まず始めに、アメリカの人々は大変親切だった事を先に言っておきたい。なぜならばこの後に述べる事が、主観的ではなく客観的な判断だという事が大切だからだ。私のテーマは”差別”という最も形の無いもので、主観的に受け取れば被害者意識の何者でもないと思われるものだろう。
研修の私のテーマは「差別を自分で体験する事」だった。でも、最初のLA空港のおばちゃんは、面倒な仕事もわざわざ持ち場から離れてまで親切且つ丁寧に色々教えてくれたし、バスで降りるバス停を教えてくれたおっちゃんは、凄く怖い顔でやさしく教えてくれた。人々のやさしさは日本と変わらないと強く思った。自分のアメリカ像が偏見であったと強く恥じた。
しかし、BOSTONに滞在しているときに、黒人の方に実体験を聞く機会を得た。彼はこう言った。「黒人は差別されている事は確かにある。そしてその現状を受け入れてしまって、黒人という枠から飛び出そうとしない。君は黒人のイメージはスポーツが出来るって事だろう?または犯罪者?悲しい事にその先入観を黒人も持っているんだよ。」この問いかけに私はスポーツで活躍する黒人を想像出来たが、科学者の黒人を想像出来なかった。「黒人は黒人で黒人の教育を受けて、そこでは勉強はしなくても良いんだ。英語を書く事も出来ない人もいる。それで良いとみんな思ってるんだ。」私はそこで彼に聞いてみた。「それは黒人にも責任があるんじゃないのか?」答えは「YES」だった。そして彼はスラムの出身で今年からマサチューセッツ工科大に通うのだといった。「やれば出来るということを証明したい」と彼は言った。この会話は私の最大の収穫だったと強く思った。差別する側ももちろん悪いが、黒人の主観もまた間違っているのである。では差別が無くなる可能性のまたあるのではないか?そう、教育、政治などに優れた黒人の人材が現れれば良いのである。一人ではなく大勢で!色々なハードルがあり、露骨な差別もあるだろう、でも一人のリーダーではなく、大勢の優れたリーダーがいれば乗り越える事が可能なのではないか?「黒人て運動神経は凄いけど、頭悪いよね。」という偏見を「黒人て頭良いんだよね。」に変えることが大切なのだ!!
この考えを頭にワシントンに行きホロコーストを回った。ユダヤ人に対する差別が残酷なまでに描かれていた。人間の醜い部分であると同時に本質であるという事を再認識させられた。そして心の中にその本質を咎めるものがあるという事も・・・・。
そしてNYへ、ここでは黒人の置かれている状況が顕著に表れていた。酷くみんなピリピリしている黒人も白人も日本人も。人種間の温度差が感じられる。これこそが自分の持っていたアメリカの差別観だったのだ。こんな人種の坩堝なんだから、人種という枠から抜け出そうとしよう!と言いたくなった。
最後にアメリカにも、白人にも、黒人にも、日本人にも未来があり世界が簡単に繋がる様になった現代、人間がリンクしあっていけば必ずみんな理解しあっていけるはず。そして文化を繋げることによって自分の視野はさらに、つまり人間の可能性は広がって行くのだと私は確信した。これからの私の命題は差別を無くす方法を探す事になるだろう。
アメリカ同時多発テロ事件で亡くなった全ての方に冥福を祈ると共に、どうしてこのような悲劇が起こったかもう一度冷静に考え直してほしいと願います。
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