勉強以外・・・踊る阿呆の体験


岐阜慶友会2001年10月号

夏、スクーリングの合間を縫って阿波踊りに行ってきました。

仲間と毎年、2泊3日程度の旅行をするのと、忘年会がいつしか会則のようになっていています。しかし毎年、スクーリングや仕事で出られず、2年の間、不参加でしたので今年こそはと密かに狙っていたのです。

 今年の行き先は「徳島の阿波踊り」と4月頃に決まって、スケジュール調整が始まりました。
なんてったって、大きな祭りですから、いい宿の手配は大変で、8月12日の日曜を挟んだ日程が微妙に変わる中、スクーリングの2期の中で収まることを祈っていました。同時に6月中旬に仮登録の必要な科目が決まるまでは正式申込ができず、うずうずしていました。

 結局、2期はわたしにとっては重要な科目も無く、今年のスクーリングは1・3期と夜間で組み立てることが出来たので旅行を申込みした。日程は8月13日月曜から15日水曜、仲間9人でバスをチャーターして、ゆったり、あちらこちら観光しつつ一夜は踊って来ました。

さて、徳島中心部に入ると交通渋滞は激しい。なにせ人口の6倍が集まるので無理も無い。異様な熱気です。
 阿波踊りは地元に有名な連(「れん」=グループ)があります。その連に加えていただくことは通常ないことなのだそうです。我々は、JR徳島駅前のパレス吉野に本陣を置き、地元の有名連である「独楽連(こまれん)」に参加させていただいたき2〜3時間踊ることができました。

浴衣の下に着る男物のパンツは又割れしていて、どんなにしゃがんでも破れない洋風ふんどしのような物です。特製足袋は普通の足袋の裏に地下足袋のようにゴムが塗りつけてある優れもの。浴衣は着付けしてもらい、いざ出陣。と言っても、全く踊りを知らない我々ですから、踊る前に急遽特訓の直伝を受けました。
生のお囃子をバックに公園でぎこちない手足を振り出します。生のお囃子で踊るとは、カラオケではないということです。大袈裟に言えばバンドを雇うのですから、簡単には出来ないことですよね。

 阿波踊りの基本は、普通に歩く時と異なり、右足を出す時に右手を出し、左足を出す時には左手を出すのです。まずは市役所玄関の車寄せのスロープでプレデビュー。自分も観光客なのに観光客が集まってきて見られている気分は妙な優越感に似た心持ちです。

さてこれからが本番。本町通りと言う200mある一番長い通りで、いきなりデビューである。地元有力者のコネで4番手の繰り上げエントリーとなった。阿波踊りのステップは足を戻しながら少しずつ進むから200mは長丁場である。

 スタート地点から繰り出す。お囃子は連毎に微妙に異なる。所属の連の音は自動的に血を沸き立たせる。独楽連の鳴り物が音を出す。数段に組まれた両側の観客席から一斉に視線が集まる。「こりゃ只事でないぞっ!」と緊張。照明も煌々と身を貫く。カラオケで十八番を歌う気分である。
途中四回ほどアナウンス紹介があり、拍手を受けて大いに照れる。勿論、我々ではなく、同じ独楽連の前後の粋な男踊りと優美な女踊りに対してであろうが。

  当初は中腰でつま先から踊るこのスタイルだから、9人のおじさんに達では1本しか無理だろうと考えていた。しかし皆、興に乗って旅の恥は掻き捨てとばかり、4本の通りを踊り、充実の体験であった。

 他に色々な連があったが「慶応大学連」「早稲田大学連」もあった。そして、歌の文句にあるように、やっぱり「踊る阿呆」が楽しい。
だから一般で踊りたければ飛び入りで参加出来る「にわか連」もあるのでお試しを。しかし人通りの少ない所で踊ることもあって、「踊る阿呆」も、「見る阿呆」が居てくれるからその気になれることを痛感する。

 こんな事もあった。途中休憩のときに東北から来た若い男性の観光客に「教えて下さい」と頼まれて、まさか経験2時間の玄人とは言えず・・・さもベテランのように仲間数人でよってたかって偉そうに教授したのも旅の恥の掻き捨てだった。
踊り疲れて翌日15日、帰宅。明けて16日仕事に名古屋に出かけたその足で3期のスクーリングに向う強行軍だった。

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