July 2001

morning
夜はやっぱり、煮詰まった気持ちになりがちなのよね。
2001年07月09日 20時27分35秒

festina lente
ヨーロッパの文化的営為というものは、じつに多様な要素が それぞれのベクトルをもちながらも、ひとつのおおきな方向に まとめられているもので、とても一筋縄に理解できるものではない。 ルネサンス文化はその複雑さ、豊かさをそのままに映し出していて、 雑多なまま、なところがまたおもしろいと思う。

…というわけで

ぼちぼち、でいかないと、息が切れます。 ゲーテではないけれど、「気をつけろ、悪魔は年をとっている」で、 しかし「だからおまえもはやく年をとれ」といわれて慌てたら、 まさに悪魔のおもうつぼ、だと思います。

festina lente

2001年07月09日 20時23分38秒

diary
つれづれなるままに、ではいけない。

ロビンソン・クルーソーは、どうして日記をつけたのだっけ?自分の生活について自覚する。何をしたか、何が必要か、どこまで達成できたか、チェックする。思ったとおりにことがすすまなくても、そこから逃げてはいけないんだ。

2001年07月09日 10時42分38秒

not words, but language
語学の勉強が、単語をひとつひとつひろう、というのではなくて、"ことば"の勉強なんだ、と思えたのは、千駄ケ谷の津田英語会(国際公務員養成コース)でネイティヴの先生に英語を習いはじめてからだった。
not words, but language…
「単語ではなく言葉という感覚」
津田英語会の車内広告にも使われたフレーズだけれど、その感覚が得られたことは、ほんとうに大きかった。

その言葉が、自分に語りかけてくる、という感覚があるとないとでは、外国語学習はまったく違う。Plato to Natoの一節を日本語にしようとして驚いたのだけれど「あ、訳せない」のだ。でも、意味は掴んでいた。いちいち、読んだことを日本語にしないでそのまま理解するようになるまで、わたしはなにか、誤解してたのかもしれない。

2001年07月09日 10時37分03秒

8 July 2001
また新しい一週間のはじまりだ。 しっかり仕事しなくちゃ。
2001年07月09日 07時00分41秒

Plato to Nato
なぜ政治思想史を勉強しようと思うのか、と入ゼミの面接で聞かれて「思想というものは、いろいろなことの基礎にあって、それを動かしているものだと思うから」と答えたのがいまから十年前の春のこと。それ以上つっこまれても、なにも答えられなかったものだった。(ものごとを漠然とイメージで捉えていて、具体的にだから何を、と聞かれるととたんにつまるあたりが、つくづく私らしい。)

ベルリンの壁崩壊、リクルート事件、自民党一党政治の終焉、と、「政治とは何か」考えさせるようなことが立て続けにあった時期だった。ろくにものを知らなかっただけに、なんでそうなるの?なんでそれじゃいけないの?とこどもみたいな質問しかできない大学生だった。そういうなぜ?なぜ?に答えてくれそうなもの、というのは、理論とか思想とか、そういう基礎研究だろうなあ、と、”あたり”をつけて、の選択だった。それは間違ってはいなかった、と思う。(しかし、まさか私が研究者を目指そう、とは、あのころ誰が思っただろうか。)

ずいぶん難しいことをやってるのね、といろんなひとに「意外だ」とびっくりされたけれど、私は「週刊こどもニュース」くらい、一から解説されないと、なんでもわからないひと、なのだ。いや、ほんとうは、いろいろ問題はあるらしいけど、どうしてそれが「自分にとって」問題なのか、よくわからなかったんじゃないか、と思う。

もうひとつ。変わっていくものと変わらないものを見極める、というのは、じっくりとものを見つめ、考えなければできないことのはずだ。「のたのた」したペースでものを考える、ということがあったっていいじゃないか、という妙な反撥もあった。そうそう簡単に答えの出るような問題ばかりじゃない、って。いや、こういう反撥は、いまでもある。

"Plato to Nato"(Penguin 1995)というのは、六年前にこちらに来てすぐに見つけて買った本のタイトルだ。もともとはBBC Radio4のテキストだったそうだ。イントロダクションで、Brian Redhead(BBCのニュースキャスター)がこう言っている。

To study the history of political thought is to engage in the great arguments of history, arguments that still rage.
(政治思想史を学ぶということ。それは、歴史上の−(しかし)いまだに白熱している−
大いなる論争に参与する、ということだ。)

何が問題なのか、がわかってくるだけで、答えは出されないものなんだなあ、と、十年たったいま、改めて思う。それは、ひとを考えさせるだけだ。しかし、なにが「自分にとって」問題なのか、がわかるだけでも、たいへんなことなんだ、とも。

2001年07月09日 06時57分48秒

7 July 2001
雨だ。

このところ乾き気味だったから、草木がよろこぶだろう。春先にはほんとうに文字通り「一雨ごとに」地面から草が芽吹き、木々の枝先に葉がひらいていくのを感じたものだった。「萌える」ということばがぴったりの、明るい、うすもやのような緑色がだんだん色を深め、葉が広がっていくのを感じた。いまやすっかり鬱蒼として…ウィンザー・グレート・パークは、落葉樹が多いせいだろう、夏と冬では様変わりしてみえる。松林の香りが心地いい。鳥の声、風の音に耳をすましてみる。国道沿いに住んでいるせいもあるけれど、いつもは、そういう音を耳がひろっていないんだな、ともおもう。ヒースローから、ひっきりなしに飛行機が離陸・着陸しているのにも気づいたり。

なにごとも、一巡りしてみないとわからない、と幸田文が言っていたけれど、幾度も季節は巡っていたのに、私には、いつも、はじめて気づいたように思えることがたくさんある。留学してからずっと「とっとと論文を終わらせ、はやく仕上げる」「何かをものにする、身につける」ことばかりに気をとられていたのかもしれない。あるいは、日本に帰ってどうするか、この先のためにどうするか、ということを考えるばかりで、いまどうやって楽しく過ごすか、ということを無視しすぎていたのかもしれない。ほんと、背伸びしすぎてた。ゆっくりとものを考えることもできないくらいに。そうやって「しゃかりき」になってどうにかしてきた、ってところもほんとにあるんだけど、自分がほんとは何をしたいのか、も忘れてしまうくらい、ああしなきゃ、こうしなきゃ、って、そればかり、だった。

自分でああしたい、こうしたい、と思い描くことができなければ、
どうにもならないんだよ。

自分さがし、って言葉は、安直につかいたくない。ほんとうの自分は「見知らぬところに」いるわけじゃないのだもの。どこにいったか、わからないのなら、自分の来た道を、生活を、ふりかえってみるしかないんだろう。ま、妄語、には違いないけどwrite downしてみるしかない。モンテーニュだって、あとから恥ずかしく思いながら読み返せるように、と、あの「エセー」を書いたのだから。

#それにしても、Henmanの試合はまた中断されちゃったなー

2001年07月08日 08時25分37秒

Fri. 6 July 2001

今日ははじめてジムに行ってみた。腕や足の筋力は問題ない、とおもったけれど、問題は肩と腹筋。とくに、肩に力がぜんぜんはいらないのには、びっくりしてしまった。

体の調子が悪く、気ばかり焦ってもだるくて何もできないという日々をようやくくぐりぬけ、「やってみたいことはたくさんあるんだ」…そんなふうに思えるようになってきた。

とくにいま、語学の勉強が楽しい。(こんなことははじめてだ!)このHPにも"quotes of the day"というふうに、新聞や、雑誌で出会ったことばを書きとめたページをつくってみたい。自分の英作文の実力を向上させたい、という気持ちもある。なんとなく意味がわかり、日本語で概要を書いても、もういちど英語にそれを訳してみようとすると、できない。たまってる雑誌も新聞も、たくさんあることだし…

それにしても、目下最優先の課題は、当然論文、だ…アイディアを書き出したら、こんどはそれをsequenceにまとめること。

2001年07月07日 09時46分04秒

above us only sky
「イギリスには、一日のあいだに四季がある」と中学校の英語の教科書にもありました。夏のあいだは、それでも比較的安定しているのですが、今日の午後は、コートの外にまで観衆がおしよせ、ユニオンジャックをふりつづけたHenmanの準決勝を決める試合だったのに、ここぞ、というところで雨で中止になってしまいました。明日の二時から試合再開です。

***

”Magnetism of Wimbledon proves too strong to ignore”という社説の見出しがThe Independent紙にあったのが、先週の土曜日。今週は、日本の甲子園のように、BBCのどちらかのチャンネルで午後から夕方はずっとウィンブルドンから中継でした。たとえテニスなんてふだんは興味のないひとでも、この時期 のイギリス−"the green and purple time"ともいうらしいのですが−にいると、ただならぬ熱気は感じないわけにいきません。しかも、きょうは、地元イギリスの期待を一身にになう、 Henmanの準決勝を決める試合だったのですから…(Henmaniaという言葉さえあるのです。)

あのボールボーイ・ボールガールたちのキマジメな働きぶりを見るのも楽しみですね。
#エリザベス女王が、まず最初にねぎらうのが彼らなのですよね。)

明日は、女子決勝でもあります。

Once you have done it once, you can do it again

これは、連覇を狙う女子シングルのヴィーナス・ウィリアムズのことば。さて、どうなることでしょうか。

明日の午後には、「苺とクリーム」をもって、 ひとびとはテレビに釘づけになることでしょう。
#ちょうど、ウィンブルドンの時期というのが苺の旬、なのですね。

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雨で試合が中止、というのも屋外コートならではの出来事ですが、そんなふうに、お天気任せ、ができるのも、やはり夏だからこそ、です。 ロンドン、テムズ川南岸のグローブ座は、シェイクスピアの時代に あったのとまったくおなじ劇場を、まったくおなじ工法で再現したもの。 屋根はなく、オープン・エアシアターで、夏のあいだのみ、 シェイクスピア劇が上演されます。 ここで、七月十八日から二十二日のあいだ、野村萬斎演出・主演で 「まちがいの狂言」が上演されます。

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英国ではじめて、個人の名前をとった空港が誕生しました。 来年春、新ターミナルを完成する、リヴァプール空港が改称した ”リヴァプール・ジョン・レノン空港”がそれです。 新しいロゴの開幕(七月二日)にはオノ・ヨーコさんが立ち会ったそうです。ビートルズ解散の原因と目されて、バッシングされつづけてきた彼女は、いまや地元リヴァプールであたたかく迎えられ、リヴァプール大からも名誉博士号も授与されたそうです。

この新しいロゴにあしらわれているのは、"imagine"の一節

above us only sky

私たちの上には、空だけがある。

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日本では、きょうは、七夕ですね。
このごろの、イギリスのあれこれでした。
2001年07月07日 08時47分39秒

5 July 2001

Wimbledon

午後、ふとテレビをつけたら、ちょうどウィンブルドン女子準決勝戦で、ウィリアムズの試合を中継。そのままひきこまれるように、最後まで見てしまいました。噂には聞いていたけど彼女のプレイには「破壊力」としかいいようのないパワー。わたしなんか、そのまま後ろにふきとばされそう...試合後のインタビューのあどけなさとのギャップにまた驚いたり。

それにしても、イギリスで六度目の夏にして、はじめてウィンブルドンをじっくりみました。だいたい、ふだんからスポーツはあまりみないのだけれど、きょうは、思わず固唾をのんで釘づけになってしまった.....。彼女たちの力強さ、しなやかさ、そして、落ち着き。ふだんから鍛練されてなければこうはいかないなあ、と、つくづく感嘆しました。

tomorrow is the another day!

フィレンツェの貴族、ルッチェライ家の紋章は帆をはった船。風まかせ、だった昔の航海で「どこから風が来ようとのりきってみせる」という誇りを家紋に掲げていたようだ。
ここ数週間、私の研究は航海にたとえれば凪のなかでじりじりとするまま、どうにもうまくいかない、という状態だった。思いあまって指導教授にいまの状態を正直に伝えたら、あたたかい励ましのメイルをいただいて、ほんとうに気持ちが軽くなった。

凪、のなかをどう過ごすかも大事だ。語学の復習をはじめてみたり、自分のHPに挑戦してみたり...。でも、それだけでは、どうしたって気が晴れなかった。二年前くらいには、そのまま自分を責めあぐねてしては心身ともに調子が悪くなっていく一方だったけれど、このごろは、そんなときこそのbreakだ!と思えるようにもなった。カチカチのままでは、なにごともうまくいかないもの。明日は別の日!でとっとと寝ちゃうことだって大事!

きょうは、PCを離れ、庭のテーブルでノートにむかって論文要点を整理しなおしてみた。なにかがカチン、と音をたてて、うまくはまった、という瞬間があった。これが明日に続けばいいな、とおもう。
2001年07月06日 07時22分00秒

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