3、虐殺の要因

明治維新から第一次世界大戦(1914〜18)までに、日本の経済は目覚しい発展をとげる。
*第一次世界大戦後、1920年からの世界恐慌など、日本も不況に
    国内的:不況、米騒動(1918)
    国外的:3.1独立運動(1919)、5.4運動(1919)
         
    不安な社会の中で、関東大震災がおこる 

*このような社会状況が震災を伴う朝鮮人虐殺をひきおこした。

直接的な要因

厳戒令の施行による軍隊の出隊、および流言の発生と拡大。

1、「厳戒令」:戦時・事変に際し、立法・行政・司法の事務の全部または一部を軍の機関に委ねること。
       ↓
*戦時でも内乱でもない関東大震災のとき、なぜ政府は枢密院の議も経ないで厳戒令をだしたのか?
→厳密にいえば違法行為をした。
  警察庁・・・・・軍の出動を求め、軍も「非常警備」の名目で出動開始
          
1919年に起こった抗日3・1独立運動の仕返しをおそれて
内務大臣:水野錬太郎         水野と赤池は3・1独立運動直後の朝鮮で弾圧政
警視総監:赤池 濃   冶をしていた。
            厳戒令を強く主張

2、流言(デマ)       
      発生
  ・内閣陰謀説・・・・・・厳戒令下に虐殺が行われ、政府が厳戒令を出すために、朝鮮人暴動の流言を。
  ・自然発生説・・・・・・民衆の朝鮮人に対する蔑視感から。

間接的な要因

それらの流言が真実だとして国民に受け入れられたこと。
*朝鮮人に対する一種の偏見が国民の間でつくられてた。
 1910年の日韓併合で日本国民に
     「われわれは、朝鮮を征服した」
     「朝鮮人は、われわれより下等な民族だから征服された」
 というような意識をもたせた。
           

震災に遭遇したとき、一転して朝鮮人に対する恐怖感となって表面化
朝鮮人虐殺を招く