Who Moved My Cheese?


"チーズはどこへ消えた?"





<書評>
 総ページ数94ページ、この本の中心にある物語だけを見れば52ページ という非常に短い本です。実際1時間で読めました。話の内容も単純で、 難しい言い回しや語句なども全くなく、すらすらと読めます。しかも、書かれている事はごく当たり前の事で、何の苦もなく読めます。しかし、この本で筆者スペンサージョンソンは単純とは言えない私達の人生の一部を示しています。つまり、私達もこの本の示す行動を取れば大きな成功を得られるかもしれません。「恐怖」がなければ。この物語にも出て来ますが、この「恐怖」の為に単純な物が複雑な物になるのでしょう。
 この本に登場するのは、2匹のネズミと二人の小人です。彼らは「迷路」の中で生活し、「チーズ」を探して「迷路」の中を進みます。彼らにとって「チーズ」とは何よりも手に入れたいもの、私達が人生で求めるもの、仕事の成功や家族、財産などを意味し、「迷路」は私達が生活する社会や職場を意味します。苦労を重ねて彼らは「チーズ」を見つけます。2匹のネズミはランニングシューズの両方のひもを結んで首にかけ、ニ人の小人はランニングシューズを脱いで、スリッパに履き替えて「チーズ」を食べます。この違いは彼らの人生を大きく変える事になります。単純であるからこそ気づく変化、高度な知識を持つために逃がす好機。その結果得られる物の違いは、私達の人生での成功と失敗を示しています。ここで大切なのは人間は複雑な脳を持っているという事です。つまり、物事を複雑に考える事によっていろいろな選択しを導き出せる事は人間に与えられた素晴らしい能力ですが、その選択肢から単純な答えを出す事も重要な事だと言う事です。
 物語に登場する2匹のネズミと二人の小人は4種類の人間を表しています。全ての状況でこの筆者の考えが当てはまるとは限りませんが、複雑に考えて足踏みする事になっても、単純な行動を起こせば思っていたより良い結果をもたらす事になるかもしれないという事です。

2001.05.20 書評 鈴木 健介

*お知らせ*

書評用の本、貸し出し出来ます。詳しくは、田中先生までどうぞ。



『金持ち父さん 貧乏父さん』


−アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学−





<書評>
この本は、2人の父のもとで育った著者のロバートの「お金に関する教育」を受ける過程と教えを実践する過程を書いたものです。
2人の父とは、高い教育を受け高い学歴をもつが一生お金に苦労する実の父「貧乏父さん」と、ハイスクールすら卒業していないがハワイで裕福な人間の1人になった友人の父「金持ち父さん」のことで、彼はこの金持ち父さんから「お金に関する教育」をうけた。彼は9歳からお金の教育を受け始めています。お金を自分のために働かせる方法を学ぶのです。では私たちが今まで受けてきた教育はどういうものなのでしょうか。金持ち父さんはこのようにいっています。「学校はお金のために働く方法を学ぶところ」と。なかなかおもしろい定義です。また、意表をつかれたのは、家、車、絵画などを「負債」と言っている点です。思わず笑ってしまいました。ほとんどの人が負債のために働いているということになる!
たくさんの金持ち父さんの教えと、ロバートがその教えを実践するステップがこの本のには入っています。ロバートが少年時代に受けた金持ち父さんの教育は、「お金を自分のために働かせるための教育」です。「お金はなくなるもの」とは、きっと多くの人がお金に対して持っている観念だと思います。この本はこうした固定観念をやわらげる緩和剤にはなり得る本だと思います

2001.06.30 書評 前田 信子


『なぜ人を殺してはいけないのか』


−美しい倫理学のために−




<書評>
 この本には次の十問の興味深い難題が挙げられています。  これらの設問には人それぞれの意見があると思います。「なぜ人を殺してはいけないのか」そう問われるとおそらくみなさんはもし人を殺すことを認めてしまうと人間は共存できなくなってしまう。そんなばかげたことをいちいち考える必要はない。などいろいろ思うでしょう。たしかにそうです。しかしこの本では、それらを極力排除しようと試みてあります。もっともそれらは一つ間違えると「問題の回避」と受け取られやすい手法です。根本的な問題を詭弁で回避しているなあと思う設問もあれば、逆になるほどなあと思う設問もあります。
 この本を通じてこれらの設問の解答よりもまず私達が自分でこういった問題を考えることが大事なんだということに気付かされました。
ただ何度も言うように、人を殺すこと=悪、売春(買春)=悪とかいったような固定観念は切り捨てて一度この本を読んでもらいたいです。

  2001.7.3 書評 本村正人

 




「だからあなたも生きぬいて」



<書評>
「自殺、非行、極道の妻」 こんな過去を持つ弁護士は普通いません。しかしこの本の作者、大平光代さんはそんな過去を持つ弁護士なのです。彼女は中2の時いじめを苦に自殺を図りました。しかし命は助かり、いじめは終わらなかったのです。居場所を求めてさまよううちに非行に走り、あげくに極道の妻になり、刺青をいれたのです。しかし、ある1人の男性と再会をはたす事により、彼女は自らの人生を切り開いていくのです。
「あきらめたらあかん!!」 この言葉は彼女が私たちに伝えたい最大のメッセージです。人生は自分の気持ち次第でどのようにも変えられます。あきらめたら終わり、死んだら終わり。人は生きている限り何度でも、そしていつからでもやり直せるのです。「今こそ出発点」なのだから。
今では弁護士として働く彼女は非行に走る少年たちにいつも語りかけています。同じ過去を持つ1人の人間として、自分と同じ人生を歩ませないために。
彼女の生きる覚悟とどんな苦難にも立ち向かっていく勇気。それ以上にあなたも彼女の生き方からきっとたくさんのことを得られるでしょう。この本はとても読みやすく、1日で十分読めます。是非読んでみてはいかがでしょうか。

2001.07.31 書評 上田 陽子






「絶対音感」






1.概要
この書は八章から構成されており、絶対音感の会得から絶対音感の歴史に至るまで克明に描かれています。
各章にテーマがあるのですが、その婉曲的表現は素晴らしく、また理解しにくい部分には具体例が取り入れられているなど、分かり易く書かれています。 「絶対音感」とは聴こえてくる全ての音を音程(ドレミ)で判断できる能力のことをいいます。絶対音感を持っている 人は音楽は勿論のこと、救急車のサイレンでさえも「ドレミ」で聴こえてきます。これは音を聴いた瞬間に音程が判断できるので「そのものの音」と重なって「ドレミ」で聴こえてくるからです。この絶対音感の所持者が極端に多いのが日本です。これは他国で類を見ない日本の教育形態の結果と言えますが、先天的なものか後天的なものかの論争はまだ続いている状態です。また、絶対音感のメカニズムについて科学的見地からも調査し、色、言語との関係も重要である事を述べており、このように私達が全く無知である世界へと導いてくれる一冊です。

2.感想
「絶対音感」とは耳にしたことはあるという人が多いのではないでしょうか。 私が初めてこの言葉を聞いた時、この語感の強さに惹かれました。そもそもあいまいであるはずの人間の感覚が絶対とは何なのか?この本から得られるものは私達の隣に全く別の「音世界」に生きている人たちがいるという人間の感覚の別世界を知れる事だと思います。この本では絶対音は音楽家にとって基礎技術としての価値はあったとしても、音楽能力の本質が絶対音感に支えられているものではないという事を言っています。しかし、多くの人が持っていないという事は、人間が本来必要としないものを持った点で特殊な能力である事は確かでしょう。「絶対音感」は物心がつく前に親や環境から与えられた他者の意思の刻印です。その後音楽から離れたとしても、言語のように一度身についた「絶対音感」はなくなりません。この意味で、「絶対音感」はいつか大事な人生の選択をしようと思った時、その人の人生を力強く応援してくれる、永久的・音楽的・知的財産と言えるのではないでしょうか。

3.評価☆☆☆☆(星5つ中) 始め想像していたより比較的読みやすかったと思います。ノンフィクションであることも考慮に入れこの評価です。興味のある方はhttp://www.du-ub.com/web/game/pitch/index.htmlで絶対音感の簡単なテストができます。ゲーム感覚でやってみてもいいと思います。



書評 五十棲 健三