真面目な勉強の話
私が文化交流学科に所属して半年になる。最初はそれほど悩むこともなく、先生の講義を聞いていただけだった。だが夏休みを過ぎたころには内容も複雑化し、ただ講義を聴いてノートをとるだけでは付いていけないことに気が付いた。この文化交流学という学問は比較的新しいものであり、まだまだ発展途中の学問であるということを聞いてから、まだ不安定な事に不安を感じながらも、自分たちでこの道を切り開いていかなくてはならないと思った。その為には、ただ指定された教室に行って話を聞くだけではなく、自分の中の常識、今まで考えてきたものを見つめ直して、文化という外世界にだけ目を向けるのではなく、自分と言う内面的なものにも目を向けなければならないだろう。
文化交流論についての私の心構え(というほど大した物じゃないけど・・・)
文化交流論とは、一言では説明しずらい学問である。私自身、この学問に全く造詣が無い人から、具体的に何をやっているのかと言うことを質問されて困った事がある。前にも述べたがこの学問はまだ新しく、はっきりした方向性がまとまっていないとも言える。それをこれから開拓していくのだが、私自身が思うに、外の世界を知ることによって、自分が何者なのかを追及していく事が一つに挙げられると思う。
これは私自身だけの考えではなく、『文化交流論』と言う講義を受けていた時、そのときの教授が語ったことである。文化交流学科の学生が取る講義では、教授から海外に行くことを進められる。そこで様々な国の人々と触れ合う事によって、その国独自の発見をするだけではなく、新しい物を自分自身の中にも発見していくことにもなるのだ。
文化交流と自分について新発見する(気がした?)
・・・と私自身が短い時間の中で感じた事を書いてみたが、文化交流とは理論を展開するだけでは意味が無いのである。海外へ行くための心構えの様なものをここで感じ取り、とにかく興味のある国、地域などへ行ってみようと考えてもらえれば、もうそこから文化交流への旅の入り口に立ったようなものである。興味のあるものならば積極的に自ら、あれもやってみたい、これもやってみたいと思えるはずだ。
交流とは、現地へ行って、そこの生の声に触れるのが一番の醍醐味であり、また早道だと思う。目の前に人間がいれば、あれこれ調べている暇などなく、とにかくコミュニケーションをはからなければならないのだから。そして、個人レベルでもそういった友達が出来れば、文化交流の醍醐味を味わっていけるだろう。
とにかくいってみよう!!
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