涙の就職活動歴
別名:敗戦の歴史
(発展途上です)
★2000年12月
M大学リサーチアシスタント
初面接、初合格。ビギナーラッキーというべきか。この時のコネで今も食いつないでいる。 仕事始めと博士号の口答試験が重なって、ちょっと大変な日々であった。
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★2001年1月
E大学リサーチアソシエイト
M大リサーチアシスタントの仕事が終りそうだったので、アプライしてみた。 面接
の心得も分からぬまま、ネガティブなことをいい続けて北の名門大学に拒絶され
た(泣)。 面接日程と重なって学会発表をキャンセルし、飛行機代の返金も不可と
いう大量の支出をしての面接だったんだが。 今思えば、コンベナーに直交渉され
た発表の機会だったんだから、学会に行った方が実りがいっぱいあったのかもし
れない。ちぇっ。
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★2001年2月
B大学リサーチフェロー
「なんか面白そう」という興味だけで出したアプリケーションだったので、面接
の結果は散々だった。 M大のコントラクトは切れたけれど、そのまま研究論文にす
るということで首が繋がっていたのだけれど、その研究論文の進み具合を突っ込
まれたのが敗因かもしれない(いや、面接全体が敗因だけどさ)。
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★2001年2月
S大学リサーチアソシエイト
面接初のプレゼンを課せられる。お題は「次のテキストをクオリティティブリサー
チ(計量的研究?ていうのかな?)手法を使って分析し、結果を発表して下さい」
この研究手法って一応博士研究で使ったことになってるのだが今いち系統だって
やってなかったので、図書館で本を借りまくって勉強する(おいおい)。 1日で分かっ
たつもりになり、3日で分析、OHPを作って準備(だって1週間しか時間をくれない
んだもん。。。)。 結果、「興味深い分析なんだけど、ちょっと我々の考えていた
のと違うのよね」だってさ。はははは。。。(腰が抜けてます)
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★2001年4月
S大学レクチャラー
「レクチャラーになったら定住出来るな」なんて軽い気持ちで応募したら、面接
に通ってしまった! 社会学の先生なんてね〜。一応基礎はあるが突っ込まれたら
ヤバイなーと思っていたら、案の定突っ込まれました。5分のプレゼンにて「あな
たはこの学部でどのような教科を教えますか?」というお題をいただく。始めて
シラバスを作った。割と良い出来だったが、彼らの胸には響かなかったようだ。
ラブレターを書いたのにフラレた気分だ。 タダめし付きだったのが唯一の救いか。
旧ポリテクとちょっと馬鹿にしていたが(私が馬鹿に出来る立場には全くないのだ
が)キャンパスは我が母校より数段立派だった。
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★2001年6月
L大学リサーチアソシエイト
またもや5分のプレゼン(なぜ面接プレゼンというのは5分なの?)。 お題は「あな
たの今までのリサーチ経験をこのプロジェクトにどのように生かすか?」- ふむ、
ではプロジェクトの対象地域の自治体のレポートなど見てみよう。。。と思った
ら、根からの研究好きのためか(嘘)、結構張り切って分析してしまった。 地図ま
で作ったりして(お絵かき好き)、我ながら素晴らしいプレゼンだったのだが、面
接に落とし穴が!
「クオンティティブリサーチ(統計的研究??かな)手法の方の知識が甘い」とい
うコメントを頂きました〜。今度はこっちの手法かよかよ! と思って、統計の本を読みまくっ
たけど分からん(←今さらいうな〜)。
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★2001年7月
A大学プロジェクトオフィサー
いつも仕事の内容をあんまり読まずに応募する私だが(。。。)、今回は面接に呼
ばれてまじまじと詳細をチェックすると、非常に要求の高い仕事であった。 わざ
わざスコットランドの果ての果てまで8時間かけて旅したが、前日の夜に「面接を
キャンセルして帰っちゃおうかな〜」って程の自信のなさだった。こういう時の
結果は。。。 やっぱり悪い。
質問に対して自分でも何をいってるか分からなくなる程のめちゃくささ。
更に悪いことに面接官の一人は、同じスコットランドつながりで私のスーパーバ
イザーの知り合いだったりした(それを言われた時、心の中で「がっびょーん」と
叫んだ私だった)。 彼女が後で、 私のスーパーバイザーに告げ口しないことを祈
りつつ面接室を後にした。ヒュルル〜。 スコットランドの風は冷たい。
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3rd Dec. 2002
★2001年8月
G大学リサーチアシスタント
前回のA大学に呼ばれた時に乗り換えのために立ち寄ったこの地に、1ヵ月後に舞
い戻るとは思わなかった。 畑違いの歯学部でのお仕事。でもプロジェクトの責任
者は社会学者だったのでちょっと安心していた(科学者にコンプレックスを抱いて
いる)。 3人の面接官のうち、インド系のハンサムなお兄さんと話がはずんだが、
代表者であるドクターと協力者である女性プロフェッサーは白けていた(ような気
がする)。 ここまで負の経験を積むと、面接の場で誰かが白けていると結果が悪い
ということが分かってくる。 なんとかこのプロフェッサーを喜ばせようと思った
が(私はコメディアンじゃないのだが)、ちっとも喜んでくれなかった。
結果 やっ
ぱり駄目でした、 ふん。 後日面接のフィードバックをドクターに要求すると、
「君はアシスタントとしては、経験値が高すぎるから」といわれた。 だったら最
初から面接リストから外してちょうだいな。 ま、多分外交辞令なんだろうな。面
と向かって、「君の英語は全く駄目」とはいえないもんね。。。
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★2002年8月
Eカレッジ リサーチオフィサー
記録だけ見ると楽しそうに面接を受けている私だが(ちょっと痛々しいが)、実際
のところは「残念レター」と受け取るたびに、「残念電話」を受けとるたびに大
泣きし1週間は落ち込んで、繊細な同居人に鬱病を移すという迷惑なことを繰り返
していた(笑。。って笑ってる場合じゃないんだが)。
前おきが長くなったが、そんな訳で「いっそキャリア変更しちゃえ!」と思って
就職活動をしている裏で、こそこそ(?)キャリア変更のための準備を進めつつ、
「とっても興味のあるものだけ」を吟味してアプリケーションを送っていたとこ
ろ、地元のカレッジ(半大学、半カレッジ)でリサーチオフィサーの広告を見て、
即応募。面接に通ってしまいました。
泣いても笑ってもこれで就職活動は止めようと思っていたので、リラックスして、
割合良く出来た面接だったと思う。 今までの面接で一番タフな1時間(!)の面接。
しかも4人がかりで攻撃(?)された。。。でも面白かった。 だってもともとおしゃ
べりなんだもーん。1時間も注目を浴びておしゃべり(?)出来る機会なんて、そう
ないでしょう?
学食での昼食無料券までついて、なかなか素晴らしいおもてなしだった。
結果
。。。ここで受かっていたら、このホームページを開こうなんて思わなかった訳
で。。。
とりあえず自分の中では「燃えたぜ。燃え尽きた。。。」という言葉が渦まいて
いた夏の日であった。。。。
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