日本のブレイクダンス・・・・日本におけるヒップホップは常にダンスがそのシーンの中心であった。これは、ダンスがビジュアルインパクトを持った文化であり、言葉の壁というものが存在せず、言葉の壁プラス文化的壁の厚かったラップなどに比べれ理解されやすかったのがその理由ではないだろうか。ヒップホップカルチャーが日本に紹介される以前にも黒人ダンスの熱狂的支持層は常に日本に存在した。日本にヒップホップを大衆に始めて紹介したのは、先程にも紹介した、1983年の映画「フラッシュダンス」であった。この映画はヒップホップ映画ではなかったが、その一部に路上でブレイキングやポッピングをする子供たちにシーンがあり、その数秒のシーンに衝撃を覚え、ブレイクダンスを始める人はアメリカ同様日本でも多数でた。ちなみに、この映画のラストで主人公のジェニファービールスがオーディションでバックスピンをするシーンがあり、これは実はクレイジーレッグスが女装してレオタードを着てやっているというのは有名な話しである。また83年、「ブレイクダンス」で有名になったターボことブーガルシュリンプも歯磨き粉のアクアフレシュのコマーシャル出演とそのプロモーションで来日、日本にヒップホップカルチャーの種をまいた。これらのダンサー以外にも、当時アメリカで活躍していた多くのダンサーが日本によばれ、当時のダンスシーンに多大な影響を与えた。