『プロフィール』+α
ようこそ、みなさん、こんばんわ。最近は、暑かったり、寒かったりでおかしな天気が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?ここでは、私のプロフィールを紹介させて頂きたいと思います。
私は、岐阜県出身で、性別は男です。今は、東京外国語大学大学院に在学中です。1999年4月から2000年の3月までロシアはモスクワ、人文大学の方に留学していました。みなさんは、外国に行かれた事が有りますか?外国に行くと言う事は、その土地に足を踏み入れる事だけではなく、それ以上に多くの物を受け取るものだと思います。私自身、海外に行く事は殆どなく、ドキドキしながらロシアの土地に足を踏み入れた訳ですが、それからの1年間に対する不安や期待やその他にも様々な感情が入り交じり、五感が自分の体から遊離していく不思議で異常な感覚に襲われた事を思い出します。しかし、それらは全て今のこの存在が語らせる事であり、当時の正確な感想ではないのかもしれません。
ロシアでは私は語学の勉強をしていた訳ですが、異国の地でそれ以外に興味や感心を示すようになるまでにはそれ程時間はかかりませんでした。というのも、環境が恵まれていたせいでしょうか?大学の近くに教会があり、そこに通うようになりました。私は宗教そのものより、教会の建築物としての美しさに惹かれて通うようになったというのが正直な気持ちです。『神聖なるもの』という言葉がそのまま当てはまりそうな雰囲気や外観をかもしだすそこには宗教の教え以上に、民族、文化、価値観、倫理観等の、ある人が先天的もしくは後天的に与えられた背景を越えた人類として語る事のできる叡智が宿る雰囲気であり、また場所でした。もちろん、私はロシア正教従ではなく、ロシア正教の教えには無知なのですが、そこに集めるロシア正教の信者の方々は深く頭を垂れると同時に、それを後ろから観る私の思いにあったのは、神は実在するものとして姿、形を持たなく、従ってこの世に存在しないという陳腐な考えをしていた事自体が恥ずかしいものであったという思いです。医学用語で『仲良し時間』と呼ばれる一定の期間があります。それは死を目前にした患者がその容態を奇跡的に回復したとみせかけ、患者を見守る家族、知人等を安心させるのですが、その期間に患者は生きている間のいざこざ、友達との喧嘩、悔いを心から謝罪、もしくは反省しその後容態が急激に悪化し、文字どおりこの世に未練を無くしそして穏やかな死を迎えるのです。日本人が無宗教な存在であると言われて久しいですが、果たしてそうなのでしょうか?私は、先にも述べたようにロシア正教を信仰する老人や若者が神にすがるその姿勢は年令や期間を問わずある意味『仲良し時間』を永続的に持ち続け、絶えずそれと向かい合っている様に思われました。その場では善意が悪意を超越し心から清い心持ちになれました。
公理に立ち向かう事はしないで、自然を受け止めるという事は至極困難な事であると思います。それが死であり、障害なのではないでしょうか。私はロシアにいた頃、全ロシアろうあ協会を訪問しました。驚きました。その支店とも言える数多くのろう学校においては門前払いを受け、その元締たる協会にあっては更なるきつい門前払いを受けるのだろうと予期していたのです。しかしながら、そこを訪問した外国人は私が初めてだったらしく、手厚い歓迎を受けたのです。ろう者の授業も見学させて頂きました。私はロシア手話が出来なかったので、全て筆談で会話をはかりました。日本手話に関して様々な質問をされ、興味深く私を見ている彼等の目は間違いなく『外』に向いているのを感じた時に彼等の精神的強さを感じると同時に、ロシアという凄まじい歴史的環境を経てきた国に生きてきた彼等の暮らしの苦痛を推し量るのには私はあまりにも未熟だと痛感しました。自分がもし、障害を持って生活しているとして、それを自然の公理であると納得し、それを自分で受け止め、矛盾を感じる事なく生きていけるのかどうかを考えると、正直想像できません。しかし、その点で私とは違って彼等の精神がなんらかの地点に到達した結果、私を笑顔で受け入れてくれたのでしょう。私は彼等の姿勢にある種の『美』を感じました。
ジャーナリストの落合信彦が好きな言葉の一つに『命の使い方』という言葉があります。客観的に自分の命を見つめた時に、果たしてこの命をいかに利用するかと言う意味合いなのですが、私がモスクワにいた当時から常に頭の片隅にはあった言葉です。私はピアノを弾く事はできません。絵を書く事も苦手です。しかし、美への欲求というものは常にあります。彼等、ろう者の姿勢に美を感じ、それを私が生きていく上でそれに少しでも近付けられたら私は幸せだと思いましたし、また、その過程に私はエクスタシーを感じる瞬間もあります。少しだけ人生にはったりをかますとしたら、その美を人に伝えることでしょうか。それが私が今考えている命の使い方なのかもしれません。みなさんは、自分の命の使い方に関して如何お考えでしょうか?
プロフィールと書きながら、つまらない感情論になってしまいました。稚拙な文章でもうしわけありません。以上で私のプロフィールにかえせて頂きます。