「オラ、ケ・オンダ?」(こんにちは。ごきげんいかが。)
フランクリン山脈にあるシーニックドライブから見る夜景。
エルパソの1日はこの会話からはじまる。国境リオ・グランデに沿いに広がるエルパソの街にはスペイン語があふれかえっている。街中の看板、サイン、人々の会話、テレビ、ラジオにいたるまで、スペイン語が共通語のように使われている。アメリカ南西部特有の強い日差しと、内陸に位置することによって年中乾燥し、一年に雨が降るのはわずか7日ほど。また、年中日中は20度を上回り,夏には50度近くになることもある灼熱の都市だ。ここがアメリカであることを忘れることもしばしばである。
-アメリカ・メキシコ国境最大の都市-
アメリカ南西部の、カルフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサスはメキシコに接している。サンディエゴをなど、メキシコへの入り口となるたくさんの国境都市のなかでも、エルパソ,ファレス国境は最大の規模を誇っている。物流量、両都市の合計人口ともに最大だ。町は、ロッキー山脈最南端、フランクリン山脈によって東部、西部にわけられている。町の最南端はメキシコ国境になっているリオ・グランデ(スペイン語で「大きな川」の意)だ。(詳しくはhow to cross the border へ)エルパソの市街地図を広げてみてみると、ちょうどエルパソは「V」字型に広がっていることがよくわかる。
3月・4月、エルパソはワイルド・フラワーで飾られる。-メキシコ合衆国エルパソ?−
アメリカ人というと、透き通るような白い肌にすっきりした鼻立ち,そうハリウッドの映画スターのような白人を多くの人は想像するであろう。しかし、エルパソで「アメリカン」といえば、国境向こう側、エルパソで生まれたメキシコ人を思わず想像してしまう。法律上、両親がメキシコ人であろうが、日本人であろうが、アメリカの領土内で出生しさえすれば、だれでもアメリカ人だ。エルパソには、約70万人もの人々が生活しているが、そのほとんどがメキシコ移民、またはメキシコ系アメリカ人である。まさしく、ここはメキシコか、メキシコ属領かといった感じである。街中での「公用語」はスペイン語である場合が多い。町の国境付近と東部はメキシコ人居住区になっているが、そこでは、英語のかわりに、スペイン語で日常生活が営まれている。英語が通じない商店、レストランも数え切れないほどだ。アメリカでは、スペイン語圏からやってきた移民、そして彼らの子孫をヒスパニック呼ぶことが多い。メキシコ系住民を特に「チカノ」と呼ぶ人もいる。ヒスパニックは人口の約10%を占めるまでになったが、なお彼らに対する差別は根強く残っている。しかし、ヒスパニックが大多数のここエルパソでは、彼らを差別する人種が少数派なのである。そのため、ヒスパニックに対する差別はほとんど存在しない。
中央部に見えるのがリオ・グランデ。たった一本の川がメキシコとアメリカを
分けている。
‐エルパソ民のアイデンティティ‐
エルパソ唯一の日刊誌エルパソ・タイムスにはよく「El Pasoan」という言葉が使われている。エルパソに住む人達のアイデンティティは一体何なんだろう。実はこれが一番難しいのだ。
まず、メキシコ系の人が多いエルパソではほとんど自分のことをアメリカ人という人はいない。
一般的に「あなたは何者ですか?」と聞かれた時によく聞く答えが以下の通りだ。
メキシカン・アメリカン(Mexican American)
チカノ(Chicano)/チカナ(チカナ)
ラティーノ(Latino)/ラティーナ(Latina)
ヒ
スパニック(Hispanic)
メキシカン(Mexican)またはメヒカーノ(Mexicano)/メヒカーナ(メヒカーナ)
以上がメキシコ人を祖先に持つ人々の答え。
メキシカン・アメリカンと答える人は一般的にいってアメリカ人という意識が強い人だと言われている。メキシコ人の血が入っていることを否定はしないがあえて強調しないと言う人に多い。
チカノ・チカナと言う言葉はあまり知られていないかもしれないがこれは自分がアメリカ人だが特にメキシコ人の血、文化が自分の中に存在することに誇りを持っている人が自分をこう分類する。メキシカン・アメリカ人よりも自分はメキシコ人に近いと考えている。ちなみにチカノとチカノの違いはチカノが男性でチカナが女性。ともにスペイン語。
ラティーノ・ラティーナはメキシコ系の人々だけでなく他の中南米系の人も含んでいる気がする。東海岸ではよく中南米系の人々をラティーノと呼んでいるのをよく聞く。
ヒスパニックは中南米系の人々を表す際にもっともよく使われる言葉。ただ、この言葉にはどうも否定的な響きがある。ヒスパニックと言うとどうしても犯罪が多い貧しい地域にすんでいる移民というイメージがつきまとっている気がする。
メキシカンは英語、メヒカーノ・メヒカーナはスペイン語でメキシコ人のこと。実際アメリカで生まれなければアメリカ人になることは不可能に近いのでアメリカに移民しても国籍はメキシコのまま。また、アメリカで生まれても両親がメキシコ人のためにメキシコ国籍も同時に持っている人も多い。そのためエルパソには自分がメキシコ人だと言う人が多い。メキシコ人と言える人が一番明白なアイデンティティを持っている気がする。
では、自分は自分を何者だと言っているか。一応日本で生まれ、日本で教育を受け、日本語を話し、日本国籍をもっているのでまよわず「日本人だ」といっている。
エルパソでは国籍はアメリカ人だが、育った家庭の文化がメキシコで、スペイン語と英語を両方話す人が多い。かれらが「日本人」のように容易なアイデンティティを見出すことは難しい。
ただ、それでいいのだと思う。そもそも人間みんなが明確なアイディンティティを持つ必要はないのだ。もう少しすれば国際化が世界的にすすみ、「あなたは何者ですか?」と聞かれた時に
「人間です。」
とか
「地球人」
と言う日もそう遠くないと思う。
‐テキサン?−
テキサスはその広大な面積、また一時テキサス共和国であった時代もあったため、なぜか自分たちの州は他の州とは違うんだという人が多い。
人々の中には自分はテキサン(テキサス人)だと言う人も多い。これは特にアングロとよばれる白人系の人に多いのだが。
たしかにテキサスは他の州と違うことが多い。テキサススタイルとよばれるとんでもない量の食事、現ブッシュ大統領に見られるテキサスアクセント、カウボーイハットにウエスタンブーツといういでたちの人が多いなど、他の州からテキサスに入ると
「ああ、テキサスだ。」
と感慨に浸ることも多い。
エルパソはテキサス州に属している。ところが位置をよく見て欲しい。本当にテキサスの左端にあるのだ。みんな本当にテキサスにいるということがわかっているのかと言うほど、なにかテキサス人としての自覚がない。
そもそもエルパソはエルパソでテキサスだけどテキサスでもない。
テキサス中心部の州都があるオースティン、テキサス大都市ダラス、ヒューストン、サンアントニオははるか彼方でニューメキシコにあるアルバカーキーやサンタフェのほうがなじみが深い。エルパソの標準時はニューメキシコ、アリゾナと同じマウンテン・タイムだ。このマウンテンタイムはテキサスではエルパソのみで、エルパソ・カウンティをすぎるとテキサス中央部と同じセントラルタイムになる。
エルパソはテキサスよりもニューメキシコ、メキシコとなじみが深く、なんとも曖昧な町だ。例えば、旅行に行ったときに「どこからきたの?」ときかれて、「テキサスです。」と答えるよりは「あの、国境にあるエルパソからです。」と言うほうが多い。なにかテキサスというとやはりダラスやヒューストンを想像されてしまうからだ。
エルパソはやっぱりエルパソ以外の何ものでもないのだ。
-メキシカンなくらし-
エルパソにいるメキシコ人たちの多くは、アメリカにいようが,メキシコとおなじように暮している。彼らは,法律的にはアメリカ人であっても、「私達の国」と言う際には「アメリカ」ではなく、必ず「メキシコ」を差している。9月16日のメキシコ独立記念日は、メキシカンアメリカン達はメキシコ独立をアメリカで祝い、毎週日曜日には、メキシコサッカーリーグの試合にテレビに釘付けになる。
彼らの生活観は日本や白人のそれとは、大きく異なっている。彼らにとってもっとも重要なことは、今日であり、今である。私の友達ホセ君は、メキシコ人から「お前は、まさに伝統的メキシコ人だ。」といわしめるほどのメキシコ人ぶりを発揮するメキシカンアメリカンである。彼と行動をともにすることによって得られたメキシカンアメリカンな生活の実態を少し紹介してみたい。
1.約束はあってないようなもの
エルパソにきた当初、私はホセ君とよく遊ぶ約束をした。例えばありがちな約束。
「今度の日曜日、ファレスに飲みに行こう。多分、8時くらいに呼びにいくから。」
当日、私は約束どおり、8時に家でホセ君が
「かつらぎくーん、あそぼ。」
とやってくるのを今か今かとまっていた。
しかし、8時半になっても、9時になってもやってこない。
でも、これでいいのだ。メキシコタイムは8時といってもそれが1時間後か2時間後かそんなものだ。
2.毎日の食事はもちろんメキシコ料理。
メキシコ系アメリカ人の家ではほとんどがメキシコ料理を毎日食べている。そのためか、エルパソには星の数ほどメキシコ料理店が多く、ほとんどメキシコにある料理はなんでも食べることができる。
‐まとめ:エルパソはやっぱり国際都市だ。‐
このようにニューヨークほどたくさんの人種、国籍、文化をもつ人々が暮らしていると言うわけではないが、80パーセント以上の人達がメキシコ移民かその子孫であるというエルパソのまちは国際都市ということができると思う。エルパソでアメリカ文化を満喫することはできないが、なんとも曖昧なこの町もそれはそれでなかなかいいところだ。というより、その曖昧さがなんとも心地よい。みなさんも一度その曖昧な空気を味わってみては。
エルパソで見える夕焼け。一日のこの瞬間が本当に心を癒してくれる。