Arminius
アルミニウス
1560−1609
カルヴァンの予定説に反対し、自由意志による救済を説きます。
その主著Declalation of Sentimentsにおいてアルミニウスは
予定説が誤っているといえる20の理由を提出しています。
(1)キリスト教の土台に反する(2)福音の一部ではない
(3)(4)キリスト後600年間は認められなかった教えである
(5)ジュネーブにおけるプロテスタントの信仰告白と一致しない。
(6)ベルギーおゆびハイデルベルク信仰告白との一致について
(7)神の本質、その知恵、公正と善良さと調和していない。
(8)神の像に創造されていること、自由意志を持つこと、
永遠に生きたいという願いを持つという点で人間の本性に反する:
予定されているなら「これを行って生きよ」(Ro10:5)とか「食べる日に
必ず死ぬ」(Ge2:17)とは言うのは意味をなさないではないか
(9)創造のみ業に反している:
ある者たちが滅びることが予定されているなら、滅ぼすことを
喜びとして創造していることになるではないか
(10)永遠の命の本性に反する:
それは従順の報い(Mt5:12)、愛の報い(Heb6:10)、義の冠(2Ti4:7,8)
であってだれかに、もともと割り当てているものではない。
(11)永遠の死の本性に反する:
それは罪の報い(Ro6:23)、福音に従わなかったことへの報い(2Th1:8,9)
であって、罪や不従順なしに誰にも永遠の死は準備されていない。
(12)それは罪の本質と矛盾する:
”反逆”などの言葉は罪が必要な避けられないものではないことを示す。
(13)神の恵みの本質と合わない:
神の恵みは善人だけでなく放蕩者にさえさしのべられている。
(14)それは神の栄光を傷つけるものである。
神は人間が罪を犯すものとして割り当てたことになり、
神だけが唯一の罪人ということになる。人間はどうすることもできない
力によって罪を犯すことになるから、それは罪とはいえなくなる。
(15)それは救い主イエス・キリストへの不敬を示すことになる:
あらかじめ予定されているならキリストは選びの基盤とはならない。
(16)この教えは人間の救いにとって有害である:
予定されているなら罪に対する敬虔な悲しみなど持たないだろう。
それは救いのために祈る熱意を奪ってしまうだろう(Lu11)
(17)(18)それは福音に敵対するものである:
”神は世を深く愛し誰でも信仰を働かせる者が永遠の命を持つ
ようにされた”(Jn3:16)予定されているなら”神とともに働く者
として人間が救いの恵みを分け与えることなどできないではないか?
”神のご意志はあらゆる者が救われて真理の正確な知識に至ること”
(1Ti2:4)ではないだろうか?
(19)宗教特にクリスチャンの宗教を覆すものである。
それは神に義や被造物への愛に反する。
(20)予定説の教えは時代を通して退けられてきた: