2.歴史教科書問題について
3.米中軍用機接触
4. マキャベリと現在の国際政治
近現代中国論演習A レポート
「日本に対する国際連盟と各国の対応・1931〜1937
満州事変に関する本を何冊か読んでみて感じたことがある。それは日本の行動については詳細にかかれていて、それに対しての評価もはっきりとかかれていても、当時の諸外国の日本に対する反応については多くの分量は割かれていなくて、特に国際連盟と各国の対応についての評価は、私を納得させるほどのことは書かれていなかった。そこで、最も気になった国際連盟と各国の対応について、私なりの考察と評価を試みたい。
まず、なぜ国際連盟は日本に対して何らかの制裁を発動しなかったのか。実際中国側は連盟理事会に対して制裁措置に関する規約の適用を迫っている。物理的にも全会一致の原則を離脱して手続きを進行できる規定があり、決定的な障害はなかったはずである。しかし国際連盟には制裁措置についての意思や見解は何も見られない。私にはリットン調査団の派遣によって中国側の要求をかわしたように思える。国際連盟側からすればリットン調査団による解決を頼みにしていたとも考えられる。
しかしリットン報告書についても腑に落ちない点がある。柳条湖事件以降の日本軍の軍事行動は自衛かどうかに関して、自衛とする日本軍の主張を全面的に否定しているにもかかわらず、制裁にはつながっていないことだ。言い方を変えれば、国際連盟は日本の侵略を認識しているにもかかわらず制裁するつもりはないという態度を示している。
これらの経緯から考えられることは、あまりに平和的解決に固執しすぎていたということであり、国際連盟の消極性を示す一面といえる。他方では国際連盟は複数国家によって成り立っていることから、連盟というよりも各国が日本への対応に消極的であったとも考えられる。これについてはもう少し踏み込んで考えてみようと思う。
当時の列強国の政策はどうだったのか。(これについては、入江昭『日本の外交』中公新書 1966を参考)結論だけ言うと、各国とも国内の経済問題に関心が集中していて、当分の間は各国軍備の充足が先決だとされていた。そして、日本の満蒙進出に対して実力で阻止しようとしなかったのは、東アジアでの各国の安全や経済利益が脅かされているとは考えられていなかったということになるだろう。各国別に見ると、ソ連は当時、国内工業化を先決し日本の中国侵略に真っ向から反対するのは1935年以降である。イギリスは、東アジアにおける国策は主として経済中心であり、アメリカに至っては日本を相手にまわして戦うほどには極東問題を切実なものとは考えていなかった。
ここで私はアメリカの対応に特に注目した。なぜなら満州事変は最終的に太平洋戦争に行き着く結果となり、アメリカにとっては他人事ではなかったはずでアメリカの出方しだいでは当時の国際情勢が大きく変わりえたかもしれないからだ。しかし当時のアメリカの外交は上記したように極東問題を切実に考えていないというみかたができ、また別の誤りについてジョージ・F・ケナン『アメリカ外交50年』によるとアメリカの道徳家的、法律家的アプローチへの指摘もされている。
ここからは推論であるが、戦略的に少なからず東北アジアでの日本をソ連に対する防波堤と考えていただろうということがアメリカの誤りとして挙げられる。なぜならアメリカにとっては両国とも敵であるからだ。敵の敵は味方であるという考え方があるが、それは勢力均衡に基づく世界でよく見られる現象であり、しかも同盟を結ぶという重要な要素が必要である。しかし当時アメリカは日本ともソ連とも戦略的な同盟は結んでいない。したがってアメリカとしては都合の良すぎる考え方である。この考え方はアメリカの極東問題の軽視につながる。その結果が太平洋戦争であり、冷戦である。もしも日本を防波堤と考えるならば、日本と同盟関係を結ぶことが普通であるが、当時の日本の軍事行動に対して容認できるような国際環境はなかっただろうし、アメリカ国内が許すはずもなかった。よって日本に対して戦略的な思惑を抱くべきではなかった。要するに日本の侵略にたいしてもっと断固たる態度を示すべきであった。この辺に、道徳的アプローチの中にも戦略的な思惑、損得勘定が見え隠れしているように思える。
以上見てきたように、国際連盟は理念にとらわれ、諸国家は自国の利益しか考えられないという国際環境が、日本をのさばらせるのに一役買ってしまったといえる。日本が当時の行動を反省するのは当然のことであるが、環境保護や人権擁護、文化交流といった国際協調、国益を越えた全地球的な利益の追求が必要とされている現在、当時の行動を反省するのは満州事変に関してだけでも、日本だけではなく日本に対してもっと別の対応ができたであろう国にも必要であろう。
参考図書
臼井勝美『満州国と国際連盟』吉川弘文館 1995
入江昭『日本の外交』中公新書 1966
ジョージ・F・ケナン『アメリカ外交50年』岩波書店 2000
歴史教科書問題について
1.歴史的事実の解釈に関する問題
基本的に歴史家の仕事。しかし純粋な疑問が残る。新しい歴史教科書をつくったのはれっきとした歴史学者なのになぜこんなに賛否両論に分かれるのだろうか。もちろん豊富な知識とかなりの資料に基づいているはずだ。また新しい教科書を批判する学者も全く異なる資料をもとに研究しているわけでもあるまい。それでも解釈が分かれているということは学界で共通した歴史解釈というものがいまだできていないということか。また、学者が熱心に研究しているということを前提に考えると、その人がナショナリストだとか右翼だとかいった評価でかたづけるわけにもいかないだろう。世間でもこの教科書の内容に関していろいろと議論されているが、やはり歴史的事実に関する問題は歴史家の仕事だろう。学界ではこの教科書についてどのように見ているのだろうか。さきほど、世間での議論について書いたが、マスコミによってこれだけ騒がれているのは単に事実に関する話題だけではなくこの問題が政治性を帯びているからである。
2.政治性の問題
中国や韓国がこの教科書を批判し修正を求めているのは、一面では事実に関する問題ととれるが、中国や韓国の批判の内容を見る限り明らかに論理性に欠け感情的な面が大きく感じてしまう。(例えば南京事件の死者数は30万人以上にしろというような主張)だから内容に関しては学者に任せておけという考えが浮かばないでもないが、感情的ということに注目すると、詳細な事実とはまったく別な問題、政治的な問題が大きな割合で含まれていることになる。政治性という点で、一つには両国共に自国内に向けたパフォーマンスという点が考えられるがそれ以上に両国とも歴史的に反日、抗日感情を起爆剤として国民をまとめていった経験があり、侵略の歴史が国家の形成に大きく関わっているということが国家間の利害関係を越えて、国家の思想に抵触したのではないだろうか。だから侵略された中・韓にとっては新しい歴史教科書の内容が自国の歴史認識とは大きく異なり、それが侵略に関する認識と大きく関係することから、だまっているわけにはいかなかったのだろう。
3.まとめ
中・韓の主張は「侵略の歴史を捻じ曲げるな」という大局的な視点である。詳細な歴史的事実に関しては歴史家の仕事であるが、大局的な歴史認識については侵略された側とした側で認識が異なるようなことがあってはいけない。すくなくとも中・韓には認識が異なっていると思われているだろう。日本政府としてはこのような状況を深く考慮する必要がある。
問題の所在
・歴史認識の問題(純粋な)
・教科書ということで政府の歴史認識が絡み、さらにそれが中国、韓国に批判されることで、侵略した側とされた側で歴史認識が異なっていると中・韓に思われてしまう。
→国家間関係に支障をきたす(政治性)
・誇りとナショナリズム 教科書が与える影響をめぐって
国際関係論演習 『米中軍用機接触』 レジュメ
1、事故の概説
4月1日、中国南方の南シナ海上で米国海軍の電子偵察機は中国軍の戦闘機二機と遭遇、うち一機と接触して中国海南島の飛行場に緊急着陸した。中国軍パイロットは行方不明。
2、事故の背景
・海南島及び周辺海域の戦略的重要性
・アメリカ偵察機と中国軍機の異常接近は頻繁に起きている
・ブッシュ新政権の厳しい対中政策
・中国に対する最恵国待遇、中国のWTO参加、オリンピック誘致
3、アメリカの視点→謝罪拒否
・責任は中国にある
・中国の管理当局に緊急着陸を通告した
4、中国の視点→謝罪要求
・責任はアメリカにある
・米機の中国領空進入、着陸に対して一切許可を与えていない
5、共通点
・お互い海南島周辺は戦略的に重要
→中国は米機の偵察を止めさせたい。アメリカは偵察の停止は絶対に受け入れられない。
・表面では強硬、水面下では現実的
→中国が表面では謝罪を強く要求したのは、面子やアメリカを試したということが理由の一部であると考えられるが、強く出ることによって結果的に軍部などの強硬派を満足させることができる。しかし水面下での交渉ではアメリカの発言を都合よく謝罪とみなすなどかなりの妥協が見られた。
一方アメリカも表面では謝罪は絶対にしないとしながら、遺憾の意を表明したり中国の受け取り方を黙認したりと、かなりの妥協が見られた。
・世論への対応
→この接触事故は両国政府どうしが向き合うだけでなく、両国政府は自国の世論とも向き合わねばならなかった。中国政府は強硬派の圧力を避け、人民に対してデモなどを自粛するように指導した。一方、アメリカ政府も議会などからの圧力を受けながらも、中国のWTO参加問題や最恵国待遇、オリンピック誘致をこの問題とつなぎ合わせることを避けた。
6、参考
・日中国交正常化での周恩来の方針「原則性と柔軟性の法則―自国の立場は堅持しつつ、相手側に配慮し共通の利益を求める」
→交渉での妥協
・H.ニコルソン『外交』より
民主主義における「対外政策」は内閣が国民の代表者の承認を得て決定すべき事柄であるのに反し、同政策の遂行は「外交」と呼ばれようと「交渉」と呼ばれようと、普通、経験と思慮分別を有する玄人に委ねられるべき。
→交渉での解決
・ジョージ.F.ケナン『アメリカ外交50年』より
政府組織の問題として―行政府が世論の短期的動向に縛られやすい。また、外交政策問題に対する世論の反応が主観的で変わりやすい。
→世論への対応
アメリカが過去において、政策樹立に当たって犯した最も重大な過誤は国際問題に対する法律家的・道徳家的アプローチ。
→今回の交渉は結果的に中国がアメリカの過去の傾向を逆手に取ったことになる。=国際法を根拠に米機を返還せず、人道的配慮から米機乗員を解放。
・E.H.カー『危機の20年』より
国際政治は、常に力の政治である。しかしそれは事実の一端でしかない。
→政治と道義の相互作用
7、まとめ
もしも、この一連の問題の解決が長引いたら、米中間の緊張が膨れ上がり国際的大問題となった可能性が大きい。
初期の段階においてこそ両国の180度異なる主張によって緊迫した対立もあったが、幸い交渉の過程ではかなりの妥協が見られ、両国共に大きな問題に発展すること、両国関係を極度に緊張させることははじめから望んでいなかったことが分かる。
しかし、今回は平和裏に解決できたとしても、偶然起こった事故が(今回の出来事が偶然といえるかどうかはわからないが)一つの発言や政府の態度によって、武力行使にかかわる大きな国際問題となる恐れがあるという現実問題が裏には隠されていたといえる。
今回の米中接触事故の内部には、国際問題における国内問題とは大きく異なる性格が含まれていた。私なりに感じ取った今回の事故が提示する諸問題を挙げてみようと思う。
・国際政治における道義や謝罪の重要性や意味
・国際問題に対する世論と政府
・国際法の役割
・交渉の重要性
・国家間と個人間での性格の違い
現代政治思想
「マキャベリと現在の国際政治」
はじめになぜこのような題を設定したかというと、マキャベリの理論が現代政治学の出発点となったとされているということが一つの理由として挙げられる。しかしそれよりも大きな理由がある。すなわち現在の国際社会はマキャベリを乗り越えなければならない境地にあるということだ。これだけではどういうことかわからないだろうが、これは私が述べたい主題といえるので、最終的にこの主題につながるように述べていきたい。
これから「マキャベリの理論」という言葉を多用することになるが、その内容を本題に入る前に私なりに集約させた形で説明しておく。一つは、理論は実際を創り出すものではなく、実際が理論を創り出すという考え方。もう一つは、政治は倫理の機能ではなく、倫理が政治の機能であるという考え方だ。
国際関係においてパワー・ポリティクスという言葉が20世紀以降しばしば使われるようになった。実際にパワー・ポリティクスの理論で説明できる事象が数多くあることからある程度必然性を持っているといえるだろう。さきほどマキャベリの理論が現代政治学の出発点となったと述べたが、同時にパワー・ポリティクスの理論と深く通じる点もある。ということはマキャベリの理論は今も生き続けていることになる。
ではなぜマキャベリの理論が今に通じるのか。それはマキャベリが重要なリアリストであったからだ。現状を歴史的経験から冷静に分析したからこそ、その理論の中にはいつの時代にも通じる点がでてくるのだ。
確かにマキャベリ的な考え方は現状を捉えているので、「である」か「でない」か、といったら「である」と言える。しかしここで大きな壁にぶつかる。それは「よい」か「わるい」か、と言ったら、「よい」とは言えない部分がでてくることだ。これでは倫理的問題ととられてしまうかもしれないが、具体的に言い換えると、「世界平和につながる」のかといったらそうとは言えないのだ。
現在の世界を眺めてみると、国家の繁栄や秩序の安定だけが求められているのではなく、全地球的な問題の解決、例えば環境保護や人権尊重などが人類共通の課題として浮かび上がっている。そしてこのような課題は世界平和や国際協調の追求といった、理念や倫理の実践の必要を生み出す。しかしマキャベリの理論ではとても実践にうつせない。リアリスティックな見地からすれば理念や倫理の実践はあまりに理想主義的であると一蹴されるかもしれない。しかし現実を直視すると、例えば環境問題などは野放しにしたままでは、人類の生存に関わる問題となるのだ。マキャベリの考えの中に「共通善」というのがあるが、それは今や国家に対してだけではなく、地球全体の善として適用すべきであろう。そして人類は以上述べたような意味において、マキャベリを乗り越え、人類全体の理念の実践を実現する必要がある。今こそ人類の成長の証を見せなければいけないときなのではないか。