戦争が終わって日系人はどのような問題に直面したのか?
第二次大戦の終結とともに、収容所が閉鎖され日系人は西海岸に戻り、家屋破壊や周囲の敵意に直面しながらも生活の立て直しをはかった。しかし、日系人にとって戦時中の強制立ち退きによる経済的損害もさることながら、精神的な打撃も大きかった。戦後長い間、大半の二世は強制収容の経験を恥ずべきことと考え、それについて沈黙を守り、白人社会ねの同化を求め、白人と同じようにふるまい、行動しようとした。それは彼らのエスニック・アイデンティティ(日系人としての意識)のみならず、三世の子育てや日系人社会の発展方向にも影響を及ぼした。
1952年、いわゆるウォルター・マッカラン法により、1924年の排日移民法が修正され、日系一世の帰化(アメリカ人としての市民権の取得)が可能となった。1952年にはカリフォルニア州最高裁で違憲判決が出て、事実的に日系人を苦しめてきた排日土地法が撤廃された。そして、1962年にはハワイ選出のダニエル・イノウエが日系人初の上院議員に選出された。1972年には、ジョージア・アリヨシがアメリカ日系人としてはじめてハワイ知事に選出されるなど、日系人の地位が徐々に向上していった。
このように、太平洋戦争後、多くの日系人が急速に自己の生活を再建し、目覚しい経済的、政治的成功を遂げるうち、アメリカ社会には新しい日系人に対するステレオタイプが生まれた。日系人は「模範的」マイノリティと呼ばれるようになった。
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