2、虐殺はどう行われたか
虐殺は、軍隊、警察、自警団、民衆によって行われた。
茨城の場合
茨城における震災の被害は、他府県と比較すれば少なかった。しかし、家屋の倒壊、交通機関の破壊、通信の途絶などが局所的ではあったがおこってた。
警察庁の発表
羅災者・・・・・・2,622人
死者・・・・・・・・14人
行方不明・・・・1人
負傷者・・・・・・56人
*さいわい火災は発生しなかったが
全壊家屋・・・・517戸
半壊家屋・・・・630戸
茨城では震災が、茨城県南部および県西部に大きな被害をもたらした。
常磐線の土浦駅と荒川沖の間で列車転覆事故が発生
乗客10人が即死、43人が重軽傷
↓
この事故で常磐線は不通、3日夜にようやく復旧
東京方面からの下り列車には、親類を頼ってやってくる避難者
茨城からの列車には、東京にいる身寄りの安否をきずかい、上京する人が多かった
こん中な騒ぎの中
避難者の口から
「朝鮮人が震災を機会に決起しようとしている」
「毒薬を井戸に投げ、水に飢えた避難民を殺そうとしている」
etc・・・。
流言(デマ)が伝えられる
このため各地で自警団が組織され、とくに常磐線の各駅では、日本刀や竹やりをもった自警団が、朝鮮人の侵入に備えて張り込みを行った。
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これらの事件からみえること
1、朝鮮人に対する暴行行為は、9月3日の夜ごろから始まっている。
これは、常磐線の復旧と時を同じにしており、以後、続々とおしよせる避難者の口 から朝鮮人に関する流言によるもの。その結果として、列車に乗って避難してきた 朝鮮人を駅で張り込んでいた自警団が襲うケース。
2、茨城県内に労働者として在住していた朝鮮人は暴行を受けていない。
当時、茨城県内にどれくらいの朝鮮人が在住していたのか、その数はわからない
が、警官や雇主によって厳重な警戒や保護がなされていたからだろう。
3、 事件のほとんどが暴行するにとどまり、殺害するまでにはいたっていない。
茨城における朝鮮人殺害は44人
東京、神奈川、埼玉、千葉、などに比べて、茨城における朝鮮人暴行および殺害事件は少なかった
その理由
1、茨城では震災による被害が少なく、民衆自身も震災の混乱をさほど感じなかったこと
2、茨城に在住していた朝鮮人の数が少なかったこと。
*県北は?
日立鉱山や常磐炭田の炭鉱に朝鮮人が労働者として連行されるのは昭和になってから。