2001年4月10日(4月第2週)

入学式。控え室から全員で会場(体育館)に入っていき、全員の名前を呼んで起立させたり国歌を歌わせられたり来賓の話を聞いたり職員の紹介で終わる。式のあと多分俺達が説明を受けている間、父兄はいわゆるPTA会っぽい話を聞いていたと思われる。その後父兄は科ごとに別れての説明に入ったので、その間生徒は(車などで一緒に来ているため)そこらへんで時間をつぶす。俺の父兄は来ていないのでとっとと一人で帰る。確か昼には終わった。この週はあらかじめ合わせておいた制服が学校に届いたのでそれを着用してみて調整したり、午前いっぱい学院のエラい人の話を聞かされて苦悶したり(睡眠時間をちゃんと取れの、朝食を食えの、カップ麺は食うなだのと、下らなさの極致)だったと思う。勉強の時間もあったような気もするが、教科書を受け取って名前を書いたり、各種検定試験の概要などの説明という感じで、早い話がこの間まで高校生だったみんなの春休みボケを治す週とみた。また、校内見学や掃除の説明や自己紹介などで時間が過ぎて行った。俺達はビジネス関係のことを学ぶのだが、具体的には一年間で6つの検定試験に合格することが目標らしい。

  日商 販売士検定2級(2001/10/3)
  全経 電卓計算検定1級(2001/12/1)
  日検 表計算検定1級(2001/12/19)
  全経 秘書検定2級(2002/1/19)
  全経 簿記検定2級(2002/2/17)
  日検 ワープロ検定準1級(2002/3/6)

ちなみに二年生は

  全経 簿記能力検定1級工業簿記
  情報処理技能検定協会 情報処理検定2級データベース
  全経 計算実務能力検定1級
  全経 簿記能力検定1級会計
となっている。表計算はエクセル、ワープロは一太郎。二年生の方の様子はよくわからない。皆様は自分が就職しようとしている地域でこれらの資格が必要かどうか熟慮の上、入学されたい。また、簿記は日商ではなく、秘書検定も実用実務検定主催ではない点に注意して欲しいと思う。

2001年4月第3週
ホップ・ステップ・ジャンプのステップという感じなので、一番試験まで間がない販売士の授業を除いてはまだ超スローに進む。秘書検定の時間に『他己紹介』というのをやる。他の学院でもやっているのかどうかはわからないが、秘書検定には全く役立たないと思われる。要はいろいろ質問が印刷された紙に生徒達が自分で記入したものを、他の生徒が例えば俺を紹介して読んでくれるという設定で、人前で話をするための訓練と、いい方に考えられなくもないが、問題はその紙を学校側が回収するというのがひっかかる。今回は一年生どうしでくじ引きで紹介し合ったが、近々一年生が二年生を紹介するとのこと。その下準備として、一年生は紙の左の方に自分の答えを書き込んでおく(質問は前回と異なる)。そして授業中に二年生からいろいろ聞き出し、右の方に書き込み、順番が来たらその二年生を紹介する。今回は時間がないということで、俺達一年生のことは発表されないで済んだが、またしてもその紙を学校側が回収。まるで思想調査のように感じられ、不快。考え過ぎだろうか…。

2001年4月第4週
五月の1・2日が休学日となり、9連休が確定した週。建前では寮生に配慮してということになっているが、県の、公務員を休ませてあげよう♪ といういたわりであろうかと邪推する。連休が始まる週ということで、木曜日の3時頃から警察の人が来て『交通安全講話』とのこと。相変わらず下らないと思う。警察の人もよっぽどヒマなのかと思ったり、授業の時間を削ってまで来るなよと思ったり、学院は4時までなので、希望者にだけ喋れよと思ったり(俺はゴメンだけど)。大体誰だこんな奴呼んだの、という感じだ。呼んだ奴だけが聞けばいいだろうと思う。少なくとも俺は呼んでない。聞いている間中俺達を先生方が囲んで見張っているのもこれまたたまらない。また、筆記用具とノートを持っていけと言われたのだが、周りを見てみたら他の科の生徒はみな手ぶら。おいおい。4時を若干オーバーしやがって、それから教室に戻ってまぁ高校でいうホームルームみたいなものになったのだが、その時も『聞く態度が』などと言われ、心底ウンザリ。
金曜
うかつなことに気づかなかったのだが、今日は3時に終わるとのこと。

2001年5月第1週
連休のため、あっと言う間に過ぎる。

2001年5月第2週
木曜
学院の、少し偉い人の話を1時間聞かされる。その他に先生が2人教室にいて私達を見張っていた。つまらない話だが、それでも最初はみんな頑張って聞いていた。が、やはりそこは眠くなってしまうのがお約束、先生がそっと起こし回る。どっちもどっちという感じだが、寝てた生徒をメモっていた可能性あり。この日のあとの授業で、『眠りそうだったけど、危うく踏みとどまった人』を、『頑張った人』と、名指しでホメて(?)いた。へんなの。明日は2年生が企業説明会に行かされるため、1年生は昼で帰れるそう。

2001年5月第3週

水曜
避難訓練。学校行事はあらかた押さえてますよってな感じだ。
木曜
学院の、少し偉い人(先日とは違う人)の話をまた1時間聞かされる。その他に先生が2人教室にいて俺らを見張っていた。つまらない話だが、それでも最初はみんな頑張って聞いていた。が、やはりそこは眠くなってしまうのがお約束…と、前回と全く同じ展開。『こんな新入社員はいらない!! 』というようなプリントを何枚も手渡される。どこにしまったか…。
金曜
午前は授業、午後からは私服に戻って全校挙げてのレクリエーション大会。…といっても、1・2年生の同じ科どうしで合同で焼肉をし、その後それぞれが適当にスポーツをしたり、かくれんぼや缶蹴りをしたりするというもの。我々は焼肉の後に視聴覚室でどっかから借りてきたビデオを観るという当初の予定だったが、多少準備に手間取ったのと、多少後片付けに手間取った分時間が押してしまい、結局ビデオは観ずに少し早めに帰るという展開となった。

2001年5月第4週

火曜
身体測定。…といっても、(といっても、男の担任が身長や視力を計り、体重は自分で計り、胸囲は友達と計りっこという、極めてアバウトなもの)、最初は我ら男子がやって出、その後女の子集団。もしかして担任はオイシかったんだろうか…。いろんなもの見れたんだろうか…。超気になる。明日は近所のドクターが聴診器を当てに来る。あと今週は、来週の販売士の小テストというか模試の様子が明らかになり、合格点をかなり下回った奴は居残りというか、補習とのこと。また、ワープロの授業でもちょっと打ってみて、そのうち時間を計ってちゃんとやってみて、あまりに遅いようならまたしても居残りとのこと。ダブらないように残らせるとは思うが、あちらで居残りに呼ばれ、こっちでも居残りさせられ、体がいくつあっても足りないよ〜ん状態だけは避けたいと思った。スケジュールかぶっちゃう〜♪ みたいな。掛け持ち〜♪ みたいな。
金曜
体育の授業あり。

2001年5月第5週
月・木曜
販売士の『一般常識』のテスト。その後間もなく1位からビリまで貼り出し。二回の平均点が59以下の人の横ちょには居残りの印の○が。クラスの半分弱が引っかかり、悲惨。

2001年6月第1週
今週はこれといって何もなかったので、入学して間もなく思ったことを書こうと思う。俺らの学校は見学者が多いせいかもしれないが、パソコン室や体育館などに移動する時は、机の上に何も置かず、椅子を机のところにちゃんと入れろ、と、しつこくしつこく言われた。それでパソコンの授業なり何なりが始まってからおもむろに教官が、椅子とかがちゃんとなっていない人の名前を言い、しまってこーいと言う。その間オレらはボヘ〜っと待っている。なぜオレらがそいつらを待っててやらないといけないのかよくわからず、もちろんその間は授業にも入らない。わざとゆっくり戻ってくる奴もいるのでそれで何分かがつぶれ、その分授業が駆け足になる。学校が見栄っ張りなのか、小学生なみのしつけをしようという学校方針なのか、何度も同じことを言わせる連中が悪いのかわからないが、どちらにしろこちらがとばっちりを食っているような気がしてならない。よくも悪くもクラス全員十把一からげという感じで、どちらにしろこちらとしては、カンベンしてくれという気持だ。

2001年6月第2週
も、これと言って何もないので省略。

2001年6月第3週
水曜
販売士の単元ごとの貼り出しタイプのテスト。59点以下は相変わらず追試・補習。半分弱。
金曜
体育。月末に球技大会があるためか、今月は体育が多い。疲れるのでやめてほしい。

2001年6月第3週
水曜
消防レスキューのビデオを見せられる。立派な人達だとは思うが、あの人達はあれが仕事だからなぁ…。みんながみんな、ああいう崇高な仕事につけるわけでもないし。
金曜
また体育あり。

2001年6月第4週
水曜
販売士単元ごとの貼り出しタイプのテスト。半分が追試。進み方が早いので、試験と試験の間隔があまりなく、忙しい。合間に電卓の練習もしなければならず、多忙。
金曜
球技大会。お昼が出る(入学時に払っておいたお金で事前に注文しておく)。ほどほどにして帰って勉強。

2001年7月第1週
これと言って何もなし。追試だか追追試があったようだが、知らん 。

2001年7月第2週
特に何もなし。この週から今月いっぱい『安全衛生講習』というのが10時間ほどある。職場での事故や災害を防ごうとかいう講義を受けたり、コレステロールだかを防ごうというビデオを見せられたりする。アホらしくてしかたがない。わざわざ授業をつぶしてまでやることか。あまつさえ今月末にテストがあるという…。プリントがジャマくさくてしかたがない。早く捨てたい。

2001年7月第3週
電卓の授業は4級くらいの問題集から始めて、5種目でそれぞれ一回でも100点を取ったら次の級の問題集がもらえるという風になっている。早い人はもう1級、段位の問題をバリバリやっているが、まだ2級や3級で低迷している人もいる。家で努力した人の方が上達するであろうことはわかるが、努力したからといって早く上級になれるとは限らないのが辛いところ。また『このエクセルの時代に…』とつい思ってしまうこと多し。

2001年7月第4週
なかなか夏休みにならない。8/3までのガマン。夏休み短過ぎ。8/19まで。最近思うのだが、まだ入学してから3ヶ月なのに、差が開きまくっているような印象を受ける(これは以前から感じていた)。何か一つの科目でダメな奴は、他の科目で頑張ればいいのにやはりまんべんなくダメというか低く安定という感じだ。あまり表立ってテストをしていない科目もあるが、やはり一まとまりごとにテストをしている科目もある。クラスには30人いるが、おそらく一位の奴には30ポイント、ビリの奴には1ポイント、というような加算のしかたをしているのではないかと踏んでいる。仮にテストを5回したとして、始め一位の奴はずーっと一位、ビリの奴は5回ともビリだったとすると、一位の人間は150ポイント、ビリは5ポイントですか? もはや挽回不可能ですか? 終わってますか? 学校辞めますか? ←混乱。

2001年8月第1週
今週は水・木・金曜と三回行けば休み。金曜は午前中大掃除と修了式のみ。水・木は夏休みの宿題を渡されたり、安全衛生のテスト(プリントの内容を書かせる問題)。終了後さっそくプリントを投げ捨てる。あとは販売士の単元ごとの小テスト4回目と結果発表。このテストもあと2回くらいと思われる。夏休みの宿題は販売士のみ、8年分の過去問(大量)とレポート。

2001年8月第4週
月曜が始業式。2週間の短い休みだった。レポートと宿題を提出できない奴続出。レポートの締切は結局この週の水曜に延び、それでも提出できない時は10枚ノルマのところを2枚増しで翌週月曜に提出。宿題のプリントは過去問を解いて教科書の該当ページのところにラインを引き、そのページ数をまたプリントの方に記入というもの。7割は記入できていないと突っ返される。過去問は8年分だが、その生徒によって2年分だけ返された奴、5年分の奴、8年分の奴とさまざま。それも記入して翌週月曜日に再提出。この週の金曜、体育。

2001年8月第5週
月曜、今年度2回目の献血。授業をサボってジュースをもらう。木曜、販売士検定の申込書をみんなで記入。金曜、体育。この金曜日、販売士の5つ目の分野を授業で習い終わる。土日をはさんですぐの月曜、また小テスト。思うに、授業駆け足過ぎ。習ってからテストまで時間なさ過ぎ。内容難し過ぎ。我々の知能程度はよくわかっているハズだが…。

2001年9月第2週
先の小テストが戻ってきた。学校側も面倒くさくなったのか、貼り出しもしなくなった。いいことだ。何もない週なのはいいのだが、販売士が月曜から新しい分野に入った。もちろん超駆け足。木曜に先生が言うには、金曜日に習い終わったらその日に小テストとのこと。実際、15分教科書を眺めてすぐテスト。しかもいつもの2.4倍の問題数。なぜこうなるのか??? 
今にして思えば、4・5月はかなり優雅に時間を使いまくっていたような気がする。習い終わってからテストまでの間にかなり間もあった。テストの前に問題集タイムも一時間とっていた(そんなことは家でやればよいのだけれど)。それが今では。5つ目の小テストのために木・金・土・日とかなり頭を酷使し、そして木曜にまたかなりムリをしたような気がするのでやはり疲れた。
というのも、販売士の予備試験が近づいているので(9/19と9/26)、そちらの勉強も始めたからである。5つ目の分野の小テストが終わった日はご祝儀で休み、予備試験&本試験対策の計画を練るにとどめた。で、一日に勉強するノルマを細かく決めたので、この6つ目の分野の小テストのようなものが突発的に入ってくると大変迷惑する。もちろん他の日に取り返せるようにプランを練ってはあるのだが、やはりあまり嬉しくない。

2001年9月第3週
先のテストが戻ってきた。木曜、来週予備試験というこんな時期に遠足。1日つぶれる。教師側は『遠足の日は遊ばせてやるからちゃんと勉強もしろ』というような言い方。俺は遠足をやってくれとは頼んでいない上にこんなくだらないことで体力消耗。しかしノルマはある。しかも最近『試験、大丈夫なんだろうな』と、明らかに大丈夫じゃない奴に聞くのでウザい。そんな奴に聞いてどうする。『お前は多分販売士はムリだから、もうそれはいいからきっぱり捨てて、その分他のエクセルとかを頑張れ』とは言えないんだろうなぁ、やっぱり…。ちなみにこの時期、まだ販売士の教科書は終わっていない。金曜、なぜか半日。体育あり。

2001年9月第4週
販売士予備試験(1回目)の週。とうとう来た。月・火で復習、水曜朝イチで実施。結果は当日判明。7分の1しか受からず、ムズい。クラスとしては惨敗の方に入るのではないだろうか。落選組は木曜居残って補習。木・金とで教科書の残りを全て終わる。来週もまた予備試験(2回目)がある。そして体育大会も。そういうことをやってる時期ではないと思うが(今の結果を見ればなおさら)、どうしようもない。人格教育も資格取得も、何かどちらも中途半端な印象。

2001年9月第5週
販売士予備試験(2回目)の週。水曜日に実施。一回目に受かった連中は別室で自習、残りで受験。今日結果判明。一回目・二回目合わせてクラスの4分の1のみ合格。これはお世辞にも多いと言えないのではないだろうか。金曜日、球技大会。そんなことやってるからだ。

2001年10月第1週
月・火と全分野通しての模試(過去問の切り貼り)。過去問は何度もやったので、ついうっかりいい点数になってしまい、ぬか喜びをする。当日もこううまくいけばいいのだが。 10月3日、いよいよ日商販売士検定2級の試験の日。早めに試験会場入り。6分野のうち、前半3分野と後半3分野の間の休憩は20分しかなく、しかも腹が空くので何か持ってくればよかったと反省。問題は持ち帰りOK。
 出題にはかなりの偏りが感じられた。『販売事務管理』で、HP作りのタグをあんなに出す必要はないのではないだろうか。このHPのように何の知識がない人間にも作れるツールも既に存在しているわけだし、だいたい俺などは自分のHPのタグを見ても『ふ〜ん、こんな風になってるのか』と感心している有様。しかもなぜこうなるのかわからなくてもHPは持てている。
 しかもこの分野は計算問題の配点が大きく(20点×2問)、もしその計算問題を両方落とすと残りは60点。50点以下の分野が一つでもあれば多分無条件で不合格なので、10点分(5個)しか余裕がない。そんな分野で、タグに偏りまくった出題はキツい。ある程度常日頃からコンピュータに触れネットもやり、そちら関連の本も少し買って読みHPも作り、そんな人間がやっと何とか答えられるほどの難しさ。あれはちょっと…。
 木曜日、避難訓練。本当に行事の多いところだ…。んなこたいいから、試験の正解を発表してほしいよ。

2001年10月第2週
正解が発表にならないまま(20日に発表だそう)、火曜日は来年度入学の生徒の推薦の試験で休み。ゆえに4連休。景気がいい。販売士の試験が終わってからというもの、急にまた時間の使い方が優雅になり、『観光概論』というのが入った。これはクラスの大部分の人間が多分地元に就職するであろうということで、地元のことをよく知りましょうとか、どんな心構えで接客したらいいかというものらしい。地元に残る気もないし接客業も御免なので、即寝りに決定。一つ試験が終わると、ここまでどうでもいいことに時間を使えるのかと思うと、この優雅さが試験前にあればどんなによかったか、と思うがもう遅い。
 この『観光概論』とは別に、外部講師を招いての授業が週に4時間新たに出現、よくわからないが11月末までは来そうな感じだ。この外部講師というのがもはや潰れかけた地元の老舗(しかも大手に吸収されたがその大手というのがこれまた最早虫の息)にいるらしい人間なのだが、この大変なご時世に、週に4時間も職場を空けられる人間というのは、一体どのようなポジションの人間なのか(笑)。うちのガッコはかなり人選に難があることがわかった。このまま定年まで逃げ切れれぱラッキー、うまくいけばその後もここに来て小遣いを稼ごうというのがミエミエだが、俺達の『良い面を引き出して』くれるそうだ。すごーい(笑)。目下このムダな4時間を、どうやって有意義に過ごすか考え中。
 今んとこ彼は2回か、来たのだが、初回はみんなのことを良く知るということで、さんざん担任などから話を聞いてあるくせに、一人ずついろんなことを聞いていた。どうやら『将来、自分はこんな仕事に就きたい』というのがハッキリしている人が好きなようだ。そしてなおかつ、当然みんな事務職狙いなので、それを断念させる任務も背負っているらしい。あと、大きな声を出す練習というのをたまたま運の悪い奴とやっていたが『大声出せば売れるっつー時代でもないだろうに。んなことやってるから吸収されるんだよ』と、冷ややかに見ていた。
 二回目は、まずは地元の良さを見なおす、とか。いきなり郷土愛を高揚させられても困惑。あとは、流行っている店がなぜ流行っているかの解説。なんでそれをてめぇの店でやらねぇ。あと…『自分が経営者になるくらいの気概を持て』というような無責任極まりないことを言っていた。んじゃお前がやれよ、んな店にしがみついてないでよ、とは思った。だいたい経営者は一歩間違えばホームレスへまっしぐら。個人の資質によって、経営者向きの人間もいれば、勤め人タイプの人間もいる。それをいきなし『社長になれ』と言われても、てめぇが金貸してくれんのか、19歳の俺に。説得力ゼロだ。んなわけで、高度成長期にいい目を見たからか、いまだに『努力すればなんとかなる』『一所懸命働けば幸せになれる』と信じ込んでいるフシがあるドリーマーなので手がつけられない。地元には大手の会社もないので、こういう時代遅れの人間しか招くことができないのはわかるが(予算の都合もあるだろうし)、とにかく、今は時間を優雅に使いまくっている。試験前の修羅場を思い出すたびに、隔世の感。大げさだが。

2001年10月第3週
火曜日
体位測定。下半期分。翌日、外部のドクターが来て内科検診。
木曜
午前中は授業、午後は潰れかけてる店に『社会見学』(笑)。ガッコに戻ってレポートを書き、検閲。
金曜
午前授業。

2001年10月第4週
予定の日より1日早く、販売士2級の結果の発表。約1/3が合格。多いのか少ないのか。先輩方よりは少ないらしいが、惜しかった連中も結構おり、3級を受けさせておけばいいのになぁと思う。
木曜
外部講師が来る日。先週書いた『社会見学』のレポートを一人一人読み上げやがる。やめろよこの野郎。
金曜
『交通講話』。何かと思ったら県警の音楽隊(?)とチアリーダーのおねー様達が来て演奏とパフォーマンス。午前中は全く授業なし。優雅だ…。ただ、外でパフォーマンスするのはやめてほしい。あと、あれで給料を20万もらってるんだなぁと思うと、本当に羨ましい。

2001年11月第1週
木曜日
外部講師の授業の下らなさもますますパワーアップし、今度はグループで何か一つの会社経営の計画書製作、ということで、最初各人がそれぞれやりたいと口から出任せを言っていたのだが、俺がちょっと珍しげなエサを撒いたら案の定食いつき、グループ内では俺のアイディアというかプランが通ったことは通ったが、そんなどうでもいい会社のことを考えなければならない他のメンバーに気の毒だ。

2001年11月第2週
12/1の電卓の検定に備えてかなりの時間を割いて練習。個人によって1級・段位を受験する生徒と2級・1級を受験する生徒がいそうだとは思っていたが、担当教師の話では上層部(おそらく)から『2級を受けさせるのはおかしいのではないか』と余計な横やりが入り、結局1級一発勝負の生徒と、午前1級、午後段位を受験する生徒に分かれた。教師が『2級受けたい人は手を上げて』というので友人は挙手していたが、彼は割と優秀なので教師に黙殺されていた。結局挙手した人間は個別に説得され、2級を断念。そんなのってアリか。

2001年11月第3週
電卓の1級が危なさそうな生徒は毎日強制居残りで30分ほど練習。解答の数字が汚いと即Xにされるので、そちらのチェックもなかなか厳しいが、こちらも10分の間に多量の計算・答の記入をしないといけないので困る。数字のクセはなかなか直らないのでみな苦労しているようだ。

2001年11月第4週
木曜日
外部講師とお別れの日。今月は5回も木曜日があったのでみな地獄の苦しみであった。会社の計画を作成・提出、みんなの前で発表・質疑応答。あと少し電話での会話の練習。自分らが作った会社の人間になってという設定だったので、予期せぬ会話が続出、これはかなりみんなウケた。いわゆる爆笑ハプニング、という奴か。しかし『絶対笑わないように』と言われていたので(そりゃそうだ)またも彼は怒り、そして俺達は白ける。

2001年11月第5週
木曜日
かなり以前の木曜日に彼が知人の詩人(別名プーか?)の詩集を10冊ほど持って来ており、その中から気に入った詩を紙に書き写して提出させられていた。俺にとっては『稚拙な詩』だし面倒くさいので一番短い詩をノートの切れ端に書き写して提出してあった。ところが先週それを全員分読み上げやがった。選者は前に出るようにとのこと。そして今日、最後ということで生徒の名前と選んだ詩を色紙に毛筆で書いて全員の分手渡しされた。俺は処理に困った。こんなもの持ち帰りたくない。しかもかさばる。しかし、がっこのゴミ箱に捨てると即バレてしまう(○○さんへ、などと余計なことが書いてあるため)。結局持ち帰って親に渡したが、その後どうなったかわからない。厚くて丈夫だったので鍋敷きにでもしたのだろうか。帰りにロッカールームにいた二年生に見せる。先輩は『俺らの時は紙っぺらだったような気がする』『ゴージャスになってる』と言うので『ヒマになったんでしょう』と言っておく。あの講師は先輩達ともやっぱり折り合いが悪かったことが着替えの時に判明。やっぱり先輩達とはしゃべっておくもんだ、と思う。そして、彼と折り合いが悪いのは俺達だけじゃなかったんだ、と納得。どちらにしろ、彼とはもうおそらく会うことはない。彼のことは皆マッハの早さで忘却の彼方に追いやった。もう思い出したくもない。

2001年12月1日
土曜日
いつもでも下らない授業でヘコんでいる場合ではない。というわけで今日は全経の電卓検定。検定はがっこで行われた。土曜日なので登校しているのは我々のクラスの生徒のみ。うちのがっこはとにかく二言目には『お金がない』と言って、3時や2時に暖房を切ってしまう。そんなわけで今日我々のためだけに暖房が本当に入っているのか不安だったので使い捨てカイロなどを持った(指先を温めるため)が、幸い暖房は入っていた。おそらく他の科の教師や事務員が出勤していたから入れてみただけだろう。
電卓は2級・1級・段位とも除算、乗算、見取算、複合算(メモリーキーを使った四則計算)、伝票算それぞれ10分となっている。1級は2級より桁が多く(どちらも100点満点×5)、段位は1級と桁数は同じだが問題数が倍。200点満点×5ということ。そして合計が500点なら初段、550なら2段、600なら3段というような判定。
午前中は練習時間をかなり取ってから全員で1級の受験。ものすごく集中力を必要とするので終わった時点で既にヨレヨレになる。昼食後は1級一発勝負の生徒はパソコンルームで一応エクセルの練習ということになっているが、恐らく寝ていたかネットに入っていたのではないかと思われる。そして残りの人間は練習時間をかなり取ってから段位の受験。終わった時はヨレヨレを通り越してズタボロという感じだったのは俺だけじゃないと思われる。思わずみんなで拍手をしてお互いをねぎらう。発表はいつになるか不明とのこと。なんじゃそりゃ。

2001年12月第2週
月曜日
土曜日に登校したので代休。優雅だ。しかし、ゆっくりしてもいられない。1日に電卓が終わったばかりだというのに、19日に日検の表計算(エクセル)の検定があるからだ。4・3 級のプリントを経て、2級の問題集をやっていたが、どの時点かは今となっては不明でお恥ずかしいのだが今は1級の問題集を渡されたのでそれをやっている。1級の問題集といっても本試験形式の問題が12個載っているだけのもので、みなそれを自分のペースでやり、つまづいたら先生を呼ぶのだが、みんな呼びまくりなのでなかなか自分のところに教師が回ってこない。しかし一度つまづくとそこを抜かして次の所を先にやってるというわけにもいかない時があり、本当に困った。あと『1級の問題集に入るのが日にち的に遅い』という声を複数聞いた。

2001年12月第3週
月曜日
うちのがっこの来年度の入学生選抜試験(つーか入試)のため俺らは休み。土日も入れて3連休。もしかしたら金曜日も半日だったかもしれない。そんで『入試の準備があるから』と言っていたような気もする。定員の半分以上が既に推薦枠で決まっているので、その推薦で落ちた奴と一般受験の生徒、それに社会人が今日適性・学科・面接を受けるわけだ。

2001年12月第4週
火曜日
献血カーが来る日。比重が足りなくて断られる。俺の善意はいつも空振り〜。しかし落ち込んではいられない。明日は表計算の検定。ここんとこしばらく本番のように時間を測って問題を解くのはいいのだが、12まである問題集のうち『今日は6をやりましょう』『今日は7をやりましょう』の繰り返しが何日か続いており、飽きる。つーか、不安。仕方ないので家で、自分では難しいなと感じた10や12をやってみたり、6と7以外のやつを何度もやってみてはいた。

2001年12月19日
検定当日。午前中は1人が段位、あと全員が2級を受験。午後からは全員で1級。問題集の7と酷似しているように俺には思えた問題内容だった。似ていれば似ていたで『漏洩?』と思ってしまう。2級は本体はそれほどでもないのだが、グラフを作った後に多少のテクニックが必要だった。そのテクは一度だけさらっと授業中に触れただけのような気がするので、そこでつまづいていた奴も何人かいたようだ。おそらくそれで5点減点、合格は80点以上なので大きい方だと思う。でもまぁ、2級に落ちても1級に受かればいいわけだが、なかなか微妙だ。ちなみにこれも結果がいつ出るかわからないとのこと。あきれる。

2001年12月第5週
今年最後の週ということで、徐々に荷物を持ち帰り始める。夏休みの時は休み中に虫類を殺すガスを撒くっつーことだったので、私物にそのガスが触れるのが嫌だった俺はとにかく休み前に物を全て持ち帰っていた。今回もそうしようと思ったのだが、よく考えたら冬にガスを撒くだろうか…。
木曜日
大掃除&式。学院長の話ではうちの学院の二年生の就職内定率は50%、県下にある高等技術専門学院の中ではトップだと胸を張っていたが、50パーで胸を張られても困る。昼で終わり。水曜日の帰りは大変だった。ロッカーの中が倉庫みたいになってる奴がそれを全部一度に持ち帰ろうとおっ広げていた。ちらっと見たら販売士の用語集から電卓の問題集、エクセルでプリントアウトした解答まで、夏休み以降に使ったもののオンパレード。なぜ検定が終わる度に持って帰らないのか理解に苦しむが、まぁほっとこう。
とうとう電卓の結果は出なかった。電卓・表計算とも結局休み明けに一度に知らされるのだろう。両方入っていればいいが、どちらも落ちていたらショックが一度に来る。なんとかならんのか。表計算はともかく、1ヶ月近く経った電卓の結果が出てないというのはどういうことだろう。全経の人間って、そんなにナマケモノなのだろうか。優雅だ(こればっか)。
休みは1/14までなのだが、1/19に全経秘書2級の検定がすぐある。てーことで、冬休みの宿題を先日ドサっともらう。あと、2月中旬には全経の簿記2級の(中略)ドサっともらう。もうみんな着手しているようだ。

2002年1月第3週
冬休み終わる。始業式・宿題提出。この週、エクセルの合格証が届く。全員1級に受かり、まずはほっとする。クラスで受かる奴落ちる奴が混在していると何か妙に気を使うからだ。2級に落ちた奴、段位に受かった奴もいるが、まぁとりあえずよかった。しかし、全経の表計算1級に受かったからといって、エクセルのエキスパートになったわけでは全く無い。1級でもおそらく段位でも、マクロの知識は全く求められてはいない。俺は自慢じゃないが特定のセルへのジャンプも置換もできないが、それでも取れた1級だからだ。おそらくエクセルの機能の1割も使っていないだろう。しかし、地元のおバカな企業主を騙すにはこの程度で充分足りるんだろう。
電卓の結果も通知だけされた。こちらはさまざま。1級・段位共に受かる奴、共に落ちる奴。全経の電卓の検定は年に5回あるということだが、我々が受けることができるのは年に1度だけ。俺が小さい頃は珠算を習っていたが、その時は合格ラインに達してる達してないにかかわらず、とにかく回数で受験しまくり、まぁ調子がよくて合格できればめっけもん、くらいの気持でいた。とにかく数でこなしていた。電卓と珠算はとても性格が似ているので、電卓もそれ方式でいいのではないかと思わずにいられない。12月頭に検定を受けてから現在で50日くらい、もう実力も落ちまくっている。これをまた段位合格まで持っていくのも大変だし、その状態を今年の12月まで保つのはもっと大変だ。結局このままの級・段位で行くことになるんだろうなという漠然とした予感。
インターネットで仕事を探す練習をはじめてやってみる。『りくなび』などを覗く。何もない。
土曜日、全経の秘書検定の日。午前中は各自自習(ずっと寝てる奴あり)、午後から検定。1時間で終わったが4時までは拘束なのでワープロの練習などをしつつ、一人ずつ呼び出し&就職についての打ち合わせ…つーか、基本方針の確認・合意。秘書自体は全員おそらく合格したと思われる。ただ、満点も難しい。ほとんど気にしていなかった、郵便関係から出題されていたからだ。
その他、履歴書の書き方の練習・試し書きの提出、年度末評価試験(進級試験のようなもの)についての説明などあり。

2002年1月第4週
これと言って何もなし。残る検定は簿記とワープロだけになったが、それだけだとダレると思ってか、合間に敬語や電話応対の練習の授業がある。早い話が受付ごっことも言える。面接&勤めてから対策らしいが、みんなかなりダレる。
冬休みが終わってからというもの、なんかクラスの中の雰囲気が悪い。俺からみた限りでは、早い話がこの学院に見きりをつけ、3月で中退して他の学校に行こうとしてる奴が、黙ってればいいものを『もうあたしゃどうでもいいんだ光線』をビシバシ出しているからと見た。そいつの他にも『春でもう辞める』宣言をしている女の子も何人かおり、早い話が浮き足立っているわけだ。辞めて働きたいのはこちらもヤマヤマなので、そうやって辞めていける奴は羨ましいが、同じ辞めるのでも普通に振舞っていればいいものを、やりたい放題、しゃべりたい放題なのでみんなの顰蹙を買っているが本人がそれに気づいていないのがハッピーだ。同じ『辞める宣言』をしても、今まで通りに振舞っている人もおり、そういう人は賢いと思う。教師に食ってかかったりいなくなったり授業が中断されたりとさんざんな時があった。検定前なのにやめてほしい。

2002年2月第1週
まだ簿記の検定内容の全てが終わらない。なので、確かこの週に本試験形式の問題集をもらうが、習った範囲の所しか着手できず、53点という点数を取り、凹む。必ず4問目で出題される伝票関係と、あと5問目で出題される可能性のある本支店関連の所ができないにしてもあまりにひどいと反省。合格のためにはこの二つを必ず何とかしなければならないと思い、教科書で予習を試みるも、さっぱりわからず青くなる。仕方ないので放課後に他の人が補習を自ら受ける時に便乗し始める。合間の受付ごっこやワープロは息抜きと割り切る。

2002年2月第2週
来週うちの科の二次募集の試験があるらしい。うちの学院には5つの科があるが、そのうちの3つで欠員が出、正月に募集していた分の試験だ。人数が少ないせいか、学院そのものは休みにならず、みんながっかり。

2002年2月第3週
先週クラスの人が『来週は毎日残って勉強する』と言っていたので便乗する。その甲斐あってたまに満点も取れるようになってきた。土曜日も自主的に学院に集まって勉強、先生はクラスでヤバそうな奴を何人か集めて特訓、俺はもう大丈夫そうなのだが、家にいても遊んでしまうので一応来てみた。しかしお菓子代やジュース代、お昼にみんなでピザの宅配を頼んだりしたので最近大出費。やむを得ない。これも合格のためと割り切る。
二年生でまだ内定していない人があと1/7ほどしかいなくなったらしく、めでたい。あと何人かだ。来年度の俺らは一体どうなるのか。トリを飾るのだけは避けたいと切に思う。

2002年2月第4週
日曜日簿記2級検定。午前中は例によって自習、昼から検定、それでも月曜日が代休なせいか4時までいなければならないってことであとはワープロで時間をつぶすも、教師は簿記の内輪の採点に行ってしまったので誰も何もしないでネットで遊ぶ。

2002年2月19日
27日の期末評価試験にむけて、各科目の復習をやってくださる。なぜ授業時間を割いてそんなことをするのかよくわからない。販売士は1時間潰して心理テストをやったり、秘書の復習の時間は卒業式に先輩方に渡す記念品をみんなで考えたり。そんなこと他の地域の学院に聞け。こののちも販売士はプリントをゆ〜っくりやったり(出題範囲が少ないから)、秘書はもう問題ができているのでその内容を教えてくれたりで、そんなにどうでもいいテストなら最初からやるな、大事なテストなら全部の範囲から出題すればいいんだし、事前に問題を教えてくれなくてもいい、と思った。
結局俺達を遊ばせないためにやってるのだろうが、かなり迷惑だ。
全員、そんなには点数が開かないと思われるので、熾烈な戦いになりそうだ。

2002年2月22日
2年生の卒業前の評価試験のため休み。2年生は昨日も半日だった。その半日と今日とで、2年間に習った全てのことをテストすると思われる。電話応対の試験などもありそうだ。

2002年2月27日
期末評価試験終わる。6教科を1日でというのは相当しんどい。せめて半日ずつ2日にわけて、という風にいかないものか。それだけの時間はあったハズだ。

2002年2月28日
『計算実務』の授業始まる。これは2年生になってから検定があるので、2年生になってからかと思っていたらさっそく始まった。今のところは簡単な計算なのでラク。

2002年3月1日
今日は6時間。私の知り合いの2年生が就職できたと先月聞いたので喜んでいたら、どうやらそれは単なる派遣らしい。それは一体就職と言えるのか。どうりで本人が喜んでいないと思ったら。というか、それを就職した方の頭数に入れる学院側の姿勢に驚く。こりゃー自分もアブナイぞ、という危機感にかられるが、どうしようもなく、とりあえずは6日のワープロの検定なのだが、自宅ではそのソフトがないため練習できない。そこで計算実務の予習をするべきか、自分で購入しておいた日商簿記の問題集を進めるべきか迷う。計算実務は要らないが、そちらの方に時間を食われてしまって困る。どうしたらいいかわからない。

2002年3月6日
月・火と午前中は別の勉強、午後からはぎっしり一太郎という状態を経て、今日の試験。今日もそんな感じ。最初2級を受ける人達だけ受験、その間受けない人達は1級の筆記試験の自習。2級が終わると、全員で準一級の受験。2級を受けた人はここで退出、教室で自習。そして1級の受験、そのまま筆記試験。やはり緊張。規定の文字数を打てなかった人もおり、もう既にある程度自分でわかってしまうのが辛いところ。

2002年3月13日
昨日と今日で、秘書検定と簿記検定の合格証が相次いで届く。どちらも全員合格で、まったくめでたい。
 6日に一太郎の検定が終わってからというもの、検定のない計算実務と面接の練習、そしてワードなので、みんなダレまくる。休む奴も続出。自分でもいかに今まで検定だけを目指してやってきたかを実感。検定しないとなると、人間いかにダレるかということがよくわかる。しかし『将来役に立つかもしれないから』という理由などではモチベーションとして弱いと思う。

2002年3月13日
『2年生を送る会』の日。予算をもらったので、ピザを大量に頼んで1・2年生と教師陣で食べる。我々はあまり2年生と折り合いがよくないので、全く盛り上がらず終わる。何か芸をやるはめにならなくて本当に良かったが、そもそもこういう会が本当に必要なのだろうか。一人あたり1500円位。現金で返して欲しい気分。

2002年3月14日
昨日までダレダレだったが、今日はもう授業はなく、3時まで掃除&ダラダラを繰り返す。見栄だけの学院なので、駐車場やグラウンドもぬかりはない。3時からは明日の修了式(普通の学校の卒業式。おそらくうちは文部科学省の管轄ではなく、労働省?の施設なので、卒業式という言葉が使えないのではないか)のリハーサル。立ったり座ったり寝たり。
 明日限りで会えなくなる人もいる。二年生にならないと決めちゃった人達だ。でもなんかあっけない別れになりそうだ。

2002年3月15日
修了式。途中で暖房が切れたりしてマジ辛かった。前日にグラウンドや駐車場のゴミ拾いまでさせて見栄はって、そんで当日式の真っ最中に暖房切れてちゃ世話ないなと思った。肝心なとこで失敗して、バカみたい。
 バカみたいといえば、修了証書を渡す時に、その生徒によってはウケ狙いかマ ジかわからないが、握手を求めてる生徒もたまにいた。んでとある科の生徒も握手を求めて学院長に手を差し出したところ、学院長は首を振って後ろに下がりやがった。その生徒はとりあえず壇を降りて自分の席に戻ったが、間もなく会場を出てって帰らなかった。証書を持って出たかどうかわからない。
 その後式は滞りなく終わり、修了生が退場する時は学院長が一人一人に握手していたので出口の所がダンゴになっていた。
 んでわしらも教室に戻ってみんなで『なにアレ!! 』『学院長マジむかつく! 』などと 怒っていたが、戻ってきた教師はもちんノーコメント(笑)。後ろの方にいて何があったか見えなかった生徒にはすかさず別の人が教えて、こういう悪いことはあっと言う間に広まった。 俺も彼、オトナげないなぁと思った。うちは職業訓練所だから、所詮学院長も教育者でも何でもなく、ただの訓練所の管理者に過ぎないということがよくわかった。なんか卒業生の中で一人だけ卒業試験に受からなかった人がいて、そいつがその一人だという噂もあるのだが、いくら問題児だったとしても、最後の日にそうやってやるかフツー。 俺ならグレる。みんな他人事でもムカついていた。 来賓の人だって『何だアレ』って思うと思うし。 それじゃ担任が学院長に一体彼のことをどういう風に伝えていたのかということにもなるし。
 まぁそんなわけで、修了式に出させられたのはいいが、高校生の3学期が終わる時でいう終業式っつの? あれもないままなんとなく解散して終わった。区切りも張り合いもない。でもとりあえず春休みだ。

2002年4月11日
対面式兼始業式。一年生にお辞儀をして終わる。その後全科の二年生だけでエラい人の話を聞いてお昼で終わり。教科書の配布や一年間の検定予定表を配るなどのことはなかった。春休み中にクラスの人数がさらに減って、入学当時の7割になっていた。 翌日は駐車許可証がらみの手続き、ゴミの収集方法が変わったためそちらの説明、クラス委員長や各委員の押しつけっこなどで終わる。
また、明日からうちの科の1・2年生合同の朝礼というものが導入された。全員集まってアエイウエオアオ(家人がこれを聞いて大爆笑。『舞台俳優かい?』だと)・挨拶の練習・連絡伝達・服装チェック・一人ずつ交代での1分間スピーチというものだ。これだけやるとどうやっても1時間目が30分削れる。かなり疑問。試験前のケツに火がついたような状態の時でもこれをやる気なのか。それともそういう時はやめるのか。だとしたらヘタレだ。
クラスの友人に『実は二年生になったことを少々後悔したり』とメールする。

2002年4月15日
何となーく授業始まる。内容は全経簿記一級(工業簿記)、在庫や発注の管理ソフト(蔵奉行)の使い方、ワード、筆記試験対策の一般教養(数学・国語)…をかわるがわる。 数学は初級公務員試験程度、国語は今のところ漢字の読み書きのみ。あと、就職の面談が一人ずつ始まる。

2002年4月19日
献血デー。それとは関係ないのだが、今年度に我々が何の検定を受験するのかという予定表がまだ来ない。早くほしいので催促したところ、まだ未定とのこと。あのー、受験料を見越して学費を払い込ませたんじゃないんでしょうか、と呆れる。
『多分…』程度の予定としては、7月に全経簿記一級(工業簿記)、2月に同(会計)、それのみになりそうとのこと。我々の一年先輩は4つ検定を受けていたのに、俺らは2つ…。その浮いた時間で何をするかというと、我々のクラスが苦手な『しゃべり』に力を入れさせるそうだ…。トホホ…。
また、はっきりとはわからないが、我々の一期下は電卓を習うだけで検定を受けなかったり、販売士を3級からやって翌年に2級にステップアップしたり、簿記は日商3級からだったりと、かなり我々と異なるカリキュラムになっている。日商の簿記をほしがっている奴や販売士の2級に受からなかった連中、羨ましがる羨ましがる。当然だ…。どうして毎年こんなにも違うのか。良く言えば『時代のニーズに応えて』ということなのかもしれないが、ただ単に一貫性がないとも言える。これをやめてみたり、あんなことを導入してみたり。単なる迷走、行き当たりばったりという感じだ。

2002年4月25 日
体育ある日。23日は6時間授業だった。授業内容は変わらず。一般教養にしても、何月までやるのかわからない。

2002年4月26日
本来は簿記の授業だったが、5月の焼肉レクの準備。企業説明会の説明で2時間終わる。その後連休前ということで、警察のエライ人(昨年と同じ人)が来て交通安全講話。ただ1時間弱くちゃべって事故をなくそうなんざ、ムシのよ過ぎる話だ。他にやることないのか。昼で解散。メシを食って帰る。

2002年5月1日
連休と連休の間の登校。今月の頭ということで、全科の全校朝礼。お辞儀や整列、回れ右や前へならえーの練習ののち、やっと学院長の話と連絡事項になり、終わる。これで終わりかと思いきや、今度は科ごとで集まってまた連絡伝達。ほぼ1時間がつぶれた。自分では資格を取りにここに来ているつもりだったが、何だか自分がだんだん違う方向に煮えてきたような気がする。学院長の話では、4/10に新入生が96人入って、今日の時点で既に3人退学したそうだが、その3人を根性なしとかいうのもわかるが、早く見切りをつけるというのも一種の賢さだとつくづく思った。少なくとも、自分のように『何だかヘンだ』と思いながらダラダラ通うよりはよっぽどいいと思った。それだけ早く次の手が打てるということだし。今日は一人大遅刻、2人サボり。休み得か?

2002年5月2日
昨日休んでいた2人、呼ばれて手一杯怒られたよう。なぜ? 義務教育でもあるまいに。昨日はテストの予告もあって、今日はその2人は不利になるだろうとは思っていたが、それは本人達が不利益を被ればいいだけの話なので、なんてこたないと思うのだが…。実際は呼び出されるのに忙しくて、結局そのテストすら受けられなかったのだが。授業及びその理解状況を知るためのテストよりも大事な呼び出しだったのだろう。下らねぇ…。
今週の金曜日に企業説明会があるため、履歴書書きにかなりの時間を学院側が割いていた。あと個人との面談。

2002年5月10日
午前中は普通に勉強。午後からは企業説明会ということで、学院からいなくなるため、どの企業のブースに行く予定か、などの書類を書かされる。あと、早退扱いになるらしいので、その届も書かされる。皆勤にはキズがつかないらしいが。
実際行ってみると、人い過ぎ。あと、事前に配られていた企業リストや職種などとは当日若干の変更があり、瞬間的に方向転換を迫られていた人がいた。履歴書を2通ほど持参したのだが、それを受取ってもらうような段階まではとても行けない。行列で待って、話を聞くだけで精一杯というか、1社終わっただけでかなりの時間と体力を使ってしまった。
説明会に行かない人もおり、その人達は学院で多分4時まで拘束らしいが、俺らは3時半で帰ってもいいと言われる。企業も少ないし、条件が合わなかったりヘコみまくりで、みな疲れ果てていたからだろうか。どちらにしろヒサン。どこからこんなに人が湧いてくるのだろうと思うくらいだった。

2002年5月14
職安からエラい人が来て『就職ガイダンス』。『厳しいですよ〜』と、当たり前のことしか言われず。内容的にも全く得るものはなかった。
 明日は避難訓練。

2002年5月17日
1・2年生合同の全科レク。別名焼肉。朝少し勉強してから野菜切り・炭火起こしなどの準備をして一年生を接待。本当は就職でそれどころではないのだが、義務なので仕方ない。少し早めに終わる。

2002年5月20日
身体測定。明日は内科検診。昨年と全く同じだ。人数が少ないのであっと言う間に終わる。

2002年5月24日
月1の職員研修なので、恒例のお昼で終わる金曜日。少しネットで遊んでから帰る。来月個人的に日商簿記の3級を受けるため、友人と残れる日は残っている。今日も職員は合間を縫って30分ほど付き合ってくれた。しかし月曜に工業簿記の小テストもあるため、もういっぱいいっぱいになる。3級は商業っぽい簿記なので、工簿とはほとんどカブっている部分がないため、大変ツラい。しかしクラスの連中の中には『ヒマでヒマで仕方なーい!! 』と叫ぶ奴もいるため、心からムカつく。

2002年6月1日
ほとんど毎日残って日商簿記3級の勉強。3級程度でもこんなに勉強しないといけないくらい実力がない自分にウンザリ。
 学校の方は相変わらずだ。まずいつぞやで『蔵奉行』が終わった。伝票を入力したらあとは自分で短いレポートを書きまくり&提出、の繰り返し。しかも次月分の伝票も追加入力してその分のレポートも書いたので予想していた分の倍書かねばならず、仕方ないので家に持って帰って書いたりした。
 あとは工業簿記の時間が増え、残りはワードと一般教養、ごくたまに体育、という感じだ。工簿1級は7月中旬に検定なので正直あまり時間がない。小テストがしょっちゅうある。

2002年6月9日
日曜だというのに遠くの短大に出向いて日商簿記3級を受けに行く。3級は多分一番多くの人が受験していたようだ。80人以上はいた。朝が割と早いので眠い眠い。そして机がいつも学校で使っているものより一回り小さく、隣の人もすぐ傍にいるのでカンニングし放題という感じだ。
 試験自体は何度も青くなった。『もう諦めて提出しちまおうかな』とも思ったが、何とか頑張って考えているとかすかに解法の手がかりが見えた…のが『あと10分』と言われた後だったのでそれからが大忙し。なんとか解いて、解答をメモできるだけしてとりあえず帰る。なんだか虚脱。あと、隣のオバハンの安い電卓の音が果てしなくうるさかった。

2002年6月21日
簿記検定が終わってから毎日をエンジョイしまくり。クラスのてんでやる気のない連中は毎日こんな楽しい生活をしているのかと思うと羨ましくなるくらいだらけモード。
そして今日はレントゲン撮影の日。2年生だけが就職がらみのために撮る。昨年の今頃はクラスのお調子者が『オレも撮りてぇ』と騒いでいたのを懐かしく思い出す。そんな彼も今はもういない。
6/27・28に行われる球技大会のために、今月頭からかなり時間を費やしている。大会そのもののための話合い、出前を頼むのでそちらがらみの関係。運営委員大忙し。優勝を狙える他科は燃えているが、わが科はほとんど無関心。そんなに重大に考えていない。正直、そんなことに時間を使うくらいなら、工簿をもっとゆっくり進めてくれんかのーという気持だ。

2002年6月27日
今日一日と明日半日は球技大会。うちの科だけ女子が多いため、何をやってもメタメタに負ける。エネルギーを使うだけムダという感じだ。

2002年7月1日
一時間目、全体朝礼。以前から募集し、投票していた交通や作業安全の標語の表彰。二時間目、簿記のハズが球技大会の反省や席替え。三時間目、衛生講話。半日一体何をやっているのか。
 工業簿記の検定が近づいている。小テストがしょっちゅうある。出題されそうな所の検討はついているようなので、そればかりやる。

2002年7月14日
工業簿記検定1級の日。日曜だというのに登校。早めに行ってパソコンで遊ぶ。クラスの一人が面接でこちらを受験できなかったのが気の毒だ。
 ヤマが当りに当って、かなりいい感じ。みんなも余裕で、まだ試験時間が終わらないうちからプリントに絵を描いて試験官(うちのセンセ)に見せたりしていたのを後ろから目撃。
 終わってから他の人に答えの単価を聞いたりして速攻で帰る。半日がつぶれてしまった。

2002年7月19日
遠足の日。上が決めたお仕着せの場所に、雨の中他科の人とバスで向かい、上が決めたお仕着せのパークゴルフをする。暑いのと、歩くのが大変なのと、待ち時間があるのを除けば、まぁ面白かった。が、お昼からの時間つぶしに困った。近郊に遊ぶ所がない田舎は本当に困る。

2002年7月31日
29日に交通安全講話をして、今日は大掃除・終業式。二年生は4回目になるので、要領良くサボる技術を身につけた。
 みんな就職問題で悩んでいる。まだクラスからは内定をゲットした奴は1人。あとは他の奴がコンビニで買ってきた就職雑誌を回し読みしたり、新聞を見たり、面接に行ったりの4ヶ月。
 一般常識はなんだかんだで今月いっぱいやった。数学は先日テスト。どこが出題されるか親切にも事前に教えて下さり、解かせて解説までしてくれた。余計なお世話だった。国語と政治経済も50点ずつのテストを一度にやった。国語もざっとではあるが出題されそうなところを教えてくれ、本当に勉強している人とそうでない人の違いが出て来ないのがムカつく。序列をつけるためではなく、単なる見極めテストらしいが、結果すら何も言って来ない。ましてや『君は数学のこの分野が弱いから、(この程度の)問題集を買ってやってみなさい』ということもない。自分で考えて勝手にやれということらしい。
 ともあれ、明日からたった16日間の夏休みだ。


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