就活日記

気がつけば私は就職活動中ぜんぜん日記をつけてなくて、なんともだらしのない学生でした。
そこで今回はホームページ上ですが、私の就職活動の歩みとして就活日記をつづってみることにしました。
まず、私が6月に内定をいただくまでどんなスケジュールだったかを書きたいと思います。
2月 OB訪問(2社)、説明会、学内説明会
3月 サンディエゴに語学研修だったため活動はほとんど行わず。WEBにて試験(1社)
4月 説明会、試験、エントリーシート
5月 説明会、筆記試験、エントリーシート、面接(一次止まり)
6月 面接2回→内定、筆記試験
こんな感じでした。ほかの学生と違ったのは、私は一番就職活動がヒートアップしている時期に留学しちゃってたこと。
普通じゃ考えられないでしょ?そもそも私は院にいくべきか否かで迷ってて、どうしてもUCサンディエゴで英語を勉強したい!っていう思いが強かった。それに就職活動になったとしても
私の第一志望としていた公社・団体系はほかの業種に比べ遅い選考だったので、仮に就活一本になっても大丈夫だ、そうなったとしてもこの留学は必ずプラスに働くんだと思い決めた留学でした。
さてさて、ここからはいくつかのtopicにわけて話していきたいと思います。
・OB訪問
私は2社に計3回OB訪問を実施しました。OB訪問したのはそこの会社の説明会が3月で出席できないことから2月にお話を聞くべきだ
と思い、先輩を通していってきました。もうはじめてのOB訪問は…雨の降る寒い日でした。緊張してて名刺ケース忘れたりして恥ずかしい思いをしてしまいました。二回目は会社の大きさ
きれいさに圧倒されて言葉がでなかった。しかもお昼をご馳走になったんだけれど、なんでペペロンチーノなんて頼むんだろう…と後から後悔。けれどOB訪問、結果的には訪問した会社は
落とされてしまったけれど、行くべきだと思います。説明会じゃ聞けないこともきけるし、その会社の雰囲気を知るには一番有効な手段だと思います。
・留学中の試験と就活
留学していたときにある会社からエントリーシート選考が通ったからWEB試験を受けてくださいといわれ、急遽アメリカで受けました。
今こういうWEB試験って結構増えてきているみたいです。全世界どこでも好きな時間に受験できるから便利なんだけれど、すっごく難しかったです。□+2.1=3×2.5(ちなみにこれは適当)
っていうような問題がだされたり、10分という制限時間内では絶対に終わらない量だったし。文系にはこういう問題きついので、計算問題をやっとくべきです。留学中ってこともあって、頭の中は
違う話題でいっぱいだったため、これは駄目でした。留学先にも2月にまわった企業の資料やノートなど\持ってたりして暇なときは見ていたんですが、ほとんどすすみませんでした。むしろ留学を
通して、自分から主張しないと何も物事は前に進まないことがよくわかった気がします。これが後々自己PRにつながっていったのです。それといろんな人に出会えていろんな考え方、生き方、文化の
違いを話し合うことができたので、私にはこの時期日本であれこれ業種を試してみるよりも時間を有効に使えたんじゃないかと思います。
・帰ってきてからの就活
帰国後、しばらくは時差ぼけがとれずボーっとしてしまいましたが、スケジュールがみっちりになりました。このころにしていたことは
ひたすらりくなびで見つけたところにエントリーシートを書くことでした。4月にシート提出したのは5社。WEB上だとたぶん15社くらいはあったはず。エントリーシートまでは通過してたころです。
そして公社・団体だけでなく次に目をつけた業界がコンサルティング業界と自分がアルバイトしていた会社と似ていた事業をしているところでした。なんでそっちに目をつけたかというと…今でも
少しある目標なんですが、将来自分の会社をもちたいから、そのためにはコンサルタントで実務経験をつみたいぞ!っと思いいくつかシートをだしてみたりしました。ちなみにもうこの4月には院に
いくことは考えなくなっていました。実力がないってのもそうだけれど、早く自立したいって思ったのが一番の理由でしょう。だから就職活動をほかの学生より遅く始めた分、長期戦も覚悟していました。
長期戦に備えて靴を新調したり、七分のシャツを購入したのもこの時期。まだまだ鬱にはならなかった時期でした。
・エントリーシートに苦戦
4月が一番エントリーシートを送付したのが多かったつきでした。特に一気に10社も抱えちゃったときはもー大変でしたね。結局そのうちの
1社はどうしても志望動機が思い浮かばずやめてしまったし。エントリーシートで一番大変だったのは、志望動機と自己PR。自己PRは書き回しがきくと思ったけれど、それはやめたほうがいいと途中
できづいた。自己PRや志望動機ってリンクしているから、微妙に変えるのがベター。そんなかんだで、とりあえずエントリーシート選考は通過していてぬか喜びしていました。がしかし…
・なかなか次に進めなかった5月上旬
5月。実はこの頃プライベートでちょっとショッキングなことがあって、そっちに気を取られていた時期でした。それとともに家のパソコンが壊れたり
体調を崩したり…エントリーシート選考が通過したところも次の筆記や面接で落とされました。落ちれば落ちるほど焦りはつのり、一気に興味のない企業にも沢山エントリーしてしまったりなど、なんとも無駄な
ことばかりしていました。Nでの初面接も緊張してホトンド言えないどころか、自分のことよりもぜんぜん違う話題をされて結果は×。第一志望だったJの一次面接も、「私はOB訪問もしたから大丈夫だ」なんて
思ってたら、いきなり厳しい質問をされて答えられず…しかも合否結果の日はなんとJへOB訪問の予定でした。あーきまずいなこりゃって思っていたら、このOB訪問が今後の就活に大きな影響力と私の活力
になったのです。
・考え直した5月中旬
このOB訪問では、これからどうしたらいいのか、就活のアドバイスをいただいた形になりました。正直このOB訪問に行くまでの私の精神状態は最悪で、
自信もなくしていました。しかしここで、「もしうちが駄目でも、落ち込まないで下さい。松岡さんならちゃんとした目標をもっているから必ず納得のいく就職先が見つかりますよ。」とエールを。さらには
「日本だけじゃなくて外国に行くってのも方法」などいわれて、かなり為になったOB訪問でした。それ以降は少し運も上向きになってきたんです。そりゃ何社か(主にコンサル系)エントリーで落とされることは
あったけれど、以前と比べて落ち込み方がひどくなくなったんです。前向きに物事を考えられるようになってよかった☆
・海外進出まで考えちゃった5月下旬
OB訪問をきっかけに、[何も日本だけが就職先じゃないんだ、せっかく大学で語学をやってきたのにもったいない、こうなったら海外だ!」と思うようになり、
WEB上で外国の求人会社に英文の履歴書を送付したりしていました。Yahoo!JobでJapaneseってタイプして検索したりもしました。しかし、後からだから言えるけど、やっぱり新卒だと難しい…渡航費もかかるし、
実務経験もないから、即率先力につながらないしね。うーん、こうなったらやっぱり日本か、それとも、お金今からためてカナダかNZにワーホリかと考えました。でもワーホリはアメリカにはないのよね。あーん、
困った。就職活動がゴールじゃないからいっそやめてしまえーと思っていたころ。そんな私に一本の電話が入った。
・自分をやっとだせた面接
6月1日、私はアルバイトでオークラにいってました。その帰り、気づくと留守電が。?と思ってきいてみたら、なんと書類選考通過とのこと。絶対頭のいい、
しかも経済学部しかとらないんだろうと思っていたから本当びっくりしたした。その日は別のところからも面接に来てほしいといわれ(ここはだめでしたが)、またアルバイトで久々に働いたことを実感して嬉しい一日
でした。そして次の週、ここから内定まではなんと2日という速さで決まりました。1次の集団面接で自己PRを2分間、なんでもいいのでやってくださいといわれ、今日は今までとなんか違うから思い切ったことをしようと
オクラのパスタを食べながら考えてました@プロント。そこで、ポルトガル語で挨拶してみました。私はポルトガル語学科ってことを前面にアピールするにはこれしかない!と思ったんで。それに好きなテレビ番組をきかれて
「天気予報と毎月1日にNHKでやる1分間の受信放送」といいました(本当に好きなんです。あの1分間というレアさとインパクトがたまらん)。そうして1次はクリア。いよいよ2次の最終面接へ。2次面接はいわゆる圧迫面接。
何を聞かれたかといいますと、「あなた、肝心のポルトガル語の成績悪いよ」とか「うちは語学をいかす仕事じゃないし…」などともうこっちが参るような質問ばかり。私はただただ必死に言い返すのみ...とほほ、
ああこれでまた落ちたな、えーんと思いながら常磐線でしょんぼり。そしたらその日の5時10分、非通知で電話が!「内定です。」やったー!
・まとめ(笑)
結局私は普通の就職活動をしている学生と比べ、エントリーした会社100、実際に会社にいったのは12、選考にすすめた会社20とかなり少ない数でえらそうなことは言えない…
4月からはじめたのも同然だしね。けれど今回自分の活動記録をこういうふうにWEBに載せることによって、誰かのお役に立つことができるなら幸いです。ちなみにこれからは何をするのか。 アルバイトを再開したり、資格試験
(秘書検定、TOEIC、TOEFL)に挑戦したり、美術館にいったりしたいなーと思ってます。
最後に、ここまで読んでくださった方々にありがとう★ご意見ご感想はメールにて。