ー美術鑑賞ー

ここでは美術品に触れた感想を主観的にかいていきます
今年は履修授業だけで20以上の美術展・博物館鑑賞レポートがあるので、充実しそうです♪
観客としてではなく、学芸員として美術館運営からも鑑賞していきたいです。


NO. 展覧会 美術館 感想
27 マグリット展 bunkamura ザ ミュージアム
26 正宗展 根津美術館 名刀正宗の展示を行っている。
25 偉人・奇人・名人 大倉集古館
24 健仁寺展 サントリー美術館
23 韓国の名宝展 東京国立博物館
22 染―清流展 世田谷美術館
21 河鍋 暁斎 展 大田記念美術館

★★★★☆
テーマ:「証明の工夫」
 大田記念美術館は浮世絵を始めとする日本画を展示している美術館である。この美術館では、美術品展示の際に重要な役割を示す照明による展示方法について学ぶとともに、学芸員の美術品の展示方法における緻密さを知ることができた。美術品画材が草木といった自然素材であると、光を浴びたり変色すると色素がぬける可能性が高い。しかし美術品を保存するのみで公開しないでは美術館の存在意義は薄れてしまう。大田記念美術館は、この美術品の保存と展示のジレンマを照明の使用法によって解決していた。蛍光灯を使用し面照明を行っていたものの、直接照明ではなく間に和紙をはさみ間接的な照明を行っていた。また美術品の作成年月が古い作品に対しては、明治期に作られた比較的新しい作品よりも照明をさらに低くし、それぞれの作品に対して適切な配慮を行っていたと思う。

 わたくしは、一つ一つの作品に対して美術品の保存と展示のジレンマを解決する方法は簡単だと思う。白熱灯にするのか、蛍光灯にするのか、点照明か、線照明かということは、結局は組み合わせである。数学的な考えによって選択肢をだし、美術品の特性を換算すればおのずと照明方法は決まってくると思う。よって大田記念美術館のような日本画に特化した美術館は照明方法についてあまり悩む必要はなく、美術館のインフラも単純であろう。むしろ、企画展を随時行う大型美術館での表明方法、およびインフラ設備を決定することは難しいと思う。が、それでもより多くの選択肢を用意しておけば望ましい解決方法は見つけだされるのではないかと思う。ほかに美術館の構造、予算等が展示方法の選択肢に歪みを与えるのではないか、という意見もあろうが、歴史のある作品が現代に残っていること自体劣化が進んでゆくものなのだから、限られた選択肢の中で最善の方法を見つけ出すことが展示において求められる考え方なのではないかと感じた。

20 番外編
築地本願寺

三越本店
日本銀行
東京駅
★★★★☆
日本人ってすごいと思う。開国数年であるにも関わらず、外国の建築様式を取り入れ建設するなんて。センスのよさと技術力の高さに感心した。
就職活動中に立ち寄った建物たち。
19 DOMANI・明日展2002−文化庁芸術家在外研修の成果− 安田火災東郷青児美術館 ★★☆☆☆
文化庁では昭和42年から若手芸術家を海外に派遣し、研修の機会を提供する「芸術家在外研修」を実施している。これまでに派遣された芸術家は1600人を超えており、今回の展覧会は彼らの成果を発表する展覧会として開催されるもので、今年で第5回目を迎える。
私は現代の絵画は苦手である。理解しづらい。インスタレーションといった現代芸術よりもだ。現代芸術はただユーモラスであったり、デザインが斬新であったりして楽しめる要素があるのだが、絵画になると抽象的過ぎて理解し得ない場合が多い。残念だが。
今回の展覧会も多くの作家が出品していて、見ごたえはあるが、一人一人の作家が一つの作品を造るにあたって、どういった環境でどういった気持ちで作品を造ったのかの説明がなされていない。学芸員に否があるのだろうが、これでは美術鑑賞の醍醐味が味わえない。鑑賞に来る人の多くは、作品のテクニックを学ぶために来ることもあれば、作品に何らかの共感を得るために来るのだと思う。それの橋渡しをするのが解説展示なのだが、それがぬけている場合が多い。これでは題名と作品のつながりが分からなかったり、展示の順番の意図がわからなくなり、つまらないという印象しか残らない。
最近、美術館の経営不振にあたっていろんな声が出ているが、学芸員の怠慢にある部分も否めないな、と思いを強めた展覧会だった。*安田火災東郷青児美術館はあの有名なゴッホの「ひまわり」を所蔵している美術館です。バブルのときについ買っちゃったものです。
18 番外編
ハナヱ・モリ '02 春夏 オートクチュールコレクション
ハナヱ・モリ ビル5F
2月15日
★★★★☆
やってきました、恒例の森英恵のコレクション。
コレクションは合計で41点公開され、半分はスーツでもう半分はドレスだった。ドレスの多くはオーガンジーやシフォンといった薄手で発色のきれいな素材が使われていた。刺繍などももちろんあったがプリントしていたのが多かったように思う。なのでドレスは明るい印象を受けた。反対にスーツはほとんどがオフホワイトで、明るいというよりは落ち着いているという印象をもつ。落ち着いているというけれど、シンプルなわけではなくフリルを使っていたり、細長いパーツを編んで作られているのが目立っていた。このちょっとしたところに森英恵らしさが感じられる。
今回気付いたことが1つある。それは森英恵のコレクションに登場してくるモデルや司会者がいつも同じであることだ。お抱えのモデルなのか少し疑問。
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金子コレクション 寄木細工〜海を渡った日本の木工芸〜 展


ライティング・ビューロー 明治時代
幅153.0cm×奥行75.3cm×高181.0cm
=拡大してみることもできます↑=
たばこと塩の博物館 ★★★☆☆
渋谷にあるたばこと塩の博物館。その前を通りすぎることはあっても今まで足を運ばなかった。なぜか?それはつまらなそうだったから。夏休みの宿題のためにいやいや行かされる郷土博物館とか、修学旅行で行きたくなくても組み込まれているその土地の博物館みたいなにおいを漂わせていたからだ。こういう種の公共施設は伝えたいメッセージがあまりにも露骨にでているから、行っても何の発見も見つけることができないし、意味がないと感じてしまう。
でも今回は特別展で寄木造の展覧会をしていたので行ってみることにした。寄木造はさまざまの種類の木を組み合わせてデザインをつくる技法で、それらを薄くカンナで削って箱などに張り合わせる。その巧みな技法にはなんだか心惹かれるものがある。実際に展覧会に出店されている“ライティング・ビューロー“はすごい。これは輸出用に作られたものですべての面に寄木造が施されている。デザイン性の高さと、緻密な木の組み合わせは目を見張るものがあった。これが一つ目の感想。
2つ目は、寄木造が生まれた背景。寄木造は駿河で生まれて箱根で伝統芸能として現在も生きつづけている。駿河で生まれた当時は木が少なかったのだ、と思う。あくまでも仮説だけど、木を細かくパーツにしてそれを再び組み合わせて使うというのは、それほど木が貴重だったことを示していると思う。駿河での寄木造は木を削らずに木を組み合わせていたものらしいし、木を最後まで有効活用しようとしていたことが伺える。それから箱根の寄木造のように土台を隠す役割をするだけになったのは、木がふえてデザインをするゆとりができるようになったかだろう。
こんなことを考えていると、これまでの寄木造のイメージが少し変わった。本を読んで人間臭さを知るとそれだけでうれしくなるのだが、今回はなんかむなしくなったような気がして寂しい。
*常設展のたばこと塩の展示は感想をいうまでもないけど、たばこいれとかは結構その当時のデザインをよく表す指標になるなと実感。これは興味深かった。
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横浜トリエンナーレ2001 MEGA−WAVE.....Towards a New Syntbesis
パシフィコ横浜、赤レンガ倉庫、神奈川県民ホールギャラリーetc ★★★★★
トリエンナーレは3年に一度開催される現代芸術国際展のことを指す。現代芸術のオリンピックのようなものだろう(戦うことはないけれども)。ちなみに2年に一度に開催されるものはビエンナーレと呼ばれており、世界ではべネチア・ビエンナーレが有名である(国際展の始まりもベネチア・ビエンナーレから)。国際展はスケールの大きさから、開催場所の活性化を担うものでもある。国際展によって観光収入等が見込めることがその理由である。今回の横浜トリエンナーレは日本で始めて開催される国際展であり、国内外あわせて109人の作家が作品を制作し、展示している。
ー感想ー
現代芸術ほど主観的で分かりにくいものはないと思う。作品のコンセプトからその展示方法まですべてが理解できない作品も多い。作家は作品の向こう側には鑑賞者がいるのを意識していないのではないか、と疑ってさえしまうほどである。
今回のトトリエンナーレも”分かりにくさ”が展示会場を包んでいたが、私の鑑賞する視点は違っていた。私自身、この展覧会のボランティアをし、作家の制作アシスタントをしていたからである。私はドイツ人作家のボランティアをしていたが、彼だけではなく他の作家の作品制作の補助をした。そこからは、彼らがどのようなバックグラウンドを持ち、それによってどのような考えをもっているのか知ることができた。ある日本人作家の作品は一見、旅行会社の広告とも見間違ってしまうが、彼は生み育ちで放浪癖があり、旅行のすばらしさを伝えるためにこの作品を制作したとわかると、作品に重みがでてきた。
しかしボランティアの視点から作品を理解できても、一般の鑑賞者がひと目で理解できる、共感できる作品でなければならないと思う。ある授業で、先生が今回のトリエンナーレは芸術品よりも商品としての傾向が強く、またメッセージ性があるわけでもなくただのお祭り騒ぎにしかみえない、とおっしゃっていたのが思い出される。美術作品の意味や芸術のあり方を考えてしまう展覧会だった。
15 20世紀のイタリア美術
みつけた、100の物語
東京都現代美術館 ★★★☆☆
20世紀のイタリア美術を紹介している展覧会。20世紀は政治的にも経済的にも激動の世紀であり、その影響が美術作品にもよく現れていた。それは、絵の画風やテーマ、材料などさまざまなものが使われていて、芸術家が模索を続けていたことを十分に理解することができた。時代に時代によって作風というのは変ってくるが、1つだけ共通していると感じられるところがあった。それは、絵画のタッチがすべて力強いことだ。描かれる動物も人物も太い線で対照的な色使いで描かれていたように思う。ここにイタリア人が持つイタリアの色が感じられた。
14 村上隆展
召喚するか ドアを開けるか 回復するか 全滅するか
東京都現代美術館 ★★☆☆☆
村上隆も日本で、いや、世界で人気が急上昇している作家である。また、海外で人気が出て日本に凱旋してきた逆輸入アーティストでもある。作品に特徴的なのは日本のオタク文化とアートを融合しているところだ。アニメやフィギュアといったものを取り入れて作品を作品を制作している。一見すると芸術作品ではなく、キャラクターとしての商業作品というイメージをもってしまう。彼が芸大の日本画科博士課程出身を考えると驚きである。
私はあまり彼の作品に親しみを持つことはできなかったが、彼が新しいアートの概念、アートの制作に力を入れているところは評価できると思った。今はまだ、実験の途中であり、彼が数十年後にアートに対してどんな解を与えてくれるのかは楽しみである。
13 奈良美智展
I DON'T MIND IF YOU FORGET ME.
横浜美術館
10月14日
★★★☆☆
彼は今日本の現代美術の中で人気急上昇中の作家の一人。作品の中にはやさしい色使いと曲線が多く、鑑賞者に安らぎを与えてくれるが、作品の中に登場する子供の目はとても鋭い。世の中冷たさ、酷さ、醜さをすべて知っているような目である。世界が平穏であって欲しいという理想と、そうではない現実という世の中の2面性を表しているように思った。
残念ながら彼の個展よりも常設展のほうが私には印象に残った。常設展には私の好きなシュルレアリズムの作品が展示してあったからである。ダリとマグリット、2人の画家の作品が見られたことのほうがうれしかった。シュルレアリズムは作品の雰囲気が一見無機質な感じがするが、それゆえに想像力をかきたてられるところが興味深い.
12 番外編
ハナヱ・モリ '01 秋冬 オートクチュールコレクション
ハナヱ・モリ ビル5F
9月10日
★★★★☆
概要
東洋人でただ一人、パリのオートクチュール協会に所属している森英恵の’01秋冬オートクチュールコレクション。オートクチュールは高級注文服という意味。大量生産のプレタポルテではなく、顧客一人一人にあわせた服作りを行う。刺繍やカッティング、パターンなどすべてが職人芸の世界である。
感想

「East Meets West」を服作りのテーマとする森英恵らしいコレクションだったように思う。浮世絵柄をプリントしたジャケット、着物風コート、梅柄のウエディングドレスなど、洋服の中に東洋のエッセンスを取り入れたデザインはすばらしかった。
印象的だったのは黒と紫の色使いと、スーツスタイルのなかにギャザーやレースをふんだんに使っていたことである。スーツといういわば戦闘服のなかにも女らしさが感じられるものが多かったが、私はシンプルなスタイルの方が好きなので、ウエスト部分をギャザーで形作るスーツはやりすぎではないかと思ってしまった。それよりは春夏コレクションの背中の切り替えをあえて縫わず、リボンをつけた作品の方がよかったように思った。
しかし、やはりオートクチュール!である。素材は見るだけで高級感が漂い、刺繍やビーズをふんだんに使った作品は芸術だと思う。こういった職人に憧れさえ感じてしまうほどである。現在、オートクチュールはプレタポルテに押され収入も減少し、ブランドのイメージを維持するだけの存在という印象が強くなっているが、是非、がんばって欲しいと思う。
11 黄金期フランドル絵画の巨匠たち展 茨城県立現代美術館
7月14日〜8月26日
★★★★☆
概要

ベルギーアントワープ王立美術館のコレクションを中心にブリューゲル兄弟、ルーベンス等、フランドル絵画の黄金時代の真髄を多彩な分野で紹介
感想
最近、難解すぎる現代芸術をよく鑑賞する私であるが、近世の作品を扱ったこの展覧会はとても楽しいものだった。風景画、宗教画、また、庶民の生活風景を描いた風俗画などが展示されており、現代芸術と違って画家が表現しようとしたものが分かりやすかったからである。当時は絵が文字の変わりに伝達手段として機能する部分が多かったから分かりやすいというのはあたりまえなのかもしれない。
印象に残ったのは宗教画だった。イエスに関する本を読んだ後だったこともあり、私がイメージしたイエス像と画家が描いたイエス像の差異を楽しむことができた。十字架を背負ったイエスを描いた作品はイエスの苦悩が描かれていおり、非常によかった。
本当なら岡倉天心をはじめとする五浦の作家たちの作品を見たかったのだが、これは台風のおかげで流れてしまった。しかし、今回の展覧会は偶然であれ絵画のよさを知ることができ、貴重なものになった・
9、10 亜細亜散歩 CUTE
水戸芸術館 現代芸術ギャラリー
8月10日〜10月21日
★★★☆☆
AFTER KITSCH
資生堂ギャラリー
8月10日〜10月21日
★★☆☆☆
Amplitude of Chance;偶然の振れ幅 川際市民ミュージアム ★★☆☆☆
アネッテ・メイヤー 
〜ファッション・インスタレーション BODYWRAPPInc.〜
スパイラルガーデン
6月28日〜7月15日
★★★★★
概要
アネッテ・メイヤーは、デンマーク出身のアートとファッション、2つの領域で作品を発表している注目のアーティストでありデザイナーだ。この展覧会は、ヨーロッパ、北アメリカ、アジアで彼女自身が見つけたお菓子などのパッケージを、未使用のロールの状態を業者から譲り受け加工を施し、新しい衣服の素材に変えて作った服を展示している。すでにアメリカ・デンマークでの展覧会を終え、日本が最後の開催地となる。洋服は3種類のスーツであり、裏地にコットンを使用しているので、着心地は悪くないという。服は人間を包むパッケージであり、ここから私たちは何を見出すことができるのだろうか。


感想
私は一枚のロールから型紙を取り服を作っているとは考えずに、一枚一枚縫い合わせた布地から作っているという先入観を持っていたので、実際の服にそういった縫い目がないと知った時は非常に驚いてしまった。自分自身の考え方がとてもバイアスをもっていると感じたからだ。こういった先入観をがらりと変えてしまった点がとても面白い展覧会だと思う。実際にジャンクフードで作られた服の布地はチェルシーのパッケージや昆布だしのパッケージなどがあり、それらがスーツになっているというギャップもまた興味深かった。日本製のものが一番丈夫だということで、ひょんなところから日本製品の優秀さを感じた。また、アネッテ・メイヤーは今ファッション業界で脚光を浴びているベルギーのアントワープ王立美術学校を卒業した人物であり、今後の活躍が楽しみである。
メイプルソープ&アラーキー 百花乱乱展 @小田急美術館
6月13日〜7月1日
★★★☆☆
概要
被写体としての花をテーマにしたロバート・メープルソープ(1946-1989)の作品とアラーキー(荒木経惟)作品の展覧会。対照的な2人の写真家の作品から、花はどのように見えてくるのだろうか。

感想
野原に咲いている花も含めてすべての花は美しいというイメージを私たちは持っている。‘きれい’なものであるし、心を慰めるものでもある。しかしながらメイプルソープとアラーキーの作品は花を美しい者という点だけではとらえていなかったように思う。メイプルソープは花の構造に焦点を合わせ、花の正体を暴こうとしているように思えたし、アラーキーは生き物として花をとらえた作品が多かった。また、アラーキーは花を集合体としてとらえていたが、メイプルソープは花を個別のものとしてとらえていたように思える。作品は非常に対照的なものだったが、花を真正面から向き合っ定他店は共通していると思う。
彼らの作品から花を違った視線で見ることができ、価値観の多様性を知ったことは非常に面白かった。
『近影』荒木経惟           ばら メイプルソープ
    
企画展 呪いと占い(まじないとうらない) 川際市民ミュージアム
4月28日(土)〜6月10日(日
★★★★☆
概要
呪いとは超自然的存在の力を借りてある目的を達成させようとする行為であり、占いとは未知の情報や認識を得るために行う行為である。この企画展では、日本における厄除けや病気平癒の祈願、縁結び、相性占い、おみくじ、おまじないなど様々な占いや呪法をとりあげ、その多様な民俗のありようを、@願望を満たす、A災難をよけるB未来を覗くという3に分けて展示解説している。特に江戸時代から現代にかけての展示品が多い。 学芸員による解説展示もあり。


感想
私は呪いや占いをあまり信じていないので、この展覧会にはあまり興味を引かなかった。たまたま映画をみるために美術館にきていたので、足を運んだだけである。しかし、展示品を見ていると、これらが日常生活に非常に溶け込んでいるものであると感じさせられた。確かに、お店は招き猫をおいたり、雨にならないようてるてる坊主をぶら下げるのは日常の光景である。科学が発達していなかった時代ではこれらが病院などの社会的役割を担っていたのであろう。規模は小さくなったとはいえ、現在でも生き続けている呪いや占いを上手に生活に取り入れていくのがこれらと付き合ういい方法であると思う。これらに頼りすぎるのも問題だが、真っ向から信じないのもつまらないものである。なぜなら、これらは人生ののスパイスであるからである。
最後に展覧会でおみくじを引いたら、見事に大吉をひいた。今後そうなるためにも私自身努力しないと、と思った。
博覧会の時代展 川崎市民ミュージアム   概要
万国博覧会が自国の工業発展の紹介と国民を啓蒙、教育する重要な場として重要視されていた時代(19世紀後半〜20世紀前半)の博覧会のポスターを展示、解説している。作品にはアール・ヌーボーやアール・デコ様式を取り入れた作品が多い。

感想
ポスターは普通の絵画と違った意味を持っている。それは、明確なメッセージが存在し、作者は限られた制約の中で、作品を作らなければならないということだ。いかに聴衆の目をひくかが重要な役割をしめているのだと思う。作品の多くはいろいろな制約がありながらもそれを上手に生かして表現しているなと感じた。文字や人の配置やその大きさなど緻密に考えられたものばかりである。画家の作品にも多くのメッセージがこめられているが、ポスターほど意図されて直接的に語りかけてくるものではないと思う。ポスターに大いに興味を引かれた展覧会であった。
ジョルジュ・ルース展―幾何学的形態のなかの緊張 東京都庭園美術館 概要&感想
ジョルジュ・ルースは1947年生まれのフランス人。彼は80年代の初頭から、廃屋となって壊される運命にある建物の壁に人物を描き、その絵画が存在していたという証拠を残す為に、最後に写真をとり作品にするという活動を続けている。この写真をとる行為は、3次元のものを2次元の世界に移し、2次元の世界から3次元の世界を見るという新たな視覚効果を私たちに与えてくれる。
現在では、人物ではなく幾何学的図形を描いている。描き方は、プロジェクターで幾何学的図形を空間にある床、壁、天井などの平面に写しながら描くというものである。
感想 作品の前に立つと、はっきりとした幾何学的形態を見ることができたが、注意して作品に近づいてみると、実は床や壁や天井の異なる方向に描かれた色の平面の集合体であることがわかり、私に感覚と視覚のゆがみを再発見してくれた。 円や四角などのきわめて単純な図形が描かれてあればあるほど彼の綿密な作業がわかり、絵画の中の虚構の世界と写真の中の現実の世界が混ざり合って、今いる世界が何であるのかわからなくなるという不思議な感覚を引き出していた。ほかにも、今回の展覧会に際して、彼が美術館の壁に描いた原爆投下前の広島の地図を描いた作品には彼の戦争撲滅への想いが伝わっていた。
安田 侃 野外彫刻展 東京都庭園美術館 安田 侃:現在彫刻作家、日本人。芸大卒業後イタリアへ渡り、現在もイタリアで作品を制作。

感想
庭園の真中に白い大理石やブロンズでできた彫刻が庭園の中に融合していたのが驚きであり、また、何かユーモラスでもあった。一般に彫刻にしろ絵画にしろ作品に触れることはタブーとなっているが、安田の作品には多くの人が触ったり、登ったり、いすとして実用的にも使われていた点が非常に新鮮であった。庭園という日常のありふれた空間の中で美術作品がまわりの環境と溶け合っているのは美術作品の見せ方として新しい流れになるのではないかと思う。この展覧会は1年間にわたって開かれるので、雨の日や雪の日など違った季節や天候の中でも鑑賞し、新たな発見を見出したいと思う。
ロシアのアヴァンギャルド展―ポスター芸術に見る20世紀の視覚革命 東京都庭園美術館 説&感想
ロシア・アヴァンギャルドは、1917年のロシア革命を契機に大衆に広まった1930年までの革新的な芸術運動のこと。それまで一部の貴族やお金持ちのモノであった芸術に、大衆・民衆の生活をより豊かにする芸術=デザインという概念が、この芸術運動によって生まれていった。自由と解放を旗印に、ロシアの若い芸術家たちは既成の概念を否定し、新しい芸術を模索し、特にグラフィックの分野では、フォトモンタージュ、タイポグラフィなど前衛芸術の手法が駆使されたポスターが 次々と誕生していった。なかでも、映画ポスターで活躍したステンベルグ兄弟は、カメラアングルを活用し、現代に通じる斬新なポスターを制作したことで有名である。しかし、革命の自由を謳歌した芸術家たちのユートピアも、やがて国家権力によって粛清され、彼らの作品は永い間忘れられてくことになる。特に、社会主義が浸透しつつある時代のポスターには社会主義の象徴ともいえる赤とその反対色である黒を多く使った作品が見られる。赤と黒だけで成立されたポスターはとても重々しい印象をもち、数十年後のソ連における社会主義の終焉、ロシアの誕生を思い出させる。東京都庭園美術館で行われたこの展覧会は、入館者数38万人という、グラフィック回顧展としては最大かつ最高の規模とニューヨーク・タイムズの一面に大きく取り上げられた、1997年のニューヨーク近代美術館(MoMA)での展覧会を皮切りに、ストックホルム、アムステルダム、ウィーン、ロサンゼルズを巡回し、述べ80万人の動員を記録した 『ソビエト・デザインの革命の構築/ステンベルグ兄弟展』の凱旋展となっている。


参考:ステンベルグ兄弟の作品