昭和38年卒業
空手は心だ加納敬三
今思えば、奇異にえられた原因が「我にあり」という意識がこの当時なかったのでは…。 自宅にパトカーやアジア系外国人がやってきたり、町では暴力団筋の方から挨拶してくるとか等々。まさにこの時期が、一過性とはいえ、私自身一番家族に迷惑をかけた「度胸一本槍」の成長期であった。しかし、この通過してきた時期が大失態であったことはいうまでもありません。 名古屋日産モーター(株)に入社してからは、空手部の創部以来、自己流の鍛錬を習慣化し、40年以上に亘り「生活の一部」としてきました。 主な戦績としては 昭和37年 6回全日学生空手道選手権大会で、優秀選手賞を受賞 (団体戦では準優勝) (新聞別添) 昭和41年 実業団全日本空手大会で、優秀選手賞を受賞(団体戦では3位) 特に大学時代に会得した『信義』『礼節』『正義』の教義と諸先輩の講話は、社会人となって『義務を果たし、約束は守る』『攻撃は最大の防御である』『年長者を敬う』に変容し、ものごとをやり遂げる上でのコンセプトの基盤として多大なる影響を受けたのであります 事実が見えても真実が見えにくい昨今の世情でありますが、空手道あればこそ、一本筋の通った心を醸成できたということに大いなる感謝をしております。 創部以来、今日の隆盛に至るまでの田中宏会長、杉浦健五総監督のご苦労ご尽力は並大抵のことではなかったと拝察致し、深く敬服するところでございます。
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