T 千里眼時代
T 千里眼時代
 TMJournalの創刊号では、この場を与えてくれたインターネットについて触れてみたいと思います。ちょうど僕が高校2年の時に学校新聞に載せた記事があり、今回はそれを引用。執筆当時と数字が多少変わるとは思いますが、基本は変わっておらず現在も通用すると思います。楽をしてすいません…では。
 

 皆さんは、「千里眼」という言葉をご存知だろうか。それは遠方の出来事や、隠れているものなどを見通す能力のことだといわれている。想像して欲しい。もしこの能力を持っているとしたら、あなたはどうするだろうか。
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科学技術の発達は、人類に「千里眼」を与えようとしている。そればかりではない、「千里紙」「千里筆」「千里耳」。これら全てを操ることのできる時代がすぐそこまでやってきているのだ。そう、デジタルネットワーク社会の幕開けである。これを語る上でインターネットに焦点を当ててみよう。その起源は、冷戦期の米国にあって、核攻撃に絶えうる通信網への需要が今日のインターネットの原型を生んだ。ネットでは通信内容を非常に細かな単位に分けて送信相手に細切れに送り、受け手側でそれを合成、復元するシステムをとっている。途中の経路は問われないので、ある中継地点が破壊されても別の経路を経由して通信ができる。つまり、インターネットは電話などのように「中央交換機」のようなものを必要としない「分散協調型」の通信形態なのだ。当然、災害や故障にも強い。ここにネット=網と呼ばれる由縁がある。(中略)
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 では、インターネットで何ができるだろうか。言ってしまえば、パソコンでできることなら何でも出来る。例えば、皆さんは文通に憧れたことはないだろうか。電子メールを使えば、切手を貼り、ポストに投函する手間もかからない。わずかな接続料だけで世界中のどことでも瞬時のうちにやりとりできるのである。さらに、メールマガジンという機能を使うと、ニュースなどの自分で選んだ情報が送られてくる。それは、あたかも自分が欲しい情報のみを載せた日刊紙のような感覚だ。まさに「千里筆」「千里紙」なのである。
  「千里耳」「千里眼」はワールドワイドウェブ(www.)にあたる。ウェブ上は個人や団体が製作した星の数ほどの掲示板、ホームページであふれていて、キーワードを使って検索することができる.。試しに「岐阜」で検索して見よう。それだけで39957件の応答があった。思いついた語を検索すれば、必ず何らかのホームページがある。文字だけではなく、画像や映像、音楽までも入手可能だ。「あれを調べよう」「これが見てみたい」という人間の発想力が追いつかないほどに、ウェブは莫大な情報を含んで成長を続けている。
 現行の新聞、雑誌、テレビなど、どのマスメディアもあちらからこちらへの片道通行であり、なかなか受け手の考えは反映されなかった。だがインターネットは違う。電子メールですぐに意見を出すこともできるし、自分自身がホームページを作成して情報の発信源となることもできる。そう、インターネット上では一人一人が主役であり、世界中が舞台なのである。
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 ここまで読んできて、インターネットやりたい!と思った人は、是非始めてみて欲しい。初めの不安さにも不思議とすぐ慣れるし、自分の創造力、見識、知識を大きく広げるよいチャンスだと思う。しかし、ここでもう一度問い直したい。もしインターネットに加入したとしたら、あなたはどうするだろうか。
 実は、ここに落とし穴がある。一見バラ色に見えるインターネットにもとげがあるのだ。思い出して欲しい。昨年12月に起こったネット宅配毒事件では、インターネットを通じて知り合った男性から女性に青酸カリが送られ、女性がそれで服毒自殺した。アンダーグラウンドと呼ばれるようなホームページでは、「現実世界ならば入手に相応の危険が伴うはずのモノや情報がクリックするだけで簡単に手に入る状態」が今なお続いているのだ。ネット上では、顔が見えない匿名性から欲望がストレートに表現される傾向が強い。その気になれば、誰でも誹謗や中傷を流したり、アダルトサイトを見たり、果ては密売に手を染めることもできかねない。あまりの情報の膨大さが、悪質な情報の隠れ蓑となるわけだ。
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 インターネットは、その人の心のあり方を映し出す鏡であるとも言える。どんなアイデアにもアドバイスをくれる代わりに、どんな魂胆にも入れ知恵をする。それをふるい分けられるのは、他でもないあなただけなのである。酒は呑んでも呑まれるな、と同様に、コンピュータを操作はしても操作されてしまうのは情けない。「分進秒歩」のコンピュータ・インターネットの高性能を正しく有用に使いこなすのは、使用する人間如何なのだ。あと22ヶ月で新世紀。コンピュータがますます重要になっていくこの時代を我々は担っていく。我々の新世紀は、果たして堕落か、発展か。(完) 



 な、長いです。思っていたよりかなり。だれかここまで読んでくれているのかなぁ(汗)。読んでいてくれたらとってもうれしいですよね。普通のTMJournalは、全然こんなに長くはなりませんから。それにしても、当時弱冠17歳。ネットを始めて2ヶ月弱の段階で、よくここまで書けたと思いません?次回は、癒しの音楽に触れてみたいと思います。
       
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U 時代を描いた譜線紙〜癒し〜

U 時代を描いた譜線紙〜癒し〜

 テレビから流れてくる音楽に耳を傾けてみよう。普段は耳を伝わるだけのその音楽は、実は非常に雄弁なのではないだろうか。もしくは非常に繊細なのかもしれない。歌は世につれ、という言葉があるように、その時々に流行する音楽というものは常に時代の世相を反映します。そんな音楽の中から、今回は癒しの音楽「ヒーリング・ミュージック」と呼ばれる分野について特記したいと思います。

 毎年のように現れては消えるヒット曲たちの中で、2000年3月、関係者を驚かす売り上げを上げたCDアルバムがあった。東芝EMIから発売された「feel」の登場だ。NHKスペシャルのテーマ曲「世紀を越えて」、ゲームソフトFF[のCM曲「Eyes on Me」、サラ・ブライトマンの「Time to say goodbye」といった曲目が、どこかで聞いたあの曲を!という探究心をくすぐった。ソニーからもヨーヨー・マや「パリは燃えているか」に世界遺産などを載せた「Image」が続いて発売され好調を維持。いずれのアルバムの曲も、空や森を彷彿とさせるような深く澄んだ質の高い名曲が特に選ばれている。だがいったい、なぜこうした聴くと心が安らぎ癒されるような音楽がこれほど注目されるようになってきたのだろうか。
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 癒し(いやし)自体は広辞苑にも載っていないほど新しい言葉である。94年に作家の大江健三郎氏がノーベル文学賞授賞式の記念講演の際に触れたが、それ以前には新聞紙上にもほとんど現れていない。もとは医療の現場で使われた言葉で、科学的というより心理的精神的に作用するおまじないのような効果を指したという。「痛いの痛いの飛んでいけ」と優しく言われると、痛くなくなったような気になるのが癒しの原点ということだ。癒しが求められる時、そこには必ず痛みや悲しみが存在する。これが、昨今の癒し系音楽流行の鍵になるのではないか。
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 feel」や「Image」のような癒しの曲を集めたオムニバスCDというのは実は初めてではない。その主なルーツを探ると10年ほど前にたどり着ける。音楽療法にも使われるニューエイジミュージックと呼ばれるジャンルである。95年になるとグレゴリオ聖歌やクラシックの「アダージョ・カラヤン」が好評を受け、97年、ケルト民族の曲調を厳かに表現したエンヤの流行の頃から癒しという言葉も盛んに登場するようになる。
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 視点を社会情勢に転じると、90年代の日本は残念ながら「失われた10年」と表現される。90年頃にはバブルの崩壊により経済が失速。95年の阪神・淡路大震災では6000人以上の死者を出して神戸市が壊滅。以降現在に至るまでの、経済的な停滞や社会的な不安増大はこの場でいうまでもないだろう。そしてここで挙げた年号は、先ほどの癒し系音楽の原型が成長してきた年号と不思議な一致を見せる。社会の痛みや悲しみが大きく膨らみ、それらからの解放を願う人間の本能が癒しの曲を求めた、と考えるに足る事実である。現に阪神大震災の直後には、地元のラジオ曲が心和む選曲で音楽を絶えず流し続け、また各地のボランティアが被災地でライブを行った。それらが被災者の方々の立ち直りに大きな力を発揮したということだ。
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 人は傷つき、そして癒された後は何を求めるだろう。先の神戸のラジオ曲は、心和み落ち着く曲から、次第に聴くと元気が出て後押しされるような曲にシフトしていったと聞く。オリックスブルーウェーブの選手の腕には「がんばろうKOBE」の腕章が縫い付けられていたのを思いだす。癒しの後にくるもの、それは励ましだ。今日も「feel2」「Image2」の発売と好調に見られるように、人々は癒しを求めている。だが、時代は確実に移り変わっている。圧倒的な高支持率を誇った小泉総理やドラマ「HERO」に人々が求めたものは、そして「あしたがあるさ」の再ヒットに人々が重ねた思いは、再生復活への励ましなのではないだろうか。これからの社会と音楽はどのように交錯していくのか、しばらくはヒットチャートの陰に隠れた音楽界の動向に目を、いや耳を離せそうにない。

 僕が好きな音楽も言われてみれば癒しの曲が多いのです。ということは、ココロのどこかが傷ついているのでしょうか…うーん、センシティブ。「feel」も「Image」もその他の好い曲も、町の保管庫に集められています。さて、次回のTMJは皆さんも大好きなカラオケについて触れてみる予定です。
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