第一話
小学生(特に男子)にとって一番の思い出といえばなんだろうか?修学旅行、運動会、遠足・・・。いろいろあるがやはりうんち我慢(なぜか赤)だろう。
臭くて当然である。なぜなら貴様らがわざわざ匂いをかぎに来るからだ。
そんな光景を僕は受けた事がない。ただ見てただけだった。(時には荷担したりした。)
そう、見てただけなのだ・・・。
6年間うんちが我慢できた英雄(ヒーロー)などと言わないでほしい。
僕はそれ以前の問題だったのだ・・・。 和式トイレが使えなかったのである。
生まれながら洋式トイレしか使ったことのなかった僕はどうしても和式トイレが使えなかった。だから、必死で我慢した・・・。イスの上にわざわざ正座して足で穴を押さえたり、堂々と尻を手で押さえたり(時には直接)、
頭が痛いといってかえったり、病院に行くといって部活を休んだり、それはそれは多大な苦労を強いられていた。(爆)
そして小学校2年生。忘れられない日が来た・・・。
僕は当時から(いまもそう)一日に何度もうんちをする体質で、特に朝は4回ほど行っても集合場所からその日一日のうんち我慢が始まる日もあった。
突然、幼稚園の光景が思い出された。ちょうどその時僕は廃バスのなかであそんでいた。我慢に我慢をかさねていたうんちが自然に、悪魔でも自然にでてしまったのを思い出した。その光景が何度も繰り返される・・・。次の瞬間。
ぷちゅっ!
柔らかめのうんちが少しでた。それでも全部出さずに家まで我慢した。しかし本当の不幸はこれからだった・・・。
妹inトイレット・・・。
結局そのあとも必死で我慢し、ふらふらになりながら、便器にたどりついた。
ここまでしても和式トイレは高校にはいるまでまともにつかえなかった・・・。
つづく・・・(ああ、やっぱりまたうんちねた・・・)
第二話
第一話に引き続き、その後数々のピンチを切り抜けた僕であった・・・。
しかし、問題は高校だった・・・。
しかし、いいこともあれば悪いこともある・・・。
便意を催すとすぐ出せる環境になったため、我慢ができなくなったことである。
さらに追い打ちをかけるように、朝大を家でしても自転車にまたがるとしたくなる日々が続いたときもあった。そのため、駅のトイレにいくためにわざわざ20分も前に家を出ていた。(なんで家に戻ってしなかったのだろうか?)
最寄りの名鉄Y駅(やはりバレバレ)のトイレは大便所が1つしかなく、しかも毎朝決まった先客(僕は毎朝ではない)がいたので、そいつがでるまで我慢しなければならなかった。ま、数々のライバル(僕のように時々利用する人)もいたが・・・。
そう言う場合はまだよい。問題は電車のなかで催したときである・・・。
1週間に3回ぐらいはそんな日があった。名鉄の電車は(おそらく特急をのぞいて)トイレがない(それが普通?)のである。
いつでもトイレに行けないという不安からよけいに便意をもよおすのである。
補習授業のストレスからの過敏性大腸なのか?
電車にのっているとまず軽く前兆がやってくる。「お、今日もきたか。」という感じである。そして、だいたいの日は次のレベル「ちょいやばいかも」までで終わるのである。ひどいときでも「学校までもつか」レベルである。
しかし時には最高レベル「あかん!もうだめや!」(なぜか関西弁)に達することもある。
まさに東海大地震と伊勢湾台風が同時にせまって来る直前であろうか?
結局その時も学校までぎりぎりでまにあった。ありがとう勝谷苦金局長(爆)
そんな僕が今度は大学である。今よりもさらに通学時間が長くなるのは確実である。
今の願いはいつでもトイレに行けるように車の免許が欲しいである。
ひとまずウンチネタは終わり。
僕は小学校3年まで靴下が嫌いだった。
そんなある日、事件は起こった・・・。
あれは3年生の夏だった。授業中先生が妙なことを言い出した。
「この間からこの教室臭くない?」
何をバカなことを言い出すのだと僕は思った。もちろんそんな臭いはなかったはずである。
しかし甘かった・・・。他のクラスメイトは口々に
やがて先生はわざわざ僕の席の近くに来て
そんな隙間にいるわけないだろ。ああ、そうか。貴様はニオイの原因は僕の足だと言いたいんだろ!確かに黒い物体が付いてるから汚い事は汚い。でもニオイまではしないと思うぞ!
その日、家に帰ってニオイをかいでみると、ちょっとにおった。
それ以来、僕は夏でも靴下を履いて外出している。
僕は今でもこの事件を、教師の生徒に対するいじめだと思っている。
第四話
人間どうしても好きでやめられない事があるものである。
その日はちょうど私立D大学の入試日であった。
僕は仮にも(?)高校3年生。舟木一夫も「あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜♪」と歌っている高校3年生である。(いったい僕は何歳なんだ?)
無事試験も終わり、ここは名古屋駅セントラルタワーズ。
今、自分は手にとってミニモニ。ひなまつりを買うべきか買わないべきか・・・。
いや、買うべきだ絶対欲しい!
でも恥ずかしい・・・。
その時、スーツを着たサラリーマンのオッサン(40ぐらい)が新曲コーナーにやってきたかと思うと迷わずにミニモニ。にてをのばしたのである。
僕はそのオッサンの行動に勇気づけられた。
迷わずCDに手をのばし、レジへと向かい、そそくさと高島屋をあとにした。
あと気になる試験の結果だが見事に合格。これはミニモニ。と勇気あるオッサンのおかげだと思っている。(おおげさ)
さて、時は過ぎ私立N大学の入試日となった。
もちろんその日も帰りに購入した。
気になる試験結果は・・・。
見事に落ちた・・・。
これは松浦亜弥に中途半端に夢中になっていた僕が悪かったのだろう。(いや、ただの勉強不足)
それ以来、モー娘。のみならず、松浦にも熱狂的になったのは言うまでもない。
どこまで僕はダメなんだ・・・。
男子たるもの一度や二度大便所の扉の上からのぞかれる事はあっただろう。そして決まって
「くせ〜!」
「誰かうんちしているぞ?」
と言われるだろう。そして学年中、時には他学年の男子生徒すらも集まってくる・・・。
学校でうんちをして何が悪い。みんなするんだぞ・・・。
その日は、朝は大丈夫だったが、給食を食べ終わったころから徐々に来た。いつものように手で押さえてはみるものの、その日は妙に手強かった。それでもトイレには行けず。必死で我慢して、とうとう下校となった・・・。
もう、頭の中は家の洋式トイレでいっぱい。急ぎたいのに急げないなんせうんちが先端まで来ているのが子供ながらに解ったから。そして横断歩道を渡ってあと100メートルと言うとき・・・。
そして、新たな試練が彼を襲う・・・。
幸い中学校から家までは徒歩30秒と非常に近かったので第一話のようになることはなかった。
家から駅まで10分、電車で20分、らに歩いて20分・・・。僕は苦労を強いられることを予感していた・・・。
しかも入学していきなり2泊3日の教育合宿(学校で)があった。さすがの僕も3日も大を我慢するわけにはいかず、おかげで和式トイレが好きになった。(?)しかも、高校に入ると、トイレのことでいじめはなくなっていた・・・。
幸い僕は大を出すのが早い、だからだいたいの日は乗る電車に間に合った。
内臓地方気象台の勝谷苦金(かつやくきん)局長にぎりぎりまで避難命令を控えてもらわなければ、僕の周りの人が一斉に避難するだろう。
第三話
特に夏は上靴も履かずに学校生活をすごしていた。
当然足の裏には黒い物体がたくさん付く。僕は昇降口にしいてあった人工芝で汚れては黒い物体をはぎ取っていた。
「クサイ」
と言うのである。
「クサクない?ゴキブリかネズミでも死んでいるのかな?」
と狭い隙間を調べていた。
そうたとえ、大学入試のときでも・・・。
朝から僕は試験のことは気になっていたが、それよりも帰りにどうやってミニモニ。ひなまつりを買おうか考えていた。(←バカ)
高校生でミニモニ。を買うことは、小学校でうんちをすることぐらい恥ずかしいことだと僕は思っていた。
しかし、どうしてもCDが欲しいかった僕は母親にとりにいってもらっていた。
しかし、名古屋にでるついでに買ってこようと今回は決心した。
田舎ものの僕は迷いに迷って高島屋のどこか(何階かは忘れました)のCDショップの新曲の前でなやんでいた・・・。
その日もなんと松浦亜弥「桃色片思い」の発売日だった。