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2003年5月9日
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2002年12月19日 21時57分34秒 |
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19th Dec. 2002 実は私は2つの大学と取り引き(?)があるので、今日はもうひとつの大学からお届 けしている。。。とかいっても、はたから見るとどこから書き込もうと一緒なの だが。 私の心の中では、3年半お世話になり、その後もなんやかやとお世話になっている 我が母校の方に愛着があるのだが、こっちの大学ともそろそろ2年になろうかとい う付き合いだ。嫌でもちょっと愛着が涌いてくる。 2つの大学を股にかけていると、便利なところ便利じゃないところの違いが見えて 面白い。 ややこしいので母校の方をA、新しい付合いの方をB大学としよう。 A大学はいわゆる歴史の古い伝統大学(通称:赤レンガの大学という)。もともとの キャンパスがあり、最近の生徒の拡大で円心状に大きくなってはいるものの、全 てが一か所で済むため便利だ。 一方B大学は、80年代後半から90年代前半にかけて旧ポリテクやカレッジから昇格 した新制大学。 このような大学の常として、キャンパスが街や地方一帯に点在し ている。わが大学の場合、遠いキャンパスは本校から電車で40分もかかる。 私の 所属しているキャンパスは、本校から更に歩くこと20分で到着するという離れ小 島である。 リサーチにかける意気込みもAとB大学では違う。A大学はやっぱり伝統的にリサー チに強い学校。 外からの助成金が頼りなので、スタッフも張り切って資金探しに 励んでいる。 一方B大学は、旧ポリテクなので技術の養成に強く、就職難に悩むイ ギリス人、キャリアアップをはかるイギリス人でいつも大賑わい。リサーチでお 金を稼ぐより、実利でお金を稼いでいるかんじ。当然、スタッフはリサーチ資金 探しにあんまりやる気がない。 技術系でなく社会科学系リサーチ畑の私にはちょっ と畑が違うような気がする。 ところが人生分からないもので、仕事に関してはリサーチに強いはずの我が母校 ではなく、B大学がオファーをくれたりした。我が母校には高い学費を払ったが、 B大学は給料をくれたどころか学費まで出してくれちゃったりした太っ腹だ。 そん な訳でB大学万歳!と叫んで、A大学に別れを告げたいのだが、今だにフラフラと 出入りしていたりする私であった。 未練なのかな〜 |
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2002年12月18日 17時22分29秒 |
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18th Dec. 2002 先週末でタームが終って、とっても静かな大学。 1年のうちで一番好きな時期だ。。。が、私のスケジュールはかなり詰まっている。 昨日は一日中研究助成金の助成先を探すため、インターネットに張りついていた。 結果 収穫なし。 こういう時が一番虚しい。こんなことなら論文でも書いていた方がよかった。 そ の昔日本の有名科学者の先生が、「一日中部屋で理論を考えて何も見い出せずに 電車に乗って帰る時が一番虚しい」といっていたが、まさしく私の気持ちと一致 する。 学部の正面玄関でおもわず座りこみそうになっちゃったさ。 昨日一番の虚しさは、某ファンドに細かい申請基準を申請内容のサマリーと共に 尋ねたら、ホームページに出ているすでに明らかな情報が自動返信で送りかえさ れてきたことだ。。。 「そんなのもう分かっとるがな〜!」 と、おもわず関西弁になってしまう私であった(怒ると関西弁になりやすい人間で ある)。 申請内容のサマリーを作るのに費やした2時間をかえして欲しい。 私がこんなに苦労しているにもかかわらず、共同研究者になるはずのM先生は、 「友人とクリスマスランチに行ってくる」という能天気なメールを寄越しやがり ました。 彼が今までしたことといえば、一番始めの草稿を作っただけだ。 どこの 世界でも下っ端が一番苦労するように出来ているんだな。とほほ〜。 |
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2002年12月17日 02時25分38秒 |
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16th Dec.2002 こうして体験してみると、サイトを運営するのはなかなか大変だなと思う。 更新しないと自分の気持ちが悪いし、でも時間がなかったりして、 ジレンマだな〜。 突然だが先週の金曜日に面接があった。 6ヵ月のマタニティリーブ(出産のお休み )カバーのためのリサーチ職の募集だったのだが、これが応募すること自体が大変 に要求の高い、途中で「もういいっす。辞退するっす。」と言ってしまいたくな るようなプロセスだった。 応募用紙に記入はいいとして、今まで書いたものの提出が始めに課せられ、面接 のリストに残ったら更に他の論文の提出。とどめは面接前の30分の秘密テスト(? )ときたもんだ。 人事に聞いても教えてくれないという素晴らしさ。 なんだかここ までされると、「はあ〜」と逆に彼らのプライドの高さ加減に嫌気がさしてきて しまう。 さてその面接の秘密テストとは、「(たったの)30分で7ページ程ある論文(もちろ ん英語。しかも1ページに2コラムの論文ときたもんだ)を読んで、分析、質問に答 えて下さい。」という学部の試験でも出ないような課題であった。。。とほほ(学 部試験だって2時間は時間があるさ〜)。 論文そのものは、じっくり読めば面白そうな内容だったのだが、なにしろ30分し かないしさー。論文って飛ばし読みするようなもんでもないのにねぇ(ま、私もよ くやってるけれども)。 一応マスは埋めたけれど、面接の場での質問には行き当た りばったり。 面接2日前に書き終わったリトレチャーレビュー(文献分析とでも訳 そうか?)の分析に使った文献と似たようなものだったので、それで議論したこと を適当に当てはめて答えたんだけれど。。。 せっかくインタビューをうまくこなすセミナーでつけた自信が粉々に砕けるよう な面接だった。 あのセミナーの先生も、こんな面接への対応策は教えてくれない もんね。ふん。 |
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2002年12月12日 21時42分08秒 |
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12th Dec. 2002 なんかやたら忙しいぞ。。。という訳で、すでに更新の止まっている我がホームペー ジであった。 ところで、史上最悪の面接の結果はやっぱり駄目だったのだ。ま、私でもとらないよ、あんなオタオタしてる人間。。。と、落ち込まずに自分を客観的に見ることが出来るようになったのは、開き直ったからか、精神的に強くなったためか? 後日談だが、その学部で研究者として働いている人と、このポストの話になり、 そこで5年働いている彼女ですらこの仕事の応募に躊躇して止めたということが分 かった。 なぜなら「とっても忙しくて、要求ばっかり。自分のリサーチなんてす る時間のない仕事」だとのこと。 うーむ、今考えると落ちてよかったのかもしれ ないな。聞いただけで頭痛がするよ。。。 ちょっと前のことなのだが、10日(火)に大学のキャリアサービスがやっている 「Preparing for interviews」というセミナーに行った。 これが、あなた(誰?)、 とっても良いセミナーだった(コーヒー飲み放題、昼飯付きという点も素晴らしい )。 はじめは、よくある質問や、意地悪質問への対処の仕方、どんな点に気をつけ るべきかという、まあ基本についての講義なのだけど、一環して先生が強調する のは「面接中に変なことがあっても自分は悪くない、相手が悪いのだ」という実 にイギリス的アドバイス。 例えば面接官が10人位いたりする面接(日本ではよくあ るけれど、こっちはたいてい多くても5人くらい)、「ひぇー何を望んでるの?」 とパニックになる必要は全くなし。 彼らの中に派閥があって、決定権を握ってい る人が何人もいる例だという。へ〜。 こういう面接に限って、オーガナイズの仕 方が悪いとか。 なるほど〜。 人をはるばる呼んでおいて、コーヒーの一杯、水の一杯も出てこない面接も悪い 面接だとか。 よく机の上に水がおいてあって、「これを飲んだら落ちるかしらん?」 などと考えていた(馬鹿?)私の目からはうろこがポロポロと落ちました。 今まで「仕事くだせ〜」的な態度で出ていた私。 次々繰り出される面接する側 の失敗談を聞いて、なんだかセミナーが終わる頃にはすっかり先生の高飛車。。。 いや自信に満ちた態度が乗り移っている私であった。 それにしても「面接する側の望むような人間」を演じることが必要な日本の面接 とは、やっぱり違うよな〜。 10人いたセミナー参加者のうち7割が外国籍だった。私が「英国人があんまりいな いねぇ。どうしてかな。」というとアラブ人のおじさんがずばり「彼らには必要 ないんでしょ。」。。。そりゃそうだ。 それは彼らが必要以上に自信満々だから? それとも就職難なんて関係ないから? 分からん。 |
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2002年12月06日 17時05分31秒 |
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という訳で、史上最悪の出来の面接が終わった。。。 5分のプレゼンは途中で打ち切られるは(2分位多目に見てくれると思ったのが甘かっ た)、質問にはしどろもどろになるは、いま思い出しても「うっきー」と胸毛をか きむしりたくなる程の出来だった(胸毛はないけれどもさ)。。。 唯一の救いといえば、面接を受けたのは我が各部の位置と反対側、通称「科学キャ ンパス」と呼ばれるところだったことか。 普通に歩いているだけじゃ、今後面接官に会う可能性はないもんね。 もっとも面接官の一人は、私が博士課程の時に受けていた社会学理論の担当教官 という恐ろしい図だったのだけど。5年近く前の事だから覚えていないだろうとい うことを期待したい。ついでに私のエッセイが話にならない程の出来だったとい うことも忘れていてくれると助かるのだが(希望的観測)。 今回の教訓 - プレゼンは時間以内に収めましょう。途中で打ち切られるのは、結構恥ずかし いです(泣)。 - 学部の方針はもっと真剣に頭に入れておきましょう。助け舟を出されるのも結 構恥ずかしいです(大泣)。 - レクチャラーの面接の場合は、自分の今までの研究内容より、ティーチングの 経験や今後の教育方針の方をよく聞かれます(リサーチフェローやアソシエイトの 場合は反対になります)。 - もっと発表論文の数を増やしましょう。助成金をいただいた時のレポートがウェッ ブに出ていたりするし、来年出版予定のブックチャプターの業績があったからちょっ とは会話になったけど、これがなかったら「ありません」で終わったかと思うと 冷や汗が。。。某研究誌に送った論文がS誌、T誌とたらい回しにされたことは内 緒だよ〜ん。 |
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2002年12月04日 17時36分38秒 |
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4th Dec. 2002 朝来てみたらカウンタが増えてた。誰かいらしたのでしょうか? 恥ずかしい。こんな訳の分からないページでごめんなさい。 わざわざ通信費を使って来て下さって、この程度とは。 昨日作ったばかりなんで許して下さい。 日記の青が目に痛いことに気がついた。ちょっと後で変えてみよう。 ところで、プレゼンの用意は完了した。お題は「どのように学部の教育課程と研 究活動にあなたが貢献出来るか(意訳)」。よくあるテーマだ。実にありふれてい る。 。。。あんまり良くあるテーマなので、L大学のリサーチアソシエイトに応募した 時に使ったOHPを再利用してみた。こんななめきった事ばかりしているから、いつ までも仕事がもらえないのかもしれないな。。。 今後の工事予定 1: 成功する応募用紙の書き方(なぜか面接の呼ばれる確率だけは高い私なので。。。 ) 2: 成功する面接の受け方。。。というのを近い将来書いてみたい、ぜひ! 3:イギリスの教育者達。。。というと堅いけど、ようは「ドクター」と呼ばれる 私の友人達の間抜けな話。 4: 就職活動記録 こんな所かな(夢だけは大きいかも)。まずはファイルの扱い方法から学ばないと ね。。。 |
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2002年12月04日 17時35分17秒 |
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3rd Dec. 2002 朝たまたま誰かのホームページを見ていたら、急に自分のも作りたくなった。ライ コスで一度失敗しているくせに(初心者用ツールを使って失敗する私って。。。)、 こりない私であった。 ところが、ちょいちょいと入力、クリックしたら途端にホームページっぽいもの が出来た。(一度日記を書いて、何も分からずダイレクトリをいじったら、日記 が消えたことは内緒にしておこう) こりゃ、人生楽しくなってきたかもしれない。。。。っといっている間に、明後 日の面接のためのプレゼン準備をした方が良いのではないだろうか。。。と自問 自答しつつ、今日の日記は終りにする。 |