一休宗純の姿
一体何が身体であるかを考えるのは難しい。以前ビガクブロクの投稿で、身体を内と外にわけて捉えてはどうか、という話題があった。それに対して恣意的に、内と外を分けてしまってはまずいのではないかという意見もあった。どちらの意見ももっともな気がするのだが、私は視点を分けるという手法で身体を考えてみようと思った。ある人物について考えるとき、その人自身が自分について考えるのと、本人以外がその人物について考えるのではずいぶんと趣が変わってくると思うからだ。今回は一休宗純を例にあげて考えてみようと思う。
ここにあげたのは墨斎筆の一休像である。ばさばさの頭髪、まばらな無精髭、鋭い目つき。ある程度一休についての知識をもっているあなたなら、すぐに分かったはずだ。「ああ、知ってるよ、これが本当の一休宗純なんだよね。」酒色を避けず薪村にあった寺に美女森侍者をおいて寵愛したという、破壊坊主一休。彼の伝記にふさわしいなまぐさ坊主ぶりである。ところで私たちの思い描くもう一人の一休といえば、TVでおなじみの小坊主一休であろう。丈の短い着物に坊主頭、寺の雑務におわれる少年僧の姿で一休は描かれている。”このはしわたるべからず ”の但し書きのある橋の真ん中を堂々とわたる、機転のきく少年一休の活躍は、見たい見たくないに関わらず、TV番組選択肢の少ない幼少期に幾度となく目にしたに違いない。TVの一休さんと墨斎の一休像。この二つを結びつけるものはいったいなんだろうか?少年時代の活躍があるとすれば、多少なりと老一休もまた、才知に衰えず、いくらかの茶目っ気を残して端然とした姿で描かれるべきである。しかし、私には一休像からそのような雰囲気を読みとることはできなかった。頑固そうで、みすぼらしい老人がこちらを見ている。ただそれだけである。私の参考にした図書によれば、自由闊達な自己主張で民衆を引きつけた点や、禅問答の遊び感覚と論敵への容赦ない攻撃、私生活の大胆さと禅道への厳粛さ。その変幻自在な魅力が、毒気を抜かれて表現されたのがTVの一休さんだという。変幻自在といえば、現在残る一休の像や姿絵のなかでも彼は、変幻自在にその風貌を変えている。「朱太刀の一休」と俗称される一休像は現在、京都の一休寺にある。堂々とした恰幅の一休は法衣に身を包み、高僧らしく曲ロク(漢字が出ません…寺に置いてある変な形のイスのこと)に腰掛け、長めの朱鞘の太刀をかまえる。この一休は容姿もふっくらとして白みがある。禅の道を極めつくして悟りに達した風格とふくよかさを備えている。墨斎も木像を残している。一休木像とよばれるその作品は、師の一休自身も気にかけていたようで、自ら髭を抜いてこれに植毛したと伝えられる。像に自ら肉体を与えたことからも分かるように、「やはり墨斎の一休は本物だ」と私たちは納得する。しかし、この「本当の一休宗純」とか「墨斎の一休は本物」という言葉には落とし穴がある。いったいどうして、本物と分かるのかということである。墨斎の描き、造形した一休は、あくまで墨斎を通してみた一休の表現にすぎない。だから、白くてふくふくとした一休も、とんち小坊主一休も、墨斎の頑固そうな一休も、本物ではないかもしれないわけだ。私はいつも、ここまで考えて後、この堂々巡りの問題から逃げ出したくなる。実体は確かに私の目の前にあるのに、それを写し取った瞬間、写し取られたある実体とは違うものが生まれてしまう。絵や写真に写し取らなかったとしても、目に映し見た時点で、本当の実体ではなく私の目を通した実体が生まれてしまう。どうしたら本当の対象を知ることができるのだろう。そんな、私の中に生まれた視線をめぐる問題をわかりやすく文章として表現してくれたのが、昨年授業の発表に利用したテクスト『ミメーシスを超えて』だった。
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