冷戦時代の世界は、イデオロギーに基づいてアメリカとソ連の2つの超大国があり、世界の国々はどっちかにつくか、または、どっちにもつかない第3世界という形で世界の秩序ができていた。この時の状態を「2極体制」と、この本では呼んでいる。そして、1980年代末に共産主義世界が崩壊し、一時的な一極体制を経て、現在は1つの超大国であるアメリカといくつかの大国からなる「一極・多極体制」であり、今後10年か、20年後には真の多極体制を迎えるだろうと述べている。現在は「一極・多極体制」であるが、超大国にアメリカは、あたかも一極体制にあるかのように振舞いがちであり、慈悲深い覇権国である(p.62,l.3~4) という。ここに問題があるのだと思う。今年行なわれたG8の会議でさえ、世界のことをたった8カ国だけで決めるのはおかしいとデモが起こったのに、それをアメリカ1カ国で世界の重要な問題に対処しようとしたのでは、批判が出てあたりまえである。
確かにグローバルな規模の重要な課題に取り組むうえでは、アメリカの参加が不可欠であることは否定できないが、英知の源としてアメリカがかけがいのない存在であると暗に示唆している点が間違っている(p.62,l10~11)。
その例としては、アメリカが世界の警察官として、重要な国際問題が生じたときに処理しようとする点である。今、アメリカでテロが起こっているがその首謀者であるとされるウサマ・ビン・ラディンは、冷戦時アメリカと共にソ連と戦っていた。それが「反米」に転換したのは、1991年の湾岸戦争を機に、米軍約50万人がサウジアラビアに進駐したことが発端だった。イスラム教徒の聖地メッカやメディナを「異教徒」に守られる屈辱感は、やがて米国への強い反発となったのだという。
このようにアメリカの行動には、相手のことを理解せずに、自国の利益に走る点が見られる。それゆえに、アメリカは強引に介入し、搾取し、一方的な政策を遂行して覇権を追求する国、偽善的で二枚舌の国であり、外交政策が国内政治に大きく左右される国(p.73~74)として映り、しだいに世界の中で孤立しつつあるのである。
もう一つ孤立している国がある。それが日本である。しかし、この孤立というのは文化及び文明的観点から見た場合である。共通の文化を分けあっている国々は、高いレベルで信頼しあい、親交を深め、よりたやすく協力しあい、必要な場合には互いに支援を与えあうのだという。(p.46)
この違う意味での孤立国同士のアメリカと日本は、最良の友であり、日本にとって唯一の同盟国である。(p.47) また、アメリカは日本との軍事的な同盟関係を強化し、日本の軍事力の適度な増強を支援することによって中国を牽制している。その中国は、もしこのまま経済的発展を続けることができれば、かつての支配的な地位を取り戻すかもしれない。この3国の相互関係が、東アジアの政治の核心であり、この相互関係で最も弱いのが日本と中国とを結ぶ線である。両国にとってこれを解決するには、中国側には寛容が、日本側には、歩みより、さらにアメリカによる後押しが必要であろう。
つまりは、21世紀の最大の脅威は「文明の衝突」ということである。しかし、平和裏に世界秩序が保たれるキーとなるものを、ハンチントン氏は、それもまた「文明」だと本の最後で言っている。他文明の中に、自らの文明と同質の部分を見出すこと、しいては諸文明に普遍の、つまり人類に普遍の価値観を見出すことが異なる諸文明の共存に欠かせないということである。
文明の衝突を起こさないためには、異文化を理解する相互理解と、そして、互いの文化・文明を認め合うことが必要であると思う。総合的世界観・人間観を礎として、ひとつの地球文明・人類文明として収まるのだと思う。
このように諸文明をまとめることは、無宗教の国であり、西欧文化をはじめとした世界の主要文明を吸収した国、つまり、どこの文明にも属していなく、自国文化にさまざまな文化をとり入れている傾向のある日本でこそ可能になるのかもしれない。ただし、その逆がいえることも忘れてはいけないと思う。
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