11月17日 木我公輔

<関連リンク>
創価大学平和学会ニューズレター No.2

「声明 パレスティナとイスラエルに暴力行為をただちに停止するよう求める」(創価大学平和学会、2000年10月11日)


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