Ciudad Juarez, Chihuahua
チワワ州、ファレス市


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「ビエンベニ―ドス・ア・メヒコ」 (メキシコへようこそ)

の緑色の看板を目にすれば、そこはもうお隣メキシコ。エルパソ市街から約10分という外国だ。メキシコ第4位の人口を誇るファレスは、輸出工業が盛んな工業都市、そしてアメリカ・メキシコ国境貿易の中枢都市である。

 
 

3つの名前を持つ都市

ところで、Juarez とスペイン語で表記するが、さまざまな読み方が存在する。
まず、アングロ系アメリカ人がこれを読むと

「ウアレス」

になってしまう。Juはスペイン語ではちょうど日本語の「ファ」と発音するはずなのだが、どうしても彼等の英語発音ではウアレスになってしまうらしい。

ファレスやエルパソには、ワイヤー関係の日系企業が多く在留しているが、そこに働く人々に発音させると、

「ファー―レス」

となってしまう。そもそもなぜファの後を長く伸ばすのかは謎であるが、企業名に関係なく、日系企業で働く人々やその家族が発音するとどうしても間の長い発音になっている。

ところで、メキシコの人やメキシコ系アメリカ人がどう発音しているかというと、

「ファレス」

なのだ。どう考えてもこの表記からいくとこの発音が正しい。ということで、私ももっぱらファレス、ファレスと呼ぶことにしている。でも、やっぱり、これが正しいのだろう。
 

出稼ぎのまち

ファレスの人口は約120万人。エルパソの70万人に比べるとほぼ2倍の人口を持っている。ファレスに住む人々に話を聞くと、意外にファレス生まれの人はすくない。出身地としてよく耳にするのが、トレオン(コアウィ―ラ州)、サカテカス(サカテカス州)、そしてメキシコ市だ。彼等がファレスを目指すのは、ファレスにはマキラドーラと呼ばれる工業地帯が存在するためだ。最近まで、マキラドーラの各工場では人材不足に悩み、その不足分を補う形として、これらの出稼ぎ労働者がやってきたのだ。メキシコ国内ではファレスにいけば仕事がみつかるというのは通説で、もちろんこの評判はメキシコを越え、グァテマラなど中米各国にも響き渡っている。

ところが、2000年を境にアメリカ経済は減速し、アメリカへの輸出を基本とするマキラドーラでの工業生産にもかげりが見え始めた。以前と同じペースで生産する必要はなくなり、工場での雇用者数もそれに伴って減少している。
 

アメリカ移住への基地

ファレスの町でよく目にする看板がある。

「Migracion (移住)」

という看板だ。この看板のある場所では移住手続きのアドバイスや代行を行っている。ファレスはサンディエゴの隣町、ティファナと並んで、中南米の人々にとってのアメリカ移住の基地となっている。ふつう、アメリカ国内に移住または入るにはなんらかのドキュメントが必要だ。

例えば、F1ビザ。これは、特に交換留学ではない外国人留学生に発行される学生ビザで期限はほとんどの場合5年。日本人の場合、このビザを持っていなければ3ヶ月以上の滞在は不法滞在となってしまう。日本人の場合、ビザ無しでも観光目的であれば3ヶ月間の滞在を許される。

彼等はアメリカにはもちろん出稼ぎ目的で滞在するので、アメリカ入国に何らかの労働許可が必要だ。それらを扱うのがこの手の商売である。労働許可書をとるのは容易なことではない。そのため、観光目的でいったん入国し、そのまま、不法にアメリカに滞在し、なんらかの仕事についている人も相当数存在する。

彼等はなぜアメリカを目指すのか。もちろん、メキシコの数倍もの賃金だ。例えば、マキラドーラで働く人々の一時間の自給はだいたい1.5ドル(約200円)。アメリカでの最低賃金は5.5ドル。最低賃金で働いたとしてもメキシコの5倍だ。

これからもアメリカを目指す中南米系の人の流れはやむことがないだろう。
 

文化砂漠地帯

ここファレスは、チワワ砂漠の北限に位置する町で、町を1歩でると、そこはただ荒涼とした砂漠地帯が続く。気候のみでなく、よくいわれるのがファレスは文化的にも砂漠地帯であるということだ。

ファレスにはこれといった観光ポイントがなく、博物館や遺跡なども存在しない。そのため、メキシコ人としてのアイデンティティを見つけ出すのが困難で、多くの若者はアメリカ文化に影響を受け、メキシコ中部に住む人達とアイデンティティを違にしている。

若者はメキシコ北部の伝統音楽ノルテーニャにかわって、アメリカのロックやポップミュージックを聞き、エルパソのショッピングモールで服を買い、町にはアメリカのファーストフードチェーンが展開している。

例えば、メキシコ南部では生活の重要な要素として機能しているカトリックもあまりファレスの人にとっては関係ないようだ。とくに最近の若者はなにか楽しいことがあるときだけ教会にいくなど、南部の敬虔なカトリック信奉者にとっては許しがたい現状だ。よく、南からファレスにやってきた移住者が嘆いているのを耳にする。

そんななかでもスペイン植民地時代文化の名残を残すものもある。例えば、闘牛。毎年、春になると闘牛がここファレスでも行われる。マタドールがひらりひらりと牛の突進を交わすたびに「オ‐レ。」という掛け声がこだまする。

Plaza de Torro(闘牛場)。入場料は70ペソ(約7.5ドル)。

ただ、文化的砂漠地帯も、別の視点から見れば新しい文化の発祥地ではないだろうか。名づけて国境文化。アメリカ・メキシコの文化が融合し、新たな文化を形成している。それは世界中どこにも存在しない独自の文化。ファレスの人はどこかの国民のように自虐的に自分達の文化に劣等感を持っているようだが、もっと胸をはって国境文化を作り上げて欲しい。カルフォルニア・サンディエゴのお隣、メキシコ、ティファナでは最近、前述のノルテーニャとテクノを融合した「ノルテック」が人気らしい。幸い、国境文化の先行きは明るそうだ。



ファレス観光ガイド参考、日記:ファレスを見る食べる

エルパソにやってきたなら、ぜひ国境を越え、お気軽外国旅行を敢行することをお勧めする。ただ、残念なことにメキシコ第4位の人口を誇るファレスも、観光ポイントは数えるほどしかない。そのいくつかを紹介してみたい。
 

ファレス通り

サンタフェ・ブリッジを越えるとファレス・ダウンタウン(セントロ)の目抜き通り、ファレス通りに自然に出る。この通りにはアメリカ人をはじめとする外国人観光客向けの店が並んでいる。とくに多いのがバー、お土産店、歯医者、そして薬だ。

金曜の夜になるとアメリカ側から国境を越えてたくさんのアメリカ人がファレス通りのバーにやってくる。とくに多いのがアメリカの高校生。テキサスでは21歳にならないと酒類を購入することができないが、ここメキシコでは18歳で合法的に酒を飲むことができるからだ。値段も安く、よく高校生やUTEPのフレッシュマンの姿をみかける。

おみやげ物屋には、メキシコ国内どこでも目にするアステカカレンダーのプレートや、メキシコ製毛布などがうずたかく積み上げられている。どの店でも英語を話せる人が多い。なかには日本語を少し覚えている人もいる。日本人と見るやすぐに「トモダチ!」とか「タカクナイ!」と威勢のよい掛け声をかけてくる。


メキシコ特産、メキシカンブランケット。実は一つ持っている。

とにかく、この辺の店はすれている店が多く、できるだけぼったくってやろうとしている。どこの国でも同じだが、とにかく、こういったたぐいの店ではすぐに言い値で買わないこと。とりあえず、言い値の10パーセントくらいの値段で交渉してみよう。もし、店側が折れない場合は、帰るふりをしてみる。すると案外、言い値の半分くらいにすぐに下がる。でも、それでも市価よりも高い場合が多いがどうしてもその品物が欲しい場合は仕方がないだろう。

ところで、おみやげ物のほかに歯医者や薬局が多いことが気になった人がいるかもしれない。ファレスの町では歯医者や薬局の数が多いのにすぐ気づく。それはアメリカの医療費の高さに関係している。

アメリカでは歯医者を始めとして医療機関の診療費がとてつもなく高い。歯医者などから何千ドルの請求書が来ることも珍しくない。アメリカで歯医者にいけない人はどうするか。もちろん、お隣、メキシコの歯医者に診てもらう。

 
左:歯医者(デンティスタ)、右:薬局(ファルマシア)。いずれもファレス通りに多数ある。

ファレスの歯医者は英語をもちろん話し、技術もそれほど悪くないようだ。実際、友達が矯正してもらっていたが、何の問題もない。費用は一回50ドル以下。そのため、アメリカからたくさんの患者が国境を越えてやってくる。

アメリカの薬局では、普通、医者からの処方箋がないと薬を買うことはできないが、ここファレスでは欲しい薬の名前を告げればなんでも購入することができる。睡眠薬でもなんでもOK。値段もアメリカの3分の1程度。薬の質はどうかわからないが、低所得者層の人達はファレスに薬を買いにくるらしい。医者に見せる必要もないし、費用も安いからだ。

ただ、アメリカの医師の処方箋がない限り、メキシコの医薬品をアメリカに持ち込むことはできない。皆、隠して持ち入っているのだろう。
 

グアダルペ教会

ファレス通りを突き当りまで進み、右に曲がるとすぐに大きな教会が見えてくる。これが、17世紀半ばにフランシスコ会宣教師によって建設されたグアダルペ教会だ。教会が建設されたころファレスはまだEl Paso del Norteと呼ばれ、メキシコシティとニューメキシコ州都サンタフェを結ぶカミノリアルの重要な拠点だった。教会を中心にして発展した今のファレスは、エルパソの元といえる。

グアダルペ教会はいまでもファレス市民の心のささえとなっており、朝晩のミサにはたくさんの人々が訪れる。また、ミサのないときも、多くの人が手を組みひざをついて祈る姿が目に付く。

教会前の広場には毎日たくさんのひとが何をするわけでもなくボーっと一日を過ごしている。友達に言わせるとみんな無職ですることがないので、公園で一日をつぶしているそうだ。

 
左:旧グアダルペ教会。右:新グアダルペ教会

広場から向かって右側に建っている小さな教会が元のグアダルペ教会で、教会にマリアが祭られている。スペインは植民地の先住民を改宗させる際、あの、十字架に張りつけられたキリストを偶像として使わず、円錐状に広がるドレスを着た聖母マリアを使用した。先住民があの少しグロテスクなキリストに対し恐怖心を抱かせると思ったらしい。そのため、元のマリア像を少し改良し、やさしい顔をし、きれいなドレスをきたマリアをかわりに偶像として教会に祭まつった。いまでも、スペイン人の建設にしたミッション(伝道急教会)には三角ドレスをきたマリアが祭壇上部に飾られている。

広場から向かって左の教会は比較的新しい建物で、外観はヨーロッパのカトリック教会を彷彿とさせる美しいものだが、内部はスピーカーやマイクが配置され、近代的な教会になっている。ここでは、すでにマリアのかわりにキリスト像が中央部に飾られている。



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