|
|
| さて、ボストンカレッジHPの開設より一週間、はれてこのコラムの「建設中」の看板も剥がされることになった。そして、その記念すべき第1回目を、どうしたことか僕が書くこととなった。困った。コラムといわれても、何を書いて良いのか解らない。困った。人は、「コラムとは、つれづれなるままに書けばいい」とか、「お姉ちゃんのおっぱいに吸い付くたびに乳首のぶつぶつが気になるみたいな、日常の視点で気になることを書けばいい」とか、実に参考になることを身勝手に教えてくれる。が、だからといってそれをそのまま書く気にもなれない。大体、僕はものを文章にするという作業は苦手だ。キーボードを打つのも苦手だ。モー娘。と同じくらい苦手だ。困った。モー娘。にもコラムにも困りっぱなしである。人は、苦手なものに直面すると、まずはこのように困惑するか、怒る事かパニックする事しかできない。そして、その対応は苦手なものに対する好悪の感情によって大きく左右されるものである。まあ、風呂場の片隅でカマドウマを発見して金縛りにあう、納豆を食せばじんましん、お店の有線放送で平井堅の歌が流れると吐き気を催すと行ったといった、生理現象としての「苦手」に関してはどうしようもない。しかし、苦手なものと直面するたびに感情を乱されるのも疲れる話だとは思いませんか?最近の僕は「いっそのこと」とばかりに、一向に反省の色を見せないパソコンの変換能力にかりかりするくらいなら苦笑いを浮かべられる「広い心」、遅々として進まないテスト勉強にいらいらするくらいならなら、徹夜ででもカンペを作成する「意地と気合い」、飲みきれないペットボトルを手に悲しいげっぷをこだまさせるくらいならボトルキャップだけ抜き取ってコーラは人に飲ませる「分け与える気持ち」などといった柔軟なエッセンスを取り入れた生き方を心がけている。まあ人それぞれだけど、たまにはそんな生き方もどうでしょう?案外そんなことを、「涅槃の境地(*1)」というのかもしれないし。*1→「涅槃」仏教用語。「ニルヴァーナ」のこと。
|
|