アフター5
時にはすこしシリアスに。多分不定期更新。
「放浪カモメはどこまでも」
「上昇しつづけることはできなくても、まだやり直せるさ・・・」
「私はカモメ」と昔、テレシコワさん(「YAWARA!」とは関係なし)がゆってたけれど、
私は今、まさに放浪カモメだと思います。
昔から、私は「ああ、もうこのまま一生こんなかんじで生きるんだ。」とか、
「ぬくぬくとあたたかい布団の上で死ぬんだ。」とか、
漠然と見えてきた未来に反発もせず、たまにそれにちょっと反抗してみても、それはあくまでおりこうさんの範疇で、
周囲を驚かせたり、「なんで!?」と言わせることは全くなかった。
オーケー、上出来だ。何の問題もない。
でも、それは私の本質ではなかった。占いでも何でも、私の星は常に「独立」と「情熱」の元にあって、
私はそのことを知ってはいたけど、自分の性質を「安定」に慣らそうと必死だった。
それは私の父親の行動に対する嫌悪感がそうさせたんだと思う。
なるべく危険は避ける。夜道を一人で歩かないのと同じように。
傷つけられそうなら、牙を剥くのではなく、自分の心を閉じろ。
そんな風にして22年が過ぎた。
一生、こうだと思ってた。
それで、幸せだった。
親も、友達も、恋人も、全てを捨てて、
それでも走る、私の足。
----------------------------------------------------------(2002.11.5)
「自分史上最高綺麗」
シャーンーハ〜ブギウギ〜・・・パンダのアイボ、結局応募するの忘れてました。
ま、よく考えたら別にたいしてかわいくもないな〜みたいな〜。←「あのぶどうはすっぱかったんだい」的セリフ。
こないだ美容室に行って、ストパーをあててもらってきました。深津絵里を意識です。なぐらないでください。
で、普段は絶対読まない「JJ」とか「CanCan」とかを読んでたわけですが、
すごいですね。世の中の婦女子はいったい何を考えて生きてるんでしょうかね?
何がすごいって見出しがすごい。「合コン(一発変換・・・)で男の子の視線を釘付け!」「セクシーさをアピールして夏恋ゲット!」・・・
ごめんなさい。乾杯です。私にはそんなことできません。できませんとも、ええ。
それでも三日前にはすこしはそういう方向性も考えたわけで。
ー三日前ー
私がてくてくと歩いていると、基礎演習で一緒だった男の子二人に出会いました。
4回生になってからも、会ったら話すし、わりとくだけた仲なんです。
で、いつものように取り留めのない話をして、(「日本は絶対核兵器持ってる」「俺は中国で通貨危機おこしてやるつもり」など)
「甘いもんでもたべようやないか」ということでゆんげに行きました。
しばらくはおとなしく、もきゅもきゅと甘いもんを食べてたわけですが・・・
I原「お前はこの夏どうするん?俺は鍛えるで。ベッカムボディーをゲットするし」
K野「俺は室伏かな。室伏。」
めめ「んー、大人っぽくなりたいなぁ・・・」
I「なんや、お姉系か?それはいいことや。人生得したいならお姉系やぞ。」
めめ「具体的にはどうすればいいんかな?」
I「まずは乳を強調することやな。」(←彼女がB98cmのHカップらしい)
K「乳をな。」
めめ「乳・・・と。」(メモる)
I「ボタンも積極的に開けていこう。」
K「勇気だし もうひとボタンが 恋の道 ハイ!」
I・K・めめ「(復唱)」
I「ヒールは高ければ高いほどええぞ。」
K「スニーカーは焼いてまえ!」
I「座るときは足組んでS字型に!」
K「触ってくれ!どこでもいいから触ってくれ!!」
I「上目遣いに男は弱いんや!!」
K「おれだけに内緒ばなししてくれ!!おれの耳に息を吹きかけてくれ!!」
めめ「あのー、脱線してると思うんやけど・・・。」
I「あほか!男にとってお姉系=いい女=やりたくなる女なんやぞ!」
K「今こそ君の抑圧されたフェロモンを解放してやるときや!!」
その後、もう特訓は夜まで続いた・・・。
ー二日前ー
先日のアドバイスを胸に、私は一人パルコへ。
目的は白のタイト・スカートと、ホルターネックのニット。そして神戸系の白シャツ。
二時間さまよいあるいた末、私が買ったのは・・・
ナチュビューの黒パンツ!(お色気度20%)いつもと変わんねー!!
勇気のない自分をそしりながら、家路についたのでした。
でも、お風呂に入ってるとき、突如啓示。
「私、ほんとにお姉系とやらになりたいのかな?」
そもそも男に媚売って生きるタイプの女って、私の一番苦手とするタイプじゃないのか?
別に性格偽って無理することないんでないかい?
そんな結論にたどりついたのであります。
いい男を捕まえるための「お姉系」。
でもそんなうわべに引っかかる男は、本当のいい男?
私は、ちがったキレイを出していきたい。
そのためには、まずは内側からだと思うんだよね。
よく笑いよく食べよく泣きよく眠る。健やかに、美しく。
メイクしなくてもいいじゃん、素肌がキレイなんだから。
茶髪じゃなくてもいいじゃん、女優なんてほとんど黒髪だし。
好きでもない人に、媚売る必要なんか何もない。
私は私。人に言われて自分を変えたりしない。
そして、自分のキレイを目指すのだ!
-------------------------------------------------------------(2002.7.17)
「哀しいくらい」
頭のなかで小田和正の「哀しいくらい」が流れまくりです。何とかしてください。
確かに悲しいくらいクローゼが好きですが・・・。ああ。
私って、どうしてこう年がら年中おめでたいのか。(おめでたい=恋しまくり)
しかもどうひっくり返ったって無理なことばかり。はぁ・・・失恋趣味?
でも一時期より落ち着いた。少なくとも不毛なことを考えなくてすむ位には。
もしかしたら、夢中にさせてくれる人なら誰でもいいのかもしれない。
でもどこかで運命信じたいんだよね。クールに生きたいと思う反面、熱く生きたいとも思う。
たった一度の人生ならば、失敗なくいくべき?それともなりふり構わず突き進むべき?
私は22。遅いのかもしれない。でも、遅いとか早いとか関係ないのかもしれない。
自分で穏やかな生活を選んでおきながら、心のどこかで刺激を求めて、彷徨ってる。
「人を不幸にして得る幸せなんて、いらない。」
そのスタンスは今も変わってないはずなのに。どうしてなのか。
或いは私は理想が高いのかもしれない。
完璧主義?全体ではなく、部分でしか人を愛せないなんて。
だからたくさん人を好きになれるし、その分人の嫌なところも目につく。
そして自分の醜い部分も。
でも、こうして日々失望しながらも、心のどこかで信じてる自分がいる。
いつか絶対出会える、もしくははっきり気づくって。
そうでなければ、私の生きる意味なんてない。
世界のどこかに、いつかぷつりと切り離された私の半身がいて、
その人と出会う、もしくは気づくまで、私の長く険しい旅は続く。
私が今まで心惹かれた人は、その人に辿り着くまでの道しるべ。
誇大妄想もいいところだと思うし、現実的ではないのかもしれない。
でも、そう信じたって、いいじゃないですか。(中村江里子風に)
夕方、電車に乗ってる時にすごく切なくなったり、雨の日何だか眠れなかったり、
そうした時は、何だかその人を思っているのと同じ気がして。
--------------------------------------------------------------(2002.7.5)
「伝説の反面教師」
暑い。暑いながらも色々と考え事はするわけで。
今日は洗濯物を干しながら、とりとめもないことを考えていました。
最近まったく愛とか恋とかについて考えることのなかった私ですが、
ある出来事から少し思うことあり。
要は、「もし、好きな人がいてー・・・その人に好きな人、ないしは恋人がいたとして、
その人に自分の思いをぶつけることはどうなんだ?」もしくは、
「自分がその人に嫌われて、拒絶されるのがわかってるのにいくのはどうなんだ?」
ってことについて考えてたわけです。
以前、飲み会の時に酔った風草さまが、私にこんな質問をされました。
「もし、好きな人に彼女がいたらどうする?奪う?」
その質問に私はこう答えました。
「私がその人のこと彼女より幸せにできそうなら、とりますよ。」
(ちなみに風草さまは、「絶対とる」らしいです)
そのとき出た言葉は私の本心だったし、実際その時になったらそう考えると思います。
まぁ、幸せかそうでないかは本人の決めることなんで、「幸せにする」とかだいそれたことはいえないのかもしれませんが。あくまで客観で。
もっとも、ここまで悟るのにはいろいろありましたけど。
気持ちを押し付けてみたり、友達の好きな人と付き合ったり。鬼みたいなこともしてきました。認めましょう。ごめんなさい。
でも、私には相手に迷惑って判ってて、自分の気持ちを押し付けるなんて、できない。
「迷惑?」と思った時点で、もう引く。それが正しいことなのかどうかわからないけど。
もしかして、「いいひと」で終わってしまうかもしれない。でも、嫌われるよりマシじゃないの?
自分が追いかける側から、追いかけられる側に立つという経験から、導いた答え。
「ホントに好きなら、好きな人の迷惑には、ならない。」
追いかけてた時には、わからなかった。好きなら何してもいいって、心のどこかで思ってた。
確かに自分の気持ちは楽になるかもしれない。でも、相手は?
勝手に好きになられてぶちまけられて、拒絶してるのに追いかけられて、なんにもありがたくないじゃないか。
恋愛は、好きになったほうが負けっていうけど、実際その通りだと思う。
昔の私は、今の私の反面教師。
自信をもつことは大事。自分には振り向かす力がある、と思うこともすごく大事。
でも、人間引き際だってすごく大事。
-------------------------------------------------------------(2002.6.12)
「きらきらひかる」
昔もらったメールとか読んでると、ちょっと思い出迷子になりますね。現実逃避?
とにもかくにも、この間非常にショックなことを友達にいわれてしまうま。
(以下、二人の会話)
M子「前にな〜、Tちゃんといっしょの時にあんたのこと見かけたときにな〜」(ズルズルズル〜←うどん)
わし「ん〜」(ズルズルズル〜)
M子「Tちゃんゆうてたんやけど・・・
今、なっ○こ全然輝いてないってさ。」
・・・・
輝いてない・・・
なんとなく、いや、かなり愕然としました。
その子たち曰く、一回の時は生き生きしてたのに、今は死人のようだ(ちょいいいすぎ)ということらしいのですが・・・
しばらく、その言葉が耳から離れませんでした。
そして、じっくりとその原因を考えることにしました。
何故、私は輝かなくなってしまったのか?
化粧っ気ないのは昔からだし、(いや、昔よりマシなはず)
2回の時、バイトしまくってたから?でも一年時もいろいろしてたし・・・
太った?いや、むしろやせた。肌だって荒れてないし、ストパーだってかけたんですけど!?
他の人と比べられるならともかく、どうして過去の自分に負けなければならぬのか?
ん〜、じゃあ、考え方変えましょう。
何故、私は輝いていたのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ああ、ますますわかんない。
人にいわれたこと、いちいち気にするな、と思われるかもしれませんが、
でも、やっぱり自分でも足りない部分があると思うから気になるわけで・・・。
そう、自分でも分かってる。何か大事なことを忘れてる。
どこか自分に嘘ついて、毎日生きてる。でも、それが何なのか、全然わかんない。
そもそも輝きとは?教えてプリーズ!!!!!
---------------------------------------------------------(2001.12.7)
「続ハッピーマニア!」
シゲカヨ曰く、人間はカルタみたいに二枚一組になっていて、それぞれ相手が最初からきまっているらしい。
(ちなみに彼女は自分のことを「予備カード?」と言っている)
信じたいような、信じたくないような・・・(だって予備カードだったらどうしよう)
お金ないのに、「ハッピーマニア」買いました。マニアというか、ジャンキーです。
数ヶ月前、私は加代子の生き方を少しうらやましいと感じましたが、今はもう、全くもって保守的です。ホシュピタルです。
それは何故か?
加代子が馬鹿なことばかりやってるせいで、タカハシがヘビーな女にだまされて、結婚してしまったせいです!!ギャー!!
(われながら、どうしてこんなに漫画に影響を受けやすいのか・・)
私は涙をだーだー流しながら、一つの教訓を見出したのです。
なりふりかまわない恋は、確かに刺激的で、楽しいものかもしれない。
だけど、そうやって自分を大事にしてくれる人を省みないでいると、いつか絶対幸せは逃げていく。
私がしなければいけないことはただ一つ、
私の「タカハシ」を、大事にすること、それだけです。
そう気づいた時、私は初めて、今までの自分勝手な振る舞いを心から悔いました。
私の気まぐれで、傷いた人の、これから傷つくかもしれない人の多さに、愕然としました。
どうして今まで気づかなかったのか。本当に手遅れになるところでした。
これからは、つつましく、今まで以上に平凡な人生を歩いて行こう・・・。
恋とか、もういいや。
--------------------------------------------------------------(2001.11.21)
「運命の人」
「プラトニック・セックス」の主題歌、スピッツですな。
CMで一度聞いただけで、サビ覚えてしまいました。さすがスピッツ。
そういえば、スピッツの曲で「運命の人」てのがあったなぁ。「バスの〜揺れ方で人生の意味が〜♪」ってやつ。
突然ですが、「運命の人」って、ほんとにいると思います?
友達とか、恩師とかじゃなくて、恋愛モードでの「運命の人」。
私は、ほんとのほんとはいないと思う。(でないと説明つかないことが世の中には多すぎる)
でも、いるって信じたい。 いや、なんとなく。
毎回毎回「これだ!!」って思って付き合うわけじゃないし、
まぁ、それでもやっぱりつきあっていくうちに、時々「もしかしてこの人が?」とか思うんだけど、
でも結局違って、「やっぱり運命の人なんていないんだ〜」となってしまう。
私に啓示が降りたのは、過去一回っきり。
でも、彼には啓示は降りなかった。(一目ぼれほどあやしいものはない、ということを19にして初めて知る。)
ああ、もっと会った瞬間に、こう、ピーンとくるか、
ガブリエルかなんかが、「この人だぞよ?」って耳元で囁いてくれればいいのに。
そしたら、誰も傷つかずにすむのに。
つまらない期待とか、しなくてすむのに。
もうだめだってわかってるのに、思い続けなくて、すむのに。
でもそれでもきっと追いかけつづける。それが恋。
--------------------------------------------------------------(2001.10.17)
「東京砂漠」
今週の日曜日、東京に行ってきました。
東京は大きくて高いビルがたくさんあって、
若者からお年寄り、いろいろな国の人がたくさんひしめき合って、
広い道路、きれいなお店、おいしい食べ物、最先端の商品がたくさんあって、
でも、すごく無機質な感じがしました。
田舎もんの私には何もかもが珍しく、(だって「田無」とか「有楽町」とか通るんだよ?)
きょろきょろしながら歩いてたけど、
帰ってきてまだ3日しかたってないのに、ほとんど景色の記憶が残ってません。
思い浮かぶのは、ただひとつの顔だけです。
その人は、品はいいけれどすす汚れた服を着て、黄土色のスカーフを巻いて、
白髪混じりの髪の毛は腰のあたりまで伸びたまま。
そして道行く人たちに向かって・・・というよりは自分自身に何かぶつぶつ言っていました。
叔母いわく、その女の人はこの辺では有名なホームレスらしく、
いつもその地下道で佇んでいるそうです。
他の男性のホームレスとは違い、新聞も売らないし、施しを貰っているわけでもないのです。
「じゃあ、どうやって生きているの?」と聞いたところ、叔母はこっそりとこう耳打ちしました。
「ホームレス仲間に、体を売って養ってもらっているらしいよ。」
私は愕然としました。「うそや」と言い返したところ、「近所の人から聞いた話だから、確証はないけど、よくある話みたいよ。」といわれてしまいました。
よくある話・・・・・・。
それからずっと、私はあの女の人について考えています。
どうしてそんなことになったのか、死のうとは思わなかったのか、小さいときからそういう環境にいたのか・・・
何が悪いのか。不況か、世の中のシステムか、親か、友人か、彼女自身か。
そもそも体を売ることは悪なのか。彼女が自分の労働力(としての肉体)を切り売りすることを、他人がとやかくいえるのか?
死ぬことは生きることよりたやすい。彼女にとって生きることは苦痛と汚濁だけではないということなんだろうか?
それとも私の思索とはまったく別のところに彼女はいるのだろうか?
価値観は人それぞれで、生き方もそれぞれだから、
きっと私の考えていることは不毛なのでしょう。
要は、自分が何を正しいとし、如何にして生きていくか。
だから、私は心の中でも、彼女を責めないことにします。
--------------------------------------------------------------(2001.10.4)
「ハッピーマニア!」
お金がないのに、文庫本買いました。しかも二巻のみ。どうして一巻を買わなかったのか。
タイトルにある「ハッピーマニア」とは、安野モヨコがフィールヤングに連載していた女性向け漫画で、
前に稲森いづみ主演でドラマ化もされた漫画なんですが、
読むと主人公のお馬鹿ぶりに腹立たしくも、何故か元気がでてきます。
主人公は重田加代子。恋愛にすべてのエネルギーを費やし、いつでも彼氏を作ることを目標にしているが、
体の関係は持てても、「たった一人」の存在になれない。(だからまた同じことを繰り返す)
彼女はいつでもその時々の恋に頭がいっぱいで、
彼女を一途に思い続ける東大生、タカハシに振り向こうともしない。
加代子の親友は、美人系キャリアのフクちゃん。加代子の暴走をいつも嗜めるが、
加代子はいつも泥沼に自分から飛び込んでいく、といったストーリーの漫画なんですが、
確かに一見すると、加代子はバカです。軽い女です。まるで動物です。
タカハシが可哀想です。私が男なら絶対付き合いたくないです。
自分から不幸に飛び込んでいく女、加代子。ではなぜこの漫画の題名は「ハッピーマニア」なのか?
おそらく、人間の幸せには、大きく分けて二種類あるんだと思います。
ひとつは、ぬくぬくして、ふわふわした、そう、たとえば、
おいしいご飯をおなかいっぱい食べている時の満足感、
あるいはあたたかい、清潔なベッドで眠る心地よさ、
そして、家に帰ると、自分を待っていてくれる誰かがいる安心感、といった幸せ。
そしてもうひとつは、苦しい状況に追い込まれることによって、脳内麻薬物質が出た状態です。
何らかの刺激を感じることによって興奮し、その切なさや苦しみを快楽とする、といった刹那な幸せです。
一生こんなことが続くとは思えない、けれどもこれからの人生、こんなことが何度あるかわからない。
加代子にとっては、きっと後者の方が魅力的なハッピーなのでしょう。
でも、誰にだってそういった側面はあると思います。
ドキドキすることや、切なさを擬似的に求めて、人は小説を読み、映画を見る。
世の中にそうした一切の刺激がなかったら、人生なんてとてもつまらないもの。
たった一度の人生なら、思い切りやれるだけやってやろう。
でも現状を壊す勇気もなくて、そんなことできるはずもなく。
けれど、加代子は日常のしがらみを一切無視して、暴れてくれる。
好きな事をして、男のために仕事を変え、メイクを変え、走り、踊り、そして泣く。
私はそんな加代子をバカだと思うけど、少しうらやましいです。
確かに現状打破は難しいし、今までの自分の生き方を、根幹から否定するなんてできない。
けれど、いつでも走り出す準備はしておかなければ。
--------------------------------------------------------------(2001.6.12)