|
こんなコンテンツを作っておきながらなんですが、それほど読書家ってわけではありません。が、困ったときや、精神的にまいっているときには本を取り出します。本の中にはどのように自分はあるべきかのヒントがたくさん詰まっていて、読むたびにいろいろな感銘を受けます。それによって自分の目指すべき方向性がなんとなく見えてくるように思います。そして、これまで出会ったすばらしい人達と同様に、これまで読んできた本や文章が僕の感性を刺激し、今の僕を作っているんだろうなぁ、と思います。個人的には、村上春樹の作品が好きです。社会になじむことなく、時には違和感を感じている主人公”僕”の姿はどこか共鳴するものがあり、読むたびにどことなく安らぎに似たものを感じます。そして共鳴する部分に自分らしい価値観を発見し、発展させることができるような気がします。ここに僕が出会った本を、一部紹介します。人によって心に刺激を受ける本は異なると思いますが、もし興味をもたれたら読んでみてください。 参考:読書と豊かな人間性学期末レポート |
|
『青が散る』 宮本輝 だがひとつだけ、辰巳教授から学んだものがある。燎平はそう思った。授業を無断で欠席して、もう講義を受けさせないと言う辰巳教授の部屋に、許しを乞いに行った際、珈琲をご馳走してくれながら、氏はこう言ったのである。 「もう二度と、私の講義を無断で休んだりせんと誓うか。誓えるならこの珈琲を飲みなさい。誓えないなら、このまま私の部屋から出て行きなさい。どっちも君の自由や。若者は自由でなくてはいけないが、もうひとつ、潔癖でなくてはいけない。自由と潔癖こそ、青春の特権ではないか」 そのときの辰巳教授の声が、燎平の中で聞こえた。氏の献血のお礼として、燎平に「潔癖」としたためた色紙をくれたのである。 『侍』 遠藤周作 「俺は形ばかりで切支丹になったと思うてきた。今でもその気持ちは変らぬ。だが御政道の何かを知ってから、時折、あの男のことを考える。なぜ、あの国々ではどの家にもあの男のあわれな像が置かれているのか、わかった気さえする。人間の心のどこかには、生涯、共にいてくれるもの、裏切らぬもの、離れぬものを−たとえ、それが病みほうけた犬でもいい−求める願いがあるのだな。あの男は人間にとってそのようなあわれな犬になってくれたのだ。」 自分に言いきかせるように侍はくりかえした。 「そう、あの男は共にいてくれる犬になってくれたのだ。テカリの沼であの日本人が書いた紙にこう書いてあった。あの男が生前、その仲間にこう申した、と。おのれは人に仕えるためにこの世に生まれ参った、と」 『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ 校長からギーベンラートの父親や教授や助教授にいたるまで、義務に励精する少年指導者たちはいずれもみな、ハンスの中に彼らの願いを妨げる悪い要素、悪く凝り固まったなまけ心を認め、これを押さえて、むりにも正道に連れもどさねばならないと思った。たぶん例の思いやりのある助教授を除いては、細い少年の顔に浮かぶとほうにくれた微笑の裏に、滅びゆく魂が悩みおぼれようとしておびえながら絶望的に周囲を見まわしているのを見る者はなかった。学校と父親や二、三の教師の残酷な名誉心とが、傷つきやすい子どものあどけなく彼らの前にひろげられた魂を、なんのいたわりもなく踏みにじることによって、このもろい美しい少年をここまで連れて来てしまったことを、だれも考えなかった。 『正義と微笑』 太宰治 斉藤氏のところへ行こうと決意した。きょうは、どうあっても、僕の覚悟のほどを、よく聞いてもらわなければならぬ、と思った。そう決意したとき、僕のからだは、ぬくぬくと神の恩寵に包まれたような気がした。人間のみじめさ、自分の醜さに絶望せず、「凡て汝の手に堪えうることは力をつくしてこれを為せ。」 努めなければならぬ。十字架から、のがれようとしているのではない。自分の醜いしっぽをごまかさず、これを引きずって、歩一歩よろめきながら坂路をのぼるのだ。この坂路のはてにあるものは、十字架か、天国か、それは知らない。かならず十字架ときめてしまうのは、神を知らぬ人の言葉だ。ただ、「御意のままになし給え。」 『世界がもし100人の村だったら』 池田香代子再話 たとえあなたが、傷ついていても 傷ついたことなどないかのように 愛してください まずあなたが 愛してください あなた自身と、人がこの村に生きてあるということを 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 村上春樹 しかしそんな風景をじっと眺めているうちに、この何日かではじめて私はこの世界から消えたくないと思った。私が次にどこの世界に行くかなんて、そんなことはどうでもいいことなのだ。私の人生の輝きの九十三パーセントが前半の三十五年間で使い果たされてしまっていたとしても、それでもかまわない。私はその七パーセントを大事に抱えたままこの世界の成り立ち方をどこまでも眺めていきたいのだ。何故かはわからないけれど、そうすることが私に与えられたひとつの責任であるように私には思えた。私はたしかにある時点から私自身の人生や生き方をねじまげるようにして生きてきた。そうするにはそうするなりの理由があったのだ。他の誰かに理解してもらえないにせよ、わたしはそうしないわけにはいかなかったのだ。 しかし私はこのねじまがったままの人生を置いて消滅してしまいたくはなかった。私にはそれを最後まで見届ける義務があるのだ。そうしなければ私は私自身に対する公正さを見失ってしまうことになる。私はこのまま私の人生を置き去りにしていくわけにはいかないのだ。 『ただいま浪人』 遠藤周作 「むしろ家をとびだして自分で働いているあんたを羨ましいと思っているわ。でも純粋に生きるためには、よほど強くなくちゃ駄目だと思うの。時には周りの人を傷つけても、それに耐えられる神経の持ち主でなくては駄目だと思うの。わたしには……たとえば父さんや母さんを傷つけてまで純粋に生きることは、耐えられないから。あなたが羨ましいわ」 「俺だってそうさ。それに俺だって今、純粋に生きているわけじゃないよ。純粋がどういうものか、まだわからないんだ。充実感のある毎日のことを言うのか、それともこのフヤけた日常生活のなかに何かの意味をみつけるのか。まるで手がかりのない試験問題を出されているのと同じだ」 俺たちは、人生にたいしてまだ浪人のようなものだと信也ははじめて思いあたった。俺も姉も……人生の浪人なのだ。人生という学校に合格していない浪人なのだ。 『ダンス・ダンス・ダンス』 村上春樹 「確かに難しいな」と僕も笑って認めた。「僕の言ってることは、大抵の人間にはまず理解されないだろうと思う。普通の大方の人は僕とはまた違った考えかたをしていると思うから。でも僕は自分の考え方がいちばん正しいと思っている。具体的に噛み砕いて言うとこういうことになる。人というものはあっけなく死んでしまうものだ。人の生命というのは君が考えているよりずっと脆いものなんだ。だから人は悔いの残らないように人と接するべきなんだ。公平に、できることなら誠実に。そういう努力をしないで、人が死んで簡単に泣いて後悔したりするような人間を僕は好まない。個人的に」 ユキはドアにもたれかかるようにしてしばらく僕の顔を見ていた。 「でもそれはとても難しいことみたいに思えるけれど」と彼女は言った。 「難しいことだよ、とても」と僕は言った。「でもやってみる価値はある。ボーイ・ジョージみたいな唄の下手なオカマの肥満児でもスターになれたんだ。努力がすべてだ」 『罪と罰』 ドストエフスキー (江川卓 訳) 「罪? なにが罪だ?」ふいに突きあげてきた凶暴な怒りにまかせて、彼は叫んだ。「ぼくがあのけがらわしい、有害なしらみを、誰にも必要のない金貸しの婆ァを、殺してやれば四十もの罪障がつぐなわれるような、貧乏人の生き血をすっていた婆ァを殺したことが、それが罪なのかい?ぼくはそんな罪のことは考えない、それを洗い浄めようなんて思わない。どうしてみなは寄ってたかって、「罪だ、罪だ!」とぼくを小突きまわすんだ。いま、ぼくにははっきりわかったよ、ぼくの弱気がどんなにばかげたものだったか、いまやっとわかったんだ、この必要もない恥辱を受けに行くいまになって!ぼくが決心したのは、ぼくが卑劣で無能だったからだけなんだ、それから、あの……ポルフィーリイがすすめたように、それが有利になるからだけなんだ!……」 『泥流地帯』 『続 泥流地帯』 三浦綾子 「しかし、俺はね。自分の人生に、何の報いもない難儀な三年間を持つということはね、これは大した宝かも知れんと思っている」 「宝?」 驚いて国男は声を上げた。耕作も拓一を見た。佐枝だけが深くうなずいた。 「うん、宝だ。たとい米一粒実らなくてもな。それを覚悟の上で苦労する。これは誰も俺から奪えない宝なんだよ。わかるか、国ちゃん」 「…………」 「実りのある苦労なら、誰でもするさ。しかし、全く何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。自分の人生に、そんな三年間があったって、いいじゃないか。俺はね、はじめからそう思ってるんだ」 『人間失格』 太宰治 自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、修身教科書的な正義とか何とかという道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。人間は、ついに自分にその妙締を教えてはくれませんでした。それさえわかったら、自分は、人間をこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。人間の生活と対立してしまって、夜々の地獄のこれほどの苦しみを嘗めずにすんだのでしょう。 『ノルウェーの森』 村上春樹 そのようにして僕は十八から十九になった。日が昇り日が沈み、国旗が上ったり下ったりした。そして日曜日が来ると死んだ友達の恋人とデートした。いったい自分が今何をしているのか、これから何をしようとしているのかさっぱりわからなかった。大学の授業でクローデルを読み、ラシーヌを読み、エイゼンシュテインを読んだが、それらの本は僕に殆ど何も訴えかけてこなかった。僕は大学のクラスでは一人も友達を作らなかったし、寮でのつきあいも通りいっぺんのものだった。寮の連中はいつも僕が一人で本を読んでいるので僕が作家になりたがっているんだと思いこんでいるようだったが、僕はべつに作家になんてなりたいとは思わなかった。何にもなりたいとは思わなかった。 『氷点』 『続 氷点』 三浦綾子 啓造はつくづく自分を罪ぶかいと、思った。そうは思ってもまた、どこのだれよりもやはり自分がかわいいのが不思議だった。 (もし他人が、おれのように妻の不貞を憎んで、陽子を妻に育てさせたときいたなら、おれはその男を罵倒するだろう。第一、おれ自身がもし一夜の浮気をしたとしても、おれは決して自分を怒りはしない。それなのに妻の浮気は絶対ゆるせないのだ。一体これはどういうことなのだろう。人がやって悪いことは、自分がやっても悪いはずだ) 人のことなら、返事の悪いことでも、あいさつの悪いことでも腹が立つくせに、なぜ自分のことならゆるせるのだろう、と啓造は人間というものの自己中心なのにおどろいた。 (自己中心とは何だろう。これが罪のもとではないか) 『フラニーとゾーイー』 J.D.サリンジャー (野崎孝 訳) 「楽になんかいけないわよ! わたしをこんなに怒らしておいて! このへんちくりんな部屋でわたしが何をしていると思ってんの―メチャクチャに目方を減らしちゃって、ベシーとレスをバカみたいに心配させて、うち全体をひっくり返しちゃってさ。お祈りを唱える自分の動機がどこにあるか、それを考える頭がわたしにはないと思ってるの? そここそわたしがいちばん悩んでる問題じゃありませんか。自分のほしがるものを選り好みするということ―今の場合だと、お金とか威信とか名声とかそういったものをほしがらないで、心の目を開くこと、心の平和を掴むことをほしがってる―そうだからといって、わたしがほかのみんなのように利己的でも自分本位でもないということにはならないわ。むしろわたしはそういう点が人一倍強いのよ! そんなこと高名なるザカリ・グラース氏に教えてもらわなくても分かっているわ!」 『放課後の音符』 山田詠美 「うん、煙草だとか、タイトスカートだとか、そういうのって、後からついてくるもんだよね。赤い口紅だって、そう。赤い口紅が気怠く見える内はつけない方がいいんだよね。本当の大人の赤い唇って、絵の具箱の中のあの色みたいにあどけないんだ」 絵の具箱の赤。私は想像する。他の色たちとごちゃごちゃに混じっても決して、不自然ではない赤。けれども、まっ先に手に取ってしまう色。 「私、自分のことを待ってる。赤い口紅が似合うようになったら、サエキくんをものにしてみせる。とても素敵な心で彼を自分のものにする」 それから数日たって、カズミに会うと、彼女は、シャネルの赤い口紅を、お姉さんにプレゼントしてもらったのだって言って笑った。 『ぼくは勉強ができない』 山田詠美 「先生、ずるいよ」 奥村は、怪訝な表情で、秀美を見降ろした。彼は、泣いているのか、手の甲で、目をこすっていた。 「世の中に、お父さんのいない子が、どれ程、いると思っているんですか? その人たち全部が、何かあると、お父さんがいないからって言われるんですか? そういうことを言う人たちで作ってる社会になんて、ぼくは入りたくないや。不良だって、そんなら、かまわないよ。ぼくの母さんだって、昔、不良少女だったんだって、あの人、自分で言ってるもん。そのことが自慢なんだって、言ってる。あの人は、すごく格好いい女の人だ。学校で、前へならえ、だけはしなかったのは確かだ。前へならえ、なんてくだんないよ。それだけならまだしも、ちっちゃい前ならえだって? 馬鹿みたいだ。ぼくは、ちっちゃい前ならえをするような人間にはなんない。お父さんがいなくたって、全然、平気だよ。そんなこと、ぼくとは、関係ない」 『冷静と情熱のあいだ』 江國香織 辻仁成 心というのはやっかいなものだ。心という部分が肉体のどこにあるのか分からないせいもある。だから心が痛い、と思っても他の部位、例えば肩や足首が痛いのとは全く違って、手の施しようがない。どこにあるのか分からないものを労わる方法をぼくはまだ知らない。だから、考えてみたら、ぼくはずっと心が痛んだままそれをそのままにしてきた。時間がきっと解決してくれる、流れていく時が心の病を癒し過去を忘れさせてくれるとどこかで願いながら…… 心の古傷がますます痛くなっている理由は、あの日が少しずつ近づいているからに違いない。約束の日までほぼ一年となった。期待するほうがおかしい、まるで夢の中で交わしたようななんの根拠もない約束。でもぼくの癒されることのない心は明らかにその日に向かって傾斜しはじめている。 『わたしが・棄てた・女』 遠藤周作 ぼくは、自分の気持に確証を与えるために、屋上の手すりに靠れて、黄昏の街を見つめた。灰色の雲の下に、無数のビルや家がある。ビルディングや家の間に無数の路がある。バスが走り、車がながれ、人々が歩きまわっている。そこには、数えきれない生活と人生がある。その数えきれない人生の中で、ぼくのミツにしたようなことは、男なら誰だって一度は経験することだ。ぼくだけではない筈だ。しかし……しかし、この寂しさは、一体どこから来るのだろう。ぼくには今、小さいが手がたい幸福がある。その幸福を、ぼくはミツとの記憶のために、棄てようとは思わない。しかし、この寂しさはどこからくるのだろう。もし、ミツがぼくに何か教えたとするならば、それはぼくらの人生をたった一度でも横切るものは、そこに消すことのできぬ痕跡を残すということなのか。寂しさは、その痕跡からくるのだろうか。そして亦、もし、この修道女が信じている、神というものが本当にあるならば、神はそうした痕跡を通して、ぼくらに話しかけるのか。しかしこの寂しさは何処からくるのだろう。 ― 児童文学編 ― 『太陽の子』 灰谷健次郎 「ええか、この手をよく見なさい。見えないこの手をよく見なさい。この手でわしは生まれたばかりの吾が子を殺した。赤ん坊の泣き声が敵にもれたら全滅だ、おまえの子どもを始末しなさい、それがみんなのためだ、国のためだ―わしたちを守りにきた兵隊がいったんだ。沖縄の子どもたちを守りにきた兵隊がそういったんだ。みんな死んで、その兵隊が生き残った。……この手をよく見なさい。この手はもうないのに、この手はいつまでもいつまでもわしを打つ」 ふうちゃんの眼に涙があふれた。しかし、ぎゅっと唇をかんで、ふうちゃんは耐えた。 「あんたはわしとあんまり年も変わらん。きっとやさしい子どもがいてるだろう。わしはこうして見えない手に打たれてひとりぼっちで生きている。同じ日本人だ。これが平等かね」 |